美しい、オレはそう思うしかなかった。
オレのやらかしが続いたせいで、結局兄弟子も弟弟子も全て死んでしまった。
原作の流れを何一つ、崩せない。
クズでしかない。
そんなオレだからこそ、虎眼の親父の折檻を大人しく受けたし、反撃の資格はないと思い込んで、ひたすら耐えた。
二輪を命じられたその瞬間、全ての罰を受ける時が来たのだと、安心もした。
だが、葛湯を飲んで腹の中を全て空っぽにして、真剣が収まった愛刀を片手に道場の隅で正座するオレは、それを見た。
「あぁ……」
涙が流れる。
目の前で、源之助のアニキと牛股師範が、二輪を舞っている。
型稽古のそれは本来、剣術流派術理を体に染み込ませるために
原作の通り、最終的にその速度は尋常ではないほどに上がっていく。しかも、使われているのは真剣だ。一つのミスが、即死に繋がる。
だが、速い。
呼吸が途切れない。
目の前で行われる技の数々は見事な白刃の軌跡をなぞり、時に鮮血の朱が宙に飛ぶ。
見事な技の数々だった。
技の修練のための武ではなく、心を繋ぐ舞のように見えるそれは、最後の型まで舞い終わる。
アニキと牛股のおっさんの目から、涙が流れていた。
心を繋いだ同門の士を殺さずに済んだ安堵の涙。
「すげぇや」
思わず口から、そんな言葉が漏れた。
「次は裕次郎じゃ。立て」
涙を流すオレに、虎眼の親父は一言だけ告げた。真剣を抜き放ち、開始位置に立つ。
オレは涙を拭い、抜刀する。
二人の二輪に、オレも続く。
アニキとおっさんはオレとのすれ違いざま、心配そうな目を向けていた。
何か言いたげなのが、よくわかる。
だが、オレは微笑んで答えた。
「大丈夫だ。やってくる」
それだけ告げて、オレも開始位置に立った。
言葉は、何もなかった。
どちらかが打太刀で仕太刀かの確認すらない。
唐突に親父が構えたのを見て、オレも察して構える。
動く。
一本目。
二本目、
三本目――
四本――
五――
途切れることなく、さきほどのアニキとおっさんの二輪の型よりもさらに速く、鋭く、重く、殺傷能力を一切損なうことなく、気遣うことなく、殺すつもりで互いに技が繰り出されていく。
「裕次――」
遠くからアニキの声が聞こえた気がしたが、それすらも頭の中から消えていく。
動くことで視界の端に見え隠れする、おっさんが身を乗り出す様子すらも気にならない。
目の前。
目の前で共に二輪を行う親父の姿だけが見えていた。
目が、口が――。
繰り出す剣の気配が、白刃が、手の動きが――。
雄弁に、親父の言葉を語っている。
――これくらいで死ぬものか。
静かな信頼が、そこにはあった。
だからオレも、殺すつもりで技を出す。
――これくらいじゃ死なないだろ?
オレの気持ちを、そこにこれでもかと込めた。
風切り音と、薄く肌を切る感触。噴き出す汗が道場に散る。
ここには今、オレと親父しかない。
親父の頬が、少しニヤッと動いた。さらに速度が上がる。
オレも笑った。速度を上げる。
驚いていたが、さらに速度を上げる。
速度を上げて追いつく。
その繰り返しを経て、オレは剣から親父の言葉を聞いた。
――本当に九朗右衛門はそんな理由で裏切ったのか?
と。だからオレも、剣で答えた。
――本当。涼之介に懸想してたんだと。
――愚かな弟子じゃ。
――それでも、オレにとっては尊敬すべき兄弟子だった。
――して、裕次郎。うぬは何をする。
――兄弟子たちの仇討ちを。この命に代えても。そして虎眼流の命脈を必ず保つ。
――ようやくできたか。
――覚悟をしただけ。勇気を出しただけだ。
――そうか。
最後、急停止不可の流れを終えたオレと親父。
「……ぶはぁ!!!!」
唐突に襲ってきた呼吸困難と息切れ。そして疲労感。
思わず膝を突いて刀を落としてしまった。がちゃん、と道場の床に落ちたそれは転がり、道場の壁に当たって止まった。
視線でそちらを追ったら、アニキとおっさんの姿がある。
二人とも、泣いていた。
あぁ、二人とも。泣いてくれたか。
そうか。ようやく、オレは二人に追いつけたんだな。
「裕次郎」
声を掛けられて振り向くと、虎眼の親父が刀を鞘に納めていた。
泣いてないが、さっきよりも遙かに険が取れた顔をしていた。しかし、油断は一つもないという立ち居振る舞いのままだ。
息切れ一つしてないってどういうことだよ!!!
「それを忘れるな」
それだけ言うと、親父は道場を出て行った。
ああ、そうか。あの日、オレは流れ星を身に付けた。
ここでようやく、オレは本当の意味で虎眼流の全てを、骨身に染みて受け継げたのか。
慌てて立ち上がり、息絶え絶えだが背筋を伸ばし、そして。
「ありがとうございました!!!!」
親父の背中に向けて、クソでかいお礼の言葉と共に、頭を下げた。