糸師冴の相棒   作:まっしゅないも

7 / 12
ハーフタイム

 

「そのサッカーIQ、使えんのか?」

「さぁ?」

 

 真澄は楽しそうに笑った。

 

 うっざ。

 糸師冴は、居駒真澄の記憶を抹消しようとしたが、できるはずもなく、ため息をついた。

 

 いずれ来るとは分かっていたし、必要なことでもあった。

 

 世界のトップストライカーは、持ち前のフィジカルや直感に加え、それらを最大限に活かす理論を兼ね備えている。

 ただ速いだけでも、ただ強いだけでも、ただ勘が鋭いだけでも足りない。

 

 冴と真澄が下部組織(カンテラ)で障壁もなく活躍できるのは、その理想のプレーを分担して再現できるからだ。 冴はゲームをデザインし、真澄はその中で最適解を直感で選ぶ。

 理論と直感、設計と実行。

 

 極論、一人の圧倒的なストライカーがいれば、いくらでも引っ張り上げられる。そのための役割分担が、冴と真澄のバディの強さの源であった。

 

 そんな真澄が9年かけて得られなかった理論の一端を掴んだ。真澄が普通の天才であれば祝福しただろう。

 

──だが、真澄はクソバカである。

 

 極端に客観視ができず、思い込みと「よく分かんないけど、なんか分かった!」を繰り返してライブ感で生きてるようなちゃらんぽらん野生児。

 

 そんなバカが手に入れたサッカーIQは果たしてサッカーIQなのか?

 それっぽいことを考えて勘違いしているだけではないのか?

 

 というかそれであってくれ。

 

「じゃあさっきの自分のミスを説明してみろ」

「ガンギマリのベロ凛と正面対決した時点で詰んでたよな」

「ひとの弟を狂人みたいに言うんじゃねえ」

「潔くんが俺の弱点をついてきたのは分かったから、抜き方を変えてみたんだけど、怖いくらい鬼気迫って集中している凛ちゃんさんにプレー変化の隙を突かれたな」

 

 おおむね正しい。

 

「整理してくる……」

 

 冴は選手控え室を出て、シャワールームへと向かった。運動の汗と冷や汗が混じって気持ち悪い。

 

 

 シャワーの水音が単調に響く中、冴は目を閉じた。身体を冷やすつもりが、頭の中は妙に熱を帯びている。

 

 真澄がサッカーIQを手に入れたかもしれない。それが本物なら、冴の戦略にも影響が出る。

 真澄の強みは、"考えない速さ"だった。思考をすっ飛ばし、直感だけで最適解を引き当てる。無意識だからこそ速く、だからこそ冴がそれを制御する必要があった。

 

 サッカーIQなんてものが生えてしまえば、その強みが損なわれる可能性がある。少なくとも、"考えた瞬間に遅くなる"という現象は確実に起こる。

 加えて現状の性能を上回るならサッカーIQは凛と同等くらいは欲しい。無理だ。

 

 だが、それだけならまだいい。

 問題は、"意識すること"で真澄の異常性が死ぬかもしれないことだった。

 

 真澄のプレーは、論理を超越していた。

 彼はサッカーを「考えたことがない」。

 最適解を選んでいるのではない、最適解を作ることが当たり前だった。

 

  真澄は"理解不能な異物"だからこそ強かった。

 本人が意図せずに飛び込む位置、誰も想定しない動き、その無秩序なプレーが、合理的なサッカーの枠組みを破壊し、ピッチ全体を混乱させていた。

 

 だが、もし真澄が考えるようになったら?

 自分の動きを意識的に理解し、再現しようとしたら?

 

 その時、問題になるのは、これまで真澄が最も長く触れてきたプレーが何だったかだ。

 

 冴は目を開く。

 

 それなら、真澄の基礎になるのは、冴自身のプレーだ。

 

 長年、冴の作った最適解の中で動いてきた。

 その影響を無意識に受けているのは当然だ。

 だが、これまでの真澄は「無意識に適応しているだけ」だった。

 意識せず、考えず、ただ "動けば最適解にいる" という異常な感覚でプレーしていた。

 

 しかし、サッカーIQが生えた今、

 もし真澄が自分のプレーを理解しようとしたら?

 もし、真澄が理論的にプレーを選ぼうとしたら?

 

──その基準は、冴のプレーになってしまう。

 

 それはつまり、「統制された合理主義プレー」 になることを意味する。

 

 冴のプレーは、徹底した計算とコントロールの上に成り立っている。

 無駄のない判断、最短の解決策、試合を支配するための絶対的な合理性。

 

 ……だが、それは "居駒真澄" のプレーではない。

 

 "考えない異物" だからこそ、真澄は試合の秩序そのものを書き換えることができた。

 彼の動きは論理を逸脱しているからこそ、対処不能の脅威になった。

 

 だが、もし冴のプレーを基準にしてしまえば、真澄は普通の選手になってしまう。

 

「ヘドが出る」

 

 思わず声に出ていた。冴は舌打ちし、指先でこめかみを押さえる。

 

 真澄は、冴が思い描いた理想のストライカーだった。誰も追いつけないスピード、強靭な体幹、ゴールまでの道筋を描くための直感。冴には持ち得なかったすべてを備えていた。

 

 だから、冴は居駒真澄を育てた。

 冴の最適解の中で動く限り、真澄は"世界一のストライカー"になれるはずだった。

 

 だから真澄は糸師冴の延長線になってはいけない。冴のストライカーとしての能力はあくまで無才が達成できる限界点だ。何をさせても一級品の万能型FW。かつての冴はそう評価されていた。

 

 それでは世界一に遠く及ばないことを知った。

 

 真澄が冴を真似ればストライカーとしての死を意味する。

 

 冴のコピーになりかけた凛がそうだった。

 兄の影を追うことを求められ、エゴを捨て、冴のサッカーをなぞった結果、凛はストライカーとしての"個"を失いかけた。自らの強みを削ぎ落とし、唯一無二の才能は凡庸なゴミになりかけた。

 

 真澄まで同じ轍を踏ませるわけにはいかない。

 

 冴は拳を握りしめる。

 

(……考えるだけ無駄か)

 

 後半戦が始まれば、全ては自然と答えが出る。

 深く考えそうになる思考を振り払い、冴はシャワー室を出た。

 

(さっさと試合を終わらせる。そっから先の話は、それからだ)

 

 冴はタオルを肩にかけ、廊下を歩く。

 

 

「やっほ♪」

 

 控え室の外で、ウォーミングアップをしていた士道龍聖が怪しげな笑みを浮かべていた。

 

「冴ちゃん、ゴマちんってやっぱすっげえ面白いな〜!俺あいつ大好き♡」

「キメェ……」

 

 冴はわずかに眉を寄せた。嫌な予感しかしないからである。

 

 冴は無言でドアを押し開けた。

 

 控え室には選手たちが集まり、その中心にいるのはーー真澄だった。手には戦術ボード。

 その前には閃堂や士道、主将の愛空までもが真剣な表情で座っていた。

 

 冴が眉をひそめたまま様子を見ていると、閃堂が顎に手を当て首を捻った。

 

「確かに攻撃の手が足りなかったな。俺と超はずっと糸師とのラインを監視されていたし、居駒の動き出しは全て相手のCFが張り付いてた。向こうは前線が多いぶん、均衡状態だとFWは不利だ」

「こっちの守備陣はワールドクラス、なんて調子乗っときながら相手の多段攻撃には対応しきれなかったし、真澄くんのフォローがあっても通したのは俺の責任だ。すまん」

 

 愛空が苦い顔をする。

 

「主将は悪くないですよ。俺ももっと動いて10番()を妨害するべきでした……とはいえ、正面からじゃ耐えられません」

「やっぱり10番だよな。向こうの起点は全部アイツだ。顔もめちゃくちゃ怖えし」

「顔は関係ねえだろグラドル小僧」

 

 冴が低く呟くと、同じく顔が怖い兄に睨まれた閃堂がビクリと肩を震わせた。

 

7番()も半端ないよな。後ろ向きのボールめっちゃトラップするし」

「それに11番()はレスバが強い」

「攻撃の中心になってるあの3人を抑えなきゃ後ろは空けられねえぞ」

 

 11番の特徴がレスバなのはどうなんだ、と思いながらも、冴は黙ってそのやり取りを聞いていた。

 

 そんな中、真澄はいつになく自信に満ちた目をしていた。

 サッカーIQが生えたせいか、普段よりも明らかに理論的な口調で言葉を紡ぐ。

 

「3人の誰が来てもボールキープが出来て、かつ絶対に潰されない人材……」

 

 その言葉に、冴と真澄の視線が交差する。

 

「います」

 

 真澄は確信に満ちた声で言った。

 

「うちには、あのやっべえ10番と真正面から向き合って勝てるヤツが1人います」

 

 そう言うと、戦術ボードに貼られた『糸師冴』のマークをおもむろに持ち上げ、大きな音を立てて中央に貼り付けた。

 

 1トップ、CF。

 

「『糸師冴』!糸師凛に16年間全戦全勝の実績がある新世代世界11傑(ワールドベストイレブン)!なにより兄より優れた弟なんていねぇ!コイツなら絶対あの怪物を止められます」

「……頭に虫でも湧いてんのか?」

 

 冴は即座に冷静な声で返した。

 

「でもめっちゃ前線出てんじゃん。ぶっちゃけFWの時と立ち回り変わらないじゃん」

 

 真澄はそう言ってさらっと流した。

 居駒真澄のサッカーIQはOMFをFWの上級職と判定していた。

 

 冴の後ろから士道が口を出す。

 

「ゴマちん、俺は〜?俺もリンリン潰しチャレンジしたい!」

「マジか、命知らずだな。士道くんは左でいい?」

「オケオケ!」

「居駒、俺が代わりにOMFに入るから。お前と士道でウイングやれ」

「エースのプライドはねえのかグラドル小僧」

「天才。お前のことは心底気に食わねえが、下手なプライドでチームの勝ちを逃すほど馬鹿じゃない」

 

 あまりの馬鹿さに冴は言葉を失うが、目の前に出された突飛な戦術図に対して冷静に分析を行う。もちろん、このトンチキな流れを叩き潰すためだ。

 

 冴は、目の前の戦術ボードを見つめながら、冷静に考察を始めた。

 

 感情的に拒絶するのは愚策だ。

 まずは、このフォーメーションが戦術的に成立するかどうかを判断する。

 

 彼の元々のプランでは、士道をCFに据え、閃堂をOMFにスライドさせるのが最適解だった。

 士道の圧倒的なフィジカルと決定力を活かして前線を突破し、閃堂の柔軟なゲームメイク能力を利用してボールの供給を安定させる。

 この形ならば、攻撃の起点と決定力を兼ね備えた前線を作り出せる。

 

 だが、真澄の提案は、その前提を根底から覆すものだった。

 

「冴がCF」

 

 一見、突飛な発想に思える。

 しかし、冷静に分析すれば、確かに理に適う部分もある。

 

 相手の布陣を考えた場合、現在のCFは凛、STに凪、OMFに潔が配置されている。

 この三人は、試合の攻撃の中心であり、同時に守備でも驚異となる存在だ。

 士道をCFに据えるのが妥当な選択に思えるが、それでは凛や潔に孤立させられパスを回せなくなる可能性が高い。中継になる真澄のパス能力が低いからだ。

 

 その点、冴がCFに立てば誰が来ても対処できる可能性がある。

 凛との1on1では、過去の対戦で全戦全勝の実績がある。

 潔との駆け引きでは、戦術理解で上回れるため、彼の動きを制限できる。

 凪とのマッチアップに関しては、凪はゲームメイクができないため、冴が起点を潰せば機能不全に陥らせることができる。

 

 また、冴が前線に立つことで、攻撃の展開速度にも影響が出る。

 通常、CFが守備を意識しすぎると、攻撃の連携が鈍くなる。しかし、冴はもともとOMFとして試合をコントロールする役割を担っていた。

 そのままの感覚で前線から試合を組み立てることができるなら、中盤と前線のつながりがスムーズになり、攻撃のスピードも向上する。

 

 さらに、冴が最前線にいることで、潔との直接対決が生まれる。

 試合の流れに常に関与し続ける潔に対抗するには、彼の動きを封じる役割を担うのが最も効果的な手段だ。

 

(……とはいえ、あいつ、本当にどこにでもいるな)

 

 攻撃の起点になったかと思えば、すぐさま自陣の深い位置まで戻り、味方のビルドアップを助けたかと思えば、また前線に顔を出している。いくらMFといえど前と後をあそこまでシャトルランしてスタミナが切れない選手は見たことが無い。

 潔も真澄に負けないくらいおかしい動きをしているが、この点に関しては深く考えてはいけない気がした。

 

 話を戻す。

 このフォーメーションが成立するかどうかを考えれば、確かに一概に否定できるものではない。

 

 真澄の案は賭けではある。

 しかし、考え抜かれた上での無謀ではなく、試してみる価値のある挑戦的な一手であることは間違いない。

 

「あとは冴ができるって言えるかどうかだ」

 

 愛空が主将らしく腕を組んで、冴の反応を待つ。

 昨日まで頑なに『天才くん』やら『至宝』やら名前で呼ばなかったのに、いきなり呼び捨てで距離が近くなった。全員頭が真澄(バカ)になったのか?

 

「ちょっと待て」

 

 冴は、もはや意地で戦術を吟味していた。クソバカ真澄の戦術提案を肯定するなど屈辱以外の何物でもない。

 

 戦術図を睨みつける。違和感が消えない。

 

 確かに、戦術的に考えれば、冴がCFに入るのは"なしではない"選択肢だった。

 選手の適性や相手とのマッチアップを踏まえれば、むしろ挑戦的ではあるが一定の理がある。

 

 だが──それは本当に、真澄が導き出した答えなのか?

 

 冴が見た限り、真澄は"考えて"フォーメーションを組んでいたようには見えなかった。

 ボードを指しながら、あくまで"楽しそう"に話していた。この配置にすればいいじゃん、と言わんばかりに、気軽に。

 

 なのに、冴は「戦術的に考えれば確かにアリ」と思い、

 愛空ですら「冴ができるかどうか」と現実的な議論に持ち込んでいる。

 

 おかしい。

 

 たしかに、戦術的に理屈は通る。

 けれども、それを考えたのが本当に真澄なのか?

 

──いや、違う。脳が腐ってる真澄にそんな思考が出来るわけない。

 

 これは、冴自身が勝手に意味をつけているだけではないのか?

 

 冴はハッと気づいた。

 

 真澄は、理論的に考えてこの配置を導き出したわけではない。

 彼の"なんとなく"が、この形になったに過ぎない。

 

 冴は、目の前の戦術ボードを見つめながら、深く息を吐いた。

 

 これまで、真澄の異常性は 「無思考だから理解不能な動きをする」 ことにあると考えていた。

 だが、それは誤りだった。

 

 今、目の前にあるこのフォーメーションは、明らかに考えた上でのものだ。

 直感だけでなく、真澄なりの「理屈」が組み込まれている。

 

 

 だが──それでも理解不能だ。

 

 

 無思考だからではない。

 思考しても理解不能な動きをするのが、居駒真澄という存在なのだ。

 

 普通、戦術とは、意図があって成立するものだ。

 選手たちはお互いの意図を汲み取り、共通認識を持つことで連携が成り立つ。

 

 だが、真澄の思考には、他の選手と共有できるような一貫した理論がない。

 彼は自分の中にある勘違いと独自理論で勝手に答えを出し、それを周囲が「理解しようとする」。

 

 しかし、それこそが錯誤の始まりだ。

 

 真澄自身が 自分の考えを説明できない以上、彼を理解しようとすること自体が無駄な行為になる。

 にもかかわらず、周囲はそれぞれ異なる理屈で彼の行動を解釈し、適応しようとする。

 その瞬間、全員の認識がズレ、試合の秩序が崩壊する。

 

 だが、冴だけは違う。

 

 冴だけは 真澄の思考に理論を求めない。

 最初から「こいつの言うことに一貫したロジックはない」と知っている。

 だから、周囲のように「真澄を理解しよう」とはしない。

 

 代わりに、冴は真澄のプレーの中から"使える動き"だけを選別する。

 それ以外は無視し、意図のない動きを勝手に意味づけることもしない。

 真澄の動きに"解釈"を加えるのではなく、ただ事実として評価する。

 

──つまり、冴が真澄を操れるのは、真澄のことを誰よりもバカだと理解しているからだ。

 

 はなから「理屈の通じる選手」として扱っていないからこそ、真澄の無軌道なプレーの中から、実際に機能するものだけを抜き出し、制御することができる。

 

 だからこそ、冴がいる試合では、真澄は"制御された異物"として機能する。

 そして同時に冴がいない試合では、真澄は"ただのコントロール不能な異常な存在"になる。

 

 彼自身は何も変わっていないのに、冴がいるかどうかで、彼の"プレーの意味"が決定的に変わるのだ。

 

 冴は、立ち上がった。

 

 無思考だから理解不能なのではない。

 むしろ、思考しても理解不能だからこそ、彼の動きは異物となる。

 

 そして、それが結果として敵も味方も巻き込み、試合のルールそのものを書き換えてしまう。

 

 こいつの強みは──勘違いさせることだ。

 

「やるぞクソバカども。反撃の時間だ」

 

 冴は真澄の案を受け入れた。

 

 






感想、評価、ここすき、お気に入りありがとうございます!
おかげさまでクソボケ執筆で吸われた体力が回復します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。