シグルってたまるか   作:風袮悠介

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筆者なりにビターエンドを目指します。どう考えてもハッピーエンドにはならんかったです。


0章・転生、旅立ちたくねぇ
第一景 駿河御前試合・異聞譚


 寛永十年十二月六日。

 駿府領主、徳永忠長。自刃。

 忠長が将軍、徳川家光の実弟でありながら自刃という名目で切腹を申しつけられたのは、大国の領主にあるまじき乱行を咎められてのことである。

 忠長の暴虐伝説は数多くあるものの、それらは俗説であり史実であることを証明できない。

 「駿河大納言秘記(するがだいなごんひき)」に納められた駿河城内で行われし「真剣御前試合」の記述のみが、忠長の驕暴(きょうぼう)を世に知らしめる唯一信憑性のある記録なのだ

 その御前試合が行われたのは、寛永六年九月二十四日であった。

 

――――――

 

 御前試合第一試合。

 西方。虎眼流の剣士にして隻腕の剣士、藤木源之助。

 東方。盲目で右足不自由の跛足の剣士、伊良子清玄。

 

 壮絶なる秘剣の応酬の末、源之助は清玄の心の臓を割るに至った。

 眩しすぎた天才剣士、その輝きを終わらせた。

 三重の心に宿りし魔を消滅させ、七年前より続きし因縁は終結する。

 清玄を追って、菩薩もまた命を絶った。清玄が辛いときも供にいた、いくという女性。

 この試合で、二名の命が喪われた。

 あとは乙女との約束のみ。

 

 だが、勝利した源之助に忠長が命じたのは、獄門に処するために清玄の首を切り落とせ、だった。

 

 源之助は我が耳を疑った。

 当道者の分際で神聖なる武芸の場に足を踏みいれた無礼などと、伊良子清玄がそのような恥辱を受ける謂われは無い。

 伊良子清玄は、源之助の“誇り”そのものだ。

 

「士ならば、士の本分を全うすべし!」

 

 (さむらい)

 

 さらに何事か叫んでいたが、源之助の耳には聞こえなかった。

 ただ、“(さむらい)”という言葉だけが、体内で反芻していた。

 

 腰に差した脇差しに手を伸ばし、源之助は士の本分を、

 

――アニキ

 

 そのとき、源之助の心に、かつての“弟”の声が響いた。

 

――アニキはぶきっちょだからな。しかも言葉が少ない。こみゅしょうて奴じゃん。

 そうだ、兄者は五言(ごこと)以上少ないから、一言二言くらい多くてもよくね?――

 

 脇差しに伸びた手が、止まる。

 己が愛し、己を愛した、たった一人の家族。血を分けた、己の半身。

 時々、己以上に何を言ってるのかわからなかったが、

 

――あとさぁ、言葉のたいみんぐがおかしいんだよな。言うところで言えっての。

 そんなだから、伊良子の兄者をイラつかせんだよなぁ。――

 

 心より想い、一心同体とさえ思った。

 

――そうだ! アニキはさ、三回話したら二言くらい会話を続けろ!

 少しはマシになるだろ! さっさとこみゅしょう直して、三重様と祝言を上げろ!――

 

 己が足りぬと思ったものを、全て持った弟。

 

――飯を食いに行こうぜ、アニキ。美味いもんをさ。

 なんで? ……そりゃ、俺たちが虎眼先生に拾われた日だからよ。新しい誕生祝いってな。――

 

 弟のおかげで、己はここまで生きることができた。

 

――銭でっせ、アニキ。ほんと、銭。世の中は銭。世知辛いねぇ。

 剣の腕もいるが、銭がねぇとな。ということで稼いできた。三重様とご馳走を食おう!――

 

 源之助は考える。

 

――アニキ……ほら……俺を斬れたじゃん……。三重様を侮辱した俺をよ……。

 ちゃんと心があるんだよ……アニキにはよ……気づかないだけでさ……――

 

 己が愛した、殺した、弟なら、

 

――士の本分……結構な話だよ……

 でもなアニキ……人は心で生きるんだ……腹を満たしても心を満たさねぇとダメだよ……――

 

 弟。

 藤木裕次郎なら、このときどうするか。

 

――士の本分より、守らなきゃいけねぇもんを、守れよ――

 

 きっと、裕次郎なら。

 

――三重様と幸せに、な――

 

 こうする。

 

「出来ませぬ」

 

 源之助は、その場で平伏した。

 天幕の向こう側、一連の場を見ていた三重は驚愕する。

 心のどこかで、源之助は意思(こころ)をなくした傀儡(くぐつ)になると思っていた。

 その心に湧き上がりし“魔”は、鳴りを潜める。

 源之助は、何をするつもりなのか。

 

「何故だ」

 

 忠長の言葉を伝えるべく、三枝伊豆守(さえぐさいずのかみ)が源之助に問う。

 

「己の死した弟ならば、ここで清玄の首を取りませぬ」

 

 奇妙な答えだった。

 源之助が清玄の首を切り落とさぬ理由を問い質す最中、口より出たのは弟のこと。

 忠長がここで激昂しなかったのは、ある種の奇跡である。

 

 忠長が驕暴(きょうぼう)にいたった一因には、己の実兄家光によって将軍の座を奪われたからとも言われている。

 本来自分ものであったはずの将軍職が、自身より出来の悪い実兄の手に渡ることが何より許せなかった。

 故に、この御前試合は挙行された。

 家光に謀反、いや、本来自分のものだった将軍職を取り戻すための兵を集めるために。

 しかし、予想に反してここに集まったのはたった二十余命の剣士のみ。

 この二十余名の命は魔王の激情を鎮めるための生贄とされたのだ。

 

 忠長が激昂しなかった理由は、わからない。興味を持ったのか、それとも別の理由か。

 何も言わぬ忠長に代わり、三枝(さえぐさ)は続けた。

 

「弟とはなんだ」

「己の弟、藤木裕次郎」

 

 三枝は驚いた顔を浮かべた。

 言葉足らずの男という印象だった源之助が、すらすらと答えたからだ。

 今までの源之助なら、言葉に詰まるか黙るところ。

 なのに、源之助の口から出る弟とやら。

 

「己の弟は、己の足りぬところを補ってくれるものでした。その弟ならば、ここで清玄の首は取りませぬ」

 

 源之助の口を軽くし、実に達者にするではないか。

 奇跡によって保たれた神聖なる試合場は、源之助に圧倒される形で静かとなる。

 

 忠長が三枝に、何かを言う。

 三枝が源之助に、忠長の言葉を伝えた。

 

「ならば源之助。裕次郎とやらは、どこで清玄の首を切り落とす?」

「己の師、岩本虎眼先生の墓前にて」

 

 源之助の心に遺る裕次郎が、源之助の口を借りて話しているかのような幻視。

 

「忠長様に与えられた神聖なる武芸の場によって果たされた仇討ち。

 将軍様のご威光により無念一切を払われました、と報告して、首を切り落とします。

 次に、己の兄弟子、牛股権左衛門の墓前にて、己と同じ左腕を切り落とします」

 

 三枝は感心した。

 聞いたところによれば、源之助は一度、清玄と仇討ちで死合っている。

 しかし源之助は清玄に左腕を落とされて敗北、さらに兄弟子牛股は清玄によって斬殺された。

 一度目の仇討ちで果たせぬままの無念を、二度目の仇討ちを徳川将軍家のお力を借りて果たし、己の無念と虎眼、牛股の霊を慰めようと言うのだ。

 忠長を立てつつ、岩本家を慮る内容。

 

 だからこそ、三枝の眼に源之助は奇妙に映る。

 本当に此奴は源之助なのか、と。

 先ほどまで、士の本分として清玄の首を落とそうとした男と、同じとは思えなかった。

 

 しかしてその思考は遮られる。

 

 忠長が三枝に伝えた言葉。

 

「聞け、源之助」

 

 三枝はただそれを繰り返すのみ。

 

「忠節、実に美事(みごと)である」

 

 源之助は我が耳を疑った。

 

「この度の天晴れな剣技と美事な忠節により、御殿よりありがたき仰せを賜った!

 清玄の遺体は清めたのち、藤木源之助に預ける。あとはどうしようと好きにするがよい!

 しかし、合戦の場で敵の首級を取る場を選ぶは未熟もの!

 召し抱えるか否かは審議ののち決める故、笹原邸に控えておれ!」

 

 己の口から出たのは、果たして本当に己の言葉だったのか?

 三枝の言葉は、源之助が求めた己の誇りを守る言葉。

 それを為した己の口は、本当に己の口か?

 いや、違う。

 心に宿りし、愛しき半身。弟が力を貸してくれたのだろう。

 

 かくして、清玄は徳川家中のものにより引き取られ、清められたのちに笹原邸に運び込まれる。

 その後は如何しようと自由だ。

 試合場から出た源之助の眼に飛び込んだものは。

 

 涙を流しながら己を待つ乙女、三重であった。

 

「見事でした」

 

 三重は言った。

 

「藤木様は、傀儡になりませんでした」

 

 涙ながらに言った。

 

「あのときと違って、傀儡になることを拒みました」

 

 源之助の脳裏によぎるのは、師、岩本虎眼の命によって三重を抑えつけ、乙女の純潔を汚さんとした、師走の日。

 虎眼の命に逆らい、乙女の純潔を守ろうとした伊良子。

 めでたき日、虎眼が伊良子を選ぶはずだった日。

 

 そこに割り込んだ、己の弟、裕次郎。

 

――大の男が揃いも揃って女子を手籠めで良い気分に夢気分、ご機嫌に浮かれた気分ってかぁ?

 男の風上にもおけねぇ、全員ぶん殴るから覚悟しやがれぃ!!――

 

 言葉の通り、裕次郎は全員をぶん殴って、虎眼から死ぬほど殴られて道場から叩き出された。

 次の日には負傷などどこにもなく平気な顔をして岩本邸に顔を出し、虎眼に再び殴りかかって殺されかけた。

 稽古始めの日、再び虎眼と兄弟子牛股に木刀で試合を挑み、一矢報いつつ半殺しにされて川にたたき落とされた。次の日にはまたけろっとして道場に顔を出した。

 これによって伊良子清玄ではなく、裕次郎が三重の相手に選ばれた。三重もそれを望んだ。

 いつの間にか、三重は裕次郎に懸想していたという。

 

 めでたき日にござる。

 

 なのに裕次郎は拒んだ。

 

――それは三重様がもっと大人になり広い世界を見て、相応しき相手を見つけて決めることにて。

 俺はその日を、心待ちにします。――

 

 裕次郎は自身にはできなかった、伊良子にさえできなかった、お家に逆らってでも三重の誇りと未来を守らんとした。

 その姿を見て、屈辱と嫉妬と凍えに喘ぎ苦しんだ、あのときだった。

 あと虎眼にはまた半殺しにされて道場から叩き出された。

 

「三重は藤木様との“神聖な約束”を果たしまする」

 

 顔を上げた三重の顔は、“魔”が宿る前の笑みが浮かんでいた。

 もはや三重の心に、“魔”が生じる隙はない。

 

「ですが、このままここにいては……」

「ご案じ召されるな」

 

 三重が言おうとしたことを、源之助は察していた。

 例えここに残っていても、忠長の暴虐に晒される危険がある。

 故に、源之助は言った。

 

「裕次郎が、手紙を遺しておりました」

 

 三重の目が大きく開いた。

 

「裕次郎様が……」

「己の手で斬り殺される前、三重様と己に手紙を遺しておりました」

 

 三言目(さんことめ)

 あの言葉の通り、二言付け加える。

 

「そこには試合のあとで生き残ったとしても無事では済まぬ、試合は続き、殺されるだろう、と。

故に、裕次郎は逐電の支度を整えてございました」

「その手紙は、いずこに?」

「ここに」

 

 源之助は懐より、二通の手紙を取り出した。

 一通は源之助に宛て、もう一通は三重に。

 試合を生き残るためのお守り代わりとして、懐に忍ばせていたのだ。

 

 手紙を受け取った三重は中を開く。

 しかし、読み始めた直後に笑みを浮かべていた。

 

「ふふ……藤木様、裕次郎様に見透かされていたようですよ?」

「?」

「最初の文に、『多分だけど、アニキはこれをお守り代わりに懐に忍ばせると思う。本当にやったら笑ってやってください、三重様。これは三重様宛の手紙であってアニキのお守りじゃねぇよ馬鹿たれとか言ってやってください』と書かれております」

 

 三重が源之助に見せた手紙には、確かに最初の文にそう書かれていた。

 

「裕次郎……」

 

 源之助は小さく呟く。

 続く文に、こう書かれていたからだ。

 

『そっちの手紙にも書いてると思うけど、俺は本当にアニキを恨んでないから。アニキにちゃんと伝えてやってください』と。

 

 己の手で斬り殺した、最愛の半身。

 己たちの行く末のために、生きている間も尽くし、死して尚先の道を遺す。

 気高き生き方だった。

 

 気高いからこそ、斬りたくなかった。

 

「裕次郎……」

 

 再び源之助は小さく呟く。

 目には、かつて虎眼を亡くしたとき以上の涙が、溢れていた。

 

 

 

 

 藤木源之助、岩本三重、伊良子清玄。

 

 そして、藤木裕次郎

 

 この四名の因縁は、七年前まで遡る。

 

 

 

 

 さらに、藤木裕次郎の物語は十数年前にまで遡ることとなるのだ。




もうさァッ 無理だよ みんなを生き残らせるなんてさァ!
だってどう考えてシミュレートしてもみんな勝手に死狂うんだからさァ!

ということで、マシなビターエンドを目指します。
え? ハッピーエンドに見えるって?
感覚が麻痺してるんだからさァ!
よく考えても死人が多すぎるんだからさァ!
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