シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第十七景・面目 異聞譚 その二

涼之介の葬儀は厳粛に行われた。

 

 その葬儀に、父である惣左衛門(そうざえもん)幽鬼(ゆうき)の如き表情を浮かべ、虎眼はこのときばかりは軽度の曖昧状態のまま、列に加わった。

 刀の柄を白紙で包み、涼之介を見送るのは虎眼流高弟たち。

 

 その中には、源之助と裕次郎の姿があった。

 

「うぅ……っ……ぐ……ぅぅぅぅうう……っ!!」

 

 源之助は隣に立ち、手を合わせる裕次郎を見た。

 泣いていた。

 嗚咽を漏らし、止めどなく溢れる涙が止まる様子がない。己の弟がここまで泣きじゃくり悲しむ姿に、源之助はほんの少し胸を痛めた。

 裕次郎は、涼之介を可愛がっていた。剣の手ほどきを行い、相談にのり、よく話をしている姿を見た。

 だからなのだろう。親しい者を喪った悲しみに、裕次郎は酷く胸を痛めたのだ。

 

 それは源之助も同様だ。

 それを遠巻きに見ていた源之助も、己の弟が誰かに剣を教える姿を、内心微笑ましく思っていたのだ。

 

 だからこそ、わからない。

 

(涼之介)

 

 源之助は涼之介が眠る箱を見て、思った。

 

(あの時、おまえは何故、己を見て泣いていたのだ)

 

 脳裏によぎるのは、己の大小を抱え、己の顔を見て涙を流す、在りし日の涼之介の姿。

 お前が慕っていたのは裕次郎のはずだ。

 裕次郎を見て泣くならわかる。

 だが、お前が見たのは己の姿だ。

 

 源之助には、それがわからなかった。

 理想と憧れは、似てるようで違うのだということを。

 

 

 

 

 葬儀のあと、虎眼流道場の一室にて高弟たる虎子たちと師範たる牛股が揃っていた。

 蝋燭をたてた薄暗く静かな部屋の中には、怒りと憎しみ、そして焦燥に包まれていた。

 

「無双虎眼流の看板に泥を塗られ申した」

 

 最初に口火を切ったのは興津である。

 次に言葉を発したのは丸子であった。

 

「一刻も早く下手人を仕留めねば! まごまごしていると世間が嘲笑(わら)いはじめ申す!」

「物笑いになってからでは遅い! 一度潰れた面目は二度とは戻りませぬゆえ!!」

 

 二人が激昂して話す内容に、牛股は静かに答えた。

 

「一応の下手人を立てる」

 

 高弟たちの顔に、緊張が奔る。

 

「虎眼流に牙むく者はただちに処される。そうでなくては面目は守れぬ。

 最近では裕次郎がその役を半ば担っていたようなものではあるが……あやつは掘った地面の下から現れることを始めとした突飛な方法をしてるせいで、半ば妖怪の仕業と思われてしもうておる。効果は半減であろう。

 それに……誰でもよいというわけには参らぬ。それなりに腕の立つ下手人でなくては」

一刀流(いっとうりゅう)檜垣陣五郎(ひがきじんごろう)などは」

「ふさわしかろう」

 

 虎眼流師範代である宗像進八郎の進言に、牛股は頷いた。

 檜垣陣五郎は牛股も覚えのある腕前を持った剣客だ、一応の下手人ということなら良い。

 問題は、そんな男が虎眼流の高弟を相手に一撃で刀を使用不可能な状態にする技を持っている、などという風評が流れてしまう可能性も否めないことだ。

 しかし、それも屠ってしまえば同じ事。

 

 そのような技を持つ下手人であろうとも、虎眼流は容赦しない。

 そう世間に知らしめるのだ。

 

 そうして宗像が立ち上がろうとしたとき――。

 

「ちょっと待った」

 

 そこに、裕次郎が部屋に入ってきた。

 先ほどまで姿がなかった裕次郎が何故ここに来たのか? と全員が不思議な顔をしたが、すぐに牛股は鋭い視線を向ける。

 

「裕次郎、どこぞに行っておった」

「決まってる」

 

 裕次郎は腰の大小を示して言った。

 

「オレも行くからだ。準備をしていた」

 

 これには全員が驚いた。裕次郎は確かに仲間想いであるが、このような下手人ではない相手を下手人として仕留める行為に、反感を抱くと思っていたからだ。

 加えてこれは虎眼の指示を拡大解釈したものでもある。普段の裕次郎だったならば、関係のない人間を親父の命令で巻き込むな、くらいは言いそうなものだが。

 

「宗像の兄者。良いだろうか、オレも帯同して」

 

 裕次郎の言葉に宗像はすぐに気を取り戻した。

 

「構わんが……下手人一人を相手に二人がかりで報復した、などという形になってしまわぬか。それはそれで『虎眼流は下手人を相手に臆病な真似をした』と誹られかねぬ」

「確かにそうだが……頼む。オレの予想だが、下手人は宗像の兄者が檜垣を仕留めたあとに現れると思う」

 

 その言葉に、宗像は息を呑んだ。

 

「裕次郎、その根拠は?」

「兄貴。オレはこの事件を、伊良子か伊良子の縁者が関わっていると思ってる」

 

 今度は全員が黙り込んだ。

 その間に裕次郎は床に座り、全員の顔を見渡す。

 

「なんでわざわざ下手人は涼之介の首を取った? 殺すだけなら首を刎ねれば済む。これ見よがしに涼之介の首を取り、しかもそれを……かつて伊良子が逃げ出した道場の梁に置くなんて真似、というか伊良子が梁に逃げたなんてことを知ってるのは一人だけだ。伊良子だけ、だ。

 あいつが数年前の仕置きを逆恨みして、こんなことをしてるとなると腑に落ちる。憎悪を抱えた下手人ってのは、自分がやられたことを相手に鏡映しのようにやり返すもんだとオレは思ってる」

 

 裕次郎の推理に対し、高弟たちは納得した顔を浮かべた……が、一人だけ冷静なものもいる。

 

「裕次郎。その結論はまだ早計だ」

 

 兄の源之助だ。源之助と牛股の二人は、冷静に裕次郎を見ている。

 

「それに、伊良子は数年前にお前によって盲目(めしい)のような状態になっている。その状態で、どうやって」

「たとえ盲目(めしい)であろうが、あいつはやる」

 

 裕次郎は強く拳を握りしめた。

 

「あいつは、唯一オレから逃げおおせた敵だ。天稟を持っている……それくらい、やる」

「宗像が一人で向かった帰り道に待ち伏せて、伊良子とその縁者が囲んで殺す、と」

 

 牛股の結論に、裕次郎は頷いた。

 

「あぁ、だからオレも行く。ただ……宗像の兄者のように、二人がかりで檜垣に襲いかかったと思われるのは拙い……オレは隠れて兄者に着いてく。帰り道に何も無ければそれで済む。だが、もし何かあれば」

「助太刀する、と」

 

 そうだ、と裕次郎は答えた。

 牛股は静かに目を下に向け、思案する。裕次郎の答えは尤もだ、もしこれが伊良子、もしくは伊良子の縁者、そうでないにしろ一人になった宗像が狙われる可能性がある、という話ならば、帯同する者が居た方が良い。

 裕次郎が隠れて追跡し、何かあれば宗像の助けに入れば良い。

 

「裕次郎」

「なんだ兄者」

「お前が数年前に弟子に取った男は呼び戻せないのか。確か……名のあるところに召し抱えられた、とか」

 

 源之助の言葉に、裕次郎の顔が曇った。

 

「あぁ……無理だな。検校のところにいる。文のやりとりはしてるし、時折稽古の相手はしてるけど……最近は側に控えることが多くなり手が離せないと聞く。夕雲の持つ仕込み杖は、護衛に適した武装だしな。オレは……止めろと言ったが」

「そうか……師範、どうしますか?」

 

 改めて、裕次郎を含めた全員が牛股を見た。

 

「……帯同を許す」

 

 牛股は、答えを出した。

 

「しかし、余人に見つからぬようにせよ。あくまでも宗像が一人で檜垣を仕留めた、その事実が必要ぞ」

「わかった」

 

 

 

 

 下手人を討ち取りに向かう宗像進八郎の前身は掛川の侠客であった。

 鋼の肉体に刻まれた二十二箇所の刀疵は、戦国時代の荒武者さながらのものである。

 さらにその握力は、向かってきた短刀を掴み握り砕くほど。

 さすがの裕次郎もこの芸当は模倣することができず、虎眼流唯一無二の業前を持つと称えられていた。

 本人は裕次郎の稽古と業前、そして稽古の中からこのままではいかんと稽古に励んだ結果得たものであり、裕次郎本人から尊敬されることに複雑さを持つ。

 

 夜の粟ヶ岳は、月が空に浮かんでいようと鬱蒼とした木々により薄暗い。

 その山中に、人が住める小屋がある。そこを拠点としているのが、檜垣陣五郎だ。

 かつて牛股権左衛門に敗れ、裕次郎に哀れみの施しを受けた身の上であるが、その後も山中に籠もり、剣の修行に明け暮れている。

 

 檜垣が、目を覚ました。布団の中で目を覚まし、側に置いてあった刀を腰に差す。

 夜更けにこれほどまでの殺気を放つ人物が、小屋の近くにまで来ていれば、誰だって気づく。

 

 小屋から出た檜垣が、腰の刀の鞘に手を掛けて言った。

 

「何奴じゃ!」

 

 薄暗闇の中、燃えた提灯の側に立つ男がいる。

 

「虎眼流、宗像進八郎にござる!」

 

 ふおっ、と風が吹く。髪がなで上げられ、その下から出てきた右半分の顔面は――かつて牛股によって伊達にされた、痛々しい痕があった。頬を削がれ、片目は白濁としている。これでもマシなほうだった。

 裕次郎が咄嗟に止めて手当をせねば、片目は完全に失明していたくらいだ。

 

 しかし檜垣にとって、それは屈辱以外の何物でも無い。恩義にはならなかった。

 

 伊達にすると聞いていてもなお挑み、負けて伊達にされる覚悟をしていたのに、同じ門下の男に情けを掛けられるなど、檜垣には我慢ならなかった。

 故に、牛股と裕次郎へ必ず復讐を果たす、その一心で修行に励んでいたのだ。

 

 それに、いくら山中で籠もって修行している 檜垣であっても、このところの裕次郎の奇行は聞き及んでいる。さらには虎眼流で起きた事件も。人の噂に垣根などないのだ。

 

 だからこそ、檜垣は悟った。宗像が何しに来たのかを。

 知ってなお、檜垣は凶悪に笑った。

 

「よ~う来たの。そろそろ出向こうと思うておったところじゃ」

「お相手申す」

「ふはは……裕次郎は来ぬのか?」

「来ぬ」

「残念であるのぉ。裕次郎もあの死んだ小童のように、首を取って殺したかったが」

 

 瞬間、宗像が動く。一気に檜垣に向けて前進、間合いを潰しにかかった。

 対する檜垣、刀を抜く。抜刀の一種で、相手に向けて抜くのではなく腰を捻り、一度刀を引く構えとなる。そこから刺突を繰り出すのだ。

 見事な抜きからの刺突、一度捻られた腰を入れたその威力は、人体など容易く貫くだろう。

 

 宗像は、その一瞬を、その技を、見抜いていた。読んでいた。

 

 間合いを潰された居合抜きは、どうしても刀の根元で相手を切ることになる。一番切れ味のない場所で、だ。

 一撃で仕留められない。

 一撃で仕留められなければ、虎眼流の虎子は何がなんでも殺しに来る。

 故に刀を振るえる距離を作りつつ、一撃で仕留められる技となると、刺突に限定されるのだ。

 さらに、刺突を顔面に放つわけにはいかない。宗像ならば、顔に向けた刺突など首の捻り一つで躱す。

 そうなれば檜垣は至近距離で殺されるだろう。

 狙うなら、一番命中率が高く、最も躱されにくく、最も対処しにくい。

 

 正中線。水月。

 

 太刀筋読めれば、いかな技とて無意味。

 それが達人というものだ。

 

 宗像は己の水月に向かう刀を、両手で挟む。

 

 真剣白刃取り。

 

 約束稽古の中でしか成り立たぬはずの技を、宗像は現実の、死合いの最中に使う。

 見事に止められた刃を見て、思わず硬直する檜垣。

 

 その刀を握り制した宗像に対して檜垣は指による目潰しを決行。

 だが、刀を左片手に持ち、右手で己の小刀を抜く。

 虎子ならば誰でも自然と極める、小刀虎握り居合抜き。

 

 奇しくもそれは、涼之介が対人戦で使用した最後の技でもあった。

 

 檜垣の人差し指、中指を切り落とし、それに檜垣が認識する前にさらに宗像は踏み込む。

 相手の腕を隠れ蓑とした、見えない小刀の一閃。

 

 それが檜垣の額を割った。

 

 宗像はそのまま檜垣の腕を絡め取り、腕投げにて檜垣を倒す。

 どう、と地面に投げられ倒れた檜垣は、もはや痙攣するのみで動けなかった。頭蓋を割られ脳を切られ、投げ技にて頸椎を破壊されている。直に死ぬだろう。

 

「とっとと掛川を出て行くべきであったな。近藤涼之介殺し、一応の下手人討ち取ったり!」

 

 

 

 

 下山した進八郎が倉真にさしかかった頃、すでに夜は明け始めていた。

 橋を渡るいくらか手前の木の側に、裕次郎は立っていた。

 

「宗像の兄者。見事な業前でござった。真剣白刃取りから小刀抜き討ち、さらには投げ技と……流れるような一連の動作、凄かったです」

「謙遜とその気持ち悪い言動は止めよ、裕次郎」

「いくらオレでもちゃんとするときはするからね!?」

 

 宗像は騒ぐ裕次郎を見て、ほっとする。

 涼之介が死んでから、裕次郎は余裕がないように思えた。弟弟子を殺され、葬儀の場でも泣いていたあの時。

 それがいくらかマシになったかと。

 

「それで……ここまでで真の下手人の姿は?」

「いや……この霧の中だと、わかんねぇや。正直、兄者がここまで戻ってくるまで気が気じゃなかった。集合場所がここだったからそそくさとここに来たが……本当ならあの死合いが終わったとき、覗き見ていたそこから出て行きたかったよ」

「ならぬ。それは師範も申していただろう。そこに現れ、そこを誰ぞに見られれば、一応の下手人を仕留めた意味がない、と」

「そうだけど……まぁいいや。帰ろう。ここからなら、オレが一緒でも問題ないし」

「何故にここからなら問題はないのだ。師範も許しておったが」

「オレが掘った地面から現れたのが、この辺だから。ここで合流しても、それを見た人は『裕次郎が穴を掘って隠れるのを宗像が止めてるんだな』と思われるだけだからって」

 

 自分はそれをその場で止めてる立場になるのは嫌なのだがな、と宗像は思ったが、あえて口には出さなかった。

 

 二人揃って帰路に着く途中の霧の中。

 二人はそこで、奇妙な光景に出くわした。

 

「……裕次郎」

「わかってる」

 

 二人は早朝の橋の真ん中で、男が杖をついて制しているのを見た。

 顔は判別できぬが、どうやら笑っているらしい。

 

「お前の警告がなければ、物狂いと思うところであったな」

「兄者」

 

 裕次郎が前に出た。

 

「オレにやらせてくれ」

「裕次郎」

「兄者は死合いの後だ。大したことはないと思うが、万全に備えてオレが行く」

 

 宗像は反論しようとしたが、何も言わなかった。

 言われれば確かにそうであるし、仮にあれが伊良子ならば……涼之介を可愛がっていた裕次郎が、手を下したいと思うだろう。

 

 裕次郎は男に向けて歩み始めた。

 それを後ろから宗像は見ている。

 

 近づくにつれ、裕次郎は見た。

 

「やはり、刀か」

 

 裕次郎の言葉に、男は驚いた様子を見せた。笑みが消えたのだ。

 さらに男は杖でなく、刀を橋に刺している。立っているのではなくすでに構えた体勢だ。

 

(何も知らずにおれば、己はあの男の間合いに不用意に入っていたであろうな)

 

 宗像はそう思う。

 

「ゆ」

「わかってる! 兄者、こやつだ。こやつが涼之介殺しの下手人だ!」

 

 宗像の忠告に対し、裕次郎は大声で返す。

 男の口元はブツブツと何かを呟いているが、裕次郎の耳にも宗像の耳にも聞こえない。

 

「逃げるなよ、伊良子。お前だろ?」

 

 裕次郎は前に出た。

 

「こんなことをするのは……」

 

 だが、裕次郎の足が止まった。何事ぞ、と宗像が思う前に、裕次郎が言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗像が動揺する。

 伊良子であると思っていた相手が、伊良子ではない? では、協力者、縁者か!

 宗像が裕次郎に駆け寄る前に、横から殺気を感じた。

 

 普段から裕次郎と共に稽古していなければ、気づけなかった殺気。

 しまった、あそこの奴は囮であった!!

 

 咄嗟に刀を抜く宗像であったが、抜いた右肘から先と、股間から額に掛けての一文字にわたる灼熱を感じた後、意識を消失させた。

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