仮面ライダーツルギ・Time Adjustment/仮面ライダーアロメダ 作:teru@T
───時が捻れ、時間が進む。
1人の少年と少女たちは再び出会い、目醒め、戦う日常を歩む。
それはほとんど同じ、されども僅かに変化した時の流れ。
蝶の羽ばたきがいずれ大きな竜巻を産むように僅かな変化はやがて大きなうねりへと変わるだろう。
だが、それも長い時間とそれに伴う多くの変化が必要だ。僅かな変化、僅かな時間では世界が変わることなく同じ時を刻むだろう。
ならばそう───私が変化を起こすしか無いですよね?
ヤバいヤバいヤバい。
早く取り返さないと、もう何日もモンスター倒せてない……このままじゃ……。
「このままじゃどうなっちゃうんですかー?」
「っ、アリス……」
「はーい! お久しぶりですね! 可憐で可愛いアリスちゃんですよ! 最近戦いをサボってるみたいですね?」
鏡の向こうから笑顔の少女───アリスがこちらを見つめていた。
その笑顔に私は後ずさり、震える唇から言い訳が紡がれる。
「違う、違うの! デッキをアイツに奪われて! 私は戦いたいの!」
「それなら取り返せばいいんじゃないですか~? 早く取り返さないとモンスターに食べられちゃうかもですよ?」
「そ、それは……」
ニヤニヤと笑みを浮かべるアリス。
確かに今モンスターに目を付けられたら逃げるしかできない……でも、取り返すにしてもアイツに変身されたら今の私じゃ……。
ダチを頼るにしてもアイツがどこで何してるのか下手に追ったら私の願いが……。
「って普段なら言うんですけど……今回は特別に手助けしてあげましょう!」
「えっ……? 手助け……?」
「はい! ちょっとお耳、失礼しますね~」
アリスが手招きする。
そのまま中に引きずり込まれるかもしれないと考えるがそれでもすがる想いで鏡に耳を寄せる。
耳を震わせるアリスの声、その内容に私は目を見開く。
だってそれは私が知りたかったことなんだから。
「それ、本当?」
「はい! ここのところ毎晩ですからきっといると思いますよ!」
「……分かった。有効に使わせてもらうわ」
これで……これであの偽善者に一泡吹かせられる!
まずはそう、そんなこと知らない様に明日振る舞って……。
「ふふ、これで───は変わるはずです」
背後でアリスがなにかブツブツ言っている。
なんて言ったのかは聞き取れなかったがあのアリスのことだ、きっと碌でもないことだろう。
私はアリス無視して家へと帰ることにした。
〚会いたいから来て〛
数週間ぶりに来た先輩からの連絡は簡素な一文と場所の指定だけだった。
それでもそれは私がすべての予定を投げ出してでも走るに足る理由となった。
昔から曲がったことが嫌いだった、正しくあることが善きことだと信じていた。
品行方正で四角四面、私がそうあるべきと思ったそれは学友たちにとってはひどく窮屈であったらしく、友人と呼べる者のいない中学時代を過ごしていた。
そんな私に目をかけてくれたのが先輩だった。
真面目で優秀で優しい先輩……1年の頃から随分と世話になり続けていた。
目指していた高校の推薦入試も良くできたと喜んでいたのは自分のことのように嬉しかった。
『───お願い、彩果……今は誰にも言わないで……お願い、お願いだから……!』
───今でも脳裏に焼き付いている。
投げ出された化粧品と涙を流し、髪を振り乱しながら縋り付く先輩の姿。
見てしまった───信じたくなかった。
偶然、コンビニで姿を見かけた先輩、珍しく化粧品を見ていた彼女は私に気付いていなかった。
声をかけようとしたその時、先輩は手に取った化粧品をカバンへとしまい込んだ。
そのまま先輩はこちらに気づかないままコンビニから立ち去ってしまう姿を見送った。
『先輩……あなたは何を……』
「さい、か……? 違う、違うの……! 私、違うの……!』
私が追いついて声をかけてすぐ、自分のやったことを悔いた先輩が立て続けに言葉を投げかけたことだけは覚えている。
魔が差した、推薦の不安が消せなくて、気がついたら外に出ていて───だから誰にも言わないで。
すべてを思い出せない、思い出したくもない。
それでも忘れられない……その時にすでに声をかけていた店員が私の後ろから来た時の先輩の絶望の顔を。
「ハァハァ……! 今日こそ、今日こそ先輩に謝らなきゃ……!」
少し考えれば分かったはずだ、公になればどうなるかなど。
学校では先輩の噂で持ちきりになった。
優等生の裏の顔、いい子ちゃんのフリをした泥棒、無くなったものはアイツが盗っていた───尾ヒレの付いた噂はとどまることを知らなかった。
当然、推薦は取り消しとなった、それどころか今年の受験が受かることはまずありえないだろう。
気がついた時には先輩は学校に来なくなっていた。
「……着いた。ここの、自転車置き場」
呼び出されたのは先輩の住んでるマンション、その自転車置き場。
朝夕は人の目が多い場所だがそれ以外の時、特に夜は殆ど人気がなく風避けもできるから内緒話に向いていると冗談めかしく教えて貰ったことがある。
そんなことを思い出しながら先輩に到着を知らせるメッセージを飛ばすとすぐに既読が付いた。
返信はないが今部屋からこちらに向かっているのだろう。
乱れた呼吸を整えながらマンションの入口の方を見て待っていると程なくして先輩は私の前に姿を見せた。
───グチャリ
「……えっ?」
何が起こったのかわからなかった。
顔に飛び散った生暖かい液体を拭うことも忘れて放心していた。
私の眼の前を
「あぁ……あぁ……!?」
理解が追いついた───追いついてしまった。
頭部が潰れ、血を流す先輩だったものを前に血の池の上に膝をつく。
思考がまとまらない、先輩はもう、それでも救急車、いや警察に……。
混乱する私の頬が正面から撫でられる、べチャリと嫌な粘度の血生臭い液体が塗りたくられる。
そちらを見れば頭の潰れた先輩
『───お前のせいだ』
「あ、あぁぁぁッ!!?」
───いつものようにここで目を醒ます。
あの日から2年、毎日欠かすことなく見続けてきた悪夢は今日も私の眠りを妨げる。
時刻は26時過ぎ……眠れたのは2時間ほどか。
身を起こし、電気もつけずにベッドへと座り込む。
悪夢を見ないためにも眠らない様にしたときもあった。
だが、日常生活に支障をきたし、成績も随分と落ちてから無理矢理にでも眠るようにして……そのおかげで毎日2,3時間は眠れている。
「……さて、何をして過ごそうか」
眠気はすでに無い、だからといって勉強をする心持ちでもない。
日が昇るまで何をやろうか……あぁそうだ。今日の帰りに見たあれを真似をしてみようか。
どうせ手持ち無沙汰なんだからとベッドを抜け出し、必要なものを探す。
その際、机に置いてあったある物に目が留まる。
それはパスケースのようなシャチの様なエンブレムの付いた黒いケース。
それは悪魔に渡された願いを叶える魔法の小箱。
数多の少女たちの願いを踏みにじり、その末にたった1つの願いを叶える甘美な毒の誘惑。
馬鹿げていると思っている、それでもその誘惑を払いのけることはできなかった。
この時間を消しされるのならあの夢を見なくてすむようになるのなら……私が私でなくなれるのなら縋るには十分な理由だった。
思いの外集中して時間を潰したためか気がつけば朝日が昇っていた。
いつもの様に両親が案じてくれているのに対して曖昧な返事を返して学校へと登校する。
朝日の眩しさを煩わしく感じながら歩いていると背後から声をかけられる。
振り返った先にいたのは見知った顔だった。
「石墨さん! おはよう」
「おはよう、上谷」
上谷真央、小柄な少女だが私と同い年で友は誰かと聞かれれば最初に名前が浮かぶ人物……もちろん、他にもあげられる人物はいるにはいるが。
堅物な私と風紀委員の彼女とは馬が合うのだろう。
学校のこと、委員会の活動のことなど共通する話題で通学路の間の会話に花を咲かせる。
趣味のことをあまり話すことが無いのも居心地がいい理由なのかもしれない───自分には話せるような話題がないのだから。
「連続失踪事件も続いてるみたいですしお互い気をつけないといけないですね」
「あぁ、そうだな……登下校は特に危ない、お互いに寄り道は良くないな」
「そうですね……」
それらしい言葉を返す、その事件は何が引き起こしているのかそして自分はその原因の一部を倒して回っていることを言うわけにはいかない。
その後の回答で訝しまれる様子もなく自然と別の話題へと移行する。
そのまま穏やかな談笑を続けていると校門が見えてきて───そこで見覚えのある少女が私の前に立ちはだかった。
「ねぇ、ちょっと面貸してくれない?」
「い、いきなりなんですか!?」
「……上谷すまない、先に行っていてくれ。用事があるのは私だろう?」
私の言葉に制服を着崩した少女はコクリと頷く。
見るからに素行の良くない学生、私との関係が穏やかなものではないと上谷も察しているだろう。
「心配しないでくれ、すぐに済むし危険はないから」
「分かった……けど気をつけてね。何かあったら教えてね!」
「あぁ……ありがとう」
こんなに気遣ってくれるなんてやはり上谷は良くできた良い子だと思ってしまう。
最後に少女の方を一瞥し上谷は校舎へと小走りで走っていく。
それを見送ると少女の案内に従い、体育倉庫の裏へと移動する。
いつの時代も人気のない場所に変わりはないということなのだろう。
周囲を見回し、自分たちを映す鏡となるものが周囲にないことを確認してから話を切り出す。
「それで……何のようだ?」
「とぼけんな! 私のデッキを返せ!」
少女との出会いは数日前、モンスターを倒した直後を急襲されなんとか返り討ちにした時だ。
恐らくそのまま帰せば再度襲われるだろう、そう考えデッキを預かったがそれでも諦めきれなかったようだ。
「悪いがそれはできない。また襲ってくるだろう?」
「当然だ! やり返さないと気がすまない!」
「……素直なのは美徳だが余計に返す理由がなくなったな」
そのまま去ることも考えたが付きまとわれるのも困る……心苦しいが少し脅しておくしかない、か。
カバンを漁り中からデッキケースを取り出す。
私のものではない、恐らくアリであろうエンブレムの緑色のデッキケース。
彼女から奪い取ったものだ。
「それだ! 返せ!」
「ダメだ。これ以上、私の前に現れるならメモリアカードを破く」
「っ、それは……」
途端、彼女の語気が弱くなる。
メモリアカードが破かれれば願いが反転し降りかかる。
実際どうなるのか検討もつかないが碌なことにならないのは確かだろう。
「はっきり言うとこういうことをされるのは迷惑だ。学校でも外でも関わらないでくれ。私も積極的になにかするつもりはない」
「……諦めないからな。いずれデッキは返してもらうからな!」
捨て台詞を残し、少女は1人走り去ってゆく。
どうやら一旦は諦めてくれたようだ。
それでもあの反応……また何かあってもおかしくないだろう。
「はぁ……また来たとき、どうするべきなんだろうな……」
取り出したデッキをカバンにしまい込む。
中に入っているのは私自身のデッキと彼女のデッキ以外にもう1つ。
さっきの彼女のように打ち破り、再度戦わなくてもいいように奪ったものだ。
こちらの方はその後に何もなかったから油断していたのかもしれない。
一番はデッキを破壊することなのだろう。そうすれば後腐れはなくなる。
だが……それをすれば彼女たちの願いを完全に断つことになる。
「それは……そんなことはできない」
たとえどんな願いだとしてもそれを願った者にとって命を賭してでも叶えたい願いだ。
それを踏みにじることが本当に正しいことなのか? 同じ様に願いながら私はそれを奪う覚悟を決められてはいなかった。
───だって、願いを奪われた人がどうなるか、私は知っているから。
「……急がないと授業に遅れる」
フラッシュバックする悪夢の光景を振り払うように頭を振って自分へ言い聞かせる様に言葉を口に出す。
重くなった足を無理矢理動かし教室へと向かう。
いつも以上に朝から憂鬱な気分だ。
あの後、心配した上谷から大丈夫だったかと何度も聞かれたのを大丈夫と宥めながら放課後を迎えた。
彼女が委員会活動に行ったのを確認して帰路へとついた。
学校にいる間は時々視線を感じたが学校を出ればその視線も消え、安堵しながら目的地へと向かう。
聖山から離れ、他の学校も遠いために学生が近寄りづらい商店街。
「……運がいいと言うか悪いと言うか、こんな気分の悪い日に限って」
耳に届いたのはキィン……という耳障りな音。
近くのガラスを覗き込めば品定めをするように鏡の中を跋扈するミラーモンスターの姿が目に映り込む。
周囲を見回し、人気のない路地へ走る。
そこにあった割れたガラスに映り込む様にデッキをかざす。
鏡の中の私にバックルが巻き付くと現実の私にも同じ様にバックルが巻き付いている。
「すぅ……はぁ……」
そこで一度瞳を閉じて心を落ち着ける。
大丈夫、私は戦える……心のなかで自身に言い聞かせ、瞳を開く。
「変身」
言葉とともにバックルにデッキを装填すると鏡に映る私の身体に黒と白の鎧をまとう。
仮面ライダーアロメダへと変じた私は鏡の中へと入っていった。
それから数時間後、私は公園のベンチに座っていた。
明るかった空はすでに日が落ち、夜の帳が周囲を包んでいた。
「……疲れた」
あの後、2度モンスターと遭遇しそのすべてを打ち倒した。
1度の変身は10分ほどだが命の危険と隣り合わせの10分だ、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積している。
それでもやらなければならない理由が私にはある。
顔を横に向ければ公園近くに停車された車の窓ガラス、その奥に広がる世界が波打った。
大型のシャチ型のモンスターが悠然と鏡の世界を泳ぎ、こちらを覗き込んでいる。
それこそが私の契約モンスター”キューマケトシウス”。
「……今日はもう満足しただろう。
私が語りかけるのはケトシウス、そしてその背後でこちらを睨む2体のモンスター。
この2体は私が奪った2つのデッキの契約モンスター。
私自身が契約したわけではないため協力をしてくれるわけではない、それどころか放っておけば腹をすかせて人を襲うかもしれない。
そうさせないためにもケトシウスだけでなく、こいつらのエサも用意してやる必要がある。
そのためにも無茶してでも何度も戦わなければならない……でもそれは……。
「へぇ、本当にいた」
考え込んでいたためか近づいてくる足音に気づかなかった。
かけられた声の方を向けば1人の女子高生がこちらへと近づいてきていた。
他校の制服の上にスカジャンを羽織った見覚えのない少女は私の姿を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「誰だ? なぜ私を知っている?」
「そんなんどうでもいいだろ?
「……なるほど、な」
少女が見せてきたのはデッキ───つまり、彼女もライダーだ。
先ほどの戦いを見られてつけられた? いや彼女は私がここにいると分かっているような口ぶりだった。
確かに最近はここで少し休んでから帰る日が続いていた。その様子を誰かに見られていたのだろうか……。
「早速やりたいんだけどさ。私が勝ったらあんたのデッキ渡してくれよ。持ってるの全部」
「なに?」
「ダチがあんたに取られたらしくてね。そのお礼参りってわけ」
考えるまでもなく、すべて話してくれた。
つまり、今朝の彼女がどういうわけか私の居場所を突き止めてこの友達に泣きついたということか……。
恨まれる理由がある以上、受け入れるしか無い。
「悪いが渡すわけにはいかない」
「そりゃあそうだよね……なら、始めようか!」
「……あぁ」
「「変身!」」
2人の声が重なり響く。
その声だけを残し、公園から2人の姿は消え、舞台はミラーワールドへと移ってゆく。
彩果の変ずるアロメダと少女が変身したライダーはどちらも白と黒を基調としたライダーだった。
だが、アロメダを剣士とするならばもう一方のライダーは狩人、急所にのみ配置された鎧のため装甲は薄くとも素早く身軽に動き回る。
厚めの装甲と盾として機能するバイザーで構えて戦うアロメダとは対称的な動き回り、相手を翻弄する戦いを得意としていた。
「オラオラ! 威勢の割には亀みたいに引きこもってるだけかよ!」
「っ……! これなら……!」
「はい、残念! そんな見え見えな攻撃当たんないっての!」
狩人はストライクベントで呼び出した角のような一本の爪がついたガントレットをアロメダへと叩きつける。
その一撃を盾で受け止め、衝撃で痺れる左腕を気に留めず右手で構える剣を振る。
しかし、振り抜かれるその時にはすでに彼女は遠くへ飛び退き、剣は空を切ることとなった。
「これもダチから聞いたんだけどこんな時間まで戦ってたんだって? そりゃあ疲れてるよなぁ! ご苦労さま!」
「うるさい……!」
「余裕なさすぎでしょ」
アロメダを煽るように言葉を投げかけ、何度も攻撃をされる。
すべて盾によって防げてはいるがアロメダの攻撃も当たらない以上、状況は好転することもない。
その流れを変えるためか、狩人が先に動く。
彼女の肩にあるバイザーへと新たなカードを装填したのだ。
【SWING VENT】
ガントレットと逆の手に握られるのはピンク色のムチ。
契約モンスターの一部を模したであろうそれをアロメダへと向け振るう。
その攻撃も彼女は盾を構え受けの姿勢を取った───それこそが狙いとも知らずに。
鋭い音を立ててムチが盾へと叩きつけられる。
衝撃は先程までの打撃よりも弱く、追撃を仕掛けに近づく姿から牽制であると判断したアロメダは次の攻撃に備え剣へと意識を集中させる。
「あはは! 引っかかったねぇ!」
「なっ……!?」
その判断が命取りとなった。
眼の前のライダーがムチを勢いよく引くとそれに釣られてアロメダの持つ盾がそちらへと強く引っ張られる。
予期してなかった攻撃にアロメダは狼狽え、盾は腕を抜けそのまま宙を舞う。
見ると叩きつけられたムチが粘性の液体によって盾へと張り付いておりその影響で引っ張られてしまったようだ。
すぐに盾を手に取ろうと手を伸ばすがそこに巨大な爪がアロメダへと迫る。
「っ!? くあっ!?」
爪を受け止めた剣が弾かれ宙を舞い、投げ捨てられた盾とタイミングを同じくして地面へと落下する。
そしてアロメダ自身も衝撃で倒れ、尻もちを付く。
すぐに立ち上がろうとするもその眼前に鋭い爪が突きつけられた。
「今降参してデッキを差し出すなら痛くしないけどどうする?」
「誰が渡すものか……」
「あっそ、なら満足するまでヤッてから奪わせてもらうよっ!」
仮面の下でアロメダを痛めつけられることをほくそ笑みながら爪が振り上げられる。
どれだけ強がった所で武器を失い、バイザーすら奪われたアロメダに今の状況を打破する手立ては存在しない。
仮面の奥で強く目を瞑り、訪れる衝撃を耐える他なかった。
直後、鏡写しの公園に金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
「……?」
だが、身構えていたアロメダに衝撃がやってくることはなかった。
不思議に思い瞳を開け、仮面越しの世界へと視界を開く。
まず目に入ったのは一振りの剣。
自身と振り下ろされた爪とを遮るように差し込まれた刃が爪を受け止めていた。
そこから視線を剣の根元へと移せば映り込むのは1人のライダーの姿。
白い鎧に身を包んだ騎士のライダーがそこには立っていた。
「戦いを止めてください」
騎士のライダーから発せられた
内容がではない、ライダーは女性しかなれないそう聞かされていたのにも関わらずその声は男性のものだったからだ。
美玲先輩にプリントを届けに行く途中、音が聞こえて思わず公園に立ち寄ったらミラーワールドで誰かが戦ってるのを見てしまった。
見てしまったのなら無視はできない……僕もツルギに変身して咄嗟にやられていた方のライダーを助けてしまった。
すごく迂闊な行動だったとは思う、それでもやっぱり誰かが倒されるところを見過ごすことはできなかった。
「は? なんで男がライダーに……? いや、別にどうでもいいけどさ。絡んできたのはそっちなんだからそんなつれない事言わないでほしいね!」
「ッ! やっぱり、こうなっちゃうか! ちょっと失礼します!」
「えっ、何を!?」
眼の前の狩人のようなライダーが爪を再び振り上げる。
咄嗟に背後で尻もちをついていた人を抱えると背後へと飛んで振り下ろされた爪を避ける。
助けたライダーは突然のことに驚いていたが避けた先で下ろすとすぐに立ち上がっていた。
良かった、怪我をして動けないとかじゃなくて。
「まさか助けられるとは思っていなかった……ありがとう」
「無事なら良かった、彼女の相手は僕がしますから今のうちに逃げてください」
「……いや、そこまで世話になりたくない。協力させて欲しい」
協力。それはあの狩人のライダーを倒すのを手伝わせて欲しいということだろう。
ありがたい申し出なことは確かだった……でも、即答はできない。
「……僕は彼女を殺したくはありません。彼女の命を奪わないと約束してくれないなら僕一人で戦います」
……もしかしたらこの一言でこの人とも戦わなきゃいけなくなるかもしれない。
それでもこれだけは譲れない、譲っちゃいけない。
見たところバイザーを奪われてるから大したことはできないだろうけど、逆上して攻撃されるかもしれないと身構えながら答えを待った。
「───分かった。私も命を奪いたいとは思っていないから願ってもない申し出だ」
「えっ……? 本当ですか?」
「あぁ。嘘を付く理由がない。私は仮面ライダーアロメダだ。短い間だが頼む」
予想外の答えに僕が呆けているうちに彼女───アロメダは僕の横に並び立った。
そっか、やっぱり他にもいたんだ。積極的に戦いたくないライダーは……!
「僕はツルギです。よろしくお願いします!」
「あぁ、早速で悪いが時間を稼いで欲しい。盾を取り返さないと私はカードも使えないんだ」
「わかりました。僕が引き付けますからその間に」
「助かる。彼女のムチには気をつけろ。粘着する液体でこちらの武器を奪おうとしてくる」
えぇ、それは喰らいたくないな……生理的にも。
言われてみるとたしかにぬらぬら光ってる……もしかして舌なのかな?
「話し合いの間は待ってあげたんだからさ、そろそろ続きやってくんないかな!」
シビレを切らした狩人のライダーが件のムチを振るい、こちらへと叩きつけてくる。
アロメダとアイコンタクトを交わし、左右へ別れて避けると僕はライダーの方へ、アロメダは奪われた盾の下へと走り出す。
狩人が再度ムチを振り上げる。
僕を無視して当初の狙い通りアロメダへと照準を合わせている。
それなら、無視できないようにしてやる。
【SWORD VENT】
スラッシュバイザーにカードを装填すると天から一振りの太刀が召喚される。
『リュウノタチ』
最も使い慣れた剣を呼び出すと共に構え脚に力を込めて力強く踏み出し、速度をあげて斬りかかる。
「ッ、速っ!?」
「はあッ!」
上段からの斬りおろしを咄嗟に振り上げた角で防がれる。
続け様に二閃、三閃と斬りかかる。
二撃目は体勢を崩しながらも受け切られ、三撃目を受けながらその衝撃で距離を取られた。
切っ先を向け続けながら横目でアロメダを確認すると無事に盾を取り戻して腕にはめ直しているのが見えた。
「良かった……」
「よそ見してるなんて余裕ねっ!」
ホッとしたのも束の間、正面から聞こえる声に視線を戻した時には振り上げられたムチがこちらへと伸びて来ていた。
油断はしたつもりはなかったけどそれでも行動が一歩遅れ、回避は間に合わない。
咄嗟に太刀で斬りあげ断ち切ろうとするがベチャリと粘着質な音を立てて貼り付いたムチがそのまま刀身へと巻き付いた。
近くで見ると僅かなザラつきもあって触る気が失せる……。
「これで武器もーらい!」
「どう……かな!!」
「んなッ!?」
相手が引っ張るのに合わせこちらも強く引っ張り返す。
事前にアロメダから聞いていたからこそ、もしも絡められた時のことは考えてた。
奪おうとするなら奪われないように引っ張り返せばいい……!
力は僅かに僕の方が強く、少しずつ彼女がこちらへと引きずられている、それでもこのまま引き寄せるのは難しい。
「助かった、ツルギ! 後は任せろ!」
「お願いしますッ!」
盾を取り戻したアロメダがムチを引き合う狩人へと駆ける。
そのことに気づいても僕と引き合ってる彼女は対応することができずに焦っているのが見て取れる。
すぐにでも引き合いを終わらせようと引く力が強くなったのを感じる、なら望み通り終わらせてあげようと刀から手を離した。
「えっ……!?」
「今だ……!」
力を込めた瞬間、予想外の解放にバランスを崩し後ろに倒れる。
そこに駆け込んだアロメダが引き抜いたカードをバイザーである盾へと装填した。
【STRIKE VENT】
身体を捻りを加え、回転するように近づくアロメダの手元に呼び出された武器が出現する。
それは身の丈ほどの長さがあり先端が三日月の様な形をしたメイス。
見るからに重量のあるそれを勢いに任せて振り回す。
「さっきのお返し……だ!!」
「やめっ……!」
勢いのノッたメイスが直撃する。
ベゴリ、いやメゴリッととても痛そうな音を立てて直撃したメイスは勢い止まらず狩人を巻き込み振り抜かれる。
当然、彼女は吹き飛ばされ、砂煙を散らしながら公園のすべり台へと叩きつけられた。
刀を手放したためスラッシュバイザーを手にしアロメダもメイスを再び振れるように構えながら激突した方へと目を向ける。
砂煙が晴れるとそこにいたのはひしゃげたすべり台の支柱にめり込み伸びているライダーの姿。
力なく垂れ下がった両手からこぼれた武器が地面に転がりピクリとも動いていなかった。
「……まさか」
最悪の事態を想像して冷や汗が垂れる。
アロメダも同じことを考えたのか武器を捨て駆け寄ると彼女のデッキを引き抜く。
彼女を包む鎧が鏡のように砕けるスカジャンを着た少女が現れる。
変身が解けたことでハマっていた身体が自由になり、支えを失ったためかフラフラと頭を揺らしながら倒れ、それをアロメダが受け止めた。
「……大丈夫。気を失っているだけだ」
「よ、良かったぁ……」
お互いに顔を見合わせ安堵する。
「彼女をこのままにはできないな……先に戻るがもし良ければ素顔で会わないか?」
「それは……わかりました。すぐに行きます!」
「ありがとう。公園で待っている」
少し考えたがここまで好意的な人の提案を断る理由はなかった。
僕の答えにアロメダは満足そうに頷くとスカジャンの少女を抱えて一足早く現実世界へと帰ってゆく。
すぐ後ろについて……いや、公園ならすぐ近くだから先に荷物を回収してから行こう。
踵を返し、最初に入ってきた場所から現実世界へ戻る。
近くに隠してあったカバンを手に小走りで公園へと向かった。
街中にある小さな公園、
「あの人、かな?」
公園の隅にあるベンチ、その近くに2人の女子学生がいた。
1人はさっき見たスカジャンの少女、すでに目を覚ましておりもう1人の少女を睨みつけている。
そしてそのもう1人は聖山の制服を着た小柄な少女、美也さんみたいなお団子ヘアだけど雰囲気は美玲先輩みたいな人。
きっとこの人がアロメダなんだろう。
「くそっ、覚えてろ! 今日は預けとくけどダチの分も含めデッキは返してもらうからな!」
「……そうだろうな。誰かに頼むのか変身前を襲うか知らないがお前たちは諦めないだろうな」
ため息をつくお団子の人がポケットから何かを取り出した。
暗くて良く見えないがそれは2枚のカード。
まさかあれは……嫌な予感がする。
「Feme……名声か。2人とも同じなんて仲が良いんだな」
「当然だ! 私とアイツは小学生の頃からの付き合いだからな。そのダチのピンチに私が立ち上がらないわけが」
「なら、仲良く夢破れてくれ」
冷たく言葉で遮ると2枚のカードを重ねて両手を被せるようにカードを持つ。
ダメだ、それはダメだ!
「やめっ」
僕が声をかけるよりも早く、ビリッという音と共に重ねられた2枚のカードが引き裂かれる。
スカジャンの人は突然のことにポカンとそれを見つめていることしかできていない。
そのまえで更に2度、3度とカードを破ればようやくその意味を理解したのか膝から崩れ落ちる。
「嘘、嘘だ。私とアイツのメモリアカードを……それじゃあ、私たちの願いは……!?」
「あぁ、反転して叶う……だったか。前にアリスに具体的にどうなるのか聞いたことがある教えてやろう」
呆然と立ち尽くす少女の前で彼女の答えも聞かずに追い打ちをかけるように言葉を発する。
「なんでも一番叶って欲しくない時に叶うそうだ。それが明日か来年か……場合によっては今すぐにかもしれないな?」
「ッ……! い、いや……」
「ただ……絶対に破った本人が見ている所で反転は起こるそうだ」
お団子の人が最後に付け足した言葉にハッとなり、スカジャンの人が後退る。
それを引き止める様子もなく、むしろ去るように促している。
「お前の大切な友達にも伝えておいてやると良い。私の前に二度と現れるなとな」
「分かった……分かったよ! もう私もアイツもあんたには関わらないよ! だから、うぅ……!」
堪えていた涙が溢れ出したのかスカジャンの僕に目をくれることなく公園から走り去っていく。
離れていく彼女の声に徐々に嗚咽が混じっている様な少しの間、聞こえた気がした。
そして彼女を目で追っていて気づいたんだろう、お団子の人が僕の方を見ていた。
「君がツルギか?」
さっきのことが何事もなかったかのように語りかけてくる彼女に……我慢の限界だった。
問い掛けに答えることなく近づく。
彼女の表情はわからない、でも怖がっているというよりもこちらを警戒してるんだろう。知ったもんか。
「なんであんなことをしたんだ!?」
怒りに任せ、言葉を叩きつけた。
一難去ってまた一難というべきだろうか、私の前にいるのは怒りを露わにした少年。
恐らく、彼が先ほど助けてくれたツルギで間違いないのだろう。
彼が善人であることは疑っていなかった。だが、まさかさっきまで戦っていた相手のことでこんなにも怒れるほど良い奴だとは思っていなかった。
……いや、そんな奴だからこそ私を助けてくれたのか。
「戦っている時、殺さないって言っていたのに、どうしてメモリアカードを! それじゃあ変わらないじゃないか!」
「……まず、君は私のことを2つ誤解している。それを釈明させて欲しい」
まずは彼を宥めないことには話し合いもできない……
「1つ目、私は願いのために戦ってる。わざわざ戦ってる相手を助ける君ほどお人好しじゃない。必要なら願いを奪う側の人間だ」
「ッ……だからって!」
「そして2つ目」
手のひらをくるりと回し、彼に手の内側を見せる。
何事かと目を向けた彼の表情から困惑していることが分かった。
だって、彼の視線の先、私の手には破れていない2枚のFemeと書かれたメモリアカードあるのだから。
「残念ながら……まだ、私は人の願いを奪う覚悟をできていないんだ」
「えっ……でもさっき破って……」
「ほら、破ったのはこれだ。これだけ暗いからな、すり替えに気づかれなくて安堵している」
拾い上げて見せたのはどこにでもあるトランプの紙片。
数日前、ショッピングモールで見かけた同い年くらいの少女が行っていたマジックショー、そこで見かけたトランプマジックにうまく使えるのでは興味を持ち、やり方を調べて
相当な修練を積んでいるであろう彼女の手さばきには到底及ぶわけもないが……素人とはいえ暗がりでなら騙せる程度にはうまくできていたようだ。
「今朝も彼女の友人に絡まれてな……あれくらいしないと今後も面倒だと思ったんだ。誤解させて悪かった」
「あ、いえ……なんだぁ、良かったぁ」
眼の前の少年がホッと胸をなでおろす。
先ほどまでの張り詰めた雰囲気が消え、穏やかな顔に変わった直後慌てた様子でこちらへと頭を下げた。
「早とちりしてすみませんでした!」
「顔をあげてくれ。そもそも私が悪いんだ……それに頭を下げるのは私の方だ。助けてくれてありがとう」
「いえ……僕は誰にも犠牲になって欲しくなかっただけですから」
「……優しいんだな。君は」
───私と違って。と思わず本音に続き、弱音が漏れ出そうになるのをなんとか抑える。
落ち着くためにも彼を少し待たせて自販機へそこで飲み物を2本買って彼の元へと戻り1本を差し出した。
「お礼……というほどじゃないが飲んでくれ。少し、話そう」
「あ……ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
お互いベンチの端と端に座って飲み物を口にする。
僅かな間の沈黙、初対面でどこまで話すべきか悩んだが同じ学校の生徒ならばある程度隠す理由もないか。
「私は石墨彩果、2年だ。君は……見たところ1年生か?」
「はい、1年の御剣燐です」
御剣燐、どこかで聞いたことがあるような……珍しい苗字だから何かで見て記憶に残ってるのかもしれないな。
「あの、石墨さんは犠牲を出したくないんですよね? それでもライダーと戦ってどうしてきたんですか?」
「戦った相手のデッキを預かってる……いや、奪ってるというのが正確か」
「デッキを……確かにそうすれば傷つけずに戦いをやめさせられるのか」
「オススメはしない。恨みを買うからな」
釘を刺しておかないとこの少年なら本当にやりかねないと感じてしまった。
私の言葉を聞いて肩を落とした辺り本気で考えていたようだ。
「願いを持って参加したんだろう? その割には戦いを止めたいのか、御剣は」
「僕は願いのために参加したわけじゃなくて、なんというか気がついたら戦えるようになっていて……」
「訳ありということか。確かにアリスが少女しか参加できないと言っていたからな。本当にイレギュラーなんだろう」
「はい……」
こんな戦いだ、1人や2人イレギュラーな存在がいても何の不思議もない。
だが、今の御剣の言葉で1つの疑問が浮かぶ。
普段なら踏み込むことはないだろう、それでも今日は自分を救ってくれた、優しい少年に甘えているのか……あるいは自分と似た彼のことを知りたくなったのか。
「願いはないと言ったがならば御剣。君は何のために戦っているんだ?」
「それ、は……」
それまでは笑みを浮かべることもあった御剣の顔が曇る。
地雷を踏み抜いてしまっただろうか……。
「すまない、願いと同じで他人に聞くことじゃなかったな」
「あ、いえ違うんです! 今日、それを聞かれたのが2回目で。僕は戦いを止めるために戦ってて……でもそれ以上の理由がないんです」
「……それ以上の理由、か」
「その時は色々あって有耶無耶になってしまったんですけど改めて石墨さんに言われて僕はこのままで良いのかなって……」
言葉とともに御剣は弱々しく、そして恥ずかしそうに笑みを見せる。
彼自身も今のままじゃダメだと思っているのだろう。同じ状況だったら私も同じ様に思うだろう。
ならばそんな彼に私がかけられる言葉は───
「それは今すぐに見つけないといけないものなのか?」
「えっ……」
「確かに確固たる理由は大切だ。戦いに参加してる多くの少女は譲れない願いのためという確かな理由があるのだから」
これは
いずれ彼自身が向き合わなければならないことには変わらない、それでも。
「だが、今思い浮かばない答えを無理に見つける必要はないと私は思う……戦いを止めたい、その思いが本心ならきっとその先の理由も今はわからないだけで君の中にはある……と思う」
「石墨さん……」
「……少しでも君の悩みの助けになるなら幸いだが」
「ありがとうございます。少しだけ気持ちが楽になりました」
御剣の表情から迷いの色が薄れた。
わずかでも助けになったようだ……本当に良かった。
「あの、石墨さん。1つ良いですか」
「なんだ?」
「実は今日、他のライダーと協力し合おうって決めたところなんです。よかったら石墨さんも……」
「……すまない、御剣。それはできない」
言葉とともに首を横に振って彼が言おうとした言葉を遮る。
拒否されるとは思っていなかったのか、はたまたもう少し感触が良いと思ったのか御剣の顔に困惑が見える。
「とても魅力的な提案だとは思う。だけどその彼女たちも君と同じく、戦いを止めるために動いているんだろう?」
「はい……」
「それなら私は相応しくない。どれだけ綺麗事を並べても根幹は他の少女たちと変わらない……願いを捨てることができないんだ」
「そう……ですか……」
このベンチのすぐ近くに鏡がなくて助かった。
今の自分の顔は見たくはない。
きっと彼やその彼が協力できる相手ならきっとそこにいる人達はいい人たちばかりだろう。
一時的に協力するという選択肢もあるが───眼の前の少年や彼が信じた人たちをいずれ裏切り、刃を向けることはきっと私にはできない。
それなら、最初から敵でいた方がずっと楽だろう……これ以上、苦しい思いはしたくない。
「だけど、心配はするな。私は私で戦うだけだ。積極的に君たちを襲うことはしないよ」
「石墨さんがそういうことはしないと思ってますよ」
「ありがとう。それと悪いがその知り合いには私のことは黙っていて欲しい……もしもの時、知り合いだと面倒になるからな。私も君のことを喧伝するようなことはしないから」
「分かりました。今日のことは秘密にします!」
「助かる……と、悪いな。話し込んでしまった。そろそろ帰らないとお互いまずいだろう」
時計を確認すると話していたのは30分程ではあったが元々が遅めの時間だ。
私もこれ以上帰るのが遅れると両親に心配をかけてしまう。
「あ、確かに。僕も帰らないと……あっ」
「どうした?」
「そ、そうだった!? 美玲先輩にプリント届けに行く途中だった! ごめんなさい、石墨さん! 失礼します! ジュースご馳走様でした!」
「あ、待て御剣!」
慌てた様子で駆け出そうとした御剣を引き止め、声をかける。
知り合いの名前が聞こえたが慌てて口にしてしまったのだろう、聞かなかったことにしよう……。
「ただでさえ遅いんだ! 先に連絡を入れてからの方が良い! 向こうの家にも迷惑になるかもしれないだろ!」
「……確かに! そうします! 何から何までありがとうございました!」
ハッと気づいた様子で電話を手に取ると御剣は最後に私に大きくお辞儀をして慌ただしく公園を走り去っていった。
礼を言うのは私の方だというのに。
突然現れて、暴れまわったかと思えばいきなりいなくなる……まるで嵐のような男だった。
だが、不思議と嫌な気分は一切ない。むしろ、どこか気分がいい。
「さてと、私も帰るか」
空になった缶をゴミ箱へ捨て帰路へとつく。
これだけ良い気分でこの帰り道を歩くのはいつぶりだろうか。
ここ最近……いや、数年はこんな気持になったことはなかったように感じる。
帰宅すると案の定、心配した両親から何をしていたのか詰められてお小言を言われてしまった。
誤魔化し、翌日の支度と予習を終わらせた時にはすでに日付が変わる直前だった。
いつものように数時間だけでも眠っておかなければと義務的に瞳を閉じて夢の世界へと旅立った。
───たとえ、どれだけ良い気分で眠ったとしても先輩は私のことを許してはくれない。
いつもと変わらず悪夢にうなされた末に目を醒ます。
「……朝日?」
だが、いつもと違い開いた瞳にはカーテンの隙間から漏れるまばゆい輝きがチラついた。
不思議に思い、時刻を見れば時計はすでに5時を超えていた。
いつぶりだろうか、朝日よりも遅く起きたのは……。
それだけ疲れていたのか……はたまた、御剣のおかげなのか。
「考えすぎ、か」
肩を竦め、考えることをやめる。
たとえ何時に起きようと前日に何があろうと私のやることは変わらない。
学校に向かい、授業を受け、それが終われば願いのためにできることを行い、短い睡眠を取る。
いつ終わるともわからないこの日常を生きていくしか
次回 「?+1ー38.5」
「……なんとか生き残れた」
「やっぱり石墨さんって中学の頃から全く変わってないんだね」
「ッ───ケトシウス! 私を、私を御剣へと打ち出してくれ!」
「お願いです……死なないでください……! 石墨さん───!」
「みつ、るぎぃ───!」
【SURVIVE】
願いが、叫びをあげている────。