異世界凡夫(一人称視点ver)   作:六畳仙人(ハーメルン)

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side◼️◼️◼️◼️

 

 

 ジア——そう名乗ったアメジアに取り憑いた男には、かつて大切な母親がいた。

 

 ジアの母親は半分エルフという種族の血が混じったハーフエルフだった。

 

 村の入り口に捨てられていたまだ赤ん坊だったジアを、ハーフエルフの彼女が拾ったことで、二人の家族関係は始まった。

 

 そのため、純粋な人間だったジアとの間に血の繋がりはなかった。

 

 それでも、彼女はジアに深い愛情を注いでくれた。

 

 笑顔が素敵な美人で、穏和で、でも叱るべきことはきちんと叱る。

 

 そんな、素晴らしい母親だった。

 

 ジアも大好きな母のためにいろいろなことを頑張った。

 

 家の手伝い、勉強——特に魔法の習得を頑張った。

 

 母はエルフの血を引く優秀な魔法使いで、魔法を子供に教えるのがずっと夢だったらしい。

 

 だから、魔法が上手くなると、母は自分のことのように喜んで、たくさん褒めてくれた。

 

 ジアはそんな母のことが大好きだった。

 たくさん母親に親孝行をしてあげたいと思っていた。

 

 幼い自分にできることは、せいぜい家事や畑仕事の手伝い程度。それでも、もっと大きくなったらいつかは———

 

 そう思いながら母と穏やかな日々を過ごしていた。

 

 けれど、その想いが叶うことはなかった。

 

 ジアの母親は殺された。

 ジアが13歳の時。

 魔人族(グリゴリアス)と呼ばれる人類の敵からの攻撃によって、故郷の村が滅ぼされた日に。

 

 母はジアのことを守るため、その身を挺してジアを庇って重傷を負い、それでも最期の魔力を振り絞り発動させた転移の魔法でジアを逃した。

 

 それが、ジアにとっての母との最後の思い出だった。

 

 その後長い時を生きたジアだが、その日のことは今でもはっきり覚えている。

 

 母の温もりが失われていくのを感じた日。自分の無力さを知った日。この世界では力が必要なのだと思い知らされた日。

 

 そして、もし叶うならば、この日の時間をやり直したいと。もう一度母に会いたい。たくさん感謝の言葉を伝えたい。今度こそ自分の力で母を救いたい。

 

 レダという名前の母親との別れの日の出来事は、そんな深い後悔に満ちた思い出だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巻き戻された世界の時が再び動き出す。

 

 世界を巻き戻し終えたジアの目に映ったのは、異世界の辺境に佇む小さな村の風景だった。

 

 人類圏の国家、アルゴス聖教国の辺境に位置するアルヒ村。

 

 村に点在する石造りの家々からは、煙が立ち上り、畑では村人たちが汗水を流しながら作物を育てている。

 

 牛や羊が草を食む音が静かに響き、子供たちは元気よく小道を駆け回り、笑い声を上げていた。

 

 ジアの目に映ったそれは、あまりにも平和で退屈な、いつもの村の光景だった。

 

 だが、その光景はジアにとって特別なもの。

 

 もう二度と見ることができないと思っていた故郷の——とても懐かしく、とても温かくて尊い風景だった。

 

「帰ってきた……ここに」

 

 心が締め付けられる思いで、ジアはその景色を感慨深げに見渡していた。

 

 しかし、ジアは知っている。

 もう間も無く、この光景は二度と見ることができなくなると。

 

 魔人族の魔法による隕石爆撃によって、これからすべて奪われてしまうことを。

 

「アメー、畑で採れた野菜を運んでおいてー」

「……ッ! うん……まかせてよ母さん」

 

 そんなジアの耳に、今宿っている身体の持ち主であるアメジアの母レダの元気な声が響いた。

 

 その声にジアは一瞬心を揺さぶられる。

 だが、すぐに気を取り直し、アメジアの身体に宿っていることを忘れずに違和感を感じさせないようにと気を遣って返事をした。

 

 遠い過去の思い出に浸りながらも、目頭が熱くなるのを堪えて、レダに向けて精一杯の笑顔を浮かべる。

 

(今度は僕が……俺があなたを守るから)

 

 ジアは誓う。

 力強く拳を握りしめる。

 そして、空を見上げる。

 

 その刹那、村の上空で膨大な魔力が渦巻いた。

 

 それは魔法が発動する兆候だ。

 ただし、魔法を発動した者の魔力の扱いがとても洗練されており、魔法が発動するその瞬間まで、よほど魔法に精通したものでなければ発動の兆候を感知することができなかった。

 

 空気が重くなり、静寂が訪れる。

 そして、星が生まれ、その巨大な影が村を覆う。

 

 この世界の魔法の中でも上位の破壊力を誇る『星墜(ハルマゲドン)』という名の大魔法によって、時が巻き戻る前、村に惨劇をもたらした隕石が今再び上空に生成されたのだ。

 

「!?……アメっ!!」

 

 ジア以外で最初にその魔法の兆候に気づいたのはレダだった。

 

 彼女はすぐさま防御魔法を発動し、身を賭して守るためにジアが宿るアメジアの身体に覆いかぶさろうとした。

 

「ありがとう母さん。守ろうとしてくれて……でも、もう大丈夫だよ」

 

 だが、ジアは母の防御魔法の発動よりも早く、既に自らの魔法を発動させた。

 

 瞬間、溢れ出した膨大な魔力が世界を包み込み、ジアの望む世界へと書き換える。

 

「今度は俺が母さんを守るから」

 

 そして———

 

「世界よ———静止しろ」

 

 ジアの発動した魔法によって世界のすべてが静止した。

 

 時計の針も、人々の歩みも、降り注ぐ隕石も全てが動き出すことなく静止する。

 

 ただ一人、魔法を発動したジアだけを除いて。

 

「さて、まずは上の石ころから」

 

 すべてが静止している中で、ジアは上空で静止している隕石へと手を翳す(かざす)。そして確固たるイメージと必要な魔力をもって魔法を発動した。

 

「崩壊しろ」

 

 ジアの声が静かに響く。

 すると、隕石は瞬く間に塵一つ残さず消滅した。

 

 ジアが魔法で重力崩壊を引き起こし、隕石を粉微塵に砕いたのだ。隕石が消滅した後の空は、まるで何事もなかったかのように静かになる。

 

 魔法に必要なのは確固たるイメージとそれを可能とする量の魔力。

 

 その二つが揃えば、一部例外はあるが大半のことはできる。それが例え世界の理を一時的に支配するもの、あるいは理を多少歪ませて乱すものであっても。

 

 時を止めたり、重力崩壊を引き起こし、完全に制御することも膨大な量の魔力があれば不可能ではない。

 

 もっとも、それらを成すには『無から隕石を創造し、落とす』よりも遥かに途方もない量の魔力が必要となるが。

 

「残りは魔人族の始末だけか。まあ、すぐに終わらせるがな」

 

 次に、ジアは魔法で重力を操作して、上空の魔人族のもとへと向かった。

 

 時が止まっているため、村を襲撃した魔人族は村の上空で動けずにいた。

 

「初めまして……いや、久しぶりと言うべきか」

 

 ジアは動けない魔人族を睨みつけると、血が滲む程に固く拳を握る。すると、拳に膨大な量の魔力が供給され、ジアはそれを拳一点に凝縮した。

 

「とりあえず、吹っ飛べ」

 

 ジアは勢いよく、強化に強化を重ねた拳で魔人族を殴りつけた。

 

「対象選択、静止解除」

 

 すると、拳が魔人族の身体を直撃した瞬間、魔人族の時間停止が解かれた。殴られた魔人族はそのまま凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 世界は未だ静止したまま。しかし、殴られた魔人族の意識と、ジアが殴りつけたことで発生した衝撃は止まらない。

 

 殴られた魔人族はそのまま殴打の衝撃によって数十キロほど吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

「!?????」

 

 吹き飛ばされた魔人族は、突然の事態に混乱していた。

 

 魔法で生み出した隕石が消え、自分を吹き飛ばした力の正体がまるでわからなかったのだ。

 

「一発だけだと殴り足りない。最低あと千発は殴らせろ」

「何奴!?」

 

 しかし、尚も魔人族の苦難は続いた。

 凄まじい速さで追いついてきたジアが、そのまま魔人族が反応できない猛烈な速度で拳の連撃を叩きこんだからだ。

 

「今から俺の気が済むまで、お前を殴り続ける!!」

 

 何度も、何度も……アメジアの身体に宿ったジアの拳が、容赦なく魔人族の肉体を滅多撃ちにする。

 

 人間を遥かに凌駕する魔人族の強靭な肉体。

 

 それが容易く肉を抉られ、骨を粉砕され、無惨な姿に変えられていく。

 

「あの日、空から星が落ちてきた時……俺は何も出来なかった」

 

 ジアの一撃一撃には、強靭な肉体を容易く破壊してしまう程の膨大な魔力と深い憎しみがこもっていた。

 

「でも、もしもあの時……俺に力があったなら」

 

 殴打の衝撃で大気が爆ぜる。大地が抉られる。

 

「これは証明だ。最強に至ったこの力さえあれば、俺でも誰かを救うことができたってなあ!」

 

 そして山が砕け散り、天が割れた。

 

「確か、名前はルルムだったけ? 魔神の第十一位眷属とかいう」

 

 やがて、ようやく気が済んだのかジアが殴るのをやめた。

 

 しかし、その時にはもう、魔人族——ルルムは満身創痍の状態だった。

 

「……そうだ。だが、貴様のような凡人種の子供が何故知っている?」

「……昔会って名乗られたことがあったからな」

 

 ジアの言葉を聞いてルルムは驚愕した。

 まるで未知の化け物を見るような目でジアを見た。

 

 目の前にいるのは、自分たち選ばれた種と違うただの矮小で凡夫な人間種の子供のはず。

 

 だが、その強さといい、発言といい、まるで意味がわかなかった。

 

 加えて、その身に纏う魔力は、魔人族であるルルムでさえ計り知ることが叶わないほどに膨大だった。

 

 それこそ、ルルムが属する魔人族の神にも等しい創造主を彷彿とさせるほどに。

 

 だが、これ程の存在に過去に出会っていれば絶対に忘れることはないはずだ。

 

 だが、ルルムには過去にジアと出会った覚えがまるでなかった。

 

 ゆえに、ルルムにはジアという存在が不気味で恐ろしい底知れない存在に見えて仕方がなかったのだ。

 

「まあ、あまり気にしないでくれ。どうせ———」

 

 とはいえ、ルルムにはあまり悩む時間も怯える時間も残されていなかった。

 

 ジアが殴るのを止めたのは、別に見逃すためではなかったからだ。

 

「お前はもう、ここで終わりなのだから」

 

 漲らせた膨大な魔力で天地を震わせるジアがやりたかったこと。

 

 それは、ルルムのことを完全に屠るべく、魔法でトドメを刺すことだった。

 

「……ッ! 星の雨よ!!」

 

 ジアが冷酷な声で言葉を告げた瞬間、ルルムは最期の足掻きで魔法を発動させた。

 

 振り絞られた最期の魔力によって、天に複数の巨大な星が同時に生まれ落ちてくる。

 

 その数およそ十個。

 それらがまるで流星のように降り注ぎ、ジアに向かって襲いかかる。

 

「無駄だ」

 

 しかし、同時にジアも魔法を発動させていた。

 

「重力崩壊、無限の牢獄、終わりの黒星」

 

 ジアが魔法の詠唱を紡ぐ。

 すると、詠唱によってジアの魔法のイメージが補完され、確固たるものとなり具現化し、膨大な魔力が嵐のように渦巻いた。

 

「『奈落星(タルタロス)』」

 

 そして、空に黒く悍ましい空間を歪ませる黒点が出現した。

 

 空間そのものがねじれ、周囲の光は吸い寄せられるように曲がり、重力が狂気のように歪み、大地は呻き声を上げるかのように震え始める。

 

奈落星(タルタロス)』……それは、この世界の魔法の中でも規格外の魔法の一つ——ブラックホールを発生させる魔法だ。

 

 ブラックホールは星の終わりに生まれる、全てを呑み込む時空の穴そのものだ。勿論、完全に制御されたあくまで擬似的なものだが。

 

「じゃあなルルム。因縁ある仇の一人よ。お前をもう一度葬れてとても嬉しく思うよ」

 

 ルルムの魔法で降り注いだ十の流星は、瞬く間に粉微塵に粉砕され、黒点の中に吸い込まれるように消え去った。

 

 おまけに超重力の黒点の影響で大地は生き物のようにねじれ、盛り上がり、そして崩壊を始める。

 

 草木は根こそぎ引き抜かれ、辺り一面に広がっていた大森林は、まるで巨人の手によって鷲掴みにされるかのように、根元から引き裂かれて、そして空を黒く染める黒点へと吸い込まれていった。

 

「あ……ああ……」

 

 その様を見て、ルルムはもはや絶望するしかなかった。

 

 時間さえも狂ったように感じられた。

 魂までもが重力に捕らわれたような感覚に陥った。

 そして、あたかも瞬間が永遠に引き延ばされるような悍ましい感覚がルルムに押し寄せる。

 

 同時に、ルルムの肉体もまた、超重力によって引き裂かれていく。

 

「そうだ。特別に最後だから名乗っておこう」

 

 すると、間もなく超重力によって粉微塵に分解されて死に至るであろうルルムに向けて、ジアが告げた。

 

「俺の名はアメジア。いずれ、お前達魔人族を滅ぼす極天の魔法使いだ」

 

 

 

 

 

 

 その男は未来からやって来た。

 最強に至り、肉体を失い、魂だけの存在に成り果てて……

 

 それでも果たしたかった願いのため、男は時を渡り過去の自分に取り憑いた。

 

 男の名はジア——その真名はアメジア。

 凡夫との決別を目指した少年が至る一つの可能性。

 全てを失った果てに最強へと至った、未来からの逆行者だった。

 

 

 

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