夜中の検校屋敷周辺。蔦の市くんに伊良子がここにいることを吐かせたオレだったが、どうにも検校屋敷の警備が硬くなってしまい、侵入できずにいる。
殺すと叫んだオレのせいなんだけどな!!
オレは失敗した。
くそ……衝動的にもほどがあるぜオレ……!
見てみなよ、あの検校屋敷を……月明かりの下、これでもかと轟々と焚き火が燃え上がり、周辺をこれでもかと明るく照らしている。下手に近づけば一発でバレるわな。
これはダメだ、とオレは思い直して作戦を練り直すため、行動する。
そもそも、なんでオレの行動がバレた?
具体的には宗像の兄弟子が殺された時のことだ。
オレは検校屋敷の監視から離れ、朝焼けの中を歩きながら、考えていた。
一刀流檜垣甚五郎を殺しに行くために宗像の兄弟子と行動を共にしていたこと。
あの後の宗像の兄弟子を殺そうとしていた動き全ては、確かに原作にあった。
だが、そこにオレという異分子が紛れ込んでいる。宗像の兄弟子についていくと決めたのは直前のこと。
これを伊良子側が察知するのは、本来不可能の筈だ。
興津の兄弟子だって、あの時点において裏切っていない。それは間違いない。
となれば、あの場でオレが宗像の兄弟子と一緒に行動することを伊良子側がどう知って、あそこに待ち伏せて、オレをハメたのか?
たまたまか?
ありえない。
あの伊良子清玄が、そんな確証のない状態で動くはずがない。
女性関係にはだらしないが、こうと決めた策略においての悪辣な行動は、計算ずくで強かで、偶然都合良い状態になることを祈るような奴じゃない。
わかってたから、オレをハメようとした。
じゃあどうやって知った?
虎眼道場から出たオレと宗像の兄弟子を追跡したか? 違うな、オレも宗像の兄弟子も、尾行する奴に気づかないほど未熟じゃない。
ならば情報を手に入れた筈だ。
オレが、宗像の兄弟子と共に行動したのだ、と。
直前でその情報を手に入れ、待ち伏せし、用意周到に策を練った。
誰から聞いた?
オレは、ようやく落ち着いた頭で考えて、気づいた。
原作と違う箇所。
丸子が銭湯で這々の体で脱出したが死んだ。これは確認してる。
九朗右衛門が死んで首が晒されたが、突如として消えた。
オレは確認できなかった。
「消えた首の行方を、オレは知らない。だが、もし首を持っていく必要があるのなら、それは己の死を誤魔化すための偽物の首が偽物だと気づかれる前に処分するため。オレは思ったんだけど」
独り言のように、後ろにいる誰かに向けた言った。
それが本当に九朗右衛門の首なのか、オレは知らない。
確認できてない以上、それを本当に信じるべきではない。すでに原作の細部に齟齬が生じている以上、疑わねばならない。
「どうかな? 九朗右衛門」
オレは掛川の町外れまで歩き、振り返った。
朝焼けで徐々に空が白んでいき、青くなるような時間帯。
そこで、木の陰に隠れていた九朗右衛門が、刀を手にして立っていた。
すでに抜刀している。しかも、担いでいた。
「ところどころ穴だらけではあるが、よくぞ気づいた」
「おかしいと思った」
オレは溜め息を吐きながら、苦笑した。
「九朗右衛門。最初からおかしかったんだ。宗像の兄弟子と共に行くとき、お前は何も言わなかった。本来なら、お前だって涼之介を殺されたことを許せないはずだからな。懸想してたろ? な?」
「……」
こいつはもう敵だ。見て見ぬ振りをする優しさなんて、ここではいらないだろう。
九朗右衛門はいつもの無表情のままだ。しかし、刀を担ぐ手が僅かにブレた。
「その涼之介の行動のためなら、一番に行動すると思ってたお前が、あの場では静かだった。もちろん、牛股師範のように二人で行くのは良くないという考えがお前にもあって、それで黙ってたのならわかる。だが、オレが帯同すると決めたときにまで黙っているのは、ちょっとおかしい」
涼之介を思ってちゅぱるような奴なら、オレが付いていくと決めたときに一緒に行くと言ってもいいと思うんだ。
だがこいつは黙ってた。
「涼之介に優しかったお前が、涼之介の仇討ちなのに黙ってた」
「根拠はそれだけか?」
「ああ、もうそれだけだ」
オレは溜め息を吐いた。
「あとは、勘だ。残ったものたちと、死んだものたちのことを考えて考えて、狂ったようなこの結論に辿り着いた。九朗右衛門は死んだフリして虎眼流を裏切っている、と。そして、誰もいない町外れのここに来れば、必ずお前は現れる。オレは生き残ってるならいくらでも行動する、邪魔な奴だからな」
「……」
「もうこれは論理でもなんでもなく、推理のていすらなしてない空想だったんだ。なのにあんたは現れた。嘘であって欲しかったし、オレの妄想で終わらせたかった」
ぐ、と右手に力が籠もる。
「何故だ九朗右衛門。何故、虎眼流を裏切ったんだ。お前の虎拳を始めとした体術は見事なものだったし、流れだって冴えがある。技前だってある。なんで虎眼流を裏切る必要があったんだ」
「それはお主が涼之介と懇意だったからだ!!」
……は?
オレと九朗右衛門の間にあった、シリアスな空気が消え去った。尻アスな空気ってかやかましいわ。
だが呆けた顔で口が半開きになったオレとは対称的に、九朗右衛門の目に涙が浮かんだ。
「確かに、涼之介を想うておった。しかし、いつだって涼之介の目は裕次郎、お前に向いていた!! それが妬ましいかった、憎かったのだ!!」
……え、これってもしかして。
痴情のもつれって奴??
嘘だろ、そんなことで虎眼流を裏切ったのか九朗右衛門!?
「……ほ、ほんき、あ、本気で言ってるのか??」
ちょっと声が裏返っちゃった。だってそれだけ衝撃的だったんだもん!!
え、嘘でしょ? オレの責任なの? オレが涼之介と仲良くしてたからこうなったっての!?
男同士の痴情のもつれでこんなことになってるの!? いや痴情のもつれじゃなくて男同士の恋愛で嫉妬!?
ダメだ、すげぇ頭が混乱する。
こんな、こんなバカみてぇな理由でこいつ、裏切ったのか!?
いや本人にとっては切実な理由かもだけどさ!!
「本気、とは?」
「ごめんなんでもない」
いや……もうこいつは裏切り者なんだ。敵だ。
心を切り替えろ。
オレはゆっくりと腰の刀に手を掛け、九朗右衛門を睨み付けた。
「もう、話はないな」
「ない。憎かった、涼之介の関心を引くお前が。虎眼流で愛されるお前が妬ましかった!!」
「そうか。じゃ、やろっか」
オレは九朗右衛門を睨み付ける。心を冷やし、頭を冷やし、相手の挙動を見破らんと観の目を効かせた。
九朗右衛門の目もまた、オレの挙動を見逃さんと睨みつけてくる。
動いた。
九朗右衛門の右手が動く。
挙動は素直。
流れだ。
オレは刀に掛けていた右手と左手を素早く動かす。
九朗右衛門。お前は勘違いしている。
お前の流れは確かに、冴えがある。速く、鋭く、起こりが小さく、見切りにくい。
だがそれは、初見であればこそだ。
そしてオレは、敢えて流れを他流派に晒して対策を立てさせ、さらにその対策を潰してきたんだ。
わかる流れなど、オレには無意味だぞ。
ぱん。
「な」
オレは九朗右衛門の流れを、両手を用いた真剣白刃取りで受け止めた。
約束稽古でしか成り立たないような技を、オレはやり遂げたのだ。
九朗右衛門は驚いて目を見開いていた。
九朗右衛門、もう一つお前は忘れている。虎眼流は年末の〆の稽古で、流れを白羽取りにて受け止める型稽古が存在する。
オレはそれに、選ばれたことがある。やらなかったが。
それくらいには、この技に慣れているということだぞ。
「九朗右衛門」
オレは静かに告げた。
「終わりだ」
オレは刀の峰側から左手で強く握りしめ、右手を動かす。
右手の拳で鍔を殴って無理矢理に抜刀。そのまま右手虎握りにて居合。
振るわれる白刃が、九朗右衛門の右脇下を通り抜けて、切り裂いた。
「うぐっ」
九朗右衛門はたたらを踏んで下がるので、オレは左手を離した。
右脇下の太い血管を切り裂いた。十分に手応えはあったぞ。
見た目は浅い切傷だろうが、それでも流血はもう止まらない。
オレは刀を振るって血を払って、納刀。
「九朗右衛門、お前はもう長くない。大人しく役人に白状するなら、医者に連れて行ってやってもいい」
「ぐぅ……!」
嘘。言おうが言うまいが、殺す。
もうコイツには容赦しない。
右脇下を押さえつつ九朗右衛門は脂汗を流す。だが、その目はオレから離れなかった。
ずっと、オレを睨みつけている。
そこまでオレが憎いか九朗右衛門。
「どうする」
「……ああああああ!!」
突如として叫びだした九朗右衛門に驚いたオレだったが、九朗右衛門はなんとオレに背を向けて走り出した。
は? この状況下で逃走?
何を考えている?
俺はそう考えながら、追いかけるのだった。
無職になっちゃった……。
なっちゃったからにはもう、ネ……!(執筆時間強制確保につき更新、書き溜め)