異邦のグルメ   作:ぱらさいと

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唐人街の路地裏 牛肚(ニゥドゥ)鴨血(ヤーシェ)毛血旺(マオシェーワン)

「食事は懇親会で済ませてくる。今日は遠慮せず羽を伸ばしてくれたまえ」

 

 恭しく腰を折り曲げてベスネル教授を見送る。

 教授は恰幅のよい身体をダークグレーのチェスターフィールド・コートで包み、首元には黒いベルベットのストールを巻きつけて、揚々とホテルのフロントを離れていく。そのあとを追うように着飾った修士課程の男子学生が小走りになる。一瞬だけ振り返ったのは、アメリカ民俗学協会の会員たちに紹介されることがない私を嘲笑ったのだろう。ドイツ系の……彼の性癖に従うなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()謹厳実直な風貌をしておいて、意外に俗っぽい男だ。だいいち教授は既婚者である。そんな御仁が(他の院生と比較して)歳の近い未婚の女性を連れていたら、醜聞を呼ぶに決まっている。これでインスマスの相貌だとかゴブリンのような顔立ちならいざ知らず。絶世とは言わずともこの私は群を抜いた美女なのだ。スキャンダルの火種を蒔く必要はどこにもない。

 殿方二人を乗せたフォードがホテルを発つ。

 教授はけして「留守番」とは仰らなかった。

 正確には「羽を伸ばすように」である。

 民俗学協会の懇親会で振る舞われる料理など程度が知れる。アメリカでなくとも、それこそ東京でもベルリンでもロンドンでも、カネを払えばいつでも口にする機会を得られるような高級品だ。そんなありふれた味なぞ老後の楽しみだ。いま私がすべきは、このボストンでなくては出会えない味覚を探す――これに尽きる。

 真冬のマサチューセッツは心底冷える。昼下がりにはいくらかマシになるが、今日の空模様は分厚い雲が覆い尽くしている。これでは雪を警戒した方が賢明というもの。早速部屋に引き返し、慌てて傘とコートを用意する。なにかしらの土産物も揃えたい。猶予は半日ばかり。ごく限られた時間で二つの目標を達成せねばならない。責任は重大だ。

 とりあえず支度を済ませてボストン市街へ。連日の大雪で街は真っ白である。

 風情もなにもないモダン建築で構成された街並みも、こうすればいくらか正視に耐えうるレヴェルまで昇華されるらしい。アーカムの景観と比べてあまりにも味気ない。最低限まともな顔なら化粧で誤魔化せるのと同じだ。結局、都市というのは人間の創造物であるから、その性質は創造主たる人間と似通ったものになるということだ。観察していてまったく面白味に欠けるのはここボストンの住民に通ずるところもあるか……?

 偏屈で前時代的で閉鎖的なアーカムの方がよほど味わい深い。

 ここは……正直に言って現代的すぎている。市街散策はさっさと切り上げて、美術館でも訪ねてみるべきか。こんな凍えるほど寒い風を浴びてまで鑑賞するほどでもないのだし。

 

 ボストン美術館の収蔵品で私が一番好きなのは古代エジプト美術である。印象派に関心はないがこちらはいつ見ても面白い。

 仏教美術とは異なりながらどこか類似した優美さを感じるあの繊細で柔和な曲線。

 女性的な人体表現と写実的な服飾品の造詣……まったく関連性のない二つの文明に由来しながら、目指した『美』へ至るまでの過程がこうも似通ったものになる。違っているというのはごく当然のことなのだ。同じ救世主を描いたとしてもイエスス・ハリストスとイエス・キリストでまったく異なる技法が用いられているように。類似性が多ければ多いほどに面白くなるのだ。文化の系譜が異なれば異なるほどいい。

 副葬品だけでも一晩語り明かせそうだ……しかし古代エジプトの死生観において特筆すべきは、ミイラである。防腐処理を施した遺体。色鮮やかな棺は生前の姿を象り、全体を覆い尽くす象形文字はこの死せる者の魂を預かる神々への賛辞なのだという。冥福と来世の復活を祈り、朽ちた肉体を未来へ遺そうとするその信仰は、言葉では表し尽くせない情動を私の内に燃えあがらせる。

 ただ再会を望むのではなく。原初の王の如くに甦える。それは太陽の浮き沈みと月の満ち欠けにも等しく、太陽信仰の形態としても私に衝撃を与えたのである。悲しいかな考古学や人類学というものは学問としてまだ若い。成立以前の時代におけるミイラの扱いはあまりにも杜撰を極め、無理解がもたらす暴力的な側面を認めざるを得ない。

 嘆かわしいことである。

 西洋列強が未開の地へもたらした『文明の光』などと……。

 そんなもの『災厄の炎』でしかあるまい。地球上の遍く都市でガス灯と白熱電球が輝かなくてはならない道理がどこにある。

 夜は暗いからいいのに。でなければ朝陽のありがたさが失われる。

 いつかビルマの伝説にある首狩り族を訪ねてみたい。否、訪ねなくては。『文明』によって浄化される前に。この手で彼らの信仰の系譜を、その源流を、私自身が知りたいから。でなければ死んでも死にきれない。いくら若々しくて見えようと。私の人生は周りの学生たちより残り短いのだ……人類学、あるいは宗教学へ触れた時期が遅すぎた。

 

 エジプトの民が永遠の命に憧れた理由が痛いほど分かる。

 

 人生という時間が、与えられた残り時間が、あまりに短い。

 

 ………………溜め息を禁じ得ない。

 求めてもけして届かないもどかしさ。

 無論、道理としては不可能であり非現実の事象と理解しているが、それでも、喉から手が出るほどに欲しいのだ。『永遠』というものが。

 

 

 

 物想いに耽るのもときには悪くない。

 けれど空腹はいつだって突然にやって来る。感傷を振り払って美術館を飛び出す。さあ何を……いやまずはどこへ行けば。大人しくあたたかいクラムチャウダーを啜るか、アーカムではまず食べられない牡蠣料理か……いっそ奮発して高級フレンチへ駆け込むのも悪い選択肢じゃあない。悩む。とにかく悩む。この贅沢なひとときもまた楽しい。

 街を歩きながら目につく店を確かめる。

 ポットローストというのもあったか……ホロホロに煮込んだ牛肉と濃厚なソース、煮崩れ寸前の野菜、この寒い日にはうってつけだが……アレを食べると黒々したスタウトが欲しくなる。流石にベスネル教授のお供で来ている手前、飲酒は避けないと。いや教授も懇親会で絶対に呑んでくるけれど。大概にあの方も酒好きだけれど。酔ったら間違いなく明日の予定の確認が出来なくなる。

 とすると、牡蠣もダメだ。ウイスキーなしは耐えられない。

 クラムチャウダー……クラムチャウダーは……アーカムでも毎日食べられるのだよな……敢えてこの大都市ボストンで口にするほどでは……。さてそうなるとフレンチかイタリアンか。奮発できるというところは現地ならではだが、これは違う。身体の芯から温まる。そのうえでアーカムにない味を。となるとなんだ……私は何が食べたいのだろう……。

 いつも以上に逡巡が続く。襟元をファーで飾ったコートとマフラーで寒さへの守りを固め、黙々と大通りに面した歩道を彷徨う。まず喫茶店でコーヒーを入れるか? 空腹のあまり理性を欠いてはいまいか? いや、見ず知らずの店のコーヒーは恐ろしい。博打すぎる。ダメだ。それに甘味と軽食では腹持ちの問題もある。ここはパス。

 

「どうしたものか……」

 

 立ち止まってつぶやく。言葉に出して解決策を閃くことも、ないではない。ほとんどの場合は虚しい独り言に終わるが。

 ぐるりと周囲を見渡し、街並みの変化に気づいた。

 雑然とした通りの景観……それは各々好き勝手な方向へ傾いた電柱であったり、蓋がどこかへ去って久しいブリキのゴミ箱、あるいはアメリカの色彩感覚から逸脱した()()()()()()()()色遣いの看板たち。ウロウロしているうち中国系移民のコミュニティへ辿り着いていたようだ。

 通りを行き交う人々も東アジア系の顔立ちである。服装こそ簡素なものだが、みな声高に笑って賑やかな雰囲気だ。中には郷里の装束に身を包んで屋台を商うものもいる。悪く言えば雑然として無秩序だが、活気溢れる街を批難する方が不健全だろう。

 さて。どこかで腰を落ち着けたいものだが。しかし人通りの多い場所を狙うということは、薄利多売が前提であるのは言うに及ばず。そして原価は安ければ安いほど利益につながるわけで……やはり人気のない区画がよいのだろうか。地域住民を相手にするならば下手な真似は出来まい。サービスは別としても、品質の部分で妥協すればたちまちそっぽを向かれる。だったらこの際である。唐人街の散策も兼ねてじっくり歩いてみるのも一興というものだ。

 大通りにはまだ白人もちらほら見受けられる。ほとんどは物珍しさで脚を運び、アジア的なエネルギーの奔流に圧倒され、鯉のように口を開けてポカンと周囲を眺めているだけだ。彼らは格好のカモらしく、商魂逞しい露天商の親父たちが代わる代わるに声をかけては怪しげな護符や蒸籠の中の饅頭を売りつけようと企んでいる。巡邏中の警官もほとんど街の様子には興味がないようだ。欠伸をしながら定時になるのを待っている、そんな風情。なんだろう。大阪の街を思い出すなあ。楽しくはあったが……あの心底嫌そうな顔をしていた黑和兄が一番愉快だった。

 田舎者の癖にインテリを気取って英国の古典劇を愛好するような御仁には、この喧騒は耐え難いものがあるらしい。そんなに静かな場所がいいなら奥吉野に引っ込んで鹿でも撃っていれば良いのだ。都会人というのはいつだって理想ばかりで、田舎者は空想に耽るだけ、都会人気取りの田舎者はもはや非現実の住人ということになる。なんちゃう始末に終えない生き物だろう。

 あんな性分の癖によく真人間のように結婚出来たな。

 いや……確か黑和兄の嫁は70年生まれでなかったか?

 黑和兄は、79年か78年生まれ。なんのことはない、ただの行き遅れだ。

 あの陰気なご婦人、初対面のときから妙に老けて見えるなと思ったが、そりゃそうだ老けてんだもの。私となんて母娘ほど隔たっている。なるほど。連れ子もいないあたり私と同程度の変わり者だろう。さもなければよほど厄介な事情でもあるか……まあ、黑和兄が黙っていたのなら、瑣末なことに違いあるまい。

 それでも双子を授かるんだから夫婦仲は上手く行ってるのだ。

 だいいち結婚してない私がとやかく言えたことか。

 兄姉たちはみんな夫婦になって子供がいるんだから。男にも女にも関心のない末妹と比べればみな真人間である。一番おかしいのはこの私だ。

 ニヤついた頬が元に戻った。

 そして気づけばすっかり雑踏が消え去っていた。

 年端も行かない子供たちが薄手の格好で遊んでいる。

 その向こうでは大人たちが集まって何か話し込み、屋台や露天商も姿を消した通りは、警官も立ち寄らない区画になるらしい。

 この辺りから探した方がよさそうだ。適当な路地裏を当たろう。

 目についた薄暗い路地へ一歩踏み込む。アーカムのフレンチ・ヒルにもこうした狭苦しい道は数多くあるが、匂いが違う。嗅覚で感知すら方ではなく、個人的なフィーリングとして、差異を感じる。ここは生活の気配が濃厚だ。アーカムの路地裏はどちらかというと『隙間』である。デッドスペース。埋めようのない空白。なにもないハズなのに、なにかいるかもしれない、そんな不気味さが漂っている。けれどこの唐人街の方は隅々まで人の営みがあると分かる。なんせ路地に面した窓の向こうの人と目があうのだ。突然のことで驚いたが、向こうも驚いて目を見開いていた。

 だからお互い様。

 しばらく建物の陰に埋もれた道なき道を進む。

 大通りを縫うように渡って、何本目かの路地裏へ入って、場違いな扉を見つけたのだった。

 もちろん看板はない。だが内開きの扉は半ば開け放たれ、中からは香辛料の刺激的な匂いが漂ってくる。ご家庭の厨房の勝手口かと思ったが違う。手狭ながらホールにはテーブルと椅子が数組並んでいて、先客が一人、こちらに背を向けて一心不乱に汁物を啜っているのだ。私はどうやら定食屋を見つけたらしい。とんでもない穴場だ。果たしてどんな食事にありつけるのか、ワクワクして敷居を跨ぐ。

 店内はヒビの入った裸の電球が照らしているだけ。壁にメニューが書かれていることもなければ、お品書きの類がテーブルに置かれてもいない。なんなら厨房にいる人影はこちらに気づいているのかも怪しい。勝手に空いている席へ腰掛ける。この店の作法を知らない以上は独断でやるほかなかった。しばらく待っていると人影がぬっと動いた。訛りのある英語で怒鳴るように「メシか!?」と尋ねる。

 私も負けじと、

「お願いします!」

 と声を張り上げた。先客は黒いショートヘアに、黒いハイネックの衣服。その上に黒いオーバーオールを着込み、足元は滑り止めが付いた無骨な黒革のブーツで固めている。港湾で働いているのだろうか。それにしては衣服が汚れていないが……いや、それは偏見か。たまたま新調したばかりということもある。背格好から推察するに若い男性……まだ成人していない年齢に思える。女性にしては活動的だ。そういうファッションを好む女性について思い当たらないではないが、少なくとも世の中に二人目三人目がいるとは考えづらい。なんならそちらは露出も多いし。

 さて彼は何者だろう。後ろ姿を観察しても結論は出ない。

 直接聞いてしまった方がはやいだろうか。少し不躾ではあるが、好奇心には抗えない。

 どういう切り口で踏み込むか思案しているうち、厨房の人影がまた怒鳴った。

 

「さっさと持ってけ!」

 

 カウンターの上にドンと置かれた汁椀。その隣には富士山のように盛り付けられた白米が。素晴らしいほど庶民のメシだ。言われるがままに積み上げられたトレーへ汁椀とご飯を移し、自分の席へ運ぶ。箸とレンゲを忘れてまた引き返し、改めて座るとようやくスープの全容を改めることが出来た。

 野菜は大量の豆苗、ニラ、それに白菜も少々。主な具材は一口大に切り揃えられたスパム肉、牛の第二胃袋(ハチノス)、そしてプリプリとした赤っぽい豆腐のようなナニカ。それらをまとめて煮込んだ汁物である。唐辛子もまるまる一本浮いていて、見るからに辛そうだ。おそるおそるレンゲで汁を掬い、ほんの一口だけ啜る。煮えたぎるような熱い出汁は、肉の旨みが溶け出しつつ香辛料で引き締まった味わい。辛口の肉吸いに近いのだろうか。なかなかイケる。続け様にスパム肉を頬張り、白飯をかき込むと冷え切った身体にカッと熱が灯った。

 冬の旨辛中華風肉吸い、美味しい。これはお酒より白飯だ。何杯でもいけそうな気がする。

 赤い豆腐のような具材も齧ってみる。食感は見た通り弾力がありつつも硬すぎない。豆腐というより練り物のような印象がある。味や香りはスープに埋もれてほとんど感じられない。これは食感を楽しむもののようだ。しかしいいアクセントになって面白い。コリコリしたハチノスやスープを吸って柔らかくなったスパムとも違う。またスープをごくごくと流し込んで、茶碗の白米がそろそろ無くなりそうだと気づいたとき、猛烈な痛みが口全体と喉を襲った。

 

「…………ッ!? ………………!!!!」

 

 激しく咽せ込む。信じられない激痛。呼吸を忘れそうになるほどの刺激に、全身が拒否反応を示していた。

 そう、ひたすら辛いのだこのスープ。

 とにかく辛い! それもひときわ猛烈に!

 ゲホゲホと咳き込んで涙を浮かべる私。しかし美味しいから手が止まらない。くたくたになった野菜を食べてまた咽せる。その繰り返しを、オーバーオールの少年はニコニコと愉快げに眺めている。目の下に深い隈を浮かべた中性的な顔立ち。どこかで見た気がするけれど、いまそれどころじゃない。本当に喉が痛い。なんなら咳のしすぎで肺まで苦しい。酸欠に陥りそうだ……!

 

「面白いモノ見れたネ。オヤジ、コイツの分も我が払うよいナ?」

 

 ひどく訛った口調は女の声だった。

 まさかそんなこと、現実にあるのか……。

 白米でなんとか痛みを鎮めながらスープと戦う私に、薄笑いを浮かべる女性は優しく語りかけてくる。肩に置いた手は傷まみれだった。

 

「我、阮いうヨ。困り事あったら連絡するよいネ……それじゃ、再見」

 

 阮――そう名乗る女性はそれまでの訛りがウソのように優美な口調で「またお会いましょう」と言い、颯爽と店を去っていった。その背中を見送る私は滝のような汗と唐辛子に刺激されて止まらない鼻水に乱れ、とても人に見せられるような状態でなかった。

 けれどこのスープがまた美味しいから困る。

 ミステリアスな華僑の女性のことは一先ず置いておいて。私の意識はまた目の前の昼食へと引き戻されたのだった。

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