シグルってたまるか   作:風袮悠介

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63話・オレはバカだった

 九朗右衛門を追いかける最中に、オレは背筋に氷を突っ込まれたかのような悪寒を感じた。

 

 オレはバカだ。

 何度同じバカを繰り返す。

 ここで九朗右衛門を役人に突き出す??

 

 あり得ない。

 すぐにでも斬り殺し、コイツに罪をおっ被せてしまえば良かったんだ!!

 

 ここはシグルイ世界、具体的には江戸時代初期。

 まだ監視カメラだの法廷での証言だの証拠だのDNA検査などない時代だぞ?

 本人の供述や、当事者の供述、状況証拠。これだけで十分に相手に罪を問える形の筈なんだ。

 わざわざ九朗右衛門を役人に連れて行く必要はない、それができればベストだけどベターな選択肢だってあっただろ!!

 殺して、役人に言って、それで終わらせることができたはずだ!!

 

 事実、伊良子清玄はそういう策を用いて嵌めることを得意とした。オレだってできるはずだ。

 やらなかった、油断した、完全に獲物を仕留める前の油断がオレにはあった!!

 

「くそ、待ちやがれ!!」

 

 九朗右衛門はすでにオレの斬撃で流血している。ほっとけば死ぬはずだ。

 だが、だが! こういう奴が死に際に行う行動が怖い!!

 

 オレは完全にそれを、失念していた!!

 

「待てゴラぁ!」

 

 オレは叫びながら九朗右衛門を追うのだが、追いつけない。こいつ、死に際の力を全開にしてやがる!

 ヤバい、何をしでかすかわからないが絶対に阻止をする!!

 

 だからだろうな。

 周りを見てなかったんだ。

 

 いつの間にか、検校屋敷の、あの場面に立っていたことに気づかなかったのは。

 

「!? 兄貴!?」

 

 九朗右衛門の向こう側に見えたのは、興津と対峙する兄貴の姿。

 兄貴はこちらに背を向けていて、興津はこっちを見ている。

 

 そして、九朗右衛門は刀を振り上げる。背中から兄貴を切りつけるつもりか!!

 

「待――!!」

 

 オレが叫ぶ前に、興津はオレを見た。

 

 そして、微笑んで、口が動いた。

 

 ありがとう、と。

 

 そう動いた気がした。

 

 興津は兄貴を押し退けると、虎握りで抜刀。

 迫り来る九朗右衛門の凶刃をその身に浴びつつ、逆にその胴を薙ぎ払った。

 

 互いに噴き出す鮮血。通り抜けた互いの刃は、お互いの返り血に染まり、もはやどっちの血なのかわからないほどに混ざり合い。

 そして、どちらともなく倒れた。

 

「興津!!!!」

 

 オレが叫びながら駆け寄り、倒れる九朗右衛門を押し退けて興津を抱き上げた。凄まじい程の流血で狂気的な現場になってしまっているのだが、それでも構わなかった。

 

 あのありがとうの意味が、オレにはわからない。

 興津は何に対して、オレにありがとうと言ったのか。

 

「興津! 起きろ興津! すぐに医者を呼ぶから! だから――!」

 

 興津はもう一度オレの顔を見て、安心したように笑ってから。

 

 目を閉じて、息を止めた。

 

「おき、つ……!!! オレは、なんで、お礼を言われるようなことなんてっ……! お、オレは……!! オレは、バカだった……!!」

「裕次郎……」

「オレの、オレのせいで……!!! あぁあぁあああぁぁああぁあああああ!!!!」

 

 オレがバカだったせいで、結局、何も変えられなかった。

 

 あとに残ったのは、血の海で泣き叫ぶオレと、死んだ興津と、裏切った九朗右衛門の亡骸と、立ち尽かす源之助のアニキの姿だけだった。

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