ケツとタッパと乳がデカい朱鳶姉貴目当てで始めたのに限定で気ぃ狂いそう(半ギレ)
でも雅来たのでOKです
新エリー都、ヤヌス区は六分街。
その一角に構えるは【Random Play】
若い兄妹とそのボンプたち、並びに街の住民や兄妹の友人知人が切り盛りする、六分街唯一のレンタルビデオ店。
その店先で、物憂げな面持ちで佇む一人の女性の姿があった。
所々に赤いメッシュの入った黒髪。
整った容姿、高い身長、メリハリの効いた肢体、顔以外の肌面積は見当たらないその服装も相まって、如何にも生真面目といった印象を受ける。
新エリー都治安局、特務捜査班班長、
ビデオ屋の店長兄妹とも知己である彼女は、さる要請を受けた後、勤務時間の合間にこの店に足を運んでいた。
「リンちゃん、時間がある時で構わないとはノックノックで言っていましたが……」
リン。
朱鳶の年下の友人であり、Random Playの店長の片割れを務める少女。
明朗快活、明るく可愛らしいそんな少女から、彼女らしからぬ暗い文面が送られてきたことがことの発端である。
「失礼します。リンちゃん、アキラくん。いらっしゃいますか?」
勝手知ったる、とまではいかないが、もはや馴染んだ所作で入店。そのまま店主の二人の名を呼ぶ。
が、帰ってきたのは店番ボンプの18号ちゃんが歓迎してくれる鳴き声だけ。店番に二人の所在を訪ねようとして、翻訳機を持っていないことに気付いたところその店番が二階への階段を指差してくれた。
「上、ですか。ありがとうございます」
優秀なボンプに礼を告げてその頭をひと撫で。
「ンーナナー♪」という声を背にそのまま階段を上がっていく。
「……リンちゃん?」
鍵どころか扉さえついていない、ややセキュリティに問題のある入口から部屋の主に声をかける。
その奥のベッドに、布団の塊があった。
「リンちゃん? 朱鳶です。来ましたよ」
「……しゅえんさん」
塊がもぞもぞ蠢いた次の瞬間、そこから見馴れた顔が、泣き腫らしたような表情で現れた。
「──リンちゃん!」
ただならぬ様子にすぐに駆け寄る。
それと同時、布団をはね除けたリンもまた駆け寄ってきた。
目の縁に涙を溜め、その腕はすがるようにこちらに伸ばされていて
「朱鳶さ──」
「イヤーッ!!」
「グワーッ!?」
ナムサン。
治安官として鍛え上げられた防衛本能により、朱鳶の身体は本人の意識とは無関係に、目の前の友人に容赦なくエリー都カラテを叩き込んだのである。
◇◆◇
「本っっっっっ当にごめんなさいッ!!!」
「あっはは……いや、私もうっかりしてたし……」
幸い、投げ飛ばされた先がベッドだったため、リンに一切の負傷は無かった。
仕事柄しかたないとはいえ、誤って市民を、それも親しい友人を傷付けてしまったりなどしたら治安官として、何より朱鳶個人としても大恥どころではない。
ぶん投げられた当人が頭を掻きながら許しを述べる。それにもう一度謝罪を告げて、仕切り直しの意味も込めて一つ咳払い。
「ん゛、ンっ。……それで、リンちゃん。いったい何があったんですか?」
その言葉に、苦笑いを浮かべていた友人の顔がくしゃりと歪む。
「あの、あのね、その」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。リンちゃんのペースで。私はちゃんと聞きますから」
震える手を握り、微笑みと共に告げる。
ビデオ屋とは別の、裏の顔を持っているとはいえ、彼女はまだうら若い少女。
一般人よりは悪意や害意に耐性があるとはいえ、それでもこうして悲しんでいるのなら、支えるのが友人だろう。
──例え、互いに相容れない立場であっても
しばし、リンの嗚咽以外に何も音の無い時間が続いた後で、ようやく少女が口を開く。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがね」
「アキラくん? 彼になにかあったのですか?」
アキラ、とはリンの兄にして同じく朱鳶の友人。
穏やかで落ち着いた、もしくはやや老成した雰囲気を持つ青年。友人にしてはやや距離が近かったり何度か一緒にアッチ系のビデオを観たりなんなりしたが友人だ。朱鳶がそう言うのだから友人なのだ。
そんな彼にいったい───
「お兄ちゃんが浮気したの……!」
……………………
「は?」
思わず口から出たあまりのドス声に、本当に自分の声かと疑った。
いや、それよりも待ってほしい。
(浮気? アキラくんが? というか)
恋人、いたんですか、彼。
そんな話は何も聞いてない。
いや、彼らの立場上、プライベートが周知されるのは避けたいだろうことは理解できる。
理解できる。できるが……
「──」
ふつふつと。
自分でも判別不能な怒りが沸いてくる。
あの優しい顔の男性がするとは思えない、軽薄で不誠実な行為。本当かどうか疑わしいとも思う。
というか恋愛するならなぜ私じゃ、いや違う。そういう関係の人がいるならなぜこっそりとでも教えてくれない。
付き合うなら私でも、違うそうじゃない。友人のプライベートを詮索する趣味はないが、それにしてもちょっと薄情ではないか。
稼ぎも身体も気持ちもきっと私の方が
「ふん゛ッ!!!!!」
「朱鳶さん!?」
なんか変な考えを巡らせている脳を覚ますために、全力で自分の頬を張る。リンは悲鳴をあげるしめっちゃ痛むが大した問題ではない。
「そ、それでリンちゃん。アキラくんが浮気とは」
「それどころじゃないよ!」
バタバタ慌てて救急箱を持ってくるリン。
ひーん、と愛くるしい悲鳴をあげながら手当てしてくれるリンを(ぶん投げそうな衝動を全力で抑えつつ)内心でこっそり愛でる内に、詳しい事情を聞くのを忘れたままその日は解散となった。
◇◆◇
翌日から朱鳶の調査が始まった。
無論、治安官の職務が最優先であるため遅々としたものだが。
プロキシとはいえ表向きは民間人として生活する人間の素行調査。こちらも表立っての行動は出来ないが、リンの気持ちを考えるとどうしても先走ってしまいそうになる。
最初こそ一人で進めていたものの、独力ではやはり限界がある。そんな折、陰で何かしているということを特務班の面々に見抜かれ詳細を尋ねられた。
プライバシーの問題もあり話すのを躊躇った朱鳶だが、先輩で年長者でもある
後輩で班員のセス・ローウェルは驚愕し「なんてことを!」とアキラに憤慨。そのままRandom Playに殴り込みかねない様子だったが、まだ裏が取れていないことを伝えて制止。
青衣はしばし考えこんだ後、何やら意味深な笑みを浮かべて了承。「ぬしも難儀よのぅ」などとニヤついていたがそこにツッコむ余裕は無かった。
この三人、並びに任務帰りで疲れきっていた同僚のジェーン・ドゥを半ば無理矢理巻き込み、調査を継続することになった。
話を聞いた直後こそ面白そうに笑ったジェーンだが、さすがに疲労困憊ということもあり拒否したものの、セスの暑苦しいまでの説得と、協力してもらうにあたってお高いディナーの奢りを確約することでなんとか口説き落とすことに成功した。
それから数日。
各員がそれぞれ秘密裏に、普段の業務の傍ら証拠集めに奔走。朱鳶自身もアキラを尾行したりRandom Playに足を運んでみたりと。
何度かリンとも話す機会があったが、アキラとだけは疑念がある関係上、ほんのちょっとだけ心を痛めつつそれとなく距離を置いていた。
気になったのは、あれだけ悲嘆に暮れていたリンがもう気にしてないとばかりにケロッとしていたこと。且つアキラとも今まで通りの仲良し兄妹として接していたことだが、アキラが機嫌取りでもしたのだろうか。
何か言いたげな様子でもあったが、大事な調査の最中。加えてお互いにやや多忙気味だったのもあり、世間話以上の会話は出来ないまま現在に至る。
そんなこんなで、各々が持ち帰った情報を擦り合わせていった結果。
(うそ、女性の知り合い多すぎ……!?)
出るわ出るわ、アキラの交友関係に女の名前。
裏社会の便利屋、【邪兎屋】の社長とその従業員をはじめ、上流階級御用達の【ヴィクトリア家政】
その一員たるサメの
新エリー都郊外の走り屋、旧油田エリアの覇者陣営【カリュドーンの子】首領と構成員たち。
自分とも友人である【対ホロウ六課】の課長。
果てはどういうことか、新エリー都で名を馳せる大物スターとその付き人の名前さえ出てくる始末。どこで関係を持ったのだろう。
無論、友人知人に男性がいないわけでもないが、「親密な異性」だけに絞ってもこの始末である。しかも一般人を含めればまだまだいる。
「お兄ちゃんってば
だがそれでも不可解な点が一つ。
それだけ懇意にしてる女性がいながら、恋愛関係を示すような相手は一人としていなかった。
(リンちゃんの勘違い? いや、あの涙は演技とはとても思えない。それにそういう相手がいないのなら浮気なんて単語も出てこないはず……)
もしやリン、或いは自分が何か思い違いをしているのでは。
というかそもそも
(私、どうしてこんなに躍起に……?)
はた、と冷静になった頭で省みてみる。
リンが嘆き悲しんでいた。それが第一だったはず。
それにアキラはプロキシとはいえ、それ以前に信用も信頼もしている友人だ。そんな彼が不貞を働いている、などと到底信じられない。だからそれを否定したい自分がいたのも事実。
生真面目な仕事人間なところはあれ、まずそもそも朱鳶も一人の女性。
私人としての将来はあまり考えていないしその余裕も無いが、それでも素敵な恋愛というものに憧れ的な感情が無いこともないのだ。
「……ん?」
そこまで思い至ってとある考えが浮かんだところで、セスがばつの悪そうに声をかけてきた。
「あの、班長……」
「セスくん。何かありましたか?」
「いえその。何日もかけて調査してきた後で、こういうこと言うのはどうかと思ったんですけど……」
「?」
「そもそも最初から直接問い質せばよかったんじゃないのかな、と」
……………………
「確かに……!!」
頭痛が痛くて頭を抱える。
つい今しがた同じことを思ったばかりだが、いざ他の者から言われてみれば本当にそうだ。こんな回りくどいことなどせず、当事者のアキラを捕まえて根掘り葉掘り聞き出せば事足りた問題ではないか。
自分らしからぬ視野の狭さと浅はかさを嘆いていると、ふと視界の端に生暖かい目を向けてくる二人組が映った。
「先輩。ジェーン。まさか二人とも」
「そりゃあねぇ? そもそもあの店長ちゃんがやることとは到底思えないわけだし」
「むしろ、事此処に至るまでぬしが気付かなんだ方が我らとしては驚きだが」
「うぐっ」
どうやら青衣もジェーンも早々に……というか恐らく、最初からこの結論に至っていたらしい。
「言ってくれればいいじゃないですか!」
「班長らしくないわよねぇ。そんなに店長ちゃんが浮気してるだなんてのがショックだったの?」
「善いものを見せてもらったぞ朱鳶」
「もうっ!」
◇◆◇
思い立ったが吉日。
そういうわけなので本日の残りの業務を最速で終わらせた朱鳶は再びRandom Playを訪れていた。
青衣とセスも同行を願い出たが、そもそも自分が勝手に始めたこと、わざわざ大勢で押し掛けるわけにもいかない。加えて恐らくセスが来た場合なんか拗れる気がしたので今回は一人で赴くこととなった。そもそも他三人はまだ仕事が残っていた。
「……何を、緊張しているのかしら。私」
店の前まで来てふと呟く。
アキラには女性の知り合いが多い、ということ以外特に収穫の無い数日間だった。
それもこれも浮気疑惑の真偽を確かめるため。無駄足と言われても否定は出来ないし実際そんな気はしている。
それをいざ直接訊くとなると、やはりどうにも足も気持ちも重い。治安局入りして初任務の時ですらここまでじゃなかった。
「……覚悟を決めろ朱鳶ッ」
ぴしゃりと両頬を叩き、意を決して入店。
そこには──
「? ああ、いらっしゃい朱鳶さん」
「───」
いた。件のビデオ屋店長のアキラだ。
彼と向かい合って話していたのは、いつか見た学生服の少女。そうだ、ヴィクトリア家政のメンバーのエレン・ジョー。
何度も見た穏やかな笑みを浮かべるアキラとは対照的に、エレンは端正な顔立ちを歪め、いかにも不機嫌といった様子を隠そうともしていない。
外からちらりと店内を伺った時、アキラと話していた彼女の表情は乙女そのもの。その上、本人が意識してるのか定かではないが、そのご立派な尻尾がびちびち跳ね回っていた。
その辺りに疎い朱鳶でもさすがに理解はできた。同時になぜエレンがここまで不機嫌なのかも。
「こんにちはアキラくん。リンちゃんはいらっしゃいますか?」
「リン? リンならエイファさんのところ……ああ、向かいのCDショップにお使いに行っているよ。もうすぐ戻ると思う」
「そうですか」
リンがいないのは想定外だがそういう可能性も想定内だ。一先ずは早く話を済ませよう。
こうして二言三言話す間にも、サメ少女の機嫌は直滑降だ。視線が痛い。
「こほんっ……アキラくん。お客様の対応中に不躾なのは承知ですが、少し時間をいただけますか?」
「? リンじゃなく僕に?」
「ええ。とても大事な話ですので、二人きりで」
ミシリ
となんか嫌な音がした。
音の発生源に目をやれば、少女───エレンが咥えていた棒つきキャンディーの持ち手部分がへし折れて床に落下している。
床から視線を上げた先には、射殺さんばかりの眼光を漲らせたメイド(今は学生服だが)が一人。
「……あの」
「………」
少女は何も言わず、アキラと朱鳶を交互に睨む。
こちらを見る時の瞳には、怒りと……朱鳶にはあまり馴染みの無い感情が浮かんでいた。
「ああ、二人は面識が無いんだったね。エレン、こちらは治安局の朱鳶さんだ。それで、朱鳶さん。彼女はエレン・ジョーといって」
この男はなにを勘違いしているのか。
どう見ても紹介してる場合ではないだろうに。
「……新エリー都治安局、特務捜査班の朱鳶といいます。お取り込み中のところ、大変申し訳ありません。目下調査中の件でアキラくん……店長さんに、急ぎ聞いておかなければならないことがあって」
「アキラくん……言い訳にしか聞こえないけど」
「エレン、そんな態度は失礼だ。……すまない朱鳶さん、普段の彼女は……普段からこんな感じではあるけど、今日は虫の居所が悪いようで」
「いえ。私がお邪魔してしまったのですから」
話を邪魔するつもりはなかったが、こうも邪険にされては何か悪いことをしてしまった気分になる。
「すみません。また後で出直して……」
「……いや。朱鳶さんが急ぎで、と言ったんだ。エレン、すまないが、話の続きは後でいいかい?」
「は?」
いよいよ頂点とばかりに少女の怒りは高まる。
その後はもうすごかった。
最初に見た気だるげな雰囲気とは想像もつかない勢いでやれ「先約はあたし」だとか、やれ「デカ女が好みか」だとか罵倒混じりに捲し立てるエレンと、気圧されながらそんな彼女をどうにか宥めようと言葉を尽くすアキラ。
さながら痴話喧嘩でもしてる恋仲のような、人目も憚らない二人の時間はたっぷり数分ほど続き。
「ふんっ」
と鼻を鳴らしたエレンの退店で終わりを迎えた。
「……アキラくん」
「……申し訳ない朱鳶さん。せっかく来てくれたのに、見苦しいところを」
「アキラくんが謝ることでは……私からも、改めて彼女にお詫びを入れておきます」
「ごめん。それとありがとう。……それで、僕に聞きたいことがあるんだったね? それなら駐車場でいいかい?」
「ええ」
アキラは店番の18号ちゃんに少し店を空けると伝え、カウンター奥の扉から駐車場へ。
その後に続く朱鳶は、自分の背中に妙に生暖かい視線が向けられているように感じた。
◇◆◇
「………………」
「あれ、エレン。お兄ちゃんは?」
「知らない」
「知らないって……誰か急なお客さんでも来たの?」
「治安官だって。何か色々デッカい女」
「色々デッカい……ああ、朱鳶さん?」
「大事な話あるからって追い出された」
「ふーん。……ん?」
「……なに?」
「いや、何か忘れてるような気が……」
「───あ゛っ」
◇◆◇
「それで朱鳶さん。話というのは?」
夕焼けが目に染みる時刻。
Random Play裏手の駐車場の一角で向かい合う朱鳶とアキラ。
少し前、アキラとリンがプロキシであると朱鳶に知られ、しばしの間ギクシャクしていた関係が修復された時の再現のようなシチュエーション。
夕陽に照らされる二人の顔。アキラは何か事件でもあったのかと真剣な表情。対する朱鳶は、どこか落ち着きのない様子である。
「………」
「……朱鳶さん?」
しばしの沈黙。
それが続くにつれ、アキラの顔も徐々に訝しむようなそれに変わっていく。
やがて痺れを切らしたようにアキラが口を開こうとしたところで。
「……アキラくん」
「うん」
「───浮気をしているというのは本当ですか?」
「………………うん?」
「ですから! 恋人がいるにも関わらず、浮気をしているのは本当なのかと訊いているんです!」
「え、と。朱鳶さん?」
「リンちゃんは泣いていました! お兄ちゃんが浮気したと。とても悲しんで……!」
「あの」
「恋愛は個人の自由、別に法に触れているわけではありませんし、私にはそういった経験がまったく無いので知った風なことは言えません。ですがそんな私でも、浮気というものがどれだけ不義理で不誠実かはわかるつもりです! あなたがもしそういうことをしているのなら……!」
「朱鳶さん」
「ッ」
アキラの声に我に返る。
思わず、先刻のエレンのように捲し立ててしまっていた自分に気付き猛省する。
ただ事実確認をするだけだったのに、何故か我を忘れて感情的になってしまった。
「……すみません」
「いや。突然で驚いたよ。それで……リンが、僕が浮気をしているって?」
「はい。確かにそう聞きました」
「……そっか。じゃあ、結論から言うよ」
「はい」
「そもそも僕に恋人はいないよ」
「………………はい?」
「だから、僕に恋人はいない。だから浮気しようにも出来ないよ。……まぁ、仮にいたとしてもするつもりは無いけど」
「で、ですが確かにリンちゃんが」
「ごめんなさーいッ!!!!!」
突如、店から駐車場への扉が勢いよく開かれ、そこからリンが大慌てで飛び込んできた。
「……リン。朱鳶さんの誤解を解くんじゃなかったのかい?」
「誤解?」
「ごめんなさい! 本っっっっっ当にごめんなさい朱鳶さん!」
「……リンちゃん」
「はひっ」
「改めて、詳しく、説明してください。今度は、誤解とやらが、生まれないように。今、私は、冷静さを欠こうとしています」
「はいぃ……」
◇◆◇
事の経緯はこうだ。
ビデオ屋店長として、そしてプロキシとして。アキラとリンの交友関係はかなり広い。
一般人はもちろん、新エリー都の表裏を問わない一部の上流階級や権力者にも顔が利く。
主への奉仕を喜びとするエージェント集団、ヴィクトリア家政もその内の一つ。
そこに所属するメンバーの一人に、カリン・ウィクスという少女がいる。
自信が持てず自分を卑下してばかり、その上そそっかしく、メイドスキルも自信の無さと低すぎる自己評価に比例するようにそこそこ(と思ってるのは本人だけ+上司が優秀すぎるだけでダメというわけではまったくないのだが)、しかし戦場ではその手に持ったチェーンソーで悪党やエーテリアスをバッサバサと斬り倒す、家政に身を置くに足る猛者。
そんな少女も、当然ながら兄妹とは知己の仲。どころかしばしば兄妹の私室で共にビデオ映画を観る程度には親しい関係になったりしている。
そんなある日のことだ。
リンとルミナスクエアに出かけていたカリン。
休憩がてら喫茶店でお喋りしていた時、ふとアキラから言われたあることを、ほんの世間話のつもりで口にしたのだ。
『お二人は、本当に仲がよろしいのですね』
『まぁそうだね。二人だけの兄妹だもの』
『……あ。そういえば、少し前にアキラさまとも同じようなお話をしたんですよ』
『そうなの?』
『はい』
『アキラさま、『カリンみたいな妹もいいものだね』と仰ってくださって』
『』
『か、カリンにはそのようなお言葉もったいなくて。でも、その後に『なんて、僕の妹はリン一人で十分すぎるけどね』とも仰っていて』
『』
『……リンさま?』
『』
『……き、気絶してる!? り、リンさま、お気を確かに! ど、どなたかお医者さまはいらっしゃいませんか!? きゅ、救急車ー!!』
◇◆◇
「……それで、それがあまりにもショックで思わず私に泣き付いてきたと」
「はい……」
「それのどこが浮気なんですか!?」
「浮気だよッ!!!!!」
数刻ぶりに頭痛が痛い。
見ればアキラも同じように頭を抱えていた。
どうやらリンの中では【自分以外の妹を持つ】ことは浮気に該当するらしい。予想できるかこんなの。
「お兄ちゃんの妹は私だけなのに!ひどいよ!」
「リン」
「……朱鳶さんに相談した日の夜、すぐお兄ちゃんにも話したの。そうしたら朱鳶さんと同じで『え、これ浮気になるのかい?』だって! だから私言ってやったの! 『私が悠真やアンドーさんをお兄ちゃんって呼んだらどう思うの!?』って!!」
「……そう言われて想像して、僕もかなり複雑……というか、嫌な気持ちになったんだ。リンの兄は僕だけじゃないかって」
「……つまり」
始まりのあの日の内に、もう二人の中で決着はついていたというわけらしい。
この数日間のあれそれが完全に無駄足だったと改めて思い知らされて、特務班のみんなへの罪悪感がじわじわと。
「その次の日、朱鳶さんが誤解したままだってことに気付いて。……本当はもっと早く話しておきたかったんだけど、うちもプロキシの依頼が立て込んでたり、他にも色々」
「そうしてる内に忘れてしまってたんだね」
「本当にごめんなさい、朱鳶さん」
「僕からも謝らせてほしい。すまない、朱鳶さん」
兄妹揃って、深々と頭を下げてくる。
誤解したまま振り回されたことに文句の一つも言ってやりたいところだが、捜査の基本となる疑惑の裏取りをちゃんと行えなかったこちらも悪い。
そのくせ、さっきは感情的に非難してしまったのもある。なので
「……よかった」
「「え?」」
「アキラくんが不誠実な人ではないと証明できて。リンちゃんも、ただお兄さんが好きだっただけで。本当に傷付いて、悲しむ人はいなかった。……いやまぁ、リンちゃんは傷付いたようですけど」
「うぅっ」
「僕も少し短慮だった。反省するよ」
「……では。この件はこれで終わり。いいですね?」
「はいっ」
「うん。……改めてごめん朱鳶さん」
「もう謝らないでください。……二人とも、これからも仲良くしていてくださいね」
その言葉に大きく頷く二人。
夕陽もいつの間にか沈みかけていて、辺りの光は街灯と月明かりに取って変わられる。
新エリー都はヤヌス区、六分街の一角で、ある兄妹とその友人の談笑がしばらくの間響き続けていた。
◇◆◇
当然だが、兄妹の一悶着とそこから生まれた誤解に振り回された朱鳶以下特務捜査班の四人。
朱鳶は真っ先に青衣、セス、ジェーンに頭を下げた。
肩透かし同然の
別の日、街中で遭遇したエレンにもきちんと謝罪。
その間に値踏みするような、何かまるで敵を見定めるように見られた後
「……負けないから」
ぽつりと呟かれた言葉に、呆気に取られている間に彼女には立ち去られてしまった。
そして現在。
普段通りの職務を終え帰宅。入浴、食事その他諸々を終えて床に着いた朱鳶は、今回の一件でどうしても腑に落ちない部分があったことを思い返していた。
(私、どうして……)
アキラが浮気などするような人間ではないと、最初からわかっていたはず。
なのに、事実かどうかわからない疑惑だけで、なぜ自分はあれほどまで必死になっていたのだろうか。
また裏切られた気になったから? 否。
恋人がいると隠されていると思ったから? 否。
まだ自分が知らない顔を持っていると思ったから? 否。
「………」
考え続ける内に睡魔がやってくる。
しばらくこのことで悩みそうだな、と内心ごちり、そのまま瞼を閉じると。
何故か、あのサメの少女の顔が浮かんだ。
「───」
閉じていた瞼が開かれ、沈みかけていた意識が浮上する。
あの少女の顔。Random Playでアキラを見ていたあの眼。そして街で自分に向けたあの言葉。
怒りはあった。呆れも見えた。そしてもう一つ、それ以外の感情が確かに見えた。
怒りに比べて大人しく。呆れよりは激しく。
どうにもねばついていて。そして何より、彼女の瞳を通して映った自分の瞳に、同じようなモノを確かに見た。
「……まさか」
布団をはね除けて起き上がる。
信じたくない。認めたくなどないが、この数日間の自分を思うとそうとしか考えられない。
今日まで鍛え、磨きあげてきた聡明な頭脳が確信とばかりに答えを導き出している。
この一件、自分は。朱鳶は───
「私、嫉妬してた……!?」
何に対して、誰に対してなど考えるまでもない。
頭を抱えるのはもう何度目かわからない。
顔が熱い。身体も熱い。心臓がうるさい。変な声が喉の奥から押し寄せている。
情けない。
みっともない。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい───
「~~~~~~~~~!!!!!」
声にならない悲鳴が響く。
ベッドに顔を伏せ、足が勝手に暴れる。
次からどんな顔をして会えばいい?
次からどんな態度で接すればいい?
次から、どうやって。
そんな考えを巡らせる内に朝を迎え。
出勤した朱鳶を迎えたのは、驚愕に満ちた特務班の顔と「寝てください!」という全員の声だった。
アキ朱派ですか?
朱リン派ですか?
僕は朱鳶総受けアキ朱リン派です(ヨクバリボンプ)