刀使ノ巫女 笑顔の守り人   作:桜庭カイナ

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第六話

うん。我ながらなかなか!」

 

早朝のまだ誰もいない執務室で藍華は一人ウキウキ気分でそう呟く。

親衛隊には正式採用された制服が支給され、それを着て親衛隊は公務を行う。制服はある程度の改造は許可されており、藍華はワイシャツの袖を腕まくりし、機動性を考えスカートを少し短く切っている。

だが、今はその改造の範疇を超えている格好をしていた

 

「おむすび藍華ちゃん!夜見さんを笑顔にするの巻!」

 

藍華はいまおむすびの着ぐるみを着ているのだ。正確には白い三角の形をして、中央には顔を出す穴が空いている着ぐるみである。親衛隊第五席としての威厳などまるで無い。

 

そんな威厳無しの藍華が、何故こんな奇抜な格好してるかと言うと夜見の笑顔が見たいからだ。

 

夜見は普段無表情で、藍華は彼女の笑顔を見たことがない。

そして藍華なりに考えた夜見を笑わせる方法は、おむすびの着ぐるみを着て早朝の執務室で待ち伏せし、必ず一番に執務室へ来る彼女を驚かす事だ。

 

「夜見さんはおむすび大好きだから、きっと喜ぶはずだよ!」

 

そんな色々突っ込みどころがある期待を胸しながら、夜見が来るのを首を長くして待っていた。

すると、廊下から聞こえてきた足音が大きくなり執務室のドアが開く。

 

「わー!大変だ夜見さーん!私おむすびになっちゃったー!」

「………」

「……あれ?」

 

目の前には夜見はいた。しかし、彼女の前には赤いスーツ姿の女性がいた。

鎌府女学院学長の高津雪那である。藍華は高津学長とは初対面であり、第一印象が決まる大事な初対面の格好がおむすびの着ぐるみ姿である。

 

「……剣崎藍華……何をしている?」

「おむすびの着ぐるみです。どうですか?」

「どうですか?ではない!親衛隊第五席が何故早朝からそんな間抜けな格好をしていると聞いている!」

「いやあ、夜見さんはおむすびが好きだから喜ぶかなって」

 

高津学長は眉間に青筋を張って声を張り上げるが、藍華は動じた様子を見せずに淡々と質問に答える。彼女は人の怒っている様子を感じ取れないのではないかと疑いたくなるほどに。

 

「高津学長ですよね。初めまして。知ってるとは思いますが、名刺をどうぞ!」

「結構だ!職員達や刀使達から聞いている!貴様が妙な名刺を配っていることをな!」

「まあまあ。せっかくですし」

「いらんと言っている!いい気になるな!この人間もど…ッ!」

 

高津学長は何を言いかけるが、口に片手を被せて言葉を飲み込んだ。

 

「もど?」

「なんでもない!夜見!報告書は後で私に届けるように!」

「承知いたしました」

 

高津学長はそう言い残すと踵を返し、ドアを力強く開け執務室から立ち去った。

 

「んー?学長は何を言いかけたんだろう?」

「私には分かりかねます。それより藍華さん、その着ぐるみはどちらで入手されたのですか?」

「ん?ネットサーフィンしてたら偶然見つけてさ!即日配達できたから買ったんだ!どうかな?」

「はい。自分自身がおむすびになるとは、ユニークな発想で良いかと」

「ほんと?やったぁ!」

 

夜見の感想が余程嬉しかったのか、藍華ははしゃぎながら笑顔でサムズアップする。

夜見を笑わせることは出来なかったが、藍華は着ぐるみ姿を褒めてくれたと思って満足していた。

 

「ですが、公務をするのには適していませんので脱いでください。剣崎さんが着替えている間に紅茶を入れますので」

「うん。ありがとう」

 

藍華は着ぐるみを脱ぎ、執務室の隅へ置くとソファーに腰掛ける。

夜見は入れたての紅茶が入ったティーカップを藍華の前のテーブルに置き、自身も彼女の横に腰掛けた。

藍華は「いただきます」と言い、紅茶を飲む。フルーティーな香りに心地よいスッキリとした味わいが口の中に広がる

 

「美味しい!この香り好きかも!」

「それは良かったです。こちらはアールグレイと言って、産地が決まっているダージリンやアッサムとは違い、ベルガモッドと言う柑橘系の果物で香り付けしたフレーバーティーの一種です」

「へぇー…。夜見さんは紅茶にも詳しいんだね」

 

再びアールグレイの香りを楽しみながら、紅茶を飲み干す

 

「そういえば、夜見さんは高津学長の補佐も務めてるんだっけ?」

「はい。あの方が何も無い私に親衛隊となる機会を与えてくれた恩人ですから」

「何も無い?夜見さんが?」

 

親衛隊第三席を務めるほどの実力を持ち、紫と高津学長の補佐を務め、美味しいおむすびと紅茶を作れる。

そんな彼女が自身を「何も無い」と謙遜したのが藍華にとって理解できなかった

 

「はい。見ていてください」

 

夜見は右手の親指を口にやり、自身の糸切り歯を突き立てる。

傷からは少量の血が滲み出し、そこから小さな黒い蝶が現れた。

まるで荒魂の眼のような模様がある羽を羽ばたかせて飛び立つ。

 

「すごい……これ荒魂?」

「はい。この荒魂は私の体内から生まれたもので、主に偵察に運用しています。この力は学長からの贈り物なんです。御刀に選ばれずに……何もなく……何にもなれなかった私への……」

 

夜見は親衛隊になる前の無力な自分を思い出しながら、そう呟いた。

 

「高津学長は夜見さんにとって大切な人なんだね」

 

自身の人差し指に止まった夜見の蝶を眺めながら、藍華はそう言う。

 

「夜見さんは、こうやって高津学長がくれた力を使いこなしてるんだね。なら、もっと自信を持った方がいいよ?」

「自信……ですか。ですが、その力は私自身のものではなくて、高津学長から授かったものですので」

「ううん。誰かの為に頑張れるのは、本当に凄いことだよ。それが授かった力でも、夜見さんはそれを使いこなして紫様や学長の為に頑張ってるんだから」

 

藍華は微笑みながらそう言ってサムズアップする

夜見にとって藍華の笑顔は、太陽の光のように眩しく見えた。まるで生きている世界が違うように。

彼女はどんな幸せな人生を送ってきたのだろうと、夜見は少し興味を抱いた。

 

「でもノロかぁ……。私もノロアンプルを注射したけど、特に変わった感じはしなかったなぁ」

「……え?剣崎さんは投与の際の副作用が起きなかったのですか?」

「うん。研究員の人達もビックリしてた。注射する時にチクッとはしたけど、後は別に」

 

夜見は目を丸くした。ありえないと。

荒魂の正体とも言える物質であるノロを投与し、身体に異常がないなど。体質の違いで片付くほど軽くはない

真希や寿々花に結芽、もちろん夜見も投与時に副作用に襲われた。身体中に痛みが走り、頭が割れてしまいそうな頭痛、胃まで吐き出してしまいそうな吐き気に嘔吐に苦しんだのを夜見は今でも鮮明に覚えていた

 

「(剣崎さん……貴女は一体……)」

 

夜見は府に落ちなかった。藍華の生い立ちに何か秘密があるのではないかと頭には疑心の渦が広がる。

 

「ん?夜見さん?」

「あら?早いですわね藍華さん。おはようございます2人とも」

「おはよう、2人とも」

「おっはよー!夜見お姉さん!藍華お姉さん!」

 

執務室のドアが開き、真希と寿々花が入室する。そこには珍しく結芽の姿もあった。

藍華はソファーから立ち上がり、3人に笑顔で挨拶をする。

 

「おはよう、みんな!」

「ああ。ところで……あれは?」

「ああ、あれですか?」

 

真希は室内の隅に放置されたおむすびの着ぐるみを指差すと、藍華は着ぐるみを手に取り再び着ぐるみ姿となる

 

「うわー!どうしよう!私……おむすびになっちゃったー!どうですか?」

「えっと……」

「あ、ああ……」

「うわぁ……」

 

藍華は夜見が来たときと同じように着ぐるみ姿で寸劇を始めて感想を求めた。

苦笑いとユニークだという感想が3人から返ってきたのは言うまでもない

 

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