糸師冴の相棒 作:まっしゅないも
『
U-20日本代表 vs "青い監獄"11傑
衝撃の1点。
鋭く響くホイッスルと驚きで悲鳴を上げるスタンドに俺は頭を抱えた。
後衛任せて中盤待機してたら普通に抜かれちゃった。
「手ェ抜いてんじゃねえよマウント野郎が」
静かにホームへ戻る凛が、通りすがりに俺に囁く。底冷えするような声だ。
手ェ抜いてねえし、マウント取れるほど会話してないのに、なんなんだアイツは。
ゴール付近では凛の動きに唯一追い付いてショルダータックルを仕掛けた
──クソっ、凛のやつ、よくも俺たちの主将を!絶対に仇を取ってやる!
義憤に駆られて息巻いていると、審判からボールを受け取り、キックオフの準備をした冴が走って来た。
「これで尻に火がつくな。うちの腰抜け共には良いスタートだ」
本当に手ェ抜いてたし、主将の仇は味方にいた。
いくら凛が強くたって攻守両面で兄な冴が簡単に抜かれるわけがない。相手に全力を出させ、それを捻り潰すために譲ってやったのだろう。
「凛の標的はお前だ。本気でやらないと食いちぎられるぞ」
「だからなんでだよ」
「あいつは昔から思い込みで暴走するバカだから」
「お兄ちゃんの伝え方が悪いんじゃね?」
「死ね」
兄弟揃って口が悪い。
昔から相手チームの心を折ることで悦に浸ってたやつだし、凛もそれで擦れちゃったのかな。
さすが心折サッカーで敵味方問わず数々の引退者を生み出してきただけある。
俺も当時、味方にいると戦慄、敵にいると絶望、って地元紙の取材に答えてたもん。
「余計な事考えてんじゃねえ」
俺の心はエスパー出来るのに、どうして兄弟間の意思疎通に障害が発生するのだろうか。
「兄弟喧嘩中だ。いいから試合に集中しろ」
出鼻をくじかれた気分だったけど、計算内なら大したことないか。
どうであれ俺はサッカー専用スパコンSAEを信じて動くしかない。
冴がセンターサークルに移動しボールを地面に置く、俺も深呼吸をしてライン際に立つと、凛が向かいに立った
なんで
相変わらず顔がキマッてて怖い。ホラー映画に出演できそう。
まあいいや、ボールをゴールに入れれば勝ちなんだ。適当に走り回って、良い感じのボールがきたらシュート。
行動指針のあまりの緩さに我ながら情けなくなる。だが、それしかできないので仕方がない。
糸師冴も閉口する程度のサッカーIQは伊達じゃないのだ。
昔は
『さっきのはどう考えても右に行く状況だったろ、ぶっ飛ばすぞ』
と文句を言いながらも指導してくれたのが、
『今のポジション説明できるか?分かんねえよな……。俺も分かんねえよ……』
になり、最終的に
『もうお前、勝手にしろ』
と遠い眼をして何も言わなくなったからね。
なんか悲しくなってきた。
「真澄、いつも通りの脳死脊髄反射で暴れろ」
「"直感型"って言え」
純粋な悪口。
だが脳死脊髄反射の俺に冴様が合わせてくれるのは事実である。
「この試合、俺たちの
セン?ステ……?何て?
厨二すぎて分からないから普通に話してくれ。
動き出すボールの気配を感じとり、俺は地面を蹴った。
OMF糸師冴が軽くボールを転がし、DMFがそれを受け取る。U-20日本代表チームの4-3-3型フォーメーションは堅実に機能し、DFラインと中盤が連動しながら慎重にパスを繋いでいく。
一方で、“青い監獄”は試合開始早々に作戦通りの動きを見せていた。基本の4-5-1フォーメーションから、凪誠士郎を
潔世一はピッチ全体に注意を向けながら、監督・絵心甚八の言葉を思い返す。
『糸師凛が
攻撃の形を作る中で、天性のトラップ技術とシュート力を誇る凪誠士郎の存在感は圧倒的だ。だが、サッカー歴の浅い彼にゲームメイクの役割を任せるのは難しい。
そこで中盤を託されたのが潔だった。凪を最大限活かし、前線の攻撃を繋げるため、潔は常にフィールド全体を見渡しながら状況を分析し、即座に戦術を考えていた。
最前線では、凛がU-20日本代表のRW居駒真澄に徹底的なマークを付けていた。彼の動きを封じ込めることが、青い監獄の守備戦術の核だからだ。
ピッチに立つ誰もが理解していた──この試合における日本代表の攻撃の要は、CF閃堂秋人ではなく居駒真澄であることを。
糸師冴が生み出すチャンスボールを、居駒真澄がゴールに入れる確率は88%。この数値だけでも、彼らのペアがどれほど脅威的な存在であるかが窺える。
無論、潔達も無策では無い。いつ投入されるか分からない異分子、士道龍聖の前にどれだけ優位を作っておくかを焦点に置き、対策を練ってきた。
試合が動き出す。
一度ディフェンスラインに戻したボールを、CBオリヴァ・愛空が大きくサイドへ展開した。凛に詰められている居駒とは反対側、LW超健人がライン際を駆け上がり、RSB
その動きを読んだRW
(誰にパスを回す……?)
U-20日本代表の戦略は堅守速攻。
主将の愛空がスイッチを入れたということは、ゴールへの道筋が見えているということだ。流れはU-20日本代表優勢に向いている。
潔の視界の端には凪が見える。凪は糸師冴に距離を詰め、プレッシャーをかけているが、冴はまったく動じる様子を見せない。むしろその余裕が、潔に緊張感を走らせた。
(スプリント?ボールを取りに来た!?)
突如、気配をひそめていた居駒が俊足を活かして凛に追われながらも中央へ駆け抜ける。彼の動きに"青い監獄"DF陣が引きつけられ、守備の配置がわずかに揺れる──その瞬間、ボールキープをしていた超健人からのチップパスが放たれた。
潔はそのボールの行き先を見極める。
視線の先、居駒がゴール前でスペースを作っている──が、
(これは陽動!)
潔は居駒の動きに惑わされず、その先の閃堂へ飛んだボールに反応。間一髪で飛び込み、足でパスを防ぐ。閃堂は悔しそうに舌打ちをした。
「クリア!」
潔が声を張り上げると、すかさずDMF
「ナイスや、潔!」
烏が声をかけながら、視線を走らせ、すぐに中盤に戻った潔へ短いパスを出す。
潔はボールをトラップすると、瞬時にフィールドを把握する。両ウイングは各SBが迫ってきている。
だが、凪が前線でフリーの状態でいることを確認し、正確なパスを供給するべく足を振り上げた。
「ここ……!」
凪のトラップ技術を信じた潔のパスは狙い通りの軌道を描き、凪の足元へ届く──はずだった。
「甘い」
だがその瞬間、凪の背後から影のように現れたのは糸師冴だった。潔の視界の外、まるで凪の動きに溶け込むように潜んでいた冴が、正確なタイミングで凪の受け取り位置に滑り込む。
鮮やかなインターセプト。
凪は一瞬反応が遅れる。慌てて体を寄せようとするが、冴はすでに次のプレーに移行していた。ボールを正確に足元でコントロールしながら、ターンで凪をかわす。
「やば……!」
凪が驚きの表情を浮かべる中、冴の目はすでに次の攻撃の標的を捉えていた。
冴はゴール前の閃堂と右サイドの居駒を同時に視界に捉える。そして右足のアウトサイドでグラウンダーパスを送った。
最もゴールに近い
ボールは相手を抜け、まるで糸を引いたように居駒の足元へ届く。その軌道はまるで、冴がピッチ全体を支配しているかのような精度だった。
それを受けた居駒は、右足で軽くタッチしながら加速する。後方には糸師凛、向かいにはLSB
居駒は少し足を溜めると、外側に抜けるのではなく蜂楽のいた中央方向へ抜け出した。
あえて自身の枷となる中央集団への切り込み。居駒の奇策にフォローに向かっていたCB
「どこまでも人を馬鹿にしやがって!」
凛も歯を食いしばりながら居駒に追従する。しかし、断続的に加速と減速を繰り返す居駒の走りに、体が悲鳴を上げていることを自覚していた。
それでも、今ここで引き離されれば確実に失点する。その確信だけが彼を動かしていた。
ペナルティエリア手前の居駒へと距離を詰め、タックルを仕掛ける。彼のタイミングは完璧だった──邪魔が無ければ。
「今良いとこなんだよ。特等席で見てろ」
タックルが届く瞬間、凛の動きを読んでいた冴が身体を差し込み彼の動線を遮る。
「っな!」
凛は完全にタイミングを狂わされ、冴の肩に押されてバランスを崩す。そのまま地面へ倒れこみ、顎を打つ。
中央へ切り込んだ居駒の前には烏と潔、
居駒は減速し、大きくボールを右に流そうとする。右には守備がかき乱されてフリーになった閃堂。
蟻生がその動きに反応し、一歩前に出る。烏は姿勢を低くし、潔はカバーに入るよう位置を調整。
守備陣全員の視線がボールに集中する──その瞬間。
居駒は足裏でボールを
「クソがぁ!」
烏が慌てて足を伸ばすが、居駒の振りぬかれた右足はすでにボールを捉えている。
ボールは守備陣を抜け、低い弾道でゴールを目指す。キーパーが飛びつくが、ボールは手の先をかすめてゴールネットを揺らした。
ホイッスルと共に観客席から大きな歓声が上がった。
居駒はゴールネットを揺らしたボールを確認し、軽く息を整えると、駆け寄った閃堂にグータッチを返す。フォローをした冴にも手を振り、ホームへ戻っていく。
(なんだ──今の)
ピッチ上で展開された一連の動き。その全てが、潔の思考の範疇を超えていた。
潔が思い返すのは、居駒の動きだ。攻撃の起点となる冴のパスを受ける前、彼の位置取りはまるで「その先」を見据えていたかのようだった。
(どこにいるのか分からなかった。あの時も、視界から消えていた……)
居駒は一切無駄のない動きで、守備の間隙を突き、結果的に最適な位置に滑り込んでいた。印象に残らないほどスムーズに。
潔の目から見て、居駒のポジショニングは異質だった。ただ速いだけではなく、守備の意識を逆手に取るような動きで、誰にも捕まらない。思考型の潔なら選ばない場所に滑り込むが、結果論として最適なポジションへと変化する。
そして、ゴール前での一瞬のプレー。居駒が凛や烏をかわし、シュートを放つまでの動作は、あまりにも速すぎた。
(普通なら、あそこはドリブルで抜きに行くタイミングだった……なのに、居駒は迷わずシュートを撃った)
潔はその判断の速さに息を呑んだ。その反射神経と瞬間的な判断力は、潔がこれまで対峙してきたどのプレイヤーよりも優れていた。
『その思考、反射でやってみ?感じる世界、変わるから』
かつて、三次選考"
(居駒真澄は、反射化された思考の極致なんだ)
ボールを追う速さ、視野の広さ、判断の鋭さ。それらを通常の選手が「考える」時間で行うことなく、反射として実行している。
潔を上回る思考を、潔を上回る反射速度で体現する。
彼の強みは決してスプリントだけではない、まるで無思考にみえるほどの反射速度。
それがどれほど恐ろしい才能なのか、潔は今、全身で思い知らされた。
そして、さらに衝撃を受けたのは──その居駒に唯一追従できる存在がいたことだ。
それが、糸師冴。
居駒は自身のサッカーのルーツをこう語っている。
『サッカーは糸師冴が教えてくれました』
つまり、
(居駒が「究極の高速思考」なら、糸師冴はその「思考」を極限まで磨き上げた存在!)
ピッチにいる全員の動きを支配し、その中で居駒を最大限に活かすパスを供給する。その精度と視野は異常なまでに洗練されていた。
糸師冴は今でこそMFだが、一年前に選手登録を変えるまではFWとして活躍していたという。
思考型最高峰のFWによって磨かれた居駒真澄の思考は、まるで未来を見据えたかのようなポジショニングをするストライカーの骨子となった。
居駒が極限までに磨かれた思考反射を持つ天才なら、糸師冴はそれさえも計算に含め、支配する。
潔の中でピースがつながる。
(このコンビを崩すために、今の俺には何が出来る?)
前半15分──。
思考も技術も足りない中で何が出来るか、自問自答を繰り返す潔。
適応能力の天才が、覚醒を始めた。
感想、ここすき、お気に入り、評価ありがとうございます。誤字報告もめっちゃ助かります。
書き手からすると、感想勢の主人公解釈が読んでてとても面白いです。クソ感謝。