糸師冴の相棒 作:まっしゅないも
日本代表のフォーメーションが変わった。士道がピッチに投入され、フォーメーションは0トップに移行。日本代表の守備力を最大限に活かしながら、攻撃を士道と居駒の自由な動きに委ねる戦術だ。
(予想通りだな)
潔はフィールド上の配置を確認しながら、状況を整理した。
確かにこの布陣は日本代表にとって賭けだが、劣勢の状況をひっくり返すためには持ちうる攻撃力を最大限に生かそうと考えるのは当然だ。士道の個での突破力、居駒のスプリントと予測不能なポジショニング、そして糸師冴のゲームメイク。
それらを組み合わせることで、日本代表は従来の守備力を極力維持しながら自由度の高い攻撃を仕掛けることができる。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
(……凛と糸師冴がマッチアップしてる?)
凪に守備を指示しながら、潔は思わず眉をひそめた。
本来なら、0トップは最前線の選手がいないはずなのに、冴は明確に前線に張っている。そして、その冴に対するマークとして、凛がついている。日本代表に見切りをつけた冴が士道と居駒だけを使い、一人で前線を作ろうとしているのか? それとも違う何かを狙っているのか? 潔は疑念を抱き、ピッチを鋭く見つめた。
潔の中で警戒レベルが上がる。凛もまた、糸師冴の動きに合わせるように対峙している。まるで、1トップ同士の戦いのように見えた。
潔は相手の守備ラインに目を向ける。日本代表のMFたちは、明らかに真澄と士道の動きに神経を集中させている。つまり、日本代表の選手たちは、冴を0トップの一部として捉えているのだ。
理屈が合わない。0トップならば、最前線に明確なターゲットマンがいないため、FWが流動的に動くはずだ。
ここで冴が一瞬抜け、素早くボールをさばいて士道にパスを通した。凛のマークを引きつけたまま、自然と攻撃の起点となる動きをしている。
青い監獄随一の攻撃力を持つ凛だけ、例外として対処した?
潔は、じわじわと嫌な予感を覚えた。
糸師冴は本来、自らを司令塔と位置づけ、フィールド全体の動きを読み切って支配する──超合理的なサッカーを信条としているはずだ。
その冴が、今は前線に出て、凛と真正面からぶつかり合っている。
あまりに“馬鹿正直”なマッチアップ。まるで兄弟喧嘩のようなその光景に、潔は強い違和感を抱いた。
他の選手たちは素直に冴を0トップとして動いており、居駒も青い監獄勢のマークを振り切るべく軽快に走っている。士道は冴から受けたボールを足元で維持しながら、ゴールへの道を選んでいた。
パスは通り、連携も取れている。すべてが噛み合っているように“見える”。
だが──その中心にいるはずの冴が、“自らのスタイルを曲げている”こと。
その一点が、決定的に何かを狂わせている気がしてならなかった。
冴は凛の動きに合わせて前に出た。お互いに1トップで動いているのだから、正面からぶつかるのは自然な流れだった。凛の視線が冴の足元にあるボールへと向かう。2人のマッチアップは一年前、冴が徹底的に凛の心を折った雪の日以来だった。
前半では真澄に対して合理性とは無縁の執着を見せていた凛が、今度は冴に狙いを切り替えた。その変化を確認した瞬間、冴の期待はあっけなく崩れた。
凛が本当に強いのは理屈を捨てて周囲を破壊しながら突き進むときであり、冴の模倣による合理サッカーは見るに堪えない。
「本当にどうしようもねぇな」
「だまれ……!」
「ついさっきまでは真澄にベッタリ張り付いて、今度は俺の真似事か?何やっても中途半端なカス弟が」
「っるせえ!!」
「やる気がねえなら帰れ雑魚」
言い終わると同時に、冴は凛をあっさりと交わし、ボールを前に運ぶ。凛のマークを振り切り、悠々と前線へ駆け上がった。
周囲の対応を待たず冴は首を振って士道を視界に捉え、パスを通した。
真澄はよく分からない場所をランニングしている。DFを一部引きずっているが、向こうは勝手に沈むだろう。レ・アール試合中走行距離の歴代1位を1人で更新し続けてるアホマグロである。
士道はボールを収めると、すぐに縦へ仕掛けた。対峙するDFが急いで距離を詰めるが、士道のプレースタイルに迷いはない。力強いドリブルで一気に突破しようとする。
冴はすぐさま動きを修正し、士道が抜けたスペースに入る。クロス狙いのポジショニング。
だが士道は冴を無視して迷いなくゴールへと足を振り抜く。
「こいつは俺のゴール!」
「やらせん」
青い監獄のGK我牙丸 吟のパンチングセーブ。チームメイトが「ナイス!」と声を挙げた。
「クッソ!邪魔すんな熊!」
「落ち着け早漏野郎」
冴がこぼれ球をすかさず回収し、次のプレーへと移る。
DF蟻生の寄せに冴は無駄なリスクを避け、一度ボールを後ろに戻す。
日本代表のDMF若月が短いワンタッチで右サイドにいた閃堂へ展開。閃堂は相手のプレスをかわしながらドリブルで中央へ切り込む。
冴とアイコンタクトを取ると閃堂は即座に短いパスを通す。糸師冴に球を流すことで何度も煮湯を飲まされてきた青い監獄も、即座に反応する。
DMF烏が鋭く足を伸ばす。その動きを視界の端で捉えた冴は、すでに次の動作に移っていた。
烏のスライディングを紙一重でかわし、浮かせたボールを腰の向きを変えながらトラップ。無駄のない一連の動作に、相手の詰めが一瞬遅れる。
その隙を逃さず、冴は間髪入れずに体をひねる。しかし、その瞬間、潔が猛スピードで詰めてきていた。潔の読みは鋭い。だが、冴の動きはさらに一歩上だった。
上半身を倒し、踵で再びボールを軽く浮かせる。潔のスパイクが空を切る。
ボールが地面に落ちる瞬間、冴は軸足を滑らかにずらし、アウトサイドでボールを弾く。圧倒的技術の差を分らされた潔の顔が悔しさに歪んだ。
潔の足を越す形で再び閃堂へリターン。これで相手のチェックを一度剥がせる。
閃堂はボールを受けると、迷わず真澄へパスを出した。冴が動き回ってゲームを組み立てる役割ならば、前線の崩しはウイングの真澄に託すのが最適解だと判断した。
真澄はノールックで球を受け取ると一気に前線へ駆け上がった。”青い監獄”のDF二子、SB蜂楽も彼のシュートを警戒して一斉にマークを寄せる。
居駒真澄がペナルティエリアへ侵入する──、誰もがそう予測した。
しかし、真澄はゴールへの執着を捨て、迷うことなく糸師冴へパスを出した。
「やれ」
ボールは強烈な回転をかけられ、鋭く伸びる。その軌道は、まるで狙いすましたシュートのように、ピンポイントで相手の間を通り抜ける。真澄は通しやすいコースを意識しているわけではない。ただ、冴が抜けた先に確実に届くよう、相手の位置を無視した最短距離で蹴り込んだ。結果、受け取りづらいほどの速度と鋭さを伴った弾丸クロスとなった。
受け取り手のことなど一切考えていない。サッカーへの無理解と冴への適当な信頼に基づいた、容赦のない弾丸パス。
「……殺す気か、バカ」
冴は瞬時に体を調整し、弾丸のようなパスを柔らかく吸収するよう胸でトラップした。息が詰まる。
スピードと回転の影響を逆算し、足の甲でわずかに角度をつけてコントロール。衝撃を逃がしつつ、一歩先のプレーに繋げる形に整える。
瞬間、冴の視界に異様な光景が広がった。
──ペナルティエリア外なのに、ゴールまで一直線に通る、不可解なスペースが広がっている。
シュート、ドリブル、パス。どの選択肢を取っても、詰まることなく、すべてがゴールへと直結する。
不自然なほどにゴールへの道が広がり、まるで誰かが綺麗にレールを敷いたかのような感覚だった。
違和感。冴はそれを無視せず、一瞬で分析へと切り替えた。
凛が目の前にいる。
だが、動きに迷いがある。全力で潰しにくるはずが、一歩遅れている。それだけではない。相手の守備も、自チームの中盤も、どこかチグハグだ。
冴は気づいてしまった。
敵も味方も、冴を「攻撃の起点を作る役」だと考えて動いている。日本代表は最初から「0トップ」として冴を運用していた。冴だけが「1トップのつもり」で試合をしていた。
(……やられた)
冴は真澄に嵌められていた。
ふと、視線を横に向けると、真澄がこっちを見ていた。確かに意思を持った目で、真剣な表情で、わずかに顎をしゃくる。まるで、「お膳立てしてやった」と言うように。
その仕草に、冴はさらに確信を深めた。真澄は最初からこれを信じていた。いや、あいつにとっては「信じる」も何もなく、ただ自然とそう思い込んでいたのだ。真澄の中では、冴が1トップでゴールを決めることが、最も当然の流れだった。
そして冴も真澄の意図を汲んでしまった。
あれほど真澄の思考は考えない、切り離すと決意していたのにも関わらず。
そして、もう一人、凛も同じように対峙していた。凛の視線は、確かに冴の1トップを認識している。つまり──この場で、糸師冴を1トップだと考えて動いていたのは、真澄と冴、そして凛だけだった。
鎌倉のジュニアチームで、冴がストライカーをしていた記憶を持つ3人だけが、揃って1トップの前提で動いていた。だが、他の全員は「0トップの糸師冴」として試合を組み立てていた。当たり前だ。糸師冴は世代一のMFであるのだから。
冴の脳内で、これまでのプレーの記憶が組み上がる。
最初から、誰も冴をフィニッシャーとして扱っていなかった。日本代表の中盤は冴がゲームメイクをするものとして動き、”青い監獄”守備陣もまた、士道や真澄に比べて警戒の濃度を落としていた。自然な流れで、冴だけがフリーになっている。
(……こんな状況、考えて作れるわけがない)
なのに、目の前には綺麗なレーンが開かれ、まるで「ここからゴールを決めろ」とでも言わんばかりに誘導されている。
(これが……真澄が見てる景色か)
普通なら、このスペースの作り方は意図的な動きの積み重ねによって成立するものだ。しかし、真澄の場合は違う。ただの勘違いによって、無自覚にこの状況を作り出していた。
(……なんだそれ)
冴は舌打ちし、深く息を吐いた。そして、目の前に広がるゴールへの道を、一歩踏み出した。
左足を振りかぶる。
とてつもない、不快感。
“脳死のクソバカ”に、“自分の支配下にあると思っていたアホ”に、誘導された。
まるで親が子供の手を引くように、丁寧に。
自分がずっと味方に押し付けてきた支配的なプレー──それを今、逆に“されて”しまった。
冴の心に、怒気がせり上がる。
「クソが」
──ゴール。
“青い監獄”11傑 2
Uー20日本代表 2
ええ……なにアレェ……。
俺はCFをきっちりやりながら中盤のビルドアップ、前線の囮、潔くんのマークずらし、凛のマッチアップ勝利(お小言付き)、士道くんのゴールフォローをしつつミドルシュートを決めた糸師冴さんにドン引きしていた。
糸師冴1トップ案も「いや、冴1人で向こうの前線3人も対処できるわけないやろがーい!」というツッコミ待ちだったのに、採用されちゃったし。
もう冴が動きすぎてフォーメーションとかよく分からないから適当に走って観察してたら、ワンオペでゴール決めちゃったよアイツ。
もうあの人1人で良くないですか?
そもそもなんであの性格でチームスポーツやってるんですか?
もはや『日本の至宝』スゲー!としか言いようがない。
『双玉』呼びマジでやめてくれないかな。俺はあんなワンオペサッカーできないわ。
字面もなんかアレだし……でも、2番目に有名な通称はSMペアだし。
どっちもクソ。名誉毀損で訴えたい。
「何なんだよ、クソ兄貴……。なんでストライカーを……」
お兄様の人外っぷりに膝をついて絶望してる凛から目を逸らす。
凛もすっごい動きがカクカクしてたというか、冴に付いていけてなかったぽいからな。2個上のサッカー超人兄ちゃんにマウント取られ続けている凛ちゃんマジ可哀想。
「あれが、糸師冴……。世界のサッカー……」
あんなのがデフォルトであってたまるか。サッカーはチームスポーツなんだぞ。
死んだ目で瞬きもしない潔くんの目線を辿ると、件のサイヤ人と目が合った。
「死ねよ、お前」
「はぁ?」
普段とは違い、真顔で呟くように言い放つ冴に、俺はぽかんと口を開けた。
心当たりがなさすぎる。
冴もしっかりトラップしてたし、我ながら良アシストだったと思ってる。
「お前にお膳立てされたサッカーなんてゴミだ。カスだ。そんなつまんねえプレーするなら俺は帰る」
「俺のやったことなんてスルーパス出したことくらいだろ」
「自覚ねぇのがタチ悪いんだよクソ野郎」
超不機嫌だ。だが、情緒不安定な冴様といえどチームに与える影響力は絶大である。
お世話になっている愛空主将のために、俺は冴の機嫌を取らなければ。
えーっと、冴の機嫌が良い時は──
・サッカーで相手をボコボコにした時
・立場が上の人を論破した時
・俺をいじめてる時
・弟にマウント取ってる時
・綺麗なアシストを決めた時
・梅昆布茶飲んでる時
あれ、冷静に考えてこいつは厨二病じゃなくてグレたんじゃないか……?
小学生の時から一匹狼系ヤンキーみたいな性格していたけども……。まさかグレたのは弟じゃなくて兄の方?
思春期拗らせておかしくなってるのは兄の方?
落ち着け。今考えるのは糸師冴の個性的な性格ではなく機嫌の取り方だ。
現状俺がご提供できる冴のご機嫌ポイントは「俺をいじめてる時」か……。
なんだコイツ。
ドSのお前と違ってこっちはノーマルなんだよ。お前の癖に付き合ってられるかカス。そんなんだからSMコンビなんて不名誉なあだ名つけられるんだよ。真澄のMはドMのMとネットで言われ枕を濡らした日々が甦ったところで、無理やり頭を振り思考を止めた。
やっぱりこのままでいっか──と顔を背けると、愕然とした表情の閃堂さんと目が合う。
そうだ。
俺は関係ないけどこれは閃堂さんや主将の日本代表権を賭けて戦っているのだ。日本サッカーの民度向上のためにもこんな口悪涎まみれ暴力ラフプレー集団を勝たせてはいけない。サッカーは紳士のスポーツ。
──だからこそ、ここは俺がひと肌脱がねばならない。
糸師冴の機嫌はチームの士気に直結している。
基本的に“最悪”か“地獄”の二択しかないが、もし今ここで“マシ”を引き当てられたなら、勝機になる。
プライドを捨てろ。居駒真澄。
ここで捨てねば男が廃る。
俺はピッチ上でもっとも恐れているレスバ魔王こと潔くんに近づいた。
あまり大きな声で言うとカード貰っちゃうので小声で。
「ぬりぃな」
あまり強い言葉を使われると怖いので、少しヘコむ程度の罵倒希望。
さあ、潔くん。俺を軽くでいいからいじめろ!
潔くんはゆっくりと顔を上げた。
目が真っ黒になってる。こわ。
首を傾けてボツボツと語る。
「お前らさ、試合を舞台かなんかと勘違いしてんだろ。俺たちが人生賭けてる試合でポジション勝手に変えて、味方にも黙って戦術崩して──楽しいか?そのお遊戯」
俺らそんなサイコパスサッカーしてると思われてるの?
「糸師冴が1トップ?違う。自分のサッカーに酔って勝手に動いてただけだろ。気持ちよくなってる天才と、それを支えて悦に浸ってるピエロ──どっちもクソだ」
たまたまアシストしただけで変態ピエロ呼ばわりなの?
「何が『ぬりぃ』だよ、お前らの方がよっぽどサッカー舐めてんだろ。まとめて叩き潰してやる。勘違い自己陶酔コンビが」
こいつには俺たちがどういう風に見えてるの!?
全く潔くんの発言が理解できない。言葉も十分怖いがそれ以上に理解ができない恐怖で身体が固まる。
だがこの子もカウンターで火力100倍してくるタイプのレスバトラーだから言い返せない。なぜならこれ以上何か言われたら絶対泣くからである。
俺は経験から学べるタイプなのだ。糸師冴に何回泣かされたと思ってる。
「頭おかしいのか?」
冴さんも困惑しているご様子。
「ちょっと何言ってるかわからない」が「頭おかしいのか?」で出力されるのは流石のエキサエティング翻訳である。
ついでに訂正もしてくれないかな。
「勘違いすんな潔。本当の真澄は違ぇ」
「凛……!」
立ち上がったのは糸師凛。
そうだ!この場で俺たちのことをよく知っている第三者はお前だもんな。お願いだからこの不名誉すぎる誤解を解いてくれ。
「コイツは、味方も敵も全部ぶっ壊してゴールを決めるエゴイストだ」
何言ってんだこいつ。
Yahoo痴恵袋で質問したことがある。
──僕はサッカーをしているんですが、チームメイトの暴言が酷く、逃げ出したくなります。訳あって監督と言葉が通じないため、交代もできません。どうすればいいですか?優しいアドバイスをお願いします。
──それはつらいですね。本当に嫌な時はユニフォームを脱いで、芝生を食べると強制退場できますよ。(イエロー2枚!)
顔も知らぬ誰かがくれた優しい言葉を胸に、俺は足元の芝生を見つめた。