シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第十八景・蝉しぐれ 異聞譚 その二

 掛川。

 

 高弟の一人がさらし首になって、虎眼流の風評はどのようなものになったか?

 

 とある飯屋にて、二人の士が定食を口にしていた。

 無論、腹が膨れれば話は弾むし、口は滑る。

 

「竹光?」

「おうさ、竹光よ。さらし首になった宗像がくわえておったのは竹光だったそうな」

「なにゆえその下手人……藤木裕次郎は竹光などを?」

「おいおい、バカなことを言うなよ。裕次郎がそのようなことをするはずがなかろうよ。下手人は別におるのよ」

「別に? 何故そう思う?」

「裕次郎は虎眼流の中でも比較的まともなタチだぞ。あの道場破りを伊達にしようとするものどもの中で、唯一それをしようとせんかったのだ。それだけでも相当マシな部類よ。まともではあるが、変人でもあるがな」

「お、おう……」

「そのまともな裕次郎が同門を斬るものか。その下手人はこう言いたいのだ。その物にとっては虎眼流など竹光のごときなまくらに過ぎぬと……」

 

 瞬間、士の後ろの席から殺気が飛ぶ。

 同時に、その顎に虎拳が叩き込まれた。

 パキィ! と凄まじい音を鳴らし、顎が砕け歯が飛んだ士は、そのまま地面に倒れ伏した。砕けた顎と折れた歯によって、血だまりが出来る。

 ドサァ、と倒れた仲間を見た男は、呆然としたまま固まっていた。

 

 士の後ろにいて虎拳を叩き込んだのは、山崎九朗右衛門。

 

 九朗右衛門は席を立ち、もう一人の士の前に立つ。

 全身から漲る殺意を前に、士は怖じ気づいてしまっていた。

 

「虎眼流の御門人にござるか……」

「なまくらと申したか」

 

 士の質問に答えず、九朗右衛門は静かに問うた。

 声は平坦であり、視線は真っ直ぐになっており、一分の隙もなくそこに立っている。

 

 下手を言えば、この場で殺される。すぐに判断した士は、口を開いて――、

 

「せ、拙者は、さようなことは……」

 

 ペキィ。

 

 だがしかし。

 そのような言い訳……というよりも、事実を述べる前に九朗右衛門の虎拳が士の顎を打ち抜いた。

 士は舐められてはいけぬ。故に、そのような言葉を吐くものを、ほっといておけぬのだ。だからこそ、士は虎拳で顎を殴られ、頸椎が捻じ折れて死のうとも、仕方の無い末路と言えよう。

 士は机の上に体を倒し、絶命した。店内に二つの死体が出来てしまったことになる。

 

 九朗右衛門が用いたのは、手首の橈骨・尺骨を使った当て身技。虎眼流の門弟が身に付ける技の一つであり、手首を用いたこれを虎拳と呼ぶのだ。

 

「口は災いの元」

 

 九朗右衛門はそういうと、店を出て帰路に着く。

 やれやれ、ああいうものが増えた、と内心では溜め息を吐いていた。

 宗像が死に、裕次郎が濡れ衣により失踪してからああいう手合いが増え、あらぬ流言まで人々の口からあがるようになってしまっている。

 さて、早くに下手人を――。

 

 その時、後ろから誰かが店を飛び出る音が聞こえた。

 

 しかし、その人物は途中で力尽きて倒れてしまう。

 九朗右衛門が振り向くと、そこには先ほど最初に虎拳を喰らわして顎を砕いた士の一人が、刀を持ったまま倒れ伏して絶命していたのだ。

 最初の虎拳の威力が高く、報復に出ようとしたものの、叶うことがなく終わってしまったということ。

 

 九朗右衛門は途中で倒れた男に近づくと、そこに膝を突き、男の死体から目玉を取り出す。

 それを口に含んで何度か咀嚼してから……プーッ、と鮮血と眼液を噴き出した。

 

 虎眼流を嘲笑うことなど、不可能であった。

 

 

 

 

 しかし、その山崎九朗右衛門はその晩……。姿を消した。

 

 

 

 次の日には、九朗右衛門の首が橋の上に据えられていた。

 その顔には焼け火箸が押し当てられており……その首もどこかに持ち去られた。

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