夏の日。
三重は庭に出て、蝉を見ていた。
襦袢に身を包んだ彼女は少し痩せ細ってしまっているが、まだ痩せ型の女性のそれの体型を保っている。
三重は、木に止まる蝉の脱皮を見ている。
徐々に殻を抜け、新しい身を得ようとしていた。
それを見て三重は、妖しく笑った。
三名の虎眼流剣士の首を縦に割ったのは同門の山崎九朗右衛門であり、その九朗右衛門を命と引き換えに制裁したのはやはり同門の興津三十郎。
藤木裕次郎に掛けられていた嫌疑は、九朗右衛門の策略であったとされ、嫌疑は晴れた。
遠州掛川においておそるべしは、同門といえどもの命を賭して剣技を競う虎眼流剣士たち。
それは策略を用いてまで行う、かつての合戦を彷彿とさせるものだった。
――市井の風評はそのような形に落ち着いた。
しかし――。
岩本屋敷。
そこでは、当主岩本虎眼の前で正座している藤木源之助、裕次郎、牛股権左衛門の三名がいた。
その三名は虎眼による苛烈な尋問を受け、抵抗できず、その顔には青痣や流血があった。
「とぼけまいぞ」
虎眼は地の底から響き渡るような、怒りの声で三名に何度も問いただしている。
正座し頭を下げる三名を前に、虎眼の怒りは頂点に達していた。
「うぬらも九朗右衛門と同じく、金で虎眼流を売ったのだろう……白状せえ!!」
「誓うて左様なことは……調べによると金銭ではなく、九朗右衛門は裕次郎と涼之介巡る痴情のもつれが原因で……」
牛股の言葉に虎眼の眉間に刻まれたさらに深くなり、近くにあった壺を手に取った。
中には水が入っており、重さも勢いも増している。これを虎眼は片手で持ち上げ、そのまま勢いよく牛股の頭に叩きつけた。
「そのような馬鹿なことがあるものか!! 衆道のもつれが原因など、適当なことを言うおってからに!!」
壺の破片が散らばり、水を撒き散らす。牛股の両隣に座っていた源之助と裕次郎は、その破片が頬に刺さり傷が増えた。
壺を叩き付けられた牛股などは額が深く切れ、顔への流血が目を背けたくなるほどである。
それでも避けられないのは、相手が岩本家の当主であり、三人がただの高弟であるからが故。
四十七日ぶりに覚醒した老剣鬼は九朗右衛門の裏切りとあまりにもくだらない理由を聞くや、憤怒を超えた修羅の形相に変じ、
「儂の目は節穴ではない、儂の耳はただの暗闇ではない。うぬらも、検校の飼い犬ならん!!!」
それ以上の事情説明は不可能となっていた。
この状況であったなら、反撃か反論をして逆らうのが普通だった裕次郎は、されるがままに殴られぶたれ、傷が治っても暗い顔のままされるがままにその暴虐を受け続けていた。
口を閉ざしたまま理由の説明をすることもなく、何をされても反撃せずに大人しいままだ。
「口で何とでも申し開き出来よう。裕次郎、お前もだ。息子と信じたうぬまでも……!
源之助と牛股の顔に、緊張が奔る。
「ふ……二輪と?」
「明朝じゃ」
虎眼はさらに、ずっと黙っている裕次郎を睨み、凶悪な笑みを浮かべた。
「裕次郎、うぬは儂と
その言葉に、このときになってようやく裕次郎は顔を上げた。
驚きに染まったその顔は、源之助ですら見たことがないほどのものであった。