ロンシャン競馬場のスタンド、歓声と称賛を浴びる金髪のウマ娘を見て、俺だけは涙を流していた。
「コンプ……おめでとう……」
溢れ出る感情を抑えきれないなか、近づいてくるウマ娘に賛美の言葉を贈る。
「うぅ……本当に、おめでとう、ブリッジコンプ。」
遠い、遠いフランスの地まで俺を連れてきてくれた俺の愛バ。流れる涙を拭い、彼女の顔を見つめると、ピンク色の覚悟を決めたような顔をしていた。
「コンプ……?」
不思議に思いながら名前を呼んだ瞬間だった。
「トレーナーさん……好きです!!」
‐10月22日‐
目尻からこめかみに、何かが伝う感覚で目が覚めた。
「……俺、泣いてたのか?」
なんだかいい夢を見ていた気がする。今の俺にはないもの、担当バや、大きな名声、そして勝利。欲しいものが全て手に入った夢だった。そんな気がする。
「朝の支度をしないとな……」
今の俺は夢に浸っていられるほど、暇ではない。そのことを思い出して支度を進める。今日は月曜日だし、大人の義務、仕事をしなければいけない。そのためにも俺の職場、トレセン学園へ向かわねばならなかった。いつものように、憂鬱な悩みを抱えて。
いつも通りの朝のルーティンを過ごし、学園へ向かう。早くもなく、かといって遅刻するでもない、そんな時間。校門前のたづなさんに「おはようございます」と、あいさつをする。するといつも通り緑色の「おはようございます」と、あいさつが返ってくる。いつもと同じだ。
そのまま変わりなくトレーナー室に入る。椅子に座ると先週読みっぱなしのままにしていた資料を隅に追いやり、積み重ねた。ノートパソコンをカバンから取り出してログインし、メールの確認をする。
行事開催の案内やいつもと変わらない連絡事項、レースの予定やウマ娘のケガ事例、自己啓発セミナーの案内やらなにやらの中に、ひときわ目立つ件名があった。
「契約について、か。」
[重要]と書かれた件名の先には、俺が今一番見たくない文章があった。
メールを開く。書かれていたのは予想どおりの内容で、来月9日までに来年度の契約予定について理事長まで報告するようにとのことだった。
契約とはつまり、ウマ娘とトレーナー契約、もしくはチーム契約。あるいはベテラントレーナーのもとでサブトレとして契約する、そのいずれかを行わなければならないということだ。今は一年目で希望しない限り契約を行わず、研修や知識を深めることが許される。
しかし、二年目となるとそうはいかない。大抵のトレーナーは2~3か月でサブトレになったり、有望なトレーナーは担当やチームを持ったりする。もし、正当な理由なく二年目までに契約ができなければ何かしらペナルティが付くことになる。そして、最終的には解雇だ。
まさにこのトレーナー契約が、俺の憂鬱の種だった。