『発生場所には既に機動隊が展開中!民間人の避難誘導を行っています!現場に急行してください!』
「了解です!」
藍華は右耳につけられたイヤホンから聞こえるオペレーターからの連絡に応答する。白いネイキッドタイプのバイクを走らせ、荒魂が出没した地点へと急行していた。両肘と両膝には黒いプロテクターを付け、バイク用ヘルメットを被り、防塵用のバイクゴーグルをかけていた。
その前には折神家所属の刀使が任務に使用する専用装甲車が2台走っており、先頭は真希と寿々花が乗り、その後ろには真希が指揮している部隊に所属する4人の刀使が乗っていた。
今回は藍華が初の親衛隊での荒魂討伐任務だ。荒魂の発生場所は、以前に藍華が親衛隊配属初日に訪れた駅前広場である。現地の機動隊からの報告によると、大型荒魂と十数体の小型荒魂と共に民間人を襲っているようだった。今日は週末の昼間で広場にはたくさんの民間人がおり、対処が遅れれば多数の死者が出かねない。
それは藍華も勿論分かっており、自分1人でもいち速く現場へ到着したくてたまらなかった。
人が荒魂に襲われ死に、人々から笑顔が消えて涙が流れる。それは藍華にとって自分が傷つくことよりも恐ろしいことだった。
「(速く!もっと速く!)」
『藍華!他の車両と足並みを揃えてくれ!こちらは君のように小回りが効かないんだ!』
「でも!急がないとみんなが!」
『君の気持ちは分かる!だが、僕たちはチームで対処するよう紫様に指示を受けたはずだ!』
バイクのスピードを上げ、装甲車を追い越した藍華を真希は諭すように通信で叱咤する。藍華と一戦交えた真希は彼女の実力は理解していた。たが、今回の相手は人の言葉など理解せず、本能のままに人を襲う異形の化物だ。優れた刀使でも多数の荒魂に囲まれれば命の保障はない。
何度も部隊を率いて荒魂を斬り祓ってきた真希はそれを十分理解していた。
『君が心優しい刀使なのは知っている。だからこそ、君を一人で戦わせたくないんだ』
「……すいません」
藍華はバイクのスピードを落とし、再び装甲車の後ろにつき足並みを揃えた。
「真希さん……やはり彼女は……」
「ああ、分かってる。紫様の仰っていた通り、しばらくは僕達がついていた方が良いだろう」
真希は顔を曇らせながら寿々花にそう答えながら、昨日の紫からの警告を思い出す
夜見の大量のおむすびで祝った藍華の歓迎会の後、部下の刀使から「紫様が真希様と寿々花様、夜見様にお話があるようです」と伝えられた。3人はおむすびを頬張っている藍華と、それを呆れた様子で見ている結芽を残し執務室へと向かった。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。藍華についてだが、彼女からあまり目を離すな」
「それは……どう言う意味でしょうか?」
3人は紫の指示に疑問を持ったとき、紫はデスクの引き出しから荒魂討伐の報告書が入ったファイルを取り出した。
「藍華が参加した全ての荒魂討伐任務の報告書だ」
真希はファイルを手に取り、最初の報告書を読む。ページをめくるたびに表情は険しくなる。横から報告書を読んでいた寿々花は微かに目を見張り、夜見は無表情のまま報告書を黙読していた。
彼女達が驚いたのは、藍華が全ての任務で負傷していたからだ。負傷原因は全て、同行した刀使や民間人を庇ったのが原因であり、軽い打撲や浅い切創から、中には命を落としかねない重傷を負った任務もあった。
「紫様……これは……」
「その報告書を見ればわかるように、藍華は他者を救うためなら自身が傷つくのを厭わない。」
「お人好しな方だとは思ってはいましたが……」
「紫様。なぜ剣崎さんを親衛隊にスカウトされたのですか?」
「……今は詳しくは話せない。都合がいい話だが、信じて欲しい。」
夜見は無表情のまま紫にそう問うと、紫は淡々とそう答えた。
実力以外にも紫が藍華を親衛隊第五席に任命した理由。それが分からずとも、真希達は紫の判断に狂いはないと信じていた。
「承知しました。藍華に無茶をさせないよう我々が注意を払います」
「来るぞ!構えろ!」
数十人の機動隊を率いている隊長が叫ぶ。
ムカデのような体と鬼のようなツノが生えた頭を持つ全長約30mほどの大型荒魂が、鬼の顔に四つの足が付いたような外見を持つ小型荒魂を率いて機動隊へと接近していた。
機動隊達はライオットシールドを構えて横一列に並び、フォーメーションをとっていた。重火器も勿論装備してはいるが、御刀でなければ祓えない荒魂には一時凌ぎにしかならない。
放置された車両や広場に植えられた木を蹴散らし薙ぎ倒しながら猛接近し、隊員達をその巨体で叩き潰そうと体を高く上げた。だが、その巨体は振り下ろされることはなかった。
「せいやぁぁぁ!」
藍華は写シを纏い一時的に筋力を強化し、超人体な力を発揮する刀使の戦闘術である八幡力(はちまんりき)を発動させた。
八幡力により強化された脚力と迅移を組み合わせて高く飛び上がり、数メートル上の大型荒魂の頭部へ金剛身を纏った両脚でドロップキックを食らわせた。
まるで巨人に殴られたように荒魂は仰け反り頭部は甲殻に大きなクレーターの様なヒビが入る。
藍華そのまま落下し、八幡力で落下時の衝撃を和らげ着地。八相構えをとり大型荒魂と真正面から対峙する形となり、左右後方には真希達が御刀を抜き構えをとっていた。
「皆さん!後は私たちに任せてください!」
「藍華!大型の注意を引いてくれ!僕達は小型を手早く片付ける!」
「その後は一気に大型を片付けますわよ!」
大型荒魂は藍華達へ向けて耳をつんざくような咆哮をあげる。黒ずんだ巨大な体に、全てを噛み砕く大きな牙。恐怖に足がすくみ逃げ出したい欲求に駆られる。
だが、それは許されない。
荒魂を斬り祓い人々を守る。それは刀使の使命だからだ。
「(大丈夫!恐くない!負けない!)」
藍華は自分にそう言い聞かせた。
真希達が迅移で素早く左右に展開すると同時に迅移で距離を詰め胴体に向けて微塵丸を叩き込む。鈍い打撃音が鳴り響き甲殻の欠片が宙を舞う。
藍華をなぎ倒そうと上体を鞭のように横に振るうが、迅移で腹下に潜り込まれて空を切る。
荒魂にも仲間意識があるのか、小型荒魂達も藍華に襲い掛かろうと走り寄るが、真希達にたやすく阻まれる。
お互いの死角をカバーして一体一体を確実に仕留めていく。真希と寿々花はもちろん、他の刀使達も小型荒魂に引けを取っておらず、その剣技は並みのものではなかった
小型荒魂達は次々と斬り伏せられ、オレンジ色の水たまりへと変えられた。
「藍華さん!まだ耐えられますか!?」
「はい!全然大丈夫です!」
長い胴体に等間隔にある甲殻同士の隙間に、微塵丸の刃を深々と突き刺し、そのまま抉るように強引に切り裂く。大量のノロがアスファルトの地面に滴り落ち、大型荒魂は悲鳴のような鳴き声をあげた。
「小型は殲滅した!大型への攻撃を開始!」
真希の指示と同時に、刀使達は大型荒魂の尻尾側の胴体へ攻撃を加えた。数百以上もあるでろう脚は次々と切り落とされ、胴体には無数の刀傷を付けられた。
あと一息。そう藍華達が確信したとき、大型荒魂はその巨大な頭と尾を、まるで発狂したかのように力任せに振り回し始めた。
剣撃により剥がれかけていた甲殻が剥がれノロが流れ出すが、そんな事を構う様子はない。
「きゃあっ!!」
藍華達は堪らず迅移で距離を取り回避するが、一人の刀使が逃げ遅れ反射的に御刀で攻撃を受けた。身体中が砕けてしまいそうな衝撃を受け、十数メートルほど吹き飛ばされた。
大型荒魂になぎ倒された自動車に背中から激突し、写シが消えて力無く地面に崩れ落ちた。
大型荒魂は力無く倒れ込んだ獲物を見逃さなかった。トドメを刺すために地響きを立てながら獲物に向けて突進する。獲物を噛み砕こうと牙を突き立てるが、その牙は微塵丸の刃に阻まれた。
「こんのぉぉ!!」
藍華は雄叫びをあげながら迅移で距離を詰め、右側面から八幡力を用いて微塵丸を渾身の力を込めて振るった。大型荒魂の頭は大きくかち上げられ、巨大な牙を粉砕された。
「寿々花!」
「分かってますわ!」
その隙を逃さず、真希と寿々花は大型荒魂の胴体を挟み、お互い交差するように迅移で駆け抜けた。胴体は真っ二つになり、大型荒魂はもがき苦しみ身動きができない状態に陥った。
「藍華!」
「はい!」
藍華はその場から高く飛び上がり、彼女自身の腕力と落下による位置エネルギーが合わさった斬撃を頭部に叩き込んだ。
「せいやぁぁぁ!」
藍華の一撃を受けた大型荒魂は地面に叩きつけられ、頭部を微塵に砕かれた。大型荒魂は地面に倒れ少しの間だけ体を痙攣させたが、すぐに動かなくなった。
藍華は微塵丸を血払いし鞘に収めると、すぐに気を失っている刀使に走り寄る。
「藍華……様……」
「うん。もう大丈夫だよ」
無事を確認した藍華は彼女に優しく微笑んだ。肩を貸し、機動隊の医療班が待機している場所へと歩く。
真希と寿々花に向けて「やりました!」と言わんばかりに笑顔とサムズアップを彼女達に見せた
「陽気なものですわね」
「ああ。でも、紫様が選んだ理由が分かった気がするよ」
2人はそう話し、藍華に微笑みながら頷いた。