シグルってたまるか   作:風袮悠介

103 / 110
六章・砕けちまった希望たちに捧ぐ唄と思ったか?
第十六景・牙 異聞譚 その一


 どこの藩史(はんし)をひもといても、一人や二人は暗君(あんくん)が現れてくるが、領国(りょうごく)()いて絶対主権者(ぜったいしゅけんしゃ)である暴君(ぼうくん)と言えども。

 

 天下を律する徳川(とくがわ)幕府(ばくふ)の目からは外様(とざま)小大名(しょうだいみょう)に過ぎない。

 領国治まらずとして処罰するのは易々(やすやす)たるものである。

 

 しかし……その暗君が神君(しんくん)家康の血を引く者であった場合、その暴虐を(とが)めることは可能だろうか。

 

 寛永(かんえい)二年。

 徳川忠長(ただなが)の領地は甲斐(かい)国に、駿河(するが)遠江(とおとうみ)を加えられ、その居城は駿府(すんぷ)城となる。

 

 

 

 

 寛永(かんえい)五年。

 駿府(すんぷ)

 

 この日、城主忠長の閨房(けいぼう)に奉仕することを命じられたのは、下級(かきゅう)藩士(はんし)津田(つだ)弥一郎(やいちろう)の娘、さと。

 

 寝所に入る前に、武器や手紙を隠し持っていないか。

 入念に取り調べが行われる。

 体中……それこそ穴という穴にまで手は伸び、そして。

 

(あや)うきものなし」

 

 となるのだ。

 

 領主の思召(おぼしめし)奥御殿(おくごてん)の侍女のみならず、家中の子女(しじょ)にまで及ぶことは珍しいことではない。

 

 さとは女中から念入りに体を洗われ、磨かれ、奉仕に相応しく清潔にされる。

 その全てにさとはカタカタと歯を鳴らして正座するしかなかった。

 さとにとって徳川家という身分は、あまりにも恐れ多く恐怖ですらある。

 

「くれぐれもお殿様に粗相のなきよう」

 

 女中から言われ、布団が敷かれた部屋に放置されるのだ。行燈の灯りだけが、さとの世界を照らしている。しかし、さとの胸中は暗闇そのもの。

 初潮を迎えたばかりの処女(おとめ)である。

 夜の奉仕の恐怖はある。

 そして。

 

 スゥ、と襖が開いた。

 奥から現れるは、徳川忠長である。

 天下人、徳川家康の血を引く尊き身分。

 忠長が入室すると、さとはすぐさま畳に頭をこすりつけて震えた。

 だからだろう、忠長の顔を確認することができなかったのは。

 

 忠長の足が、さとの後頭部を踏みつけた。

 その重さ、強さ、伝わる感情から、このとき突如、さとの脳裏に今日(こんにち)までの思い出がめくるめいた。

 

 母親に抱かれた赤ん坊の頃。

 幼い頃に見た獅子舞。

 何気なく見た夕焼け空。

 共に川で遊んだ幼馴染みの男子。

 卍手裏剣先生の草双紙の数々。

 

 それらが、忠長に首を絞められ悶絶するさとの脳裏を過ぎていく。

 生命存続の危機に際した時、人間は本能的にそれを回避する方法を記憶の中から探し出そうとする。

 

 それが、死ぬ間際に見る。

 記憶の走馬燈(そうまとう)の真相である。

 

 さとの脳裏に少しだけ、草双紙の中から使えそうな脱出方法が見つかったのだが、それを行使することはできない。

 

 相手は、神君家康の血を引くもの。

 その玉体を傷つけるもの、一人たりとて許されるはずがなく。

 抵抗すれば一族郎党皆殺し。

 

 忠長の暴虐(ぼうぎゃく)を止められる者はこの城に、一名も存在しない。

 

 その首を絞める忠長の口元が、喜悦で歪んでいたとしても、だ。

 

 

 

 

 前将軍(ぜんしょうぐん)秀忠(ひでただ)の子にして、将軍家光(いえみつ)の実弟、徳川忠長。

 この驕児(きょうじ)に裁断が下されるのは、寛永六年に(もよお)された駿府城内の御前試合に於ける、ある一戦がきっかけとなる。

 

 そして、忠長が大人しく裁断を受ける決心をさせたのは、とある男とも言われていた。

 

 

 

 

 同五年、遠州(えんしゅう)掛川(かけがわ)

 忠長が遠州の統治者になると、仕官を求めて多くの牢人者が掛川宿に集った。

 

 同時に、誰かに相当やられたのか……顔や腕に青痣や傷、さらには落書きで「虎参り被害者」という醜悪な文面が額に描かれた被害者までいた。

 

 中でも、六月にやって来た八人連れの男たちは人目なくば斬り()ぎも日常茶飯事という不逞(ふてい)(やから)だった。

 

 その八人に、店の男が背中へ声を掛けた。

 

「お侍さんがた、おまちくださいやし」

 

 声を掛けた男に、八人は振り向き返答する。

 

「何か用か」

「へぇ。勘定の方がまだでございやす」

 

 八人連れの無銭飲食を咎めたのは、地元の侠客(きょうかく)黒田主税(ちから)だ。

 左目に縦の切り傷を遺した主税に、右目に火傷のような痣を持つ炎の柄をした着流しを身に付けた柿右衛門が返答する。

 

「おぉ。忘れておった」

 

 柿右衛門は懐に手を入れ、力を込める。

 そこにあるのは鉄扇だ。

 一振りすれば、主税の頭蓋を砕くことができる。

 

 しかし、

 

「裕次郎様も、このような話を聞けば悲しむでしょうね」

 

 その名前を聞き、動きを止めた。

 後ろの男達の顔にも、苦いものが浮かんだ。

 

 その名前は牢人者たちの間では不吉の象徴とされつつ、江戸にて一刀流小野忠明と柳生新陰流柳生宗矩を下した天下一の剣術家として知れ渡っていると同時に、掛川出身の狂人で発見即逃亡が最善手であるとも噂されていた。

 

 事実、実の所柿右衛門にはもう一つ、火傷のような痕が背中にあった。

 しかも明らかに糞の形をしたものが、だ。

 

 これは昔、武者修行中だった裕次郎に遭遇した柿右衛門が戦いを挑んだ結果、無手で刀を奪われ折られ、さらには絞め技で落とされた挙げ句に木に吊されて「虎参りする程の腕前でも強さでもねぇから糞許しな! お前の背中にうんこの印を付けてやるよ!」と凶悪な高笑いと共に背中を炙られてしまった結果である。

 

 このことは仲間にすら秘密にしており、知った者は何がなんでも殺してきた。

 

「どうでしょう? 今ならツケという形でなら……」

「わ、わかった」

 

 柿右衛門はサッと懐から路銀を取り出し、全員分の代金を支払う。これ以上、ここで下手に騒ぐと裕次郎が出てくる危険性があるからだ。

 

 あの狂人はどこから現れるかわからない。

 あるものは油断して裕次郎の悪口を言っていたら、突然地面から湧き出るように飛び出してきて、これでもかと殴られたことがあるという。

 どうやら穴を掘っていたのだが上から土が落ちてきて埋まっていたらしい。何故穴を掘っていたのかも、生き埋めになったのになんで生きていたのかもわからない。

 その穴は「裕次郎の落とし穴」と呼ばれ旅の安全祈願の聖地となっているので、世の中どうなっているのか本当にわからない。

 未知は恐怖である。

 

 やくざ者一人、無礼(ぶれい)討ちしたくらいで役人は動かぬ。

 そう自惚(うぬぼ)れていた。

 

 同時に、やくざ者一人であっても手を出したら、空から裕次郎が降ってきてもおかしくない。

 そう確信はあった。

 実際に屋根の上で瓦の修理を手伝っていたらしい裕次郎が、路地裏での凶行を見て飛び降りて制圧したという話もあるのだから。

 

 

 

 

 一人の少年が道場からの帰り道を歩いていた。

 途中にタンポポの綿毛を見つけ、手折りして、フッと息を吹き掛ける。

 その先には、飯処があった。

 腹も空いたし、寄るかと思い立つ。

 

 

 

 

「駿河大納言様は信長公のような猛々しいご気性であられて、技量(うで)さえあればわしらみてぇな者でも召し抱えてくださるそうな」

 

 飯処では、八人連れの男が酒を呑んでいた。

 飯処の夫婦は迷惑そうに男達を見ていた。なんせこの男たち、食い逃げをするわ咎めたものを殺すわとやりたい放題なのだ。

 裕次郎の名を出せば引くところもあるのだが、夫婦としてもできれば裕次郎の名前を使いたくない。下手に乱用すれば、それはそれで裕次郎が学ぶ流派、虎眼流の面々が何をしてくるかわからないからだ。

 

「そこんとこわかっていやがるから、町ん中牢人者がうようよ。あんなにどうやって召し抱える」

(あかし)を立てにゃなるまい」

「わしらの腕はそこいらの牢人者たぁものが違うって(あかし)をな」

「京で吉岡を倒した武蔵みてぇにか」

「ウム……。それが手っ取り早い」

「して、獲物は?」

「そら掛川(このあたり)じゃ……」

 

 口に出そうとした一人が途中で止め……七人が口を噤んだ。

 

 掛川で有名なのは虎眼流という流派だ。

 前述の通り、掛川きっての狂人藤木裕次郎が学ぶ剣法。

 田舎剣法と言いたいが、裕次郎が一刀流と柳生新陰流を下してしまい、そうとは言えなくなってしまった。

 門下生千人を超える門下生と、腕利き揃いの高弟たち。

 そして、狂人裕次郎。

 

 実のところ、この八人のうち七人が裕次郎の被害に遭っていた。

 だいたいが(さむらい)どころか人としての尊厳を汚され、侮辱恥辱を刻み込まれるような敗北をしたため、思い出したくもないのだ。

 

 「なんだお前ら。この辺りでは何が獲物なのだ」

 

 そう聞くのは神夢想林崎流免許皆伝、丹波蝙也斎。一流の居合いの腕前を持つ剣客である。

 彼は裕次郎と遭遇したことがなかった。

 そして、裕次郎について詳しくなかったのだ。なんせ裕次郎に敗れたものは、たいがいだそのことを語らない。一刀流と柳生新陰流を下した虎眼流剣士、ということは知れ渡っていても、だ。

 

 だが狂人であることは知れ渡っている。

 

「お、おう……虎眼流って奴だ」

「なに、虎眼流か……あの虎眼流か……ふむ、どのような剣法だ」

「は? お前……あ、そうか……」

 

 蝙也斎が詳しくないことに、仲間は理由を知って口を閉ざした。

 八人中七人は屈辱と共に知っているが、たった一人だけ知らないのだ。あわれ。

 

「そ、それがな。当主の岩本虎眼てのはいかれちまってるらしい。娘は病弱と来たもんだ」

「三人の師範のうち、牛股ってのは愚鈍。ふじ……源之助ってのは口が……いやなんでもねぇ」

「ぷっ」

「田舎剣法ならぬいかれ剣法てか!」

 

 八人は大声で笑った。

 笑うしかなかった。

 蝙也斎は素で笑っているが、他のものはやられた屈辱を払拭するように、怨嗟を込めて悪態を心の中でぶちまけて笑っているのだ。

 

 ちなみに裕次郎の兄、源之助の悪口を言おうものなら突如として壁を蹴り破って現れた裕次郎の拳でしこたま殴られたあと、木に吊されて顔に落書きをされたものがいた。

 もはや裕次郎に関わる全ての悪口が禁句である。

 

「もう一ぺん申してみよ!」

 

 そこに、飯処の入り口から大声が張り上げられた。

 

 飯処の入り口に立っていたのは、恐怖で震える体を叱咤する若者。

 前髪もあどけない虎眼流の麒麟児、近藤涼之介。十五歳で腰に大小を差している。

 顔付きも幼いものである。しかして幼いながらも凜としていた。

 

 怒りと恐怖がない交ぜのまま、涼之介はわなわなと震えているところに、男の一人が立ち上がる。

 がたぁ、と机の上の杯を倒して中の酒をぶちまけた。

 

「何だぁ、前髪。おぬし……虎眼流か」

 

 一瞬、相手のことを理解した男であったが、ここで引き下がれば士としての自分が廃る。

 引くことはできなかった。何より相手はまだ前髪、自分より遙か年下であった。

 

 こいつになら勝てる。

 そして、これを証として仕官できるやも。

 男には、そういう皮算用があった。

 

「蕾、見してみいや」

 

 瞬間、涼之介の丹田に力が籠もった。

 

 ピッ。

 

 ほんの僅かな鞘走りの音。

 握る手は、人差し指と中指の間に柄を挟む術理、虎握り。

 繰り出した技は、小刀による流れ一閃。

 それだけで男は抵抗する間どころか、知覚する間もなく首を断たれて絶命した。

 残る七人の顔に、緊張が奔る。

 

 どんなに年若くとも、虎眼流中目録術許しの腕前である。

 義理許しをしようとした虎眼に、裕次郎が涙を流しながら「それでは涼之介が可哀想にござる! この者の段位がそれでは、涼之介は一生義理許しであることを背負うでしょう! 彼が自分の段位に胸を張れることがなければ、拙者も同じ虎眼流として己の腕前を誇れませぬ! 彼は、立派な剣客となれる器なのに!」と止めさせ、裕次郎の手によって鍛え上げられたのだ。

 この一幕に感動した涼之介は平伏しながら涙を流し、後の裕次郎による稽古を耐え抜き、強くなった。

 

 ちなみにこの話は後に裕次郎の手で草双紙となり、これでもかと設定や脚色が盛られ、今では演劇として人気だ。涼之介の中で上がった裕次郎への尊敬の念が少し萎んだ瞬間でもある。

 

 が、同時に。

 

 鎌エ門の圧し斬り長谷部は水月。

 伝鬼の斬馬刀は首すじに。

 右近の飛苦内は涼之介の眉間に狙いを定め。

 左馬之助が取り出したるは分銅鎖。

 

 そして。

 

 神夢想林崎流免許皆伝、丹波蝙也斎の笑み。刀の柄には、手が添えられていた。

 

 七つの殺意を向けられた涼之介は、おくびにも怯えた様子を出さず、蝙也斎を見る。

 

 伊良子清玄の仕置追放から、三年が経過したある日のことだった。

 裕次郎が帰ってきて半年が経過した日でもある。




裕次郎のハチャメチャぶりはいくらでも盛ってもいいとされている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。