《児童養護施設 あおぞら》
折神家が設立した児童養護施設であり、主に荒魂に両親を奪われた子供達を養護する場所だ。藍華の育った場所でもあり、そこには今の自分を育ててくれた恩師がいた。
某月末の15時頃。藍華はあおぞらの正門前にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。
今の藍華は親衛隊制服ではなく、灰色のフード付きパーカーとジーンズ姿だった。
2つの大きな紙袋を両手に持つと、運動場でドッジボールや鬼ごっこをして遊んでいる子供達の元へと歩いていく。
「あー!藍華ー!」
「久しぶり!藍華お姉さーん!」
一人の子供が藍華に気づき歓喜の声を上げると、他の子供達は遊びを中断して藍華の元へと一目散に走り寄り、藍華は十数人の子供達にすっかり囲まれた。
「はいはーい!良い子にしていたみんなに、藍華お姉さんからお菓子のプレゼントがありまーす!」
紙袋からチョコレートやクッキーなどが入ったお菓子の詰め合わせを取り出して、子供達に渡す。
これは藍華が刀使の給料日である月末に必ず行っていることであり、綾小路在学時代からの習慣となっていた。
子供達の為のお菓子の詰め合わせを人数分購入し配ることは、藍華にとって月一に欠かせない習慣となっていた。
我先にと詰め合わせを受け取ろうとする子供達を並ぶように嗜めながら、配っているとスカイブルーの校舎の中から藍華にとって恩師であり、母親代わりである女性が現れた。
「元気そうで何よりね。藍華ちゃん」
黒く背中まで届く長い髪に、琥珀色の眼。おっとりとした印象を受ける顔つきを持ち、赤いフレームのメガネが印象的な女性が藍華に話しかけた。胸には《施設長:榊 千里》とプリントされたネームプレートが付けられていた
「千里(ちさと)先生!」
藍華は母親に甘える子供の様に千里に抱きつくと、彼女は藍華の頭を優しく撫でる。まるで親子が戯れているかの様な微笑ましい光景である。
「また大きくなった?」
「うん!たくさん運動して、たくさん食べたからね!」
「能天気なのは変わってないみたいだな?」
そうクールな印象を受ける声が聞こえ、藍華が声の主に目をやると第二の恩師がそこにはいた。
紺色の短髪と眼を持ち、灰色のスーツ姿の女性がいた。
藍華の母校であった綾小路武芸学舎の学長である相楽結月だった
「結月さん!わぷっ…」
「いい加減に相楽学長と呼ばんか」
千里にしたように抱きつこうとするが、結月の掌に顔を押され阻まれる
「あたた……。なんで結月さ……相楽学長があおぞらに?」
「公務が珍しく早く終わってな。少しだけ千里と話そうと思ったんだ」
「会うのは随分久しぶりだものねぇ」
千里は懐かしむように呟く。
千里は結月と同じ綾小路武芸学舎での同期であり、相模湾岸大災厄では大荒魂を討伐に向かう選抜メンバーに選ばれなかったとはいえ、負傷者の手当てや民間人の避難指示などバックアップとして活躍した過去を持つ。
「とりあえず立ち話もなんだし、座りましょうか」
そう言って千里は近場にあった木製ベンチに腰掛けると、藍華と結月は彼女の両端に座る。
「あ、そうだ!ニ人にはまだ渡してなかった!これどうぞ!」
藍華はニ人に自称渾身の出来である名刺をフード付きパーカーのポケットから取り出して、結月と千里に渡す。
二人は真希達のように苦笑いを浮かべる反応ではなく、胸を撫で下ろしたかのような笑顔を藍華に見せた。
「親衛隊の一員となっても、お前は変わらないな」
「えぇ。でも、貴女はそれでいいのよ」
「えへへ♫」
二人は藍華の頭を丸で我が子を愛でる両親のように優しく撫でる。
唯一荒魂を斬り祓う力を持つ刀使。だが、その刀使も生身の人間であり年端もいかない少女達だ。
得体の知れない化物から人々を守る為に、刀を手にし立ち向かう。
肉体精神ともに未熟な少女達が背負うには重すぎる責務だ。
任務で命を落とし、愛する子に先立たれた悲しみに暮れる家族に見送られた者や、仲間の死を目の当たりにしてトラウマを背負い刀使を引退した者は少なくなかった。
だが、藍華は生きている。
人々の笑顔を守る為に御刀を手に取り戦い続け、周りに笑顔を振りまいていた。その事実が結月と千里を安堵させた。
「相楽学長に撫でられたの久しぶりな気がする」
藍華は笑顔で少し恥ずかしげにそう言う。その反応が彼女もまた幼い少女である事を現していた
「藍華。親衛隊との仲はどうだ?」
「そうそう、気になるわぁ。私は直接会えた事ないから」
「うん!」
真希はクールな第一印象とは裏腹に、真っ直ぐで熱い闘志とそれを体現したような強さを持つ刀使。
寿々花は見惚れるほど優雅で、鋭い洞察力を持つ親衛隊の頭脳的存在。
夜見は忠義に厚く、恩人のために必死に努力できる素晴らしい人。
結芽は無邪気で愛らしく、実力の証明のために戦う子。
藍華は親衛隊メンバーをそう紹介し、対面での印象や名刺を自分らしいと褒めてくれた事、おむすびの着ぐるみをユニークだと言ってくれた事も話した。
結月と千里は藍華の「褒めてくれた」は決して純粋な称賛ではないことは分かっていた。
あおぞらで暮らしていた彼女を知っている二人には、親衛隊メンバーがどんな反応をしたかは容易に想像できた。
「またお前は反応に困るような真似を……」
「そんな事ないよ?みんな褒めてくれてたし!」
「(まあ、藍華ちゃんがそういう子だと知ってたら正直に言いづらいわよねぇ……)」
「まあ、お前が元気にやっているならそれでいいさ」
結月は諦め気味に言うと、藍華の足元にドッジボール用のボールが転がってきた
「藍華お姉さーん!一緒にドッジボールしよー!」
「やろやろー!」
藍華は足元のボールを拾い上げると、結月達の見る。二人が頷くと、彼女はボールを抱えて子供達がいるドッジボール用コートへと駆け寄っていった。
「よし!藍華!行きまーす!」
藍華は子供達の輪に入り、ドッジボールを楽しむ。
子供達にボールをうまくキャッチできるように投げ、自チームの子供に当たったボールを地面につく前にキャッチしたり、子供達が楽しめるようにドッジボールに参加していた。
「ねぇ結月……あの子に不幸は似合わないわよね?」
「当たり前だ。もうあんな目には遭わせない為にこのあおぞらに入所させたんだ。そして綾小路に入学させ、親衛隊に入隊するよう促した。私とお前、紫と共に藍華を導く為にな」
千里は結月にそう問うと、彼女は愚問だと言わんばかりにそう返した。
藍華の笑顔はもう二度と絶やさせてはならない。
二人の金剛身よりも固い決意は今も変わらずにいた。