糸師冴の相棒   作:まっしゅないも

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U20日本代表戦 後半4

 

 糸師凛によるカウンターが始まった。

 

 居駒真澄が敵であるブルーロックのエースストライカーへ出した、神がかりのクソパスによって。

 

 

 凛がボールをトラップしたその瞬間、フィールドの時が止まった。だがその静止を破壊する号令が響く。

 

「──潰せ!!!」

 

 U-20日本代表主将、オリヴァ・愛空の掛け声。彼自身が思考より先に体が動いたかのように、凛へと猛然と襲いかかる。

 ピッチを切り裂くように、凛は走った。ボールが足に吸付く感覚。敵のプレスがまるでスローモーションのように見えていた。

 

(そうだ、この感覚だ)

 

 凛が求めていたのは、全てを蹂躙し、破壊し、ただ一点、ゴールという結末にのみ向かう、この絶対的なエゴ。

 脳裏に焼き付いて離れない、遠い日の記憶がフラッシュバックする。

 

 まだ小さかった頃、凛はいつもピッチの隅から二つの背中を追いかけていた。一つは兄、糸師冴という絶対的な理想。そしてもう一つはそんな兄と肩を並べる居駒真澄。

 

 誰も追いつけない速さでそいつはピッチを駆け抜けていた。

 パスなんて選択肢は最初から存在しない。ボールを持てば敵も味方も関係ない。邪魔するものは全て薙ぎ倒し、蹴散らし、まるで巨大な怪獣が街を破壊するように、そいつはゴールへの道をこじ開けていた。

 

 幼い凛の目には、真澄のプレーがそう映っていた。

 無茶苦茶で、理不尽で、あまりにも暴力的。だがチームメイトの言葉も監督の指示も無視して全てのしがらみをぶち破ってゴールに一直線、結果で周囲を黙らせ何よりもサッカーを「自分だけのもの」にした真澄のプレー。

 

『真澄はなんでパスしないの?』

 

 幼い凛が聞いても、真澄は何かを言おうとしてしかしそれを飲み込み、寂しそうに笑うのみだった。

 今ならわかる。

 

 あれは、誰にも理解されない孤高の道を行く者の、諦観と矜持が入り混じった笑みだったのだ。

 

 チームメイトとの連携、監督の戦術、そんな凡庸な「正解」をなぞるだけのサッカーに価値などない。たった一人でフィールドを支配し、全てを破壊してゴールを奪う。その絶対的なエゴだけが真実だと、あの時の真澄はたった一人で証明しようとしていた。

 兄である冴が真澄をコントロールしているように見えていたが、違うのだ。あの糸師冴すらも、真澄という巨大な才能の手のひらの上で踊らされていたに過ぎない。

 

 あの寂しそうな笑みは、その境地に誰もついて来れないことを知る、絶対的支配者ゆえの孤独。

 

(俺も、あんなサッカーがしたい!)

 

 俺も怪獣になりたい。

 あの怪獣のように、全てをぶち壊せるストライカーになりたい。凛は本気で思った。

 

 その憧れが嫉妬と絶望に変わったのは、ある雪の夜。

 

「夢を書き変える」

 

 腑抜けたことを言う兄の言葉が、凛の世界を凍てつかせた。

 

「凛、弱くなったな」

「何が世界一だ……反吐が出る」

 

 突き刺さる言葉の礫。だが本当に凛の心を殺したのは、最後の宣告だった。

 

「あいつだけだ。俺のパスに喰らいついて、無理矢理にでもゴールを奪えるのは」

 

「真澄だけだ」

 

 世界から音が消えた。兄ちゃんが選んだのは、俺じゃない。俺が憧れた「怪獣」。

 その瞬間、憧れは殺意に反転した。視界が真っ赤に染まり、キラキラしていた世界が憎悪に塗りつぶされる。

 

(ああ、そうかよ)

 

 なら、全部壊してやる。

 

(見てろよ、クソ兄貴。お前が選んだあの怪物を、俺が殺す。お前が捨てた俺が、お前のサッカーを殺す。お前たちの夢を、俺が地獄に変えてやる)

 

 凛は真澄が冴に「スッカスカの脳味噌でパスとか無駄なことしてんじゃねえ。次はねえからな」と常日頃脅され、周囲の「真澄くんボール持ちすぎ!」という非難を半泣きで耐えながらゴールに突っ走ってたことも、足がめっちゃ速いので脳筋戦法が成立していたことも知らなかった。

 

 

 

 今の凛は、常識の埒外にいた。

 だが、U-20の守備の要、オリヴァ・愛空は、その暴走を許さない。凛のドリブルコースに完璧なタイミングで体を入れ、ボールを弾き飛ばす。

 

「そう何度も行かせねえよ、モンスター」

「できるじゃねえか、キャプテン」

 

 冴は愛空のカバーリングを一瞥する。

 

 だが、そのクリアボールは無情にも、紫電の如く走り込んできた御影玲王に回収される。

 

「悪いな、あんたらの好きにはさせない」

 

 玲王は奪ったボールを、前線でフリーになっていた凪誠士郎へ寸分の狂いもないロングパスで供給する。凪は美しいトラップでボールを止めると、一瞬、思考を巡らせた。

 

「凪!」

 

 潔が声をかける。

 

(普通に考えたら、パスコースは潔かな。2番(愛空)10番()も凛に付いてるから、あっちの方が確実……)

 

 合理的な選択肢は、確かに潔だった。しかし、凪の視界の端で、糸師凛が放つ異様なまでの熱量とオーラが、彼の直感に直接訴えかけてくる。

 

(……いや、めんどくさい。理屈とかどうでもいいや。今、一番面白そうなのは……)

 

 凪は、論理を捨てた。

 

「この熱、俺が冷ますのは野暮でしょ。主役はこっち」

 

 凪の足から放たれたパスは、潔ではなく、フィールドの王として君臨する糸師凛へと送られた。凪からのパスを受けた凛は今度こそ兄、糸師冴と対峙する。

 

「寄越せ」

 

 冴が最も合理的かつ美しいスライディングでボールを刈り取らんと滑り込む。だが今の真澄に適応した凛にとって、兄の「合理」はあまりにも読みやすい思考だった。タックルが到達する刹那、凛はセオリーを無視した超絶技巧のボールタッチで、ボールを内側へ引き込む。冴の予測を0.1秒だけ上回る反応速度。

 

 冴の足が空を切り、体勢を立て直そうとする横で、凛はすでにシュートモーションに入っていた。美しさなどかなぐり捨て、ただゴールを破壊するためだけに最適化された、歪なフォーム。軸足が地面にめり込むほどのパワーを溜め、振り抜かれた右足。それはシュートというより、フィールドそのものに叩きつけられた破壊の衝動。

 

 不安定なフォームから放たれたボールは不規則に揺れ動きながら、弾丸となってゴールへ突き進む。キーパーが辛うじて触れるも、その威力は殺しきれず、ゴールネットを内側から引き裂くように突き刺さった。

 

 

——"青い監獄"11傑(ブルーロックイレブンス) 3 - 2 U-20日本代表

 

 

 荒々しくゴールネットが揺れた。

その振動が止まっても、スタジアムは一瞬の静寂に包まれる。最初に静寂を破ったのは、ブルーロック側の歓声だった。

 

 冴の思考は、凍てついたようにその弟が決めたゴールに集中していた。

 なんだ、今のは。あの醜くも美しい、破壊の化身のようなシュートは。あんなストライカー、スペインでも見たことがない。

 

 これが『青い監獄』か。冴の脳裏に、電撃のような衝撃と共にその言葉が浮かび上がる。俺が絶望した日本のぬるま湯が、こんな化け物を生み出したというのか…?

 凛の才能は、死んでいなかった。どころか、自分の知らない場所で、自分の知らない進化を遂げ、世界一を目指せるエゴの輝きを放っている。

 

 その事実は冴の心の奥底をゾクゾクと奮わせる。

 面白い。

 

「やるじゃねえか」

 

 冴の口から意図せず称賛の声が漏れた。

 ゴールを決めた凛は、咆哮するでもなく、ただ静かにセンターライン付近で立ち尽くす真澄を見つめた。その瞳には、狂気的なまでの信頼と執着が宿っている。そして、ゆっくりと兄へと視線を移した。憐れみと、絶対的な勝利への確信を込めて、こう言い放った。

 

「見たか、クソ兄貴。これがアンタの理解できなかったサッカーだ。俺は、真澄と同じ景色を見てる」

「正気に戻れバカが」

 

 それはむしろ不名誉だろ。真澄じゃなくて俺と同じ景色を見ろ。

 

 冴の高揚感が一気に冷める。

 

 

(このシュートが生まれたきっかけはなんだ?)

 

──真澄の、あのパスだ。相手チームに向けたスルーパス。100人が見れば100人がクソパスと断じるパス。

 

(そもそもなぜアイツは芝を食べた?きっかけは?)

 

 考えるのは無駄だと知りつつ、今まで何度も重ねてきた疑問。

 

 真澄をよく知り、相談にも乗ってるらしいジローランや監督はあれを冴からのストレスだなんだと言っているが、冴のしたことなど軽く「死ね」と言った程度である。

 

『うるせぇ、黙れ、俺の勝手、ぬりぃ、ハイハイUDON構文ね。うどんうどん』

『殺すぞカス』

『ハイハイUNKOね。ウンコウンコ』

『真澄ちゃん!メンタルがプリンなのに冴ちゃんを煽らないで!』

『え、プリン……?』

 

 手を叩いて言い返す真澄が今更冴のちょっとした口悪さにストレスなど感じるとは思えない。むしろチームメイトがいつ芝を食べるかわからない冴の方がストレスを感じているはずだ。

 スペインで芝を食べた時は観衆のブーイングや、カスチームメイトの嫌がらせが原因だった。

 

 いつものやり取りで、あのバカのメンタルが折れるはずがない。なら今日の試合で何か新しいストレス要因はあったか…?

 

 冴の脳裏に、前半の記憶が蘇る。

 そうだ。あの潔世一(11番)。あいつが真澄に何かを叫んだ後、真澄の動きは明らかにおかしくなった。冴は思考を巡らせる。

 

(あの挑発……ただの罵倒じゃなかったのか。的確に、あいつの最も脆い部分を狙いやがった。まさか、潔世一は居駒真澄のクソ雑魚メンタルに気づいて、意図的に揺さぶりをかけたのか……?)

 

 その思考と同時に、冴の視線がピッチの反対側にいる潔世一へと鋭く注がれる。

 

 同時に。

 潔の脳内では目まぐるしい速度で試合の映像が巻き戻されていた。真澄の奇行、凛の覚醒、相手チームの焦燥。一見、バラバラに見えるピースを、彼のサッカーIQが繋ぎ合わせていく。

 

(居駒のプレーが変わったのはいつからだ?…そうだ、糸師冴がCFとしてゴールを決めた、あの後からだ)

 

 潔は、事前分析で奴らのプレーを研究し尽くしていた。糸師冴と居駒真澄のコンビには、超高精度のロングフィードからの速攻シュートという、シンプルで破壊的な「鉄板の形」があるはずだった。

 

 だが、冴は自らその形を破り、今度は居駒がありえない敵へのパスを出した。

 

(まさか…こいつら、自分たちの最強のルーチンを、あえてこの場でぶっ壊して、新しい化学反応を起こそうとしてるのか?)

 

 そうだ、そうでなければ説明がつかない。この、U-20日本代表の運命がかかった試合で、自分たちの最強の武器を捨てるという狂気。それは、さらなる高みへ至るための、新しい武器を手に入れるための生贄。

 

(この狂ったサッカーの設計者は糸師冴だ。この試合を、U-20日本代表の運命がかかったこの土壇場を、自分たちの新しい武器を試すための実験場にしやがったのか…!?正気じゃねえ。こいつらは俺の想像を遥かに超えて、イカれてやがる!)

 

 刹那、二人の視線が交錯した。

 

 糸師冴の表情は変わらない。だが、その瞳の奥に、潔は確かな意志を読み取った。

 そうだ、お前の考えは正しい——まるで、そう言われているかのようだった。

 

 その糸師冴の殺気にも似た視線を受け止め、潔は自らの分析に確信を深めた。

 

「神様気取りかよ。その勘違いごと地獄に堕としてやる、自己満オナニーコンビが」

「誰がコンビだ。たかが1得点でイッてんじゃねえよ勘違い早漏が」

 

 この口の悪さ。間違いない、コイツが真澄を意図的に崩した。

 冴は自らの分析に確信を深めた。

 

 




感想評価ここすきありがとうございます!
なんとなく試合の終わりが見えてきましたが、まだまだお付き合いいただけると嬉しいです。
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