「これより!獅童真希対剣崎藍華の試合を行う!礼!」
剣崎藍華が親衛隊第五席に任命された翌日
御前試合に使われる練武場にてスーツ姿の女性審判はそう叫んだ。真希と藍華は互いに向かい合うように立ち、試合前の礼をする。
練武場内の客席は真希と藍華の手合わせを一目見ようと訪れた刀使や折神家職員達でほとんど埋まっていた。
紫が推挙した刀使である藍華の実力をこの目で確かめたい者もいれば、単に真希目当てに来た者もいた。
「(大丈夫……恐くない……不安じゃない……)」
「(剣崎。僕は全力で君に挑む。君が親衛隊に相応しい実力があるか確かめさせてもらうよ)」
藍華は真希を目の前にし彼女の唯ならぬ闘気に恐怖を感じたが、そう自分に言い聞かせリラックスさせる。真希は最初の親衛隊としての、そして紫の威厳を守るために剣崎を全力で倒すことを決意した。紫の見る目を疑う事はしない真希だが、親衛隊に推挙されるに足る実力を藍華は持っているかどうか彼女自身も確かめたかった。
「うわー……たくさん集まったね」
「親衛隊幹部同士の試合なんて、滅多に見られるものではありませんからね」
「ほとんどは真希さん目当ての方々のようですが」
真希側のダッグアウトには結芽達がおり、そこには紫の姿もあった。
紫の視線は藍華と真希だけを捉え、彼女の戦い振りを目に焼き付けようとしていた。
「構え!写シ!」
審判の合図と同時に2人は御刀を抜き、真希は自身の御刀である薄緑(うすみどり)を正眼に構え、藍華は腰を少し落として八相構えをとる。
そして2人は身体に微かな白い光を纏った。
写シ。刀使の基本戦術であり最大の防御術だ。写シを発動させている状態では、わずかな痛みと精神疲労を代償に実体へのダメージを肩代わりさせることが出来る。
しかし、写シは無敵ではない。腕を斬り落とされればその部分は消失し
まい、傷を受けすぎると写シは剥がれ気を失うこともあるのだ。
その写シを纏った2人はいつでも相手に飛び込んでいけるよう臨戦態勢をとる
「…。あ始め!」
審判の合図と同時に仕掛けたのは真希だった。真希は迅移(じんい)という御刀を媒介として通常の時間から逸して加速する攻撃術を発動させ一気に藍華との距離を詰め、薄緑を彼女にめがけて振り下ろした。
藍華は微塵丸で防御の構えをとり、真希の一撃を受け止める。刀同士がぶつかって鳴る音より遥かに重い剣戟音が練武場内に響き渡った。
強い衝撃が御刀から伝わり、藍華の両腕と肩に痛みと痺れを与える
「(ッ!重い!)」
真希はそこから攻撃の手を一切緩めず、無数の斬撃を藍華に叩き込む。
藍華の微塵丸は全長約1メートルの大太刀で薄緑と比べてリーチは勝るものの、取り回しは劣る。
リーチの長い大太刀は相手に密着された状態では真価を発揮できない。
真希の狙いはそれにあり、藍華に反撃の隙を与えず一気に倒す戦法を取ったのだ
「(これで根を上げるなら、僕は君を親衛隊第五席とは認めない!)」
藍華は真希の猛攻を防いではいるが、ロクな反撃も出来ず完全なジリ貧の状態に立たされていた。距離を取ろうと迅移で後ろに下がっても真希はそれを許さず、即座に迅移で距離を詰めて息つく暇を与えないよう攻撃を続ける
「もうー。剣崎お姉さん全然ダメじゃん!」
完全に防戦一方な藍華に結芽は頰を膨らませながらそうぼやいた。親衛隊第一席である獅童真希の猛攻を受け止め続けるのは並の刀使では到底できないことだ。しかし、ただ防御に優れているだけでは真希はもちろん結芽達は藍華を第五席として認めはしないだろう。この試合を見て寿々花と夜見も藍華の実力に疑いを持ち始めていた。
「(しまっ!)」
真希の斬り上げに防御の構えを崩された藍華は、両腕を上げ腹を晒す状態となった。真希はそれを見逃さず藍華の胴払いを叩き込もうと薄緑を渾身の力で振る。真希の勝ちだ。結芽達と観客達はそう確信した
「(大丈夫!私は負けない!)」
藍華は左手を微塵丸から左手を離すと、握り拳を作り手の甲で薄緑の刃を受け止めた。その拳は黄金色に輝いていた
「(金剛身を片腕だけに!?)」
金剛身。写シとは異なり短時間しか持続しないが、身体全身に金剛石の如き硬度を得ることが出来る防御術だ。
しかし、藍華は拳にのみ金剛身を発動させるという真希や他の親衛隊メンバーにも見たことも聞いたこともない芸当をやってのけた。
藍華は金剛身を発動させた左拳で薄緑を払い退けると、真希は微かに体勢を崩した。
「(今度はこっちの番!)」
右手のみで微塵丸を真希に目掛けて振り下ろすが、真希は迅移で藍華の左側面に回り再び攻勢に出る。藍華はそのままの状態から真希に体重を乗せた体当たりを喰らわせ無理やり距離を取らせると、微塵丸を両手で握り直して体幹を軸にして大きく薙ぎ払った
「だぁぁぁぁ!」
「クッ!」
真希は藍華の一撃を御刀で受け止めるが、渾身の力で振るわれた微塵丸は真希の防御を崩し床に転倒させ、仰向けとなった真希に向かって微塵丸を全力で振り下ろす。
「せいやぁぁぁ!」
真希はすかさず迅移で藍華の右に回り攻撃を回避する。藍華の尋常ではない腕力と大太刀微塵丸の重さと自身の体重を乗せて振り下ろされた一撃は木目の床を砕き、辺りに木片を散らばらせた。
真希は大きな隙を晒した藍華の左胸に突きを放つが、金剛身を左胸のみに纏い攻撃を防いだ。両者は仕切り直すために互いに距離を取り、睨み合いとなる
「(流石真希さん……!これが親衛隊第一席の実力!)」
「(堅固な防御に全てを薙ぎ倒す攻撃……!これが紫様が認めた実力か!)」
二人は互いを称賛しながら、相手に攻撃を仕掛ける隙をうかがっていた。どちらも息は乱れており、これ以上勝負が長引くのは互いに好ましくない状況である。
藍華と真希は互いに八相構えを取ると、同時に迅移で加速し相手の懐へ飛び込んだ。藍華は微塵丸を袈裟懸け目掛けて振り下ろすが、真希は迅移でその一撃を躱し、藍華に大きな隙を作らせた。
「(悪いけど……これで最後だ!)」
真希は藍華が金剛身を発動させるよりも速く御刀で彼女の胴を横薙ぎに切り裂いた。真希の一撃に写シは剥がされた藍華は糸の切れた人形のように仰向けに床へ倒れ込んだ。
「うぐっ……」
「それまで!勝者!獅童真希!」
審判は真希の勝利を宣言すると客席の観客達はベストを尽くし戦った二人に拍手を送った。真希は御刀を鞘に収めると倒れたままの藍華に近づき手を差し出した。
「見事だったよ。立てるかい?」
「……はい!真希さんも凄く強かったです!流石は親衛隊第一席ですね!」
藍華は真希の手を掴み身体を起こすと、笑顔で彼女にサムズアップしてみせた。藍華の屈託のない笑顔を見て真希を笑みを浮かべる。
「さて……君の歓迎会を開きたいところだが、まず寿々花に叱られに行かないと……」
藍華は真希の言っている事が理解できなかったが、直ぐにお叱りを受ける必要があることを理解する。ここは御前試合で毎年使われる練武場であり、もちろん今年もここで試合は行われる。その練武場の床を砕き大きな亀裂を作ってしまったのだ。
藍華は恐る恐る寿々花達がいるダッグアウトに視線を向けると、寿々花は背後にドス黒いオーラを出しながら笑顔でこちらを見ていた。結芽は苦笑いを浮かべ、夜見は無表情、紫はため息を吐いて呆れた様子だった。
「だいじょーぶ……こわくない……こわくなーい……」
藍華はその後、正座し脚が痺れるほど長い寿々花のお叱りを受ける羽目となった。