葬儀っていろいろとやることがあるんだよなぁ……と悲しみに暮れながら、オレは動いていた。
夕雲がなくなって六日後、オレは夕雲のための初七日法要の準備をしていた。
葬儀に関しては、前に涼之介が亡くなったときに世話になったお寺さんに頼んだ。涼之介の実家に話を通すと、あれよあれよと場を整えてくれたんだよ。
「裕次郎殿には、涼が世話になったから」
涼之介の親父さんが、少しやつれた顔でオレに言った姿に、心が痛むばかりだった。
無事に葬儀を終えたあと、初七日法要の準備に入ることになる。
だが、そろそろ無双許し虎参りの時期で、伊良子襲撃の日が近い。
ここで岩本道場を離れたら、伊良子が襲撃してきて親父が殺されるかもしれない。必ずそれは阻止する。
そして、夕雲の仇を討つ。
このとき、オレは迷った。
夕雲を直接やったのは拳銃男だ。あいつを殺したい。
しかし、そこでオレが源之助アニキの代わりに拳銃男こと友六を殺しに行けば、道場には肉壁裏切りもの付きとしか言えない三天狗だけが残ることになる。
というか、ここで友六を殺しに行こうとすれば、必ず源之助アニキから何故? と聞かれるし、そもそも人の果たし合いを横から奪おうとするのはよろしくない。
だから、オレは源之助アニキに仇を托すことにした。仕方がねぇ。
そして親父には「夕雲の初七日法要をしたいため、虎参りの当番を勘弁してください」と申し出た。
以外にもあっさりと親父はそれを認め、そして牛のおっさんも許してくれた。
初七日法要も葬儀のときと同じお寺さんと相談しながら費用も出し、準備を整える。今回の法要は、親父とアニキも参加してくれる予定だ。
孫弟子となる夕雲に、親父も思うところがあるということかな?
そうして運命の夜だ。
オレは一つ、懸念事項があるんだ。
金岡雲龍斎である。
暫定裏切り者である奴に、オレが岩本道場にいることを知られたくない。ギリギリまで察知されるわけにはいかない。
あいつは多分、伊良子と深く繋がっている。運命の夜の証言、その後の江戸での道場建設、出所不明の金。怪しいところばかりなわけだ。
そこでオレはギリギリまで初七日法要の準備に追われつつ、一目を盗んで移動し、屋根伝いに屋敷に帰還したわけだ。
んで、月見酒に参加してるわけなんだけど……。
「美しゅうございまする」
「本当にね」
なんか三重ちゃんの体が凄い……うふふ……こういうのはなんですけどね……とてもえっち……なんですよ……。
確か原作でもそういう感じだったけど、凄いよ。襦袢の下の裸体が見えるようだ。
なのでできるだけ視線を合わせないようにしている。見たらきっと、その、うふふ、下品なんですけど……になっちゃうからね。
誰かが訪ねてきた音が聞こえた。
来たか、とオレは身構える。
「親父、三重ちゃんを別棟に引き上げさせるよ」
「うむ」
虎眼の親父の返答を聞いて、オレは三重ちゃんを見た。
「三重ちゃん……ちょっと離れていようか」
「裕次郎?」
「客人が来たようだ。だからね?」
オレがそういうと、少し怪訝な顔を浮かべたが、そのまま連れ立って部屋を出てくれた。
このまま三重ちゃんを別棟に連れて行き、保護させる。
そして、オレは。
オレは伊良子清玄を、殺す。
「裕次郎」
オレの剣呑な気配に気づいたのだろう、三重ちゃんが声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
「昔のようには話してくれませぬか」
「今は、その時ではないので」
止めてくれ、本当に今はそういう話をしている時じゃないからさ!
なんで元カノと元カレの気まずい会話みたいなのを始めるつもりなのさ!!
「今は、誰もおりませぬ」
「いけませぬ三重様」
「先ほどは三重ちゃんと呼んでくださいましたのに……」
くっそ、癖が抜けてなかった!! 確かにそう呼んでたわ。
思わず三重ちゃんの方を見ると、淡い笑みを浮かべていた。
「久しぶりに、そういった笑顔を見せてくれましたね」
……ああ、くっそ。それを言われたら困るだろうが。
「まぁ、うん、忙しかったから」
オレは後ろ頭を掻きながら、気まずくなって目を逸らした。
忙しかったのは本当だ。伊良子の襲撃から何から何まで、本当に忙しかった。
あれこれ対策を取ろうとしたのに、初手で追放処分みたいな番外戦術にやられたからな。
「あの雪の日に……刀を持って飛び出した私を助けてくれたのを覚えていますか?」
「オレは倒れた三重ちゃんに駆け寄っただけで、本当なら刀を守ったアニキの方が立派だったんだよ」
「それでも倒れぬように、私を支えてくれました」
ああ、あれのことか。原作にもあった、あの騒動の。
確かにオレは、流れを放とうとして失敗した三重ちゃんが、倒れそうなところを支えた。
彼方に飛んでいってしまいそうな刀は、アニキが咄嗟に掴んで落とさなかった。
気絶しそうな三重ちゃんに、思わずオレは言ってしまった。言わなくてもいいのに。
七丁念仏に映る君がかつてのようなそれに見えたとしても、オレはいつもキミを見ている。
そんなこと、言うべきではなかったし言わなくても良かった。
でも、オレが戻ってきてからもずっと不調で軽く拒食症が出て、痩せて疲弊するキミを見ているのが辛かった。
突き放すならとことん突き放すべきだったオレが、あのときだけ甘い顔をした。
馬鹿だ。オレは。
それから三重ちゃんの食欲が戻った。折しも、虎子のみんなが殺され始めた時期と合わせるように。
「裕次郎」
「なりませぬ」
オレは三重ちゃんから伸びた手を、オレは軽く身を引くことで躱した。
三重ちゃんの目に、明らかな悲しみが浮かぶ。
思わず優しくしようとした自分を押さえ付け、頭を下げた。
「オレは、三重ちゃんの手を取るべき人間じゃ、ないから」
オレができるのは、これが精一杯だった。
三重ちゃんを別棟に送り、オレは急いで公用の間に戻った。
すでに三味線と歌声が聞こえてきており、問題の時が訪れようとしていたのを悟る。
そして、歌が止まった。
やばい、急げ。
オレは急く気持ちを抑えつけつつ、廊下を静かに走る。これが終わったら、あとはもう流れのままにいくだろう。
公用の間の襖の前に来たとき、まさにそれは聞こえた。
何かが切り裂かれる音と、女性の悲鳴。
同時に、刀が抜かれる音。
「よう、伊良子」
そこでオレが公用の間の襖を開けて、現れる。
「久しぶり」
ニヤリと笑うオレに、伊良子は驚愕の顔を浮かべた。
公用の間を見渡すと、すでにいくが背中の刺青を切り裂かれ、親父が御簾から出てきているところだった。
さらに伊良子が刀を抜き、根尾谷と半心軒が刀を抜いて親父の前に立っている。
親父の顔を見れば、正気のままだ。曖昧にはなってない、魔人でもない。
「さて、どういうことかな? その刺青、親父を挑発してるように見えるが?」
オレはいくの切り裂かれて床に転がった皮を見て、それを足で踏み潰す。いくの顔が、驚愕に染まった。
「まさか掛川藩剣術指南役を侮辱するような刺青を晒しておいて、乱心しましたなんて言うつもりじゃないだろうな??」
その言葉に、伊良子といくの顔が驚きに変わった。
まぁこれも原作に描いてあったことなんだけど。こんな無茶苦茶な言い分が通るのは江戸時代ならではだよなぁ?
でも、もう無理だね。
「この皮は、証拠としてこっちが保管する」
オレは踏み潰した皮を拾い上げ、懐にしまった。二人の顔がさらに恐怖に染まる。
オレだって正直、勢いのままやっちまったけど気持ち悪くて吐きそうで嫌だよ!!
なんか生暖かくて変に柔らかいし、なんでオレはこれを懐に入れちまったんだ畜生!!
「そこまでじゃ裕次郎。退いておれ」
親父が口を開いた。
「おいおい、まさかここでやり合うつもりじゃねぇよな? 証拠はある、証言もオレたちで十分。もう戦う必要は」
オレが振り返りつつ親父に言って――――気づいた。
背筋に氷柱を突っ込まれたかのような冷たさが走る。
「危ねぇ!!」
俺は根尾谷と半心軒の体を掴み、引っ張る。
瞬間、閃く銀の刃。
二人の体をかばったため、オレの背中が派手に切られ、天井にまで血が噴き出した。
「いってぇ……!!!!」
背中に深い切り傷を負ったため、動けなくなってしまった!
マズイ、マズイ、マズイ! 親父は曖昧でもなく魔人でもない、正気のままだと思ってた!!
でも違う!
「裕次郎」
親父の冷たい声。
「儂は退いておれと言うた」
親父は、正気だった。
確かに正気だった。
曖昧じゃない。
「斬るのに邪魔じゃ」
正気で、怒り狂ってた。