夕雲が死んだ。
オレはその現実を受け入れるように、板張りの床に敷かれた藁の上で眠る夕雲の傍に座っていた。
銃撃を受けたという土手っ腹は縫われ、死化粧が施された顔は穏やかなものだ。
白い着物を着せられた夕雲の体は冷たいくせに、今にも起き上がりそうな。
いや、現実逃避は止めよう。
夕雲は死んだんだ。
オレを守るために。
当初、検校屋敷に来たオレは、兄貴たちと別れされられ、別の部屋に待機していた。
退屈で仕方なかったところに現れたのが、伊良子だ。
思わず斬りかかろうとしたオレの目に飛び込んだのは、いく。
伊良子といくが、2人してオレのところに現れたんだ。
話を聞くところに寄ると、2人はオレの忠告を無視して牛股のおっさんが教えてくれた寺へ向かったらしい。
オレからの忠告……あの寺には牛股のおっさんが潜ませた、伊良子に恨みを持っている連中がいるという話をを信じられず、唯一の望みとして向かったと。
というか、罠であろうとそれに縋るしかなかったとさ。
そして、オレの言う通り牛股のおっさんの手引きによって集まった、恨み骨髄の連中がいたと。
ボコボコにされた、と。
俺の言うことを信じるべきだったと。
二人にそう、頭を下げられた。
正直、それを言われてもオレの心は何とも思わなかったけど。
だって、忠告に従って逃げてくれれば、そのまま物語からフェードアウト、シグルイは繋がらなくなる。
それが狙いだったから。
そして、そこでボコボコにされて木に縛られたあと、とある士によって救われたあと、弱視でも戦える剣を身に付けて帰ってきた、とのことだ。
オレを、虎眼流を、超えるために。
やられた恨みを返すために、とさ。
ここまででオレは一言も話さなかった。話す価値もなかった。
この二人は逆ギレでそう言ってるだけで、師匠から女を寝取りゃやり返されるし、女だってただじゃすまないのはわかってただろうに、とだけ。
そこでオレは夕雲がこの屋敷にいるかと聞いたら、オレとの繋がりを知っていると言われた。
そして差し出されたのが、あの毒入り茶だ。
一杯飲めば、夕雲は生きる。しかし、飲むのを止めれば夕雲は死ぬ、と。
だからオレは躊躇なく飲んだ。喉が灼け、臓腑が爛れ、死ぬような苦しみを負ったものの、それでも夕雲のために飲み続けた。
だが、夕雲は死んだ。
最後はこんなことを強いた検校を殺すために刃を向け、大男を斬り伏せたあと、護衛の銃によって腹を撃たれ、死んだ、と。
それが目の前の、死体になった夕雲だ。
良い笑顔で死んでやがる。
「夕雲……」
オレは夕雲の頬を撫でてやった。もう冷たい、体温が完全に抜けてしまっている。
体も徐々に硬くなっていくだろう。もう、生気は感じない。
「なんでお前はそんなに良い笑顔で死んじまったんだ……」
ぽた、ぽた、と夕雲の頬に雫が落ちた。
「お前は忠義なんて糞喰らえな奴だっただろうが……なんで、なんでオレのために検校に刃を向けたんだ……」
生きてて欲しかった。
「そのまま虎眼の親父となあなあで戦って、時間を稼いでくれりゃ……オレが駆けつけただろうが……お前は誰かへの忠義で生きちゃいねぇだろ……馬鹿野郎が」
オレの目から、とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
「待ってろよ、夕雲……オレが、オレが検校と伊良子をぶっ殺して、お前の仇を討ってやるからな……」
でも、今は。
「だからよ……今だけは……っ! 今だけはっ……お前のために……泣いてもいいかなあ……っ!?」
オレの初めての弟子が、死んじまった悲しみを吐き出させてくれ……!
お前の魂に安寧があることを祈るし、仇を討って無念を晴らしてやるからさ……!
今だけは泣かせてくれ。
オレは、夕雲の亡骸の側で声を押し殺して泣いた。
だって、オレにとって夕雲は弟子で。
友達だと、思ってたからさ。