糸師冴の相棒   作:まっしゅないも

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U-20日本代表戦前1

 

「ウェ〜イ!」

 

 ある朝、俺はたまたま見つけたセミの抜け殻を目の前の男の子の襟元へ投げ込んだ。抜け殻は服に引っかかると、ぐしゃりと音を立てて男の子の背中へ吸い込まれていった。

 

 男の子ははじめ何をされたのか分からなかったが、突如訪れた不快感と知らないやつから嫌がらせされた恐怖に泣いた。俺はそんな男の子がおかしくて笑った。

 クソみてえな性格だと思うだろうが、当時小学校3年生である。馬鹿な子どもの幼稚ないたずらだ。

 

「あはは、ばーか!」

 

 泣いてる様子に満足した俺はいつも通り次のターゲットを探すべく、走り出した。クラスで1番足が速い俺には、体育の先生だって追いつけなかった。

 しかし、その日だけは違ったのだ。

 

「俺の弟を泣かせたな?このアホゴミクソガキが」

 

 泣かせた子の兄が、地獄の釜から這い出てくる鬼のような形相で追いかけてきたのだ。

 

「殺す」

 

 俺はヌルい人生ではじめて浴びた殺意に心の底から震え上がった。なんとしてでも逃げなければと思った。

 でなければ殺されるーー。

 

 給食袋を捨て、リコーダーを捨て、ランドセルを捨てる。

 完全に身軽になった俺は、とにかくはやく走るために全力で手を振り、足を動かした。

 

 地獄の鬼ごっこがはじまる。

 

 信号を避け、森を横切り、藪を掻き分けて走る。鬼は「死ね」「殺す」を連呼しながら後ろをついてくる。

 俺は溢れる涙を止めることもできず、ただひたすら走った。

 

 神さまごめんなさい。もう悪いことしません。悪い言葉も使いません。ママの言うこともちゃんと聞きます。

 だから助けてください!

 

 神は無情だった。鬼は消えない。

 

 もう俺が頼れるのは親しかいなかった。そうだ家に帰ろう!

 身体を急停止し、足を止めて、鬼に向き合う。鬼も同じくらいの少年であることにはじめて気づいた。存在感デカすぎて分からなかった。

 

 鬼も止まろうとするが、走った勢いで重心がブレる。その横をスレスレで横切り、また走り出す。

 

「待てクソが!」

 

 鬼が怖すぎて俺のギアがさらに上がる。視界が狭まる。

 とにかく家に帰る。俺はその一心でひたすら住宅街を駆け抜けた。いつの間にか鬼の気配は消えていた。

 

「勝った!鬼に勝ったんだ!」

 

 俺は満面の笑みで玄関に飛び込み、膝をついて勝利の咆哮をした。

 

 

 ちなみに脱ぎ捨てたランドセルが原因で5分後に学校から電話がかかり、いたずらが過度に誇張してチクられたために泣いた男の子に先生付き添いで謝ることになり、鬼と再び対面することになる。

 

「ごめんなさい!もうしません!俺が悪かったです!殺さないでください!なんでもしますから!」

 

 あらゆる語彙をひねり出して土下座する俺に男の子は目を丸くし、先生は慌てた。

 ただ1人、腕を組んで俺をゴミのように見ていた鬼が、俺が許しを求めた相手が、俺の土下座する頭に足を乗せ、口をゆっくりと開いた。

 

「俺と1on1しろ、カス」

 

 その少年は、暴虐無人、傍若無人、我田引水の極み。傲岸不遜で唯我独尊、悪辣非道にして冷酷無慈悲。自己中心的どころか独裁専横、理不尽の権化。人の話など馬耳東風、己の欲望を満たすためなら冷淡無情、厚顔無恥に振る舞うことすら厭わない。美貌に隠されたその本性は、傍観者ですら戦慄する狂気乱舞の化身。

 

 名を糸師冴(いとしさえ)と言った。

 

 

 

 

 

 

 なんであんな馬鹿なことしちゃったんだろうな、俺。

 

 今でも時折後悔し、ホロリと涙を流す。

 糸師冴に目をつけられた俺は、なんかクソの上澄み?ってことで地元のサッカーチームに入団させられ。

 冴と凛の「2人で世界一のストライカーになる!」っていう兄弟の愛ある会話を聞きながら、ひたすら練習相手(壁)になり。

 レスバトラー冴の攻撃力が高すぎる言葉に半泣きで耐えていたらいつの間にか次世代期待のサッカー少年達とセットで語られるようになり、スペイン名門チーム下部組織のトライアウトを受けることになっていたのだ。

 スカウト枠の冴がなんか言ったんだろう。現地の子供たちと試合することになった。

 

(冴ともお別れか……、死ぬほど怖かったけどあいつのおかげでサッカーめっちゃ上手くなれたし、そこだけは感謝だな。一生過去には戻りたくないけど)

 

 流石に世界で戦えるほど強くねえよ、俺。冴と凛がいないとろくにパスも来ないし。落ちるだろ。そうしたらサッカー星人も愛想尽かして離れるだろ。

 頑張れよ!冴!

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「合格おめでとう!兄ちゃん、真澄!」

 

 なんか2人とも受かっちゃって、無事日本を離れることになったのだ。

 適当に走ってたら冴のパスがたまたま膝に当たってそのままゴールしちゃっただけなんだけどな。冴のパス技術が高すぎてトライアウトの中でぶっちぎりの得点王になったが、不本意である。

 適当に走ってただけだからね。誰もマークついてなかったし。

 おのれ冴、ぼっち嫌だからって俺を利用したな。かわいいとこあるじゃねえか、死ね!

 

 基本言いなりになっていた俺もこの時ばかりは日本から離れたくない、と散々駄々を捏ねた。が、生粋のレスバトラーにより完膚なきまでに打ちのめされ、「スペイン行きたいっす……、冴様と一緒に行けるなんて幸せです……」と言う糸師冴全肯定botに成り下がったのである。

 

「兄ちゃん!真澄!俺も絶対行くから!」

 

 冴は弟の前でだけは面倒見のいい、優しい兄を取り繕っていた。そのおかげで糸師凛には人並み以上の良識が備わっていた。

 

「ああ……絶対来いよ」

 

 冴は寂しさを堪えて奮い立つ凛の頭を軽く撫でた。

 

「えへへ。ちょっ、やめろよ兄ちゃん」

 

「ごはん……、お味噌汁……」

 

 照れくさそうに手をのける凛、柔和な目つきで弟の将来に期待する冴。出発前からホームシックでうわごとを呟く俺。

 

 こうして小学校6年生にして俺の人生からサッカー以外の選択肢が全て消えたのである。

 

 

 しかし新天地で言語も文化も分からず途方にくれていた俺を助けたのも冴だった。

 俺とコーチの通訳をしてくれたり、日本からの取材依頼を俺にも流してくれたり、先輩たちとの関係を取り持ったりしてくれた。

 クソ暴君の冴様は「お前は弱いんだからサッカー以外のことを考えるな。時間の無駄だ」とおっしゃっていたが。

 

「『よろしくお願いします』ってなんて言うの?」

「Callarse la boca」

「カラッセラボーカ!」

 

 先輩が唾吐いてる。

 

 タイムリーに飛ばされる監督の指示はよく分からないので適当にうんうん頷いているが、ようは勝つために頑張ればいいのである。

 俺が担当するFWは点を入れるのが仕事なのだ。いい感じに敵を妨害して良い感じのポジションにいれば自然とパスが飛んでくる。相手チームの嫌がらせに全力を尽くす悪逆非道の大魔王冴様に比べれば存在感も空気なので、マークもいつの間にか外れて気持ち良くゴールを決めていた。

 

 入ったばかりの時は同じチームの味方がボールを奪いに来て大変だった。運動は得意だけどサッカーのルール知らない子も多かったんだろうな。

 流石に初心者に負けるほど俺も弱くはない。

 冴に頼んで『サッカーはチームスポーツ、協力しよう、分からなかったら俺か冴に渡せば良い』というのを伝えたら、良いプレーが出来るようになった。唾吐いてたけど、素直な良い奴らだった。

 

 同年代のメンバーも時間と共に減っていったのは寂しかったが、冴と金魚のフンである俺は順風満帆にサッカーを続けていた。

 

「俺は世界一のストライカーじゃなくて、世界一のミッドフィルダーを目指す」

 

 変わったことといえば冴のポジションくらいだろう。

 たぶん俺の本棚に全巻ある『キャプテン翼』読んだんだろうな。超かっこいい翼くんも元々FWでMFになったし、憧れるよね。

 

「そうか、今まで通り最高のパスを頼んだ」

 

 MFって頭脳派ポジションって感じでかっこいいが、なんも考えずにゴール入れてるだけの俺はFWが向いてる。

 ぶっちゃけそこらのMFよりFWの冴のパスばっか受け取ってたからね。サッカーばかりしてりゃ冴以外のパスを受ける機会も増えるが、冴のパスが1番理想的だった。フィールド上の全員の位置把握してるんだって、意味分からん。天才ってすごいよね。

 

「ああ、今まで通り、真澄が決めろ」

 

 でも少し勿体無い、とも思う。

 糸師兄弟が「世界一、二のストライカー」になるところ、俺も一緒に見たかった。

 

 

 その後日本に帰って凛に会いにいけば「コロス!」と想像以上に火力の高い反抗期をくらって泣き帰ったり、冴と一緒にパスポート更新のため再び帰国すれば『青い監獄』プロジェクトとかいう非行少年更生プログラムにカチコミしに行くこととなった。

 チームスポーツすると情操教育に役立つ的なやつだろうか、残念ながら健全なスポーツマンシップなど存在しないことは横のドSサッカー魔人が証明している。無駄なプロジェクトだ。

 

 特にやることもないので冴について行けばガッチガッチに全身を拘束された前髪が特徴的な黒ギャルがいた。

 

 えっ、コワ……。

 

 暴れたら電流流すから安心して、とアナウンスがされるが何も安心できない。そもそも顔を合わせたくない。

 危険だから全身拘束されてる高校生やばいって、あれ絶対100人くらい人殺してるって。

 

 ビビリな俺はガクブルで冴の後ろに隠れていたが、冴は「お前のエゴが欲しい」と闇の司法取引を始めた。何言ってんだコイツ。

 エゴってなんだよ、犯罪者マインド?お前相手チームの妨害に人生かけすぎてとうとうフィールド外戦闘はじめようとしてんの?

 

 俺は動揺した。こんな凶悪犯との司法取引で得られるものなど100%違法な物である。

 プロチーム入り直前のこんな大事な時期になにをしようというんだお前は!

 

 とうとう最愛なる弟、凛の反抗期に心をやられた冴がストレスで闇落ちしてしまったのか?

 あんなに可愛がってたのに「コロス!」とか言われたら糸師冴でも傷つくようである。普段は血も涙も無い独裁者、糸師冴のスズメの涙の良心がそこには存在したのだ。

 

 ごめんな、冴。お前も人間だったんだな。

 

 俺は友人の心を救わねばならぬと意気込んだ。

 この闇の取り引きを止めねばならないと決意した。

 

「冴。サッカーしようぜ」

「真澄……」

 

 日本一のサッカーバカのお前はサッカーだけしてりゃ良いんだよ。俺も付き合うからさ。こんなのやめようぜ。

 目で訴える。冴の視線が揺らぐ。

 

 何年同じコートに立ってると思うんだ。俺たちの心は今、通じ合っていた。

 

 

 

「お前も感じるか、こいつのエゴを」

 

 全く通じてなかった。だからなんだよエゴって。俺サッカー誘っただけだよ。

 

「絵心甚八の言ったとおりだ。俺たちが強くなるためには新しい“化学反応”がいる」

 

 なんだよ化学反応って、理科の成績1が語るんじゃないよ。俺たちサッカーしかしてないよ。

 

「そのピースはきっと士道龍聖にある。お前の起爆剤にしろ」

 

 その時俺は気づいた。

 こいつは、今まで「美しく壊すサッカー」だとか「生まれる国を間違えただとか」「エゴ」とか、国語の成績2のくせになかなか詩的な言い回しを好んでいた。

 俺も適当にうんうん頷いていたが、そういった反日発言と周りくどい言い回しが始まったのは14歳の頃である。

 

 14歳は日本での中学2年生、そうこいつはーー

 

 厨二病なのだ!

 

 もしかしたら凛も尊敬していた兄ちゃんが異国の地で厨二病に目覚めたことにショックを受けたのかもしれない。「俺に弟なんていねぇ……」みたいなことを言われてしまったのかも。

 そして横にいながら厨二化を止められなかった俺に怒ってるのだ。

 

 全ての“ピース”が繋がった。

 つまり糸師冴の発言は全て厨二的言い回しをしてるだけで、本質的には「一緒にサッカーしようぜ!」なのである。

 この士道君はもともと将来有望なサッカー少年だったのだが、環境要因で闇堕ちし、拘束されている。しかし士道君のサッカー人生が閉ざされることを哀れんだサッカー魔人が、「サッカーで力を示せば解放してやろう」と取引をしているのだ。

 

 口と意地の悪さが天元突破していて気づかれないが、糸師冴は面倒見のいいサッカーまつげなのである。

 

 俺は人数合わせで呼ばれたサッカー要員。だがそういう事情であれば協力せざるを得ない。

 

「ふ、面白そうじゃねーか」

「なに格好つけてんだキメェ」

 死ね。

 

 と言いたかったが冴にレスバトルを挑めば100倍返しで一方的にボコボコにされるので耐えた。

 

「よろしくな、お兄さんたちぃ!」

 

 触角ギャルは楽しそうに笑ってる。

 

 元天才サッカー少年よ!

 お前の心、糸師冴が叩き直してやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 居駒真澄(いごまますみ)は、糸師冴が生み出した、“天才”である。

 

 幼少期から“天才サッカー少年”として称賛されていた糸師冴を、未強化で凌駕したポテンシャル。圧倒的なトップスピードと加速力、さらにそれを完全に制御できる強靭な体幹――彼は生まれながらにして天性の身体能力を備えていた。

 

 糸師冴が思い描く理想のストライカー像を、冴自身を超える身体能力で再現する。誰も追いつけないスピードで、誰も止められないまま全てを置き去りにしていく。

 誰も追いつけず、誰も止められない――ならばゴールは決まる。まるで子供が思い描くような、シンプルで完璧なサッカーを実現していた。

 

 居駒真澄――それはかつて、糸師冴自身が「自分にはできない」と吐き捨てた“子供の夢”を体現する存在だった。

 

 

 

「ゴマちんスゲェー!クソ足速えな!ムカつく!殺してぇ!」

「あまり強い言葉を使うなよ。怖いから」

 

 糸師冴は1on1に興じる居駒真澄と士道龍聖を見て、自身の直感は間違えていなかったと確信した。

 才能と才能のぶつかり合い、余計なことを考えずゴールを入れるというエゴのみに特化した2人。この2人が“化学反応”を起こせば、糸師冴の相棒はより強くなる。

 

 世界一のストライカーに世界一のパスを渡す夢が近くなる。

 

 真澄が龍聖を抜き、ゴールを決める。

 とりあえず真澄が一勝。だが、試合ではどうなるか分からない。

 

「知ってるか?ゴールにボールを入れれば勝ちなんだぜ」

 

 何言ってるんだこいつ。

 

 

 

 

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