シグルってたまるか   作:風袮悠介

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遅れてごめんなさい。


64話・舞

 美しい、オレはそう思うしかなかった。

 オレのやらかしが続いたせいで、結局兄弟子も弟弟子も全て死んでしまった。

 

 原作の流れを何一つ、崩せない。

 

 クズでしかない。

 

 そんなオレだからこそ、虎眼の親父の折檻を大人しく受けたし、反撃の資格はないと思い込んで、ひたすら耐えた。

 二輪を命じられたその瞬間、全ての罰を受ける時が来たのだと、安心もした。

 

 だが、葛湯を飲んで腹の中を全て空っぽにして、真剣が収まった愛刀を片手に道場の隅で正座するオレは、それを見た。

 

「あぁ……」

 

 涙が流れる。

 目の前で、源之助のアニキと牛股師範が、二輪を舞っている。

 型稽古のそれは本来、剣術流派術理を体に染み込ませるために打太刀(うちたち)と仕太刀(したち)に別れて、順々に技と体捌きを行うものだ。

 原作の通り、最終的にその速度は尋常ではないほどに上がっていく。しかも、使われているのは真剣だ。一つのミスが、即死に繋がる。

 

 だが、速い。

 呼吸が途切れない。

 目の前で行われる技の数々は見事な白刃の軌跡をなぞり、時に鮮血の朱が宙に飛ぶ。

 

 見事な技の数々だった。

 技の修練のための武ではなく、心を繋ぐ舞のように見えるそれは、最後の型まで舞い終わる。

 

 アニキと牛股のおっさんの目から、涙が流れていた。

 心を繋いだ同門の士を殺さずに済んだ安堵の涙。

 

「すげぇや」

 

 思わず口から、そんな言葉が漏れた。

 

「次は裕次郎じゃ。立て」

 

 涙を流すオレに、虎眼の親父は一言だけ告げた。真剣を抜き放ち、開始位置に立つ。

 オレは涙を拭い、抜刀する。

 二人の二輪に、オレも続く。

 

 アニキとおっさんはオレとのすれ違いざま、心配そうな目を向けていた。

 何か言いたげなのが、よくわかる。

 

 だが、オレは微笑んで答えた。

 

「大丈夫だ。やってくる」

 

 それだけ告げて、オレも開始位置に立った。

 言葉は、何もなかった。

 

 どちらかが打太刀で仕太刀かの確認すらない。

 唐突に親父が構えたのを見て、オレも察して構える。

 

 動く。

 一本目。

 二本目、

 三本目――

 四本――

 五――

 

 途切れることなく、さきほどのアニキとおっさんの二輪の型よりもさらに速く、鋭く、重く、殺傷能力を一切損なうことなく、気遣うことなく、殺すつもりで互いに技が繰り出されていく。

 

「裕次――」

 

 遠くからアニキの声が聞こえた気がしたが、それすらも頭の中から消えていく。

 動くことで視界の端に見え隠れする、おっさんが身を乗り出す様子すらも気にならない。

 

 目の前。

 目の前で共に二輪を行う親父の姿だけが見えていた。

 

 目が、口が――。

 繰り出す剣の気配が、白刃が、手の動きが――。

 雄弁に、親父の言葉を語っている。

 

――これくらいで死ぬものか。

 

 静かな信頼が、そこにはあった。

 だからオレも、殺すつもりで技を出す。

 

――これくらいじゃ死なないだろ?

 

 オレの気持ちを、そこにこれでもかと込めた。

 風切り音と、薄く肌を切る感触。噴き出す汗が道場に散る。

 ここには今、オレと親父しかない。

 

 親父の頬が、少しニヤッと動いた。さらに速度が上がる。

 オレも笑った。速度を上げる。

 驚いていたが、さらに速度を上げる。

 速度を上げて追いつく。

 

 その繰り返しを経て、オレは剣から親父の言葉を聞いた。

 

――本当に九朗右衛門はそんな理由で裏切ったのか?

 

 と。だからオレも、剣で答えた。

 

――本当。涼之介に懸想してたんだと。

――愚かな弟子じゃ。

――それでも、オレにとっては尊敬すべき兄弟子だった。

――して、裕次郎。うぬは何をする。

――兄弟子たちの仇討ちを。この命に代えても。そして虎眼流の命脈を必ず保つ。

――ようやくできたか。

――覚悟をしただけ。勇気を出しただけだ。

――そうか。

 

 最後、急停止不可の流れを終えたオレと親父。

 

「……ぶはぁ!!!!」

 

 唐突に襲ってきた呼吸困難と息切れ。そして疲労感。

 思わず膝を突いて刀を落としてしまった。がちゃん、と道場の床に落ちたそれは転がり、道場の壁に当たって止まった。

 視線でそちらを追ったら、アニキとおっさんの姿がある。

 

 二人とも、泣いていた。

 あぁ、二人とも。泣いてくれたか。

 そうか。ようやく、オレは二人に追いつけたんだな。

 

「裕次郎」

 

 声を掛けられて振り向くと、虎眼の親父が刀を鞘に納めていた。

 泣いてないが、さっきよりも遙かに険が取れた顔をしていた。しかし、油断は一つもないという立ち居振る舞いのままだ。

 息切れ一つしてないってどういうことだよ!!!

 

「それを忘れるな」

 

 それだけ言うと、親父は道場を出て行った。

 ああ、そうか。あの日、オレは流れ星を身に付けた。

 

 ここでようやく、オレは本当の意味で虎眼流の全てを、骨身に染みて受け継げたのか。

 

 慌てて立ち上がり、息絶え絶えだが背筋を伸ばし、そして。

 

「ありがとうございました!!!!」

 

 親父の背中に向けて、クソでかいお礼の言葉と共に、頭を下げた。

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