仮面ライダーツルギ・Time Adjustment/仮面ライダーアロメダ 作:teru@T
───最初に目に映ったのは見覚えのない白い天井だった。
白い扉を潜り抜け白衣の男女が私のそばへとやってきた。
微睡む意識では何を言っているのかわからないが……ここは天国なのだろうか。
そうだとすれば天国というのはいやに現実的な場所だ……今までとの違いがわからないほどに───
「ぁ……」
その次に扉から入ってきた人物たちを見て、自分でも驚くほどか細い声が溢れる。
自分ではちゃんと声を出したつもりだったのに喉が声を出すことを忘れたかのような掠れた、空気が通り抜けただけのような声。
現れた男女に見覚えがある……いや、それどころじゃない。
彼らは私の両親だった。
涙を流し、捲し立てるように心配の言葉を告げられるが今のボヤケた思考ではそれを理解し切ることはできなかった。
だが、そのおかげでようやく理解ができた。
そうか……私は死に損なった───いや、救われたのか。
あの優しく危うい男───御剣燐に。
後に知ったことだが私が目覚めたのは聖山病院に運び込まれてから5日後のことだったらしい。
一時は生死の境を彷徨いもしたが処置が間に合ったため一命を取り留めるに至った。
怪我の度合いを考えれば間に合うことなどありえない。
だが、あの時の私はまだ
カードデッキ所有者は驚異的な回復力を与えられる、かつてアリスからデッキを受け取った時にそんなことを言われた覚えがある。
普段は意識していなかったがあの日、変身前に受けた傷も戦っている間にある程度回復されていたのだろう。
皮肉なことにライダーであったが故に私は今、生きることができている。
「……もっとも、無傷でとは流石にいかなかったみたいだが」
ベッドに座ったまま横を向けば窓ガラスにいつもと違う
入院着をまとい、身体の各所に処置を施したガーゼが貼り付けられている。
最も目立つのは頭に巻かれた包帯。
これが取れるまではまとめることはできないため、髪は垂れ下がったままになっていた。
普段上げているから首元に髪が当たって不思議な気分だ……。
それに外傷だけでなく脳にもダメージがあるかもしれないと医者に言われた。
今は軽い手足の痺れのみだがこの先、肉体の麻痺や記憶障害が起こる可能性もある。
だが、それ以上に今の私には失ったものがある。
「やっぱり……もうただの映り込むだけなんだな」
私を映すガラスはもう音を発することもなければ水面のように揺らめくこともない。
あの世界に未練はないがケトシウスのその後だけは僅かに気がかりだ。
恐怖がなかったわけではない。
それでもあそこまで戦えたのはアイツのおかげだ、愛着も無いわけではない。
契約相手がいなくなったのならまた野良のモンスターとしてあの世界を悠々と泳いでいるのだろうことはわかる。
アイツが人間を襲うのもライダーに討伐されるのもどちらにも思うところがある……願わくばそういったことと無縁に過ごしていると祈ることしか今はできない。
「……モンスターに対してそう思うのもおかしな話、か」
少し身を乗り出して手を伸ばしカーテンを閉める。
今の私にはこの一連の動作だけで重労働だ。
だが、不思議なことに心も体も5日前よりも軽やかだ。
その理由はわからない……何か原因があるはずなのに。
翌日。
病室に警察官が尋ねてきた。
当然と言えば当然だろう。
この怪我を事件性が無いと思うほうがどうかしている。
警察の話によれば私を運んだ男子学生も看護師が目を離した一瞬の内に姿を消してしまったらしい。
更には私の荷物も
「それで、石墨彩果さん。何があったか覚えていることはありませんか?」
「……すみません。その日のことはよく覚えていないんです」
しおらしく目を伏せて首を横に振る。
公園で発見された凶器である鉄パイプから指紋は出ず、目撃情報もあまりなかったらしい。
あの3人、やはり私も最初から襲うつもりで動いていたようだ。
「そうですか……何か思い出したことがあればご連絡ください。少しでも早い回復をお祈りしてます」
「私自身のことなのに力になれなくてすみません……ありがとうございます」
警察官は態度には出さないようにしていたが社交辞令を述べると肩を落として病室を去っていった。
申し訳ないという気持ちと嘘をついたことの僅かな罪悪感が混ざり合い気持ちの悪い気分だ。
私はあの日のことを誰に聞かれても一貫して何も覚えていない、とそう答えていた。
精密検査を受け、脳への大きなダメージは見られなかったが記憶喪失になっていてもおかしくないというのが医者の見解だ。
本当は全て覚えているが……それは全て私の内に全て隠してしまった。
「……どうしたんだろうな。こういう時に隠し事するような人間じゃなかっただろう。私は」
あったことを全て口にすればミラーワールドのことも話さなければならなくなる。
その辺りのことを省いたとしてもあの3人は罪に問われることになるだろう。
───圧倒的実力差を見せつけられ、願いを斬り裂かれた彼女たちはきっと今失意の縁にいる。
そんな彼女たちにこれ以上の追い討ちをかければそれこそ潰れてしまいかねない。
「……あぁ、そうか。そういうことだったのか」
自然と出た彼女たちへの憐れみ。
皮肉にもそのおかげで私自身の調子が良い理由に思い当たった。
眠り続けていた5日間はもちろん。今朝もうなされることなく差し込んだ朝日で目を覚ました。
2年間見続けたあの悪夢を戦いに負けたその日以来、一度も見ていない。
「もっと早くに気づいても良かったものを……我ながら薄情だったんだな……」
きっと夢を見なくなるわけではない。
そのうちまたあの夢を見る日は来るのだろう……だが、その頻度は減っていく、そんな気がする。
私の中で何かが変わったのだろうか?
いいや、それはあり得ない。
だって私の願いは彼の
「ならきっと……これもお前のおかげなんだろうな。御剣」
彼には返しきれないほどの恩ができてしまった。
どれだけ返せるかは分からない……だが、退院したならばお礼はしなければならないな。
誰にもバレないように、密かにではあるが。
夢を見ないことに気づいてから更に数日が過ぎた。
今まで眠れなかった分を取り戻しているかのように良く眠れている。
この数日、安静にしているように言われたこともあって何もするこなくただ時間が過ぎていっていた。
こんなにもゆっくりと時間が流れるのはいつ以来だろう……少なくとも学業とモンスター狩りを両立し悪夢を見ていた時はこんな時間、数秒だって無かった。
そして今日の検診を終えて少しずつ身体を動かしても良いと許可が出た。
傷に障らない様に注意はするようにと言われたが。
「とは言っても……どこか行きたい場所があるわけでも無いからな……」
試しにベッドから起き上がり、立ち上がってみたが一歩前に進むのも苦労する。
痺れの影響もあってかガクガクと膝が笑い、まともに歩くことも難しい。
2週間にも満たない期間動かしていなかっただけだというのに……情けない限りだ。
「これは確かに、動かしておかないと退院した後が大変そうだ」
その日は1日使って適度に休みながら病室の中で軽く手足を動かして終える。
そのつもりだった。
私が異変に気づいた時、外には雨が降り出していた。
「……外が騒がしい? 何かあったのか?」
引っ切り無しに鳴り響く救急車のサイレン。
普段が静かだからこそ分かるが病室の外は明らかにざわついている。
なにか嫌な予感がする……その思いだけでフラフラと立ち上がり、入院着の上に上着を羽織ると手すりを頼りに病室の外へと出た。
「これは……行っても邪魔になるだけかもしれないな」
廊下に出ると看護師たちが慌ただしくどこかへと向かっている。
詳しくはないがきっと救急車の対応で処置室に向かったのだろう。
気にはなるが行った所で教えてもらえるわけでもない……病室に入ろうとしたその時。
「あ……石墨さん。少し良い?」
私に気づいた看護師の1人が迷いながら声をかけてきた。
何度か検診の時に見かけたことがある人だ。
「えっ? はい。外に出るのはまずかったですか?」
「いいえ、そういうことじゃないの! あなたが通ってるのって聖山高校だったわよね?」
「えぇ。そうですが……それが何か?」
「……本当は患者さんに教えてはダメなんだけど……」
言いづらそうに、そして誰に教えられたのかは言うなと口止めをしながら告げられた言葉に私は目を見開いていた。
「聖山高校で何かあったみたいでうちにも相当な数運び込まれてるところなの」
「ッ、本当に身体って鈍るものなんだな……!」
ふらつく足取りで手すりを頼りに騒ぎの方へと歩んでいく。
あの後、食って掛かるように看護師の知っている限りのことを聞き出した。
数百人が意識不明、そして100人以上が行方をくらませている。
分かったのはこの程度だがそれだけ聞ければ十分だった。
「ミラーワールドで何かがあったんだ……!」
分かったところでライダーでなくなった私にできることは何も無い。
行ったところで治療の手助けをできるわけでもない。
それでも話を聞いてそのまま病室へと戻ることはできなかった。
何もできなかったとしても居ても立っても居られなかった。
「上谷や他のみんなは大丈夫だろうか……」
友人たちが特に心配だ。
数は多いとは言えないが高校に入って気の合う人は上谷以外にもいる。
「それに……御剣も……」
彼なら巻き込まれても無事ではあるだろうが……それでも心配だ。
御剣だけでなく彼の仲間が巻き込まれているかもしれない……。
考えを巡らせながらフラフラと歩いているとにわかに人が増え始めてきた。
騒ぎを聞きつけた野次馬ではなく医者や看護師、そして患者の関係者たちだ。
「……分かっていたが、私にできることはないな」
処置室近くの待合室にたどり着くと人の数は更に増える。
私にはこうやって遠くから眺めることしかできない。
「……病室に戻るか」
来たところで自分の無力さを痛感させられるだけだった。
あるいは
振り返り、立ち去ろうとしたその時。
「あ……いた」
人混みの奥に目的の人物を見つけた、見つけてしまった。
「御剣……」
良かった、彼は無事だった。
怪我をしているわけでもなさそうだ……良かった。
無事を伝えたい、あの時の謝罪をしたい……そして救ってくれたことのお礼を言いたい。
その一心で声を掛けようと近づいて……気付いた、気づいてしまった。
「……いや、ダメだ」
怪我をしていない彼がなぜ病院にいる?
そんなの決まっている。
知り合いが巻き込まれたからだ。
あるいはそれがライダーだったのなら……。
そんな今の御剣に私の無事を伝えたところでなんの慰めになるだろうか?
いや……それどころか願いを斬り捨てた相手と今再会して気分がいい訳がないだろう。
「今の私は……御剣に会うべきじゃない」
私が踵を返したちょうどその時、背後で御剣のことを呼ぶ声が響いた。
きっと彼の親が迎えに来たんだ。
それなら私の方に気づくこともないだろう。
彼に背を向け、ふらつく足取りで病室へと向かう。
私はライダーとしての彼しか知らない。
ならばこそ、ライダーでなくなった私は彼に関わるべきじゃない。
それでも───そうだとしても私が再び彼と出会えるとすればそれは……。
「御剣……お前が
願わくばその時は。
───お前と友達になれると嬉しいな。