異世界凡夫(一人称視点ver)   作:六畳仙人(ハーメルン)

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凡夫、契約する

 

 

 

「とある男の話をしよう。

 男は、転生した異世界で前世の凡夫だった自分と決別し、力ある存在になろうと考えた。

 

 それが純粋な憧れからなのか、あるいは前世の最期に思うことがあったからなのかはわからない。

 

 とにかく、強く、特別で、簡単に死なず、今度こそ、人を助けることができる存在になりたいと思い、男は己を鍛えることを決意した」

 

 ジアはゆっくりと語り始めた。

 

「だが、人はそう簡単に変われるものじゃない。

 一度転生しただけで、特別な存在になったと勘違いした凡夫な男はそれを思い知らされた。

 

 男が13歳の時、母さんは殺された。

 ある日突然村を襲ったルルムという名の魔人族が降らせた隕石によって。男の故郷の村は亡びた。

 

 まあ、男だけは母の最期の魔法によって難を逃れることができたがな」

 

 ジアの話は、いやにリアルで、想像できてしまうものだった。

 

「その時、男は何もできなかった。隕石(石ころ)一つ押し返せない凡夫だったからだ」

 

 だってそれは、ジアがいなければ間違いなく僕の身に起きていたことだったから。

 

「だが、これはまだ序の口だ」

 

 話を続けるジアの顔が険しいものになる。

 苦痛に歪み、瞳の奥にはどす黒い感情が宿ったように見えた。

 

「その後、魔人族は三千年ぶりに本格的な人類圏への侵攻を開始した。奴らは既に、人類圏の結界を抜けるすべを手に入れていた。やがて、数千年ぶりに種族間の大規模の争いが起きた」

 

 疑問に思っていた。

 なんで、人類圏の結界の中に入れない魔人族が村を襲ったのか。

 

「ちょうど俺が、神聖騎士学園(ケイロン)に通っていた頃の話だ」

 

 その答えがわかった。

 魔人族は、もう結界の中に入ってこれる。

 もう、人類圏内は、もう絶対に襲撃されない安全地帯ではなくなっていたんだ。

 

 これから、あの一体だけでも桁違いの力を持っていた魔人族が大挙して押し寄せてくる。

 

 そんなの凡夫な僕にとっては悪夢以外の何物でもない。

 

「結界を超えて人類圏に侵攻した魔人族によってこの国も滅ぼされた。

 

 国の為に戦った騎士や神聖騎士たちも皆敗れて殺された。

 

 国を守護していた女神(アトラ)も復活した魔人族の創造主——魔神に敗れた。

 

 隣の国の太陽神(レムリア)でさえ、魔神には勝てなかった。

 

 結果的には、人類圏にいた人間の七割以上が魔人族によって殺されてしまった」

 

 衝撃的な話が続いた。

 

「そして、男は大切な母も、父も、姉も、学園で出会った多くの友も、助けを求めてきた誰かもわからぬ人々も。誰も助けられなかった。逆に救ってもらうばかりだった。

 

 魔人族に挑んでも無様に負けた。大言壮語を吐いておきながら、男は無力で何ひとつとして果たせなかった」

 

 そして———

 

「勿論男は努力はしていた。強くなろうと必死に足掻いていた。変わろうと藻掻いていた。けれど、人はそう簡単には変われない。努力は必ず報われるものではない。凡夫な人間の努力が報われる可能性なんて極めて稀だ。

 

 だからだろう。一生懸命頑張って、あらゆるものを犠牲にして踏ん張って、それでも努力が実を結ぶことはなく、理不尽に不合理に打ち勝つこと叶わず……男は無様を晒し続けた」

 

 これ以上なく最悪な人生のネタバレをされた。

 

「このまま前世と同じ凡夫な存在のままであれば、お前は何もできずに全てを失うことになるだろう。

 

 魔人族(グリゴリアス)魔神(パンゲア)の圧倒的な力の前では、お前はただの凡夫だ。この世界でもまた幾度となく、前世の最期に感じたあの絶望を味わうことになるだろう……この俺と同じように」

 

 ジアの話は信じられるものだった。

 

 だって、ここまで憎しみ募らせるほど凡夫な存在が嫌いな人間……僕ぐらいしかいないだろうから。

 

 要約すると、ジア——逆行してきた僕は強くはなれなかったらしい。

 

 魔人族や魔神という、前世のDQNや犯罪者の異世界強化版の前ではただの凡夫な存在だった。

 

 僕は”向こう側”に立てなかった。

 

 そのせいで、母さんも、父さんも、姉さんも、これから出会うかもしれない友達も……みんな殺されてしまうBAD ENDを迎えてしまったらしい。

 

 で、これが僕に定められた運命だそうだ。

 

 そして、僕にこの運命を変える力はない。

 

 無力でどうしようもない凡夫だからだ。

 

 魔人族の力に、時代のうねりに……運命に抗える力なんて持っていない。

 

「そんな……」

 

 結局、僕は、前の僕と何も変わっていなかった。

 

 代わりなんていくらでもいる。

 特にいてもいなくても、どんな行動をしても世界に殆ど影響がない凡夫な存在。

 

 それが今の僕の立場だ。

 

 そんな凡夫な存在が厳しい世界で、激動の時代に晒されたらどうなるかなんてわかりきっている。

 

 これから、また無力で何もできない絶望の人生を送ることになる。

 

 未来への希望が潰えたショックのあまり、僕は自暴自棄になりそうだった。

 

 今すぐ死にたくなった。

 

「だが、安心しろ。この運命を変える方法が一つだけある」

 

 その時だった。

 これまで物静かに暗い口調で語っていたジアが、突然大きな声を張り上げた。

 

「俺と契約を結べ」

 

 そう言ってジアが手を広げた。

 

 瞬間、膨大な量の魔力がジアの身体から湧き上がった。

 

「俺は確かに力がなかった。最も大事な時期を凡夫として過ごした。だからすべてを失った。

 

 でも、ずっとそうだったわけじゃない。

 

 すべてを失った後。力が無くて悔しくて、力がなかった自分が憎くて……俺は力を求め続けた。我武者羅に進み続けた。そして、ついに手に入れた」

 

 ジアから発せられた世界が震えるほどの桁違いの量の魔力。

 

「”特別なこと”ができるこの極天に至った力をな」

 

 本来なら見えるはずのない魔力が可視化されるほどに生み出されて渦巻き、星々渦巻く銀河のような幻想的な光景を作り出した。

 

 それは、契約すれば、これほどの力が手に入ると暗に示すようだった。

 

「人は変われる。例え、それがどうしようもない凡夫な人間であろうとも。

 

 だが、凡夫な人間には、変わるために途方もない努力が必要になる。天賦の才を持つ者の一分に追いつくのに、百年以上の途方もない時間がかかることもある。

 

 だから、凡夫である時間の方が圧倒的に長くなってしまう」

 

 ジアが魔力の放出を止めた。

 嵐のように吹き荒れていた魔力の奔流が収まり、静寂が訪れる。

 

 そして、ジアが再び口を開いた。

 

「俺は遅すぎた。ようやく、変わることができた時には、もう何も残っていなかった。

 

 力の使い道は空虚な復讐ぐらい。それも俺の時代の魔人族共を滅ぼした後は、その意義すら失った。

 

 だが、お前は違う。お前はまだ何も失っていない。この力に意味を与えられる。俺には助けられなかったみんなを助けられる《特別なことができる》」

 

 そして、ジアは言い切った。

 

「俺と契約しろ。俺を宿す器になれ。そうすれば、お前にこの力を託そう。運命を変えられる、みんなを助けられる……俺より早く、凡夫な存在と決別できる力をな」

 

 契約すればこの運命を変えられると。

 強い人間になれる。

 人を助けられる、特別なことができる凡夫じゃない存在になれると断言した。

 

「そうすれば、今度こそ変われる。生きる価値のない凡夫な存在(これまでの自分)と、今度こそ決別できる。だが……」

 

 同時に、脅してきた。

 

「結ばなかったら、お前はこの世界でも凡夫として生きることになる。そして、俺のように絶望して逆行したくなる惨めで最悪な人生を送ることになるぞ」

 

 飴と鞭というやつだろう。

 

 ジアの交渉は巧みだった。

 

 絶望に落とされて、希望を示されたら縋るに決っている。

 

 そんなこと言われたら、契約するしかないと思ってしまう。

 

 僕は強くなりたい。

 

 凡夫な自分のままでいたくない。

 

 凡夫な僕では変えられない、悲惨な運命変えたい。

 

 たくさん特別なこと(人助け)してみたい。

 

 それに聞いてみたかった。

 

 例え、どれほでの時間がかかったとしても。

 

 全部失って、どうしようもないBAD END迎えて、それでも足掻き続けた物語。

 

 振り向いてくれない世界を捩じ伏せて、"向こう側"に行けた未来の自分(ジア)の話を。

 

 すべては、僕が凡夫な存在(これまでのぼく)と決別するために。

 

「結ぶ……結ばせてくださいその契約!」

 

 変わりたかった僕は、ジアの手を取った。

 

「よし、これで契約は結ばれた。お前は俺の器になった。これですべてが上手くいくはずだ」

 

 そのまま固い握手を交わして、僕の運命を変える契約を結んだ。

 

「これで無力なままでいるのも、蹂躙される側でいるのも……もう、終わりだ」

 

 結んでしまった。

 

「さあ、俺とお前で始めよう。魔人族を沢山殺して英雄になろう! 魔神を殺して救世主になろう! これから始まるのは、俺たちが運命を変えて悲願を実現させる物語だ!」

 

 そう言ってジアは、僕の身体に宿った。

 

 ジアと一心同体になった。

 

 僕と未来から逆行して来たもう一人の僕。

 

「俺の真名はアメジア。極天に至りし者。この星で生まれた第五の星霊(デウステラ)だ!」

 

 二人で歩む新たな人生が始まった。

 

 

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