「いや、原作には何も描かれてなかったけどさ」
オレはとある武家屋敷にて、綺麗な和服を着て寝転んでいた。
立派な着物を与えられ、立派な武家屋敷の良い匂いがする畳の間。
そんな和室でオレはリラックスしてるわけだ。無論、源之助アニキと一緒だ。アニキはシャキッと正座をして、ジッと待っている。
随分と時間が掛かるもんだな、ほんと。疲れちまったよ。
「まさか養子縁組が、金子を与えて認めさせるくらいで済むなんてなぁ……」
確かシグルイでは、金子を与えて承知させた、としか描かれてなかった。
けどオレはてっきり金子を与えて役所への手続き諸々を行い承知させる、程度だと思ってたけど……んなこたぁないらしい。
ただ「こいつをお前の子供として認めて」「お金くれるならいいよ」で済むとは……。
いや、この地域だけの話なのか? よくわからんな。
「なぁアニキ。なんでオレたち、士だってさ」
オレがアニキに呼びかけてみても、アニキは動かずにジッと前を見ているだけだ。
反応がない。けど、なんとなくわかる。
「……なぁアニキ」
ニマニマと笑って言った。
「実は士になれたこと、あのジジィに拾って貰ったこと、嬉しく思ってるだろぉ?」
「っ……」
アニキの口元と眉が僅かに動いた。
ふふふ、わかりやすい奴め。
オレは仰向けに寝転んだ。そこそこ綺麗な天井だな。
ここは確か逼塞を命じられた藤木家のはずだ。門の形が原作にちょろっと出てきた奴に似てる。
オレたちは虎眼に連れられこの屋敷に入り、この部屋に押し込められた。その間に藤木家の人間と話をするためだ。
奉公人? とうか中間? とかいう、家で働く人に水で濡らした手ぬぐいで体をひとしきり拭かれた後、和服を渡されてとりあえず着替えようとした。
剣道をしていた経験から、まぁ、着ようとはしたのだが……どうにも勝手が違うので結局着せてもらった。アニキも同様だ。
奉公人の男性二人は俺たち二人に和服を着せたあと、さっさと部屋を出て行った。なーんにも言わなかったな。
農民の三男四男風情と話すことなんてなーんもないって感じだ。というか、陰気くさい人たちだったな。
「終わったぞ」
唐突に襖が開けられた。アニキはそちらに向けて正座をし直すが、オレは視線を向けるだけ。
そこにいたのは、岩本虎眼。白髪の老鬼、剣の達人、作中屈指の凶人。
ここに入った瞬間からとんでもねぇ獣臭で、普通だったら逃げ出したいくらいに怖い。
普通だったらだが、オレはその獣臭にどこか落ち着きを感じた。
いやくせぇにはくせぇよ? 別に匂いフェチでもねぇよ?
加齢臭や腐臭が好きなわけでもない。だが、なんというかわからんが、上手く言えんが……剣道の稽古の後の男性程度の匂いみたいな。
止めよう、オレが変態になるだけだ。
「よージジィ。話は終わったか」
「ジジィは止めよ」
「ジジィはジジィだ。ジジィをジジィと呼んで――」
瞬間、オレの首に寒気。反射神経に任せるままに跳ね起きて、蹲踞にて構える。
オレがいた場所に虎眼の抜刀が通り過ぎており、畳に刃の傷が一文字。
こいつ、一瞬で抜刀して納刀してやがる! ギリギリで反応できたけどよぉ!
「殺す気がジジィ!! ここを血の海にする気か!?」
「ジジィと申すのを止めぬからだ」
「だからジジィをジジィと呼んで何が悪い。それとも、お士さまと呼んでやろうか?」
オレが警戒を緩めずに言うと、虎眼の体がピクリと動く。
刀に伸びていた右手が止まった。こいつ、また斬りかかろうとしやがったな??
「……」
「あぁ、そうだ。聞いたことがある。掛川藩武芸師範に虎眼という剣士がいたな? 右手指が6本で精妙たる剣技を扱うとか。だったら虎眼先生と呼ばれるのが――」
「よい」
チン、と刀が鞘に収まった。こ、こいつ、いつの間に鯉口を切ってやがった。
「ジジィでよい」
「あっそ」
やっと諦めてくれたか。嫌だよ、こいつを先生と呼ぶの。
最終的に牛股とかみたいになりたくない。なんか先生と呼んで慕うと、ああなるような悪寒がしたんだよな。
虎眼の顔はなんとも言えぬ顔だ。いや、いつもシワだらけで険しい、巌みたいな顔だが、無表情に近い。
「……」
「源之助」
虎眼がアニキに呼びかけた。アニキは平伏する。
「うぬはこれより、藤木家の嫡男……藤木源之助と名乗れ」
「……」
アニキは平伏したまま動かない。だが、拒否はしてないようだ。
普通、こういう士の言うことには逆らえないんだけどな。
「そして裕次郎」
「はい」
場の空気に合わせとこ、と思ってオレも平伏した。
さすがに空気を読むわ、オレも。ここで「なんだジジィ」と呼ぶほどアホじゃねぇ。
ま、これでオレも藤木裕次郎か……。
嫌だな~これでシグルイ原作に参加だよ嫌だな~。
「うぬはこれより、
「ははー……はぁ???」
オレは思わず面を上げた。
何を言ってんだこのジジィ?
「いや、待てよジジィ。オレも藤木家に入るんじゃねぇのか?? 藤木家次男、藤木裕次郎として」
「違う。うぬは岩本家の嫡男、儂の跡目である岩本裕次郎となるのだ」
「嫌だよ!?!?」
バッと立ち上がって否定した。
何を言ってんだ、あの馬鹿みてぇな家の嫡男、こいつの息子になれと!??!
無理無理無理!!
だってこいつ、娘である岩本三重が可愛がってた燕を親子共々切り捨てるし、座敷牢で死んだ自分の妻に暴言吐く奴だぞ!?
こいつの息子になったらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねぇ!?
「何故じゃ」
す、と虎眼の眼が細められる。腰の剣に手は伸びてない。
だが、体のあちこちに拳大の寒気を感じる。打ち込まれる予感が無数に、だ。
嫌だな~ここで「だってお前、娘のペットを斬り殺すわ妻が死んでも暴言吐くわでろくでもねぇじゃん」とか言うの~。
事実だけどさ~正直シグルイの時系列をよく覚えてないから、三重がいくつかわかんねぇんだよなぁ~下手したら未来予知だよ。
原作知識をここで言っても仕方ねぇもん。
なので、オレは構えた。空手における天地上下の構えだ。形だけな。やらないだけマシ。
「オレはアニキの弟だ。名字が変わるなんざまっぴらご」
めん――オレはそれ以上の言葉を続けられなかった。
瞬時に間合いを詰めた虎眼による、拳が顔面に突き刺さった。
鼻が折れ、目玉が潰れ、眼窩底が折れる感触を覚える。
そのまま吹っ飛んで、背中の襖を突き破り仰向けに倒れる。そこにいたらしい奉公人が悲鳴を上げて逃げた。
「さよか」
虎眼が吐き捨てるように言った言葉を、オレは確かな意識で聞いていた。
いてぇと叫びたくても叫べない。鼻が潰れて顎まで破壊されてるから、声が出ない。
だが、オレは確かに感じた。
鼻も目玉も、何もかもが治っていく感覚。
正直悍ましい以外の何者でもねぇ。急激な治癒は、その箇所にとんでもない不愉快さとかゆみを覚える。それが一瞬で消える。こんなもん、人間とは言えねぇ。
だが、今の拳で、オレはこの体を受け入れることができた。
「上等だ」
だって、この体じゃないとこの世界を生き残れないから。
「よくもやったなジジィ」
この体で、シグルイ世界を生き延びる。
「覚悟しやがれよ?」
オレは体を起こし、立ち上がり、もう一度天地上下の構えを取る。
必ずオレは、生き延びてやるぞ。
何がなんでも生き延びて、この世界にオレを落とした神さまに目に物を見せてやる。
「オレは兄貴の弟だ。だから、名字もおんなじになりてぇ。わりぃがジジイの言うことでもそれは聞けねぇ。
だから、抗ってやるぞ」