仮面ライダーツルギ・Time Adjustment/仮面ライダーアロメダ   作:teru@T

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後編「?+1ー38.5 慟哭する願い」

「ッ、くあっ!?」

 

 強い衝撃とともに身体が弾かれ硬いアスファルトの上を転がる。

 大地に倒れ伏す私の前には4人のライダーたち。

 倒れ伏す私をクスクスッと嘲笑う声だけが聞こえてくる。

 

「最後にもう一度だけ聞いてあげるけど降伏する気はない? 協力するだけで願いが叶うのよ? 断る理由ある?」

 

 そのうちの1人がこちらへ剣を突きつけながら戦いを始める前にしたのと同じ言葉を問い掛けてきた。

 "鐵宮に従えば願いを叶えよう。歯向かえば死あるのみ”、彼女たちも他のライダーから話を聞き従ったというその文言。

 鐵宮、恐らくそれは鐵宮生徒会長のことなんだろう……彼も何らかの手段で男の身でありながらライダーとなったということか。

 

「私の答えは変わらない……従わない人間を殺すような人間に与するつもりは毛頭ない……!」

「あっそ、なら死んで。恨むなら私じゃなくてその鐵宮って奴にしてよねッ!」

 

 突きつけられた剣が引き絞られ、こちらを突き殺そうと突き出される。

 眼前に差し迫った死に対し、疲れ切ったこの身体でどこまでできるだろうかと思うも驚くほど身軽に動く。

 片手で地面を押して無理矢理身体を転がすことで突き出された剣は空を切りアスファルトへと深々と突き刺さる。

 驚くライダーを尻目に身を低くしたまま彼女たちから背を向けてただ走る。

 たしかこの先には……!

 

「逃げるな! 殺せ! あのライダーを!」

 

 背後から怒号と銃撃がこちらへと届く。

 見て避けている暇はない、下手に止まれば追いつかれてしまう。

 弾丸の何発かは命中する、だがこの程度なら痛みさえ我慢するだけだ……!

 息を切らし、痛みに耐えながら目的地であった路地へと飛び込む───!

 

 

「そんなところに隠れた所で……クソッ! やられた!」

「どうした……あぁもう! 鏡探して! まだ遠くには行ってないはずよ!」

 

 アロメダを追ってライダーたちは路地裏を覗き込む。

 だが、武器を突き出すその先、袋小路となったそこには人の姿はない。

 そこにあったのは誰かが落としたのか一部が割れ、ヒビの入った鏡。

 すでに向こう側で鏡を何かで塞がれ行き来のできなくなったそこからアロメダが逃げ出したのは明白だった。

 

「でも追いかけるって行ってもどうするの? 私たち、アイツの素顔知らないのよ?」

「そういえば……まぁ、戦いが終わるなら関係ないでしょ。この場所だけ見に行っていなかったら帰ればいいでしょ」

「そうね。どうせそのうち誰かに殺されるでしょ」

 

 頭に登っていた血が引いていったのか鏡を抜け、元の世界へ帰ってきた少女たちはアロメダが逃げ込んだ路地へと足を運ぶ。

 当然、そこに残されていたのは近くに落ちていた汚れたビニールシートをかけられた鏡だけ。

 この辺りに学生は少ない、故にしらみ潰しに探せば目ぼしい相手は見つかるかもしれない。

 しかし、人伝に服従させられた彼女たちにはそこまでの労力を割くほどの忠誠心は持ち合わせていなかった。

 気だるげに中身のない雑談を繰り広げながら遊びに───あるいは他のライダーを探しにその場を立ち去って行った。

 

 

 不自然にならない様にだけども立ち止まらないように足早に歩いて商店街を抜け、人気のない住宅街へ。

 ここまで来て追ってきていないのであれば恐らく諦めてくれたのだろう───そう考えたら途端に先ほど攻撃された箇所が痛み出した。

 近くにあった自販機へと身を預けると途端に力が抜け、その場へとへたり込んでしまう。

 

「……なんとか生き残れた」

 

 手が足が震えている。

 ライダーとなって戦い始め、幾度となく直面した死へ誘われる瞬間。

 何度味わっても慣れる訳がない……その中でも今回は格別だった。

 眼前に突きつけられた死、あそこで終わると思った───再びあの白いツルギが助けてくれないだろうかと頭をよぎるほどに。

 

「はは……こんな情けない姿は御剣には見せられないだろう」

 

 よぎった雑念(望み)を振り払うために笑うが我ながら弱々しい。

 震えが収まり、安心したのか疲労も相まって徐々に瞼が重たくなってきた。

 こんな場所で眠っていたら誰かに見られたら通報されてしまうかもしれない……分かっていても耐えられそうにない……あぁ、意識が遠のく……。

 

『───お前のせいだ』

「ッ!? ハァッ……! ハァッ……!」

 

 ───休むことは許されない。

 私の瞼の裏で待っていた先輩。

 その血塗れた手の感覚が未だに頬に残っている。

 頬を伝う液体は彼女の血液だろうか、それとも私の涙だろうか。こぼれ落ちたそれを見れば分かる答えを確かめる勇気は湧いてこない。

 空気を吸えているのに息が苦しい、そんな私を更に追い詰めるようにキィィン、キィィンと甲高い音が耳に木霊する。

 音に従って反射する自販機の側面に目を向けると見慣れない顔色の悪い少女が映し出される。

 目元に隈を携えた虚ろな瞳の少女がこちらを覗き返し、その奥から覗き込む幾つもの視線が私を突き刺す。

 それは私が奪った願いたち(契約モンスター)

 先ほどの襲撃のせいでまだ彼らはエサを与えられていない。

 

「あぁ……分かってる。今、探しに行くから……少しでいいから、静かな時間を私に……」

 

 ブツブツと誰に言うでもない弁明を口にしながら私が立ち上がると鏡の中の少女も同じ様に立ち上がる。

 ───あぁ、そうか、鏡の中の彼女は私だったのか。

 毎日のように鏡を覗き込んでいるのに気づかなかった……なんてひどい顔をしているのだろうか。

 いつまでこの日々が続くのだろう。

 お願いだ、誰か私を───。

 

 

 

 

 

 鐵宮生徒会長の宣誓から数日後。

 意外なことに私の日常は以前のように戻っていた。

 その要因は鐵宮生徒会長が行方不明となったことだ。

 それはつまり彼は誰かにあるいはモンスターに敗れ、恐らく殺されたのだろう。

 だが、いなくなったのは彼だけではなかった。

 神前射澄。

 私の数少ない、友人と呼べる1人である彼女も行方を晦ませた。

 いなくなる数日前から仲の良いはずの咲洲と言い争う姿や鐵宮生徒会長とともにいる姿を見た。

 きっと神前もライダーだったのだろう……ならば彼女はもう……。

 周囲の状況がどれだけ変わろうと私の日常に変わりはない。

 今日もただ生きるため、殺されないために戦いを続ける、ただそれだけだった。

 

「これで……最後だッ!」

 

 イノシシの様なモンスターの突進を盾で受け止め、反撃に幾度目かの斬撃を叩き込む。

 その一撃でモンスターは膝をつきその身を爆散させ砕け散る。

 後に出現した光の玉は最後まで待たされていたモンスターが捕食する。

 ツルギに助けられたあの日から更にもう1人の少女を倒し、私が持つデッキの数は自身のものも含めて5つになっていた。

 その全ての腹を満たさせるのは骨ではあるが自らが選んだ道だ、違えるつもりは毛頭ない。

 

「それでも……いや、今それを考えても仕方ないか……そろそろ帰らなければ」

 

 今日の狩りを終わらせれ元の世界に戻るとすでに日は落ちきり、夜になっていた。

 これ以上の数を倒そうと思うと今よりももっと時間がかかるそうなれば両親への誤魔化しも効かなくなっていくだろう。

 先のことを不安に感じながら帰路につく。

 時間があれば公園で休憩をしたいところだがその時間も惜しい……そう考えながら歩く私の耳に音が聞こえてくる。

 モンスターが出た時の甲高い音とは違う、されども向こう側(ミラーワールド)から響く金属と金属がぶつかり合うような音……これは。

 

「───誰かが戦っている?」

 

 惹きつけられるように音のする方へ向かい、その近くにある鏡面からもう1つの世界(ミラーワールド)を覗き込む。

 ……私が覗き込んだとして何をするわけでもない、むしろ見つかれば私も狙われるかもしれないのに。

 覗き込んだ先に拡がっていたのは4人のライダーによる四つ巴の戦い───蹂躙の様子だった。

 3人のライダーが共謀したった1人を集中して狙い撃つ、卑怯という他ない状況だが……。

 

「あのライダーは……」

 

 蹂躙しているのは囲まれているはずの1人のライダーの方だった。

 純白の鎧で太刀を振るう、人数差など物ともしない圧倒的な地力で3人を相手に一方的に立ち振る舞うあのライダー……いや、()の姿を私は忘れていなかった。

 

「御剣……なのか?」

 

 以前助けられたイレギュラーな男のライダー、仮面ライダーツルギこと御剣燐。

 はるか昔のように感じるがほんの一週間前の出来事だが、その時の彼と今の彼は何かが異なっている。

 言葉にはできないそれを私は無視することはできなかった。

 今日何度目かもわからない、鏡にデッキを向け、雑念を振り払うように深く息を吸い込み……吐き出す。

 

「───変身」

 

 

 

 

 

 太刀を振るい放たれた銃撃を切り払う。

 その隙を縫って迫る刃を返す太刀で受け止め弾く。

 それに合わせて襲い来る槍を躱し、斬り返す。

 振るい。

 弾き。

 躱し。

 斬る───斬る───斬るッ!

 

「クソッ! なんなのよあんた!?」

「同じライダーなのになんでこんなに強いのこいつ……!」

「落ち着いて! 人数ならこっちの方が有利なんだから!」

 

 僕から距離を取ったライダーたちが口々に言葉を発する。

 確かに人数差というのはあんまり馬鹿にできない───現に1人ずつならすでに終わってただろう戦いが未だ続いている。

 

【ADVENT】

【ADVENT】

【ADVENT】

 

 それだけでなく、彼女たちがそれぞれカードをバイザーに読み込ませる。

 流れる音声は皆同じでも出現するのは異なる姿の3体のモンスターたち。

 巨大なブーメランを持ったムシの様なモンスターと十字手裏剣を背負う赤いモンスター、そして音叉のような武器を付けた白いモンスター。

 彼女たちの契約したモンスターが姿を現しこちらへ敵意を向けている。

 

「流石にあんたがどれだけ強くてもこの数の差は覆せないでしょ」

「……来なよ」

「ッ! やっちゃえ!」

 

 3人のライダーと3体のモンスターが同時に襲いかかってくる。

 投げつけられたブーメランと手裏剣を弾き落とし、発射された銃弾を斬り裂く。

 その後に迫るのは剣を構えたライダーと白いモンスターの主従だ。

 剣を弾き、振り下ろされるモンスターの腕を避け見つけた隙を付いてライダーのデッキを斬り裂くために太刀を振り抜く───!

 ピリッとなにかが弾けるような破れるような音が微かに聞こえて気がした。

 

「ッ!!」

 

 何かおかしい、そう告げた直感に従って無理矢理その場を飛び退くと二股に別れたモンスターの武器の間から電撃が放たれ、僕がいた場所を焼き焦がす。

 

「おっしい! あとちょっとで痺れさせてやれたのに!」

「最初からそれが狙いだったのか……!」

「それだけじゃないんだけどねッ!」

「ッ! しまっ……!?」

 

 遠距離から1人と2体がそして接近してきた1人と1体。

 ならば後1人はどこに? その疑問が浮かんだ直後、背後から声がして振り返る時には勢いよく走り込んできたライダーが僕に向けて槍を突き出していた。

 電撃を咄嗟に躱したために躱すのも受けるのも間に合わない───!

 甲高い槍が直撃する音が周囲に響き渡る。

 だけど、痛みは一切ない、当然だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「───あなた、は」

「無事……だな。久しぶり、というほどでもないか。ツルギ」

「いしず……アロメダ!」

 

 僕の背後、槍との間に構えた盾と共に割り込んできたのは白と黒の剣闘士の様なライダーである仮面ライダーアロメダ……石墨さんだった。

 受け止めた槍を弾き返し、アロメダは僕と背中合わせで構えを取る。

 突然現れた彼女に驚きながらもライダーとモンスターたちは僕らを逃さないように取り囲んだ。

 

「何よあんた! そいつの味方する気なの!?」

「しらないんでしょうけど、そいつは戦いを終わらせるって言うのよ? そんなやつに協力していいの?」

「それは誰が勝っても変わらないことだろう? 私はただ、1人をその数で狙うのはフェアじゃない、そう思っただけだ!」

「ッ! それなら、あんたも一緒に死ね!」

 

 強い言葉で罵るがライダーとモンスターたちの動きは慎重だ。

 ジリジリと包囲を狭め、僕たちに一斉に襲いかかるつもりだろう。

 太刀を握り直し、構えを取り直す。

 来るなら来い、全て僕が斬ってやる。

 

「……御剣。逃げるつもりはないんだな?」

 

 彼女たちに聞こえないような小さな声で石墨さんが語りかけてくる。

 ちらりと背後へ目を向けると仮面越しに彼女と目が合った。

 

「はい、逃げません……戦います」

 

 彼女には知らないが僕には()()()がある。

 戦いが仕切り直された今ならばあのカードを使えば恐らく負けることはない。

 

「……分かった。なら、隙は作ってやる。それがあればお前なら倒せるはずだ」

「えっ……?」

 

 驚く僕を他所に石墨さんが徐ろにデッキからカードを引き抜く。

 こちらの動きを察知したライダーたちが動くと思って周囲に注意を向けるがその気配がない───そうか、彼女たちは石墨さんがカードを抜いたことに気づいていなんだ。

 正面と横からは盾と彼女の装甲でそして背後は僕自身が壁となって彼女がカードを引いたことを隠していた。

 そして彼女のバイザーは()()に挿入口がある、つまり。

 

【TIDALVENT】

 

「なっ!? いつの間に!?」

「捕まれ、ツルギ! 足をとられるぞ!」

 

 その素振りを見抜くことができず、突然使用されたカードにライダーたちは驚き、すぐさまこちらを攻撃しようとするがそれより早く変化が起きる。

 僕らが戦っているほど近くに場所、その地面に波紋が広がると同時に巨大な何かが空中へと飛び出した。

 それは白と黒で彩られた巨大な魚───いや、ヒレの形から考えてシャチのモンスターだった。

 鋭利な背ビレと2門の砲門を持った巨大なシャチはまるで水面から飛び出しかの様に空へ高く飛び上がり───やがて再び地面へと落ちていく。

 確かブリーチングだっただろうか、クジラが飛び跳ねた時のように跳ねたモンスターはそのまま地面へとぶつかり、再度海中へと潜るように消えていった。

 巨大な物体が水面を打った時のように大地に大きなウネリを残して。

 

「きゃあ!? なにこれ!?」

「ちょ、ちょっとどうなってるの!?」

「こんなの立ってられないに決まってるのに……なんでアイツらだけ!!」

 

 立っていた地面が風に揺らぐカーテンみたいに揺らいだら立ち続けることなんてできるわけがない。

 ライダーもモンスターたちも一様に跪き、揺れに耐えるそんな中、アロメダだけがそのウネリを乗りこなしていた。

 僕は彼女に掴まり……というかほぼ抱き寄せられ抱えられているから影響を受けていないだけなのだろうがそれでも今が絶好の機会なのには変わりない───!

 

「少しすればウネリは収まる! 今のうちに決めるぞ!」

「はい……! ライダーは僕が倒します。石墨さんはモンスターたちを!」

「承知した……! 行って来い」

 

 アロメだがグルリと回転し勢いをつけるとライダーのうちの1人めがけて僕を投げ飛ばす。

 同時に太刀を手放すと別のカードを引き抜き、バイザーへとセットする。

 

【SWORDVENT】

 

 手元に召喚されたのは二振りの短剣、ドラグダガー。

 うねる大地に足を取られるよりも早く踏みしめ、勢いを殺さぬように一足でライダーへと肉薄すると逆手に構えた短剣を縦に振り抜く。

 

「あっ……えっ、嘘、嘘よ!」

 

 縦に真っ二つに切り裂かれたデッキが地面へと落ちる。

 それと同じくらいに大地のウネリは収まった。

 彼女の変身が解けるのを見届けるより早く次のライダーの元へ駆ける。

 

「ひっ、く、来るなぁ!?」

 

 錯乱して崩れた体勢のまま銃を乱射するがそんな攻撃で僕は止められない。

 躱し、斬り裂き接近していると横目に槍使いのライダーが逃げ出そうとしているのが目に映る……逃さない。

 予定を切り替え、銃を放ち続けるライダーへ向けて短剣を投げつけて進路を槍使いへ切り替える。

 空を斬り裂き進む短剣は吸い込まれるように彼女のデッキへと突き刺さり、小気味よい音とともにデッキを砕いた。

 

「後1人……!」

「嘘でしょ……一瞬で……!?」

 

 彼女より僕の方が速い。

 追いつかれることを察したのか槍をこちらへと向け直し、間合いのリーチを活かして戦うつもりだろう。

 でも、切り替えるのが遅すぎる───!

 突き出された槍を躱し、長い柄を掴むとそのままグイッと引き寄せる。

 

「えっ、きゃ!?」

 

 体勢を崩してつんのめり、前へと倒れる彼女へデッキを狙って短剣の柄を突きつける。

 倒れ込んできた勢いと振り上げた勢い、その2つが合わさり激突すると難なくデッキは砕け、彼女が地面に倒れることにはライダーから女子高生へと姿を変えていた。

 

「あっ……デッキ……私の……おまえ……!?」

 

 目を見開き、僕に向かって何かを叫ぶ……それより少し早く、彼女の姿が忽然と消え去った。

 キョウカさんが現実世界へと送ってくれたんだ。

 振り返ると他の2人もすでにミラーワールドからいなくなっている。

 これで終わり……じゃない!

 

「石墨さん……!」

「……御剣、今のは一体?」

 

 まだモンスターと戦っている石墨さんを手助けしようと振り返るとそこにはアロメダがすぐ近くに来ていた。

 彼女の背後を見れば先ほど波を起こしたシャチ型のモンスターが悠々と()を泳いでる。

 恐らく、あのモンスターによってモンスターたちも蹂躙されたんだろう。

 

「えっと、今のは……」

「……まさか、アリスの仕業か? 彼女ならこれくらいの芸当できるだろうが……」

 

 誤魔化すか素直に喋るか迷う間もなく原因を察した彼女が更に問い掛けてくる。

 あぁ……これは誤魔化せないな。

 

「……全部説明しますから、先に戻っていてください。場所は……」

「それなら前の公園にしよう。ここから近い……待っている」

「分かりました。すぐに追いかけます」

 

 彼女が一足早くミラーワールドから現実世界に帰るのを見送って、倒したライダーたちのメモリアカードを拾い集める。

 僕が斬り裂いた───僕が奪い去った願いを噛みしめるように。

 

 

 

 

 

 一足先に公園へ到着すると流石に疲労もあってベンチへと座り込んでしまった。

 御剣のことだ、来るまでそう時間はかからないだろう。

 

「……本当にあいつは御剣なのか?」

 

 声は本人だった、ライダーとして姿も変わりはない。

 だが、何かが違った、纏っている雰囲気とでも言えば良いのだろうか……。

 戦いを止めることを迷っていた彼ではない……まるで一振りの剣のようなそんな雰囲気。

 そして容赦なくデッキを斬り裂いた彼を見て1つだけ確信している。

 

「……理由を見つけたんだな」

 

 少しだけ嬉しく、そして羨ましい。

 迷いなく戦えるのなら私のように苦しむことは無いのだろう。

 

「すみません、お待たせしました!」

「いや、私もいま来たところ……だ……」

 

 ───あぁ、そうじゃない。いや少し考えれば分かるだろう。

 あの優しかった少年がいくら理由を見つけたからと言って平気で願いを奪えるわけがなかったんだ。

 

「どうかしましたか?」

「あぁ、いやなんでもないよ」

「そうですか。あ、これどうぞ! 前は僕が奢ってもらいましたから」

「ありがとう。素直にいただくよ」

 

 そう言ってジュースを差し出す彼の顔にはこの前と変わらぬ笑顔が浮かんでいる。

 だが、その笑顔はこの前とは違う、私に本心を悟らせないためのものだろう。

 その笑顔の奥に浮かぶ焦燥を前に出会った時よりも僅かにヤツレたその姿を私は見逃すことができなかった。

 

 

「───そうか。鐵宮生徒会長を止めたのはやっぱりお前だったのか御剣」

「はい……大切な人を助けるためにはそうするしか無かったので……」

「どこまでも誰かのためか……御剣らしいな」

 

 御剣の口から語られた私と別れたあの日以降にあった戦いの経緯。

 私に()()()()()()があるのは伺えるが追求する理由もない。

 私にとって大切なのは御剣自身がアリスと和解し、御剣自身が戦いを終わらせるために戦っているということだ。

 

「……なぁ、御剣。前に私とあったあの日。お前は手を組んだと言っていたな」

「はい。今も……全員ではないけれど、一緒に戦っています」

「……そう、か」

 

 誰かが敗れて別れを経験したのだろう。

 そしていずれ訪れる、仲間の願いを奪うことも御剣は理解している。

 だからこそ、彼は気づいていないのだろうがあんな苦悶するような……涙を堪えるような顔を浮かべているのだろう。

 

「あの、石墨さん」

「なんだ、御剣」

「……今お話した通り、戦いはじきに終わります。いや、僕が終わらせます」

「……あぁ。今のお前は迷いなくやるんだろうな」

「だから……あなたの持ってるデッキを全部渡してください」

 

 ───最初からこれを告げるために話をしたかったのだろう。

 あの場で油断した私を斬ることも彼にはできた、でもしなかった。

 そしてこうして面と向かって私に願いを捨てろと言う……本当に、本当にあの時と変わらない。

 それでも───いや、()()()()()私の答えは決まっている。

 

「……御剣、なんど言われても私は変わらない……自分じゃ自分を()()()()()()()()

「でも……!」

「だから、私を変えたいのならお前が変えてみせろ」

 

 それは決別の宣言。

 私から御剣への宣戦布告だった。

 きっと戦いたくないからこそこうして話し合いで解決したかったのであろう御剣の気遣いを私は踏みにじる。

 こちらを見つめる御剣から視線を外し、一足早くベンチから立ち上がると彼に背を向け歩き出す。

 

「……明日の午後7時、私はこの公園にいる」

「明日……」

「もし……もしも次にお前と会うことがあれば、その時は互いの願いのために戦おう」

「……願いのために、ですか」

 

 御剣の顔は見えない、見たくない。

 そのまま立ち去ろうと歩みだし……それでも私は立ち止まってしまう。

 

「本音を言うとな……明日、誰にも会わなければ良い。私はそう思っているよ」

「……僕も同じ気持ちです。石墨さん」

 

 ───あぁ、そうだろうな、御剣。

 それ以上、互いに言葉はない。

 ありがとう……さようなら、御剣燐。

 

 

 良いことを聞いた! 利用できる!

 アイツを利用すればあの男を……ツルギを倒せるはずだ!

 あの女……石墨彩果なら良く知っている!

 きっとアイツならどこかに火種があるはずだ……。

 明日までにそれを見つければ……アイツが断ったとしても……。

 

 月明かりと街の明かりが照らさない、闇の陰。

 公園を去る彩果と彩果を見送り立ち尽くす燐、それを眺める1人の少女。

 ニヤリと笑みを浮かべる彼女に2人が気づくことは無かった───。

 

 

 

 

 

 いつもは長い1日も今日だけはとても短く感じてしまった。

 気がつけば夜が明け、学校が終わり、あっという間に放課後となった。

 どういうわけか、今日に限っていつもはすぐに餌を寄越せと騒ぐモンスターたちも大人しく、手持ち無沙汰となった私は一足早く公園へと到着してしまった。

 何をするでもなくその場に座っていても刻一刻と御剣に告げた時間が近づいてくる。

 

「……御剣はきっと来るんだろうな」

 

 ここに至っても彼に来てほしくない、彼と戦いたくないと叫ぶ自分がいる。

 もしもあの日、彼の提案に首を縦に振っていたのなら……彼と別の出会い方をしていたのならこうはならずに済んだのだろうか。

 あるいは彼と仲良くなることが無かったのなら互いが互いのことを良く知らないまま消えてなくなっていたのだろうか。

 ───いや、起こり得ないもしもの過程などどうでもいいことか。

 

「あなた……石墨さん、よね?」

 

 考え事に耽っていると突然、誰かに声をかけられる。

 顔を上げた先にいたのは藤花の制服を着た少女……確か、彼女は……。

 

「私のこと覚えてる? ほら、中学の頃同じクラスだった」

「あ、あぁ……久しぶり、だな」

 

 申し訳ないことに名前は思い出せない……はっきり言って仲が良かったとは言い難い相手だ。

 向こうも私に対して良い感情は抱いていないだろうに……こんな日に会うなんて。

 

「……あのね、石墨さん。実は私、貴方のこと何度か見たことがあるの……ミラーワールドで」

「ッ! お前……!」

「ま、待って石墨さん! 違うの! 戦う気はないわ! ほら、私のデッキをあなたに預けてもいいから話を聞いて!」

 

 目の前の彼女は必死な様子で自らのデッキを私に押し付けるように手渡してくる。

 それだけ切羽詰まった理由があるのか……どちらにしても断る理由を見失ってしまった私は彼女に着いて人目につかない公衆トイレの裏へと移動する。

 

「それで話とはなんだ?」

「石墨さん、この戦いに参加しているならあなたも叶えたい願いがあるのよね? 今、その戦いを無理矢理終わらせようとしてる奴がいるの」

「……それで?」

「そんなの酷すぎて私、許せない……! みんな願いのために戦ってるのにそれを邪魔して……だからね、色んな人に声を掛けてそいつを倒そうと思ってるの! 石墨さん、あなたも協力して!」

 

 さも自分が正しいとでも言いたげな彼女の言葉が私の心に響く事はなかった。

 いや、あるいは戦いを始めた直後の私ならその正しさに縋っていたのだろうか……どちらにしても私の答えは揺るがない。

 

「悪いがそういう話なら他を当たって欲しい」

「大丈夫! 石墨さんに酷いことはさせないわ……あなたはただこの後来る()と普通に戦ってもらえればそれでいいんだから」

「……知っていて話しかけてきたのか」

 

 やはり、ツルギ(御剣)のことだったのか。

 そして彼女が今日ここに来たのは偶然ではなく、私を狙って話しかけてきていたのか。

 

「そのことはごめんなさい。でもね、私はあなたを守ったのよ? 1人の力じゃあのライダーは倒せない……私ね、少し前に戦いを終わらせてくれるって人の手助けをしてたの」

「あの時にあちら側に協力をしていたわけか……」

「分かってくれるなら話が早いわね。あいつは……ツルギはその邪魔をした張本人なの! あいつのせいで全部台無し……その上無数のライダーがあいつ1人に倒されたのを私は見たわ!」

 

 ───御剣はそこまで強くなっていたのか。

 本人はどうやって勝ったのかを語らなかった、きっと協力して打ち倒したのだろうと思っていたがそうではなかったらしい。

 そんなことを考えていると眼の前の彼女は潤んだ瞳で私の両手を握りしめてきた。

 

「お願い、石墨さん……協力して、あなたが戦いを始めたら私とその仲間が後ろからツルギを倒す。それだけなの……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ……!」

 

 興味も関心もなかった彼女の言葉。

 意図的か偶然かはわからないが彼女の言葉は私の心に突き刺さる。

 もし手を握りしめられてなければそのまま立ち去っていただろうがそうもできず心を落ち着けるためにも彼女から視線を逸らす。

 

「ね? いいでしょう?」

「……悪いが断らせてもらう」

「どうして? 悪い話ではないのに……あなただって叶えたい願いがあるんでしょう?」

「それでも! 例えそうであったとしても! そんな卑怯な真似をしてまで勝とうとは私は思わない……!」

 

 食い下がる彼女につい声を荒げてしまう。

 すべて本音だ。

 願いを叶えたいという思いはあれど卑怯な真似はしたくない、特に彼に対しては誠実でありたい。

 きっとこの気持ちは変えられない───だからこそ今日まで足掻いてきたのだから。

 対面する彼女は私の剣幕推されたのか、手こそ離さないモノの俯いてしまった。

 

「……そっか。やっぱり石墨さんって中学の頃から全く変わってないんだね」

「……そう、だろうな。自覚はしている」

「そんなだからさ、尊敬してた人を自殺にも追い込むし……色んな人の恨み買うんだよ?」

「なに……?」

 

 彼女の語る意味深な言葉、その意味を問い詰めるより早く状況が変化する。

 後頭部に強い衝撃を感じ、身体が前へと倒れていく。

 チカチカする視界の端で赤い液体が飛び散っている。

 耳鳴りだろうか周囲の音が消えていく、思考が散らばる纏まらない───意識が遠のいて───

 

 

 

 ドサリと彩果は地面へと倒れ伏した。

 続くようにビチャと音を立てて赤い液体が飛び散る。

 

「ハッ! ザマァ見ろ! 私らを騙した罰だよ!」

「ちょっとやりすぎじゃない? 死んでない?」

「ちゃんと加減はしたから大丈夫だろ。それよりもあったか?」

 

 倒れる彩果の背後、闇の中から過去に彩果たちに敗北したスカジャンを着た少女。

 その手に握っていたべっとりと赤い血の付着した鉄パイプ彩果へと投げ捨てる。

 ピクリとも動かない彼女だったがパイプの当たった痛みによって呻きながらその身体を動かした。

 普段はお団子に纏めている髪は殴られた衝撃で解け、無造作に広がりそこを伝うように頭部から血液が地面へと広がっている。

 

「あった! あったよ! ほら、2人共メモリアカード破けてない!」

 

 放り出された彩果のカバンを漁っていたのは聖山の制服を着崩した少女、スカジャンの彼女を彩果にけしかけた張本人だった。

 彼女が彩果のカバンから見つけ出したのは合わせて5つのデッキ。

 その中の2つ、アリとアリクイの紋章の描かれたモノからメモリアカードを抜き出すと2人の少女へと嬉しそうに掲げていた。

 

「よっし! へへ、あんたの話にノッて正解だったよ」

「ホントホント! それにしてあんたさ、よくも騙してくれたよ……ねッ!」

「がッ……!?」

 

 意識が混濁する彩果だったが腹部を蹴り込まれた痛みによって無理矢理覚醒を余儀なくされ、歪む視界で状況を把握しようと試みる。

 

「お前たち、は……あぁ……さ、いしょからはめら、れて、い、たのか……」

「あなたが悪いのよ? 最初から私の話にノッてたらこんなことしなかったのに。そんなことなるわけないって思ってたけどね」

「あ───っ……」

 

 言葉を発しようにも呂律が回らない。

 頭の中をガンガンと叩かれているような痛みが起こり続けている。

 それでいて彩果の思考は極めて冷静だった。

 あるいはそれは怒りで昇るであろう血が抜け続けているからかもしれない。

 

「ねぇねぇ、こいつのメモリアカード破いちゃおうよ。ま、どうせもう戦えないんだろうけど」

「そうだなぁ。私らはこいつみたいな嘘つく理由もないから眼の前でビリビリにしてやろうぜ!」

「いいねぇ! こいつの願いはっと……」

「み、る……なぁ……」

 

 願いは届かず、シャチの紋章のデッキからカードが抜き取られ、掲げられる。

 

「うーんと……Changeling?」

「!! それって……」

「どういう意味だ? 変わりたいとかそんな感じか?」

「ま、意味なんてどうでもいっか! ほら、破いちゃうよ~」

「……待って、気が変わったわ。もっと面白いこと思いついちゃった」

 

 2人の少女が嬉々として彩果の願いを踏みにじろうとする中、ニヤニヤと笑みを浮かべた少女が2人を静止する。

 訝しげに彼女を見る2人へと自身の思いついたことを耳打ちすると2人も同じ様に笑みを浮かべ、彩果を見下ろす。

 

「いいね、それ。確かにそっちの方がスッキリするわ」

「そんじゃあ早速やっちゃおうよ!」

「えぇ、今起こすから手伝って」

 

 少女たちが彩果に近づくと血が滴る後頭部に触れないように注意しながら彼女を引きずり起こす。

 抵抗しようと動こうとするも力の入らない彩果はただされるがままに鏡の前に立たされるだけだった。

 

「てっきり私はあんたがあの人を蘇らせるために戦ってると思ってたの。だからメモリアカードを破いてやりたかったのに。まさかここまで身勝手だったなんて思わなかった」

「っ……それ、は……」

「人を殺しておいて自分が楽になるために殺し合いするなんて馬鹿みたい。心配しないで? お望み通りあなたのままで殺してあげるから」

 

 操り人形のように力なく立たされた彩果の前には幽鬼の様な女が立っている。

 乱れた髪、血と埃に塗れた学生服、血の気の引いた白い顔の女。

 それが彼女(彩果)自身だと気づくのに時間はかからなかっただろう。

 その彼女の前に反転したシャチの紋章が掲げられれば鏡から現れたベルトが彩果の腰に巻きつけられる。

 

「ほら、最後に私達に合わせて言わないと……せーの」

 

 ───変身。

 風に溶ける震えた声とともに4人の少女の姿はミラーワールドへと消え去った。

 

 

 

 

 

「ほらほら! もう1発いっくよー!」

「あ、がッ……!?」

 

 腹部に強い衝撃を受けるとともに私の身体がふわりと宙に浮き上がる。

 そのまま重力に従って地面へと落下、受け身を取ることもできずに叩きつけられる。

 変身()()()()ていなければ今のだけで動けなくなっていたかもしれない。

 

「う……あ……」

「こんな程度でヘバッてちゃダメで……しょ!」

 

 狩人のライダーが振るったムチに私の腕へと巻き付くと力強く引っ張られる。

 抵抗もできず、地面を引きずられ引き寄せられると首元へとアリの顎を模したガントレットが充てがわれ、持ち上げられる。

 ギリギリと首を締め上げられ、呼吸を封じられる視界の先にいるのは銀色の鎧のライダー。

 その奥で花壇の縁に腰をかけた緑色のライダーがこちらを俯瞰している。

 

「はな……せ……ッ!」

「だ~め! ほらほら、掴んどくから次どーぞ」

「へへ、おら、喰らえっ!」

 

 釣り上げた身体に力を入れることもできないまま、狩人のライダーのアリクイの爪を模したガントレットが突き刺さる。

 アーマーを貫かれてはいない、それでも無抵抗で受けてことでミシミシと骨が悲鳴を上げている。

 正直、身体のどこが痛いのかあるいは動かなくなっているのかわからない。

 ガンガンと常に頭に石を叩きつけられているように響く痛みがそれら全てをかき消していた。

 それでも不思議と思考はクリアだ、何をされこれか相手がどう動くのかよく分かる……それに身体が付いて来ない以上、何の意味もないが。

 

「あんたもどう? スカッとするよ?」

「私は遠慮しとくわ。トドメの時だけやらせて頂戴」

「いいとこだけ持ってくってことー? まぁ、それまでは好きにさせてもらうからいいけど、ね!」

「ッ……! あぐッ……!」

 

 再度地面へと叩きつけられる。それも今度は仰向けに。

 マスク越しとはいえ殴りつけられた後頭部を打ち付けられ、意識が飛びそうな痛みが走る。

 せめて武器でもあれば違うのかもしれないがミラーワールドに来ると同時にバイザーは奪われ、適当なところへと投げ捨てられてしまっている。

 朦朧とする意識は定期的な痛みと衝撃によって気絶することを許されない───きっと次に意識をなくす時は永遠に目覚めない時なのだろう。

 

「次はどうしようか?」

「あんまり時間もないしなー。だいぶ殴って気分も晴れたしそろそろ楽にしてやるか?」

「そうだねーおーい! トドメ刺しちゃっていいよー」

「そう、ならトドメ刺しましょうか」

 

 銀のライダーに首を押さえられた上に狩人によって踏みつけられ動けない中、緑のライダーが立ち上がり近づいてくる。

 見せびらかすように腰のデッキから1枚のカードを抜き取り、こちらへと見せびらかしてきた。

 霞む視界でうまく判別できないがそれでもその特徴的な絵柄に見覚えがあった。

 それはファイナルベントのカード、まともに動けない今、受ければ恐らく私は───。

 

「それじゃあね、石墨さん。大好きなあの人のところへ今送ってあげるね」

「やめ……」

「バイバーイ」

 

 私の目の前でゆっくりと剣の形をしたバイザーへとカードを近づけていく。

 刻一刻と迫る死の宣告。

 溢れた汁が涙か血かは分からない……それでもここで私は……。

 だが、装填されるその直前、どこからか響く()に緑のライダーの手が止まった。

 

「何この音?」

「バイクの排気音? なんでミラーワールドで? ライドシューターはこんな音しねぇだろ」

「……まさか」

 

 周囲に響いた駆動音。

 音の方へと瞳を向けるとその音の主がこちらへと近づいてきていた。

 それは何も無いはずのミラーワールドには不釣り合いの駆動する白いバイク。

 こちらへ向かって疾走するそれに対し、私の目の前にいる3人警戒し、身構える。

 当然だ。

 接近し、近くに止まったバイクを操っていたのは白い聖騎士のようなライダー。

 

「……み、つるぎ……」

 

 仮面ライダーツルギ、御剣燐だった。

 

 

 

「ツルギ……! 本当に来るなんて……!」

「お前! あの時の! へへ、あの時のリベンジさせてもらおうかぁ!」

「今度はこっちの方が人数多いしね!」

 

 3人のライダーは眼前のツルギに対し三者三様の反応を見せて得物を構える中、対するツルギの視線は彼女たちに向けられていなかった。

 彼の視線は彼女たちの後ろ、汚れ端々が砕けた装甲をまとったまま、倒れ伏しているアロメダに向けられていた。

 こちらを見上げるそれだけの動きも苦しそうにしている彼女の姿に握りしめた拳へと更に力が入る。

 

「……少し待っていてください。すぐに終わらせます」

 

 ゆっくりとした動作でスラッシュバイザーを構えるツルギの声はひどく落ち着いていた。

 激しい怒りを抑え、崩れ落ちそうになる後悔を隠したまま、デッキからカードを1枚引き抜く。

 ───瞬間、風が巻き起こる。

 

「なんだこれ……風?」

「あのカードのせいなの?」

「ッ、あのカードよ……! アイツはあのカードで強くなる……!」

 

 ツルギを中心に吹き荒れる風はやがて嵐となる。

 ()()を知る緑のライダーが怯え震える中であっても残りの2人も動くことはできなかった。

 近づけばあの風に飲まれれば斬り裂かれる、そう錯覚させるほどに研ぎ澄まされた剣気がツルギを取り巻いているからだ。

 強くなる、そう告げた少女の言葉に習うかのようにカードの影響でツルギの持つスラッシュバイザーが変化する。

 鍔に龍の顔を持つ白と金で飾られた鞘に納まった太刀、その銘はスラッシュバイザーツバイ。

 龍の口を開かせるとこの変化をもたらしたカードを装填し刀を腰へと差す。

 金色の翼、その背後で白い風が吹き荒ぶ絵柄の描かれたカード。

 その名は───

 

【SURVIVE】

 

 

 嵐が御剣の、ツルギの姿が包むとともにその姿を変えていく。

 風にたなびく一対の長いマフラー。

 3本の角はより大きく、鋭くなりその中央に緑色の宝玉が飾られている。

 2本の金色のラインの走る装甲は騎士の装いから武士……いや武将と形容できる姿へと変貌を遂げていた。

 

「───そう、か。御剣、それがお前の決意の形なんだな」

 

 私には御剣があの力をどうやって手に入れたのかは分からない。

 それでもあれは御剣だからこそたどり着いたモノなのだろうということは理解できる。

 戦いを止める、いやその先にあるだろう私の知らない彼の本当の願いを実現するための力───それこそがあの姿なんだろう。

 

「私に……今の私にできることは……」

 

 恐らく、この戦いは長く続かない。

 ならば、その後に私にできることは……。

 思考を乱すような頭の痛みのおかげで動きは鈍いが身体の痛みは感じない。

 私が求めるモノを求め、手を伸ばす。

 

 

 

 白き嵐、その名は仮面ライダーツルギ サバイブ烈風。

 3人のライダーが圧倒される中、ツルギは鯉口を切るような動作でカード装填口のカバーをスライドさせ、次なるカードを読み込ませる。

 

【SWORD VENT】

 

 スラッシュバイザーツバイが抜き放たれ、美しき白刃が白日にさらされる。

 ゆっくりとした動作で構えを取る。

 直後、ツルギの姿が風へと消え、ライダーたちへと迫る刃と共に目の前に現れる。

 

「ッ!? な、なんなんだこいつは……!?」

 

 ツルギの一閃を防げたのは本当に偶然だったのだろう。

 狩人のライダー反射的に構えたガントレットを迫る刃と友の間に差し込んだことでなんとか受け止める。

 だが、その一撃に腕は弾かれ、受け止めたガントレットは耐えきれずに鏡のように砕け散った。

 追撃を避けるために3人はツルギから大きく距離を取るように後退る。

 

「瞬間移動……!?」

「いや、速いんだ……目で追えないくらいに……! それなら、動きを封じちまえば……!」

 

 後退と同時にツルギへ向けてムチを振り下ろす。

 狙いは武器、あるいは腕。

 前回は引っ張り合いになり負けたが今回は人数差で勝てるという算段だったのだろう。

 だが、振るわれたムチがツルギへと届くことはなかった。

 吹き荒れる嵐が障壁となり、そのムチはツルギへと届かない。

 

「嘘だろ……そんなのありかよ」

「そ、それならモンスターを呼び出して……!」

「……遅いよ」

 

 2人のライダーが次なるカードを引き抜くよりも早く、ツルギはカードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 瞬間、2人の視界に金色の何かが映り込む。

 その直後、パキンと小気味よい音が続け様に彼女たちの耳へと届く。

 冷や汗を流しながら視界を下へ向ければ自身の腰装着されていたデッキが両断され、2人のデッキが混ざり合うように風に乗ってカードが舞いがった。

 鎧が砕ける中、視線をツルギへと戻せば彼の周りに何かが飛んでいる。

 それは6枚の刃。

 竜の鱗のような金色の刃、ツルギの放つ風に乗り舞い踊る、リュウノゲキリン。

 

「あんなの勝ってこないよ……」

「強すぎる……」

 

 変身が解け、ただの少女へと戻った彼女たちは膝を着く。

 圧倒的な実力差に絶望した彼女たちは呆然としたそのままにアリスの手によって忽然とその姿をミラーワールドから消してしまう。

 

「あと1人はどこに……」

 

 倒したのは2人、もう1人の行方を探そうとするがそれより早く、ツルギの背後から音が響く。

 

【ADVENT】

 

 ツルギが振り向くとともに空中から緑と金と紫の装飾を持つ鳥のモンスターがツルギへと飛来する。

 モンスターの背後でバイザーを構えた緑色のライダーがいることから彼女の契約モンスターなのだろうそれが鋭い爪でツルギへと襲いかかった。

 だが、振るわれた爪はスラッシュバイザーツバイによって受け止められる。

 

「この程度……」

「そうよね、でも今の私は他にも持ってるのよ!」

「? なんだって?」

 

 モンスターと対峙するツルギの前で彼女が取り出したのは2つのデッキだった。

 それは彩果が持っていた残る2つのデッキ。

 ミラーワールドに入る前、もしものために彩果のカバンからくすねていた物だ。

 それぞれのデッキから1枚ずつカードを引き抜き、自身のバイザーへと続け様に装填する。

 

【ADVENT】

【ADVENT】

 

 続け様に使用されるアドベントによって更に2体のモンスターが彼女の背後に現れる。

 鋭利な牙と爪を持つ大きな犬のモンスターと巨大な一対のカマを携えたカマキリのモンスター、どちらも腹をすかせているのか苛立っているのが見て取れる。

 

「なッ……!? なんてことをしてるんだ……!」

「ふん、このくらいやらないとあんたには勝てないでしょ! 行け! ツルギを殺せ!」

 

 驚くツルギを他所に形勢が入れ替わったと感じた緑色のライダーは勝ち誇り、高らかに召喚したモンスターへと命令を下した。

 それに対するツルギは眼前のモンスターを弾くと共にリュウノゲキリンを彼女の方へと放つ。

 だがそれも一歩遅かった。

 

「なん……でっ……!?」

 

 犬の爪とカマキリのカマ、そのどちらも向けられたのはツルギではなく召喚したライダー本人であった。

 当然であろう。

 2体のモンスターが契約しているのは彩果に敗れ今はこの場にいないライダーたちだ。

 彩果が襲われなかったのも倒したモンスターをエサとして渡されていたからに過ぎない。

 腹を空かしているときに見ず知らずの相手、それも自身たちに背を向け油断しきった人間(エサ)の言葉など聞く道理など存在しない。

 

「やめ……いや……!」

 

 致命傷にこそならなかったものの犬の爪に足を斬り裂かれたこと、そして襲われたことの恐怖にその場に膝を着き、バイザーである剣を震えながらにモンスターたちへと向ける。

 だが、そんな抵抗など彼らにとって無駄でしか無い。

 追撃を加えようと爪とカマを振り上げる2体の元へ舞い踊る6つの刃が飛来する。

 モンスターたちの周囲を舞い、斬り裂くリュウノゲキリン。

 その斬れ味は彼らの爪よりも鋭利でカマよりも鋭い。

 切り刻まれゆく中、全ての標的がカマキリへと向けられたその一瞬の隙に犬のモンスターは駆け出し、エネルギー補給のためにもその場にへたり込みライダーを食い殺さんと牙をむき出す。

 

「させるわけがないだろう!」

「ッ……! なんで、なんであんたが……!」

 

 そこに割り込んだのはツルギ。

 ライダーの前に立ち、構えたスラッシュバイザーツバイでその牙を受け止める。

 今まさに殺そうとしている相手から助けられた少女は困惑の叫びを上げるがツルギはそれに答えない。

 ただ淡々と眼前の脅威へと対処していく。

 受け止めた牙を弾き、一度スラッシュバイザーツバイを鞘へと収め直す。

 腰を落とし身構えるツルギへと犬のモンスターが再度、そのアギトで喰らいつく。

 

「───ハァッ!!」

 

 一閃。

 迫る牙よりも速く抜き放たれた刃が迫ったモンスターの牙を爪を肉体を一刀のもとに斬り伏せた。

 そしてもう1体のカマキリも舞い踊る刃たちに切り刻まれ今、その動きを止め大地へと倒れ伏す。

 増援として呼び出したモンスターも一瞬で倒され、ツルギに助けられただけとなった少女。

 それでもまだ彼女は勝利を捨てていない。

 

「いけ……いけ……! ツルギを……アイツを倒せ!」

 

 ツルギに聞こえないような小さな声。

 それは自身の契約モンスターへと向けた命令だった。

 それが聞こえたのか、あるいはチャンスと見たのか飛翔した鳥のモンスターは背後を向けるツルギへと上空から迫る。

 舞い飛ぶ刃も反応してない今、アイツを倒せる、殺せる。そう確信した少女は仮面の下で笑みを浮かべる。

 

【ADVENT】

 

 その確信は絶望へと変わる。

 滑空するモンスターの下の地面が海面のように波打つとそこから飛び出したのは白と黒で彩られた巨大なシャチ。

 音で気付き、振り向いたツルギはそのモンスターを知っていた。

 昨日見た彩果の契約モンスター、キューマケトシウス。

 水面を飛ぶ鳥を餌食とするように開かれたアギトが下からモンスターを飲み込み、振り返ったツルギと少女の前でモンスターを噛み砕く。

 

「……う、そ……」

 

 ブランク体となり望みの絶たれた少女は力なく空を見上げている。

 そんな彼女を介錯する様にツルギは彼女デッキを斬り裂いた。

 変身が解けた少女はただ涙を流しうわ言のように何かを発したままアリスによって現実世界へと帰された。

 そしてツルギのある人物を探し周囲を見回し、目的の人物を発見しそちらへ向けて駆け寄っていった。

 

「石墨さん……! 大丈夫ですか!?」

 

 そこにいたのは投げ捨てられた盾を取り戻し、呼び出した剣を杖代わりにするアロメダだった。

 なんとか立ち上がっているとはいえ肩で息し今にも倒れそうな彼女を心配するツルギ。

 だが近づいてきたツルギに対してアロメダの取った行動はその剣先をツルギへと向けることだった。

 

「石墨さん……? 何を……」

「……言ったはずだ、御剣。次に出会った時は戦う時だと」

「ッ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 早く病院にいかないと……!」

「お前から来ないなら……こちらから行くぞ……!」

 

 噛み合わない会話の末、アロメダは剣を振りかぶりツルギへと斬りかかる。

 軽い動作でツルギがその刃を回避すればアロメダは振り下ろした剣の勢いに負け、フラフラとたたらを踏む。

 それでもなんとか踏み止まり、フラフラとした足取りのまま二度、三度とツルギへと剣を振り回す。

 

「やめてください! 石墨さん!」

「いいや……もう、もう私は止まれない……今しか、無いんだから!」

「何を言って……!?」

 

 振り回されるアロメダの剣に対してツルギは躱すのみで反撃を行わない。

 あまりにも滅茶苦茶に振り回すアロメダに対してデッキのみを狙うことは難しい。

 もしも今の彼女を切り裂けばトドメなりかねない以上、反撃はできない。

 ツルギの周囲を吹き荒れる風にすら負けて倒れそうなアロメダ。

 それでも彼女の剣は嵐を斬り裂き、ツルギへと肉薄する。

 それこそ彼女の唯一の勝ち筋。

 

【FINAL VENT】

 

 彼女の盾から響く音にツルギは目を見開く。

 次の瞬間、アロメダの四肢に巻き付く鎖が伸び、ツルギの手足を拘束する。

 

「しまっ……!」

「来い、ケトシウス───!」

 

 彼女の足元が波紋のように揺らぐと共に再びキューマケトシウスがアロメダを鼻先に乗せて空を目指し飛び上がった。

 鎖で繋がれたツルギは四肢を開かされ、鎖に引かれて空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 普段は感じないが空へと昇る圧力がこんなにも辛いのは初めてだ。

 今にも倒れてしまいそうでケトシウスの上でペタリと座り込んでしまう。

 私のファイナルベント、サクリファイスドロップは鎖で捕まえた相手を空へと連れ去り、ケトシウスの尾ビレで地面へと撃ち落とす技だ。

 御剣を連れ去った今、後は落とすだけ……だがそう簡単にはいかない。

 彼を持ち上げていた鎖から重みが消失する。

 パワーアップした彼が呼び出した空を舞う6つの剣。

 飛来したそれが彼と私を繋ぐ鎖断ち切ったのだ。

 

「でもまだ……今叩き落とせば……」

 

 高さは不十分でもこの高さなら御剣も動きを止めてくれるはずだ……。

 

【ADVENT】

 

 拘束の解けたツルギがカードを切る。

 召喚されたワイバーンのような彼の契約モンスターが彼の使ったカードの力でその身を進化させる。

 巨大な刃の翼を持つドラゴンへと姿を変え、巨大な2本の剣を携えた背中に拘束を失い落下を始めるツルギを受け止める。

 ───これで私のファイナルベントは破られた。

 構わない。

 まだ、方法はある……後少しだ、持ってくれ私の身体。

 立て……立て───立てッッッ!!

 

「ッ───ケトシウス! 私を、私を御剣へと打ち出してくれ!」

 

 最後の力で立ち上がった私はふらりとケトシウスの上から飛び降りる。

 恐怖を感じたこともあったが私の最後の願いと悟ってくれたのかケトシウスが動く。

 天頂へと達しクルリと宙返りしたケトシウスの尾ビレが私の足を優しくそして力強く打ち付ける。

 突風が私を押し戻そうとビュウビュウ音を立てている。

 弾丸のように打ち出された私が向かう先は剣で構成されたドラゴン───その背に立ちこちらを見つめる御剣燐、仮面ライダーツルギだ。

 

「みつ、るぎぃ───!」

「……ッ! 石墨さん───!」

 

 風の抵抗を受けながら剣を振り抜くために構え、速度を増しながら落ちていく。

 対する御剣もようやく覚悟を決めたのか剣を構える。

 地面へと落ちていくのはこんなにも怖いのか……先輩もこの感覚を味わったのだろうか。

 あぁ、ダメだ。思考が散る……今はただ眼の前を御剣だけを見つめるんだ。

 永遠とも感じた落下は実際には僅かな時間だったのだろう。

 気がつけば互いの間合いへと間もなく入る。

 勝負は一瞬、交錯の瞬間。

 その時が今───訪れた。

 眼前で御剣が動き出したのと私が動いたのはほぼ同じ互いの刃まっすぐと伸び───

 ───振り抜かれた。

 

 

 

 

 

 ───今、決着がついた。

 斬り裂かれたデッキから漏れ出たカードが風に拐われ空へと舞い上がる。

 僕の鎧が砕けて消える。

 当然だ───倒れる彼女を受け止めるのに鎧は必要ないのだから。

 

「石墨さん! 大丈夫ですか!?」

 

 彼女の剣はまっすぐ僕のデッキを狙っていた。

 きっとここを狙うだろうと分かっていた、分かっていたからこそ彼女のデッキだけを斬り裂くことができた。

 力なく倒れる彼女を受け止める。

 いつも纏めている髪が解けていて風に揺れている。

 見た目の傷以上にふらついていた様子とか違和感はいくつもあった。

 でも彼女を受け止めて僕はここまでの行いをとても……とても後悔した。

 

「石墨さん……!? 大丈夫ですか、石墨さん! ッ……ドラグブレイダーァ!!」

 

 僕の意志を汲んでくれたドラグブレイダーが地上へ向けと急ぎ飛ぶ。

 残り時間もそうだがそれ以上に彼女の様態が一刻を争うはずだ。

 受け止めた彼女の身体は氷のように冷たくて……そしてキレイな後ろ髪にそして背中の上側にベットリと赤い血が広がっていた。

 その出所は頭……良く見えなかったとはいえ、そこにはあまり傷はなかったはずだならまさか……。

 

「変身前に……?」

 

 そんな状態で僕と戦っていたなんて……知っていたらそんなこと絶対にさせなかったのに……!

 ドラグブレイダーが地上へ付くと彼女を抱えて飛び降り、スラッシュサイクルの元へと走る。

 抱えた彼女は息が止まっているのではないかと思うほどに浅い呼吸だけをして気を失っている。

 僕にもたれ掛からせるように彼女を座らせる、ふわりと漂ってきたのは錆びた鉄の様な嫌な匂い。

 

「ッ……少し揺れますけど我慢してください!」

 

 返事はないことを承知の上で声を掛け、アクセルを吹かすとそのまま鏡へと突っ込む。

 ミラーワールドから現実世界へ。

 誰かに見られるかもしれないという考えは無い、ただ1秒でも早く病院へ……!

 可能な限り速度を出してそれでも背中の彼女の負担にならないように住宅地を疾走る。

 

「ぁ……。み、つるぎ……?」

「!! 石墨さん!? 良かった、今病院に向かってますから捉まっていてください!」

 

 今にも消えそうなか細い声が背中から聞こえた、石墨さんが目を覚ましたんだ。

 僕の言葉に従ってダラリと垂れ下がっていた手が弱々しく腰に回された。

 密着が強まり、耳元に彼女の吐息が当たる。

 

「───もう、いいんだ」

「えっ……?」

 

 弱々しい彼女の声が耳を震わせる。

 もういい? 一体なんのことだ? 何もいいことなんてない───!

 

「私は……もうダメだから……きっともうすぐ……」

「そんな事言わないでください! 大丈夫です! 絶対、助かります……()()()()()()!!」

「良いんだ御剣……この怪我はお前のせいじゃないんだから……」

 

 そんなわけがない。

 彼女がこうなったのは僕のせいだ。

 僕が彼女の怪我に気づいて戦うのをやめていれば……。

 彼女と会うことに迷って来るのが遅れていなければこんなことにはならなかったはずなのに……!

 

「……私を斬るのは、いや、私と戦うのはどうだった? 御剣」

「そんなこと今じゃなくても……!」

「頼む……教えてくれ……」

「ッ……覚悟は決めてきていたつもりです。でも……」

 

 ほんの少ししか交友はなかったけど石墨さんはいい人だった。

 違う出会い方をしていれば一緒に戦っていたかもしれない……そんな相手を斬って気分がいい訳が無い。

 

「……きっと仲間を斬る時は私のときよりつらい」

「それ……は……」

「だから……もしその時が来たら私を斬った時のことを思い出してくれ。それで覚悟が揺らぐようなら……君は仲間を斬るべきじゃない」

 

 消え入りそうな優しい声が耳元で囁かれる。

 ともすれば風でかき消されてしまいそうな声、でもそれは僕の耳に……心に響く。

 

「君の優しさが君を壊す前に止まってほしい……」

「……石墨、さん……」

「……悪いな。最後にこんなことを言って……それでも私は祈っているよ……君が戦いが止められることをそし、て───」

 

 言葉の最後が掠れた音だけが響き聞き取れない。

 カクリと肩に重さがかかる。

 横目に覗き込めば力なく項垂れる石墨さんの姿が瞳に映る。

 

「石墨さん……? 石墨さん!! しっかりしてください!!」

 

 肩に風の当たる感覚がない、呼吸していればあるはずなのに……!

 更に速度を速める僕の前に病院の看板が近づいてくる。

 

「お願いです……死なないでください……! 石墨さん───!」

 

 誰にも届かない叫びが肌寒い夜空に木霊する。

 その叫びに答えてくれる人はだれもいなかった。

 




次回予告 エピローグ「ALTERー4.1」

「御剣……」

運命の叫び、願いの果てに────。
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