掛川。
高弟の一人がさらし首になって、虎眼流の風評はどのようなものになったか?
とある飯屋にて、二人の士が定食を口にしていた。
無論、腹が膨れれば話は弾むし、口は滑る。
「竹光?」
「おうさ、竹光よ。さらし首になった宗像がくわえておったのは竹光だったそうな」
「なにゆえその下手人……藤木裕次郎は竹光などを?」
「おいおい、バカなことを言うなよ。裕次郎がそのようなことをするはずがなかろうよ。下手人は別におるのよ」
「別に? 何故そう思う?」
「裕次郎は虎眼流の中でも比較的まともなタチだぞ。あの道場破りを伊達にしようとするものどもの中で、唯一それをしようとせんかったのだ。それだけでも相当マシな部類よ。まともではあるが、変人でもあるがな」
「お、おう……」
「そのまともな裕次郎が同門を斬るものか。その下手人はこう言いたいのだ。その物にとっては虎眼流など竹光のごときなまくらに過ぎぬと……」
瞬間、士の後ろの席から殺気が飛ぶ。
同時に、その顎に虎拳が叩き込まれた。
パキィ! と凄まじい音を鳴らし、顎が砕け歯が飛んだ士は、そのまま地面に倒れ伏した。砕けた顎と折れた歯によって、血だまりが出来る。
ドサァ、と倒れた仲間を見た男は、呆然としたまま固まっていた。
士の後ろにいて虎拳を叩き込んだのは、山崎九朗右衛門。
九朗右衛門は席を立ち、もう一人の士の前に立つ。
全身から漲る殺意を前に、士は怖じ気づいてしまっていた。
「虎眼流の御門人にござるか……」
「なまくらと申したか」
士の質問に答えず、九朗右衛門は静かに問うた。
声は平坦であり、視線は真っ直ぐになっており、一分の隙もなくそこに立っている。
下手を言えば、この場で殺される。すぐに判断した士は、口を開いて――、
「せ、拙者は、さようなことは……」
ペキィ。
だがしかし。
そのような言い訳……というよりも、事実を述べる前に九朗右衛門の虎拳が士の顎を打ち抜いた。
士は舐められてはいけぬ。故に、そのような言葉を吐くものを、ほっといておけぬのだ。だからこそ、士は虎拳で顎を殴られ、頸椎が捻じ折れて死のうとも、仕方の無い末路と言えよう。
士は机の上に体を倒し、絶命した。店内に二つの死体が出来てしまったことになる。
九朗右衛門が用いたのは、手首の橈骨・尺骨を使った当て身技。虎眼流の門弟が身に付ける技の一つであり、手首を用いたこれを虎拳と呼ぶのだ。
「口は災いの元」
九朗右衛門はそういうと、店を出て帰路に着く。
やれやれ、ああいうものが増えた、と内心では溜め息を吐いていた。
宗像が死に、裕次郎が濡れ衣により失踪してからああいう手合いが増え、あらぬ流言まで人々の口からあがるようになってしまっている。
さて、早くに下手人を――。
その時、後ろから誰かが店を飛び出る音が聞こえた。
しかし、その人物は途中で力尽きて倒れてしまう。
九朗右衛門が振り向くと、そこには先ほど最初に虎拳を喰らわして顎を砕いた士の一人が、刀を持ったまま倒れ伏して絶命していたのだ。
最初の虎拳の威力が高く、報復に出ようとしたものの、叶うことがなく終わってしまったということ。
九朗右衛門は途中で倒れた男に近づくと、そこに膝を突き、男の死体から目玉を取り出す。
それを口に含んで何度か咀嚼してから……プーッ、と鮮血と眼液を噴き出した。
虎眼流を嘲笑うことなど、不可能であった。
しかし、その山崎九朗右衛門はその晩……。姿を消した。
次の日には、九朗右衛門の首が橋の上に据えられていた。
その顔には焼け火箸が押し当てられており……その首もどこかに持ち去られた。