シグルってたまるか   作:風袮悠介

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11話・作中屈指の残念女、それが三重殿にござる。

 岩本家の一人娘、岩本三重。

 彼女を一言で表すなら『世間知らずの残念女』だ。

 

 作中において彼女の役目はメインヒロイン枠。

 オレの記憶が正しければ、シグルイの作中において主要な女性キャラは虎眼の親父の妾、いく。

 もう一人がこの三重だ。

 二人以外は出てこない、というか死ぬ。

 なんだったっけ……終盤で槍の人に殺された人……奥さんとお腹の中の赤ん坊ごと殺されてたな……。

 

 とまぁ作中のメイン枠の女性は二人、そして二人とも死ぬ。

 いくは伊良子が死んだら後を追うし、三重も源之助のアレコレを見て自殺する。

 普通にみたら不幸な運命に巻き込まれた薄幸の美少女と言えるだろう。

 だが! オレの感想は違う!

 

 作中の悉くにおける不幸は、この美少女一人によって巻き起こされてる、と思ってる!

 

 三重は基本的に封建社会の、虎眼の、いろんな柵に雁字搦めにされてる女性だ。

 伊良子に一目惚れしてトゥンクしてたら、伊良子がいくと浮気して激おこ虎眼にお仕置き目玉切り、そこから病んでしまい、伊良子が虎眼を殺し、仇討ちに負けて牛股は死ぬわ岩本家は落ちぶれるわで、最後には駿河城御前試合で源之助の傀儡の姿を見て絶望し自刃する。

 

 さて考えてみよう。三重は可哀想な女か?

 

 断じて、否、である。

 

 伊良子に一目惚れして、相手が浮気してしまう。これは可哀想だと思う。

 その後の虎眼が殺されるのもお家の落ちぶれも可哀想だとは思う。

 

 だが、浮気されて虎眼を殺した伊良子を、心のどこかで惚れたまんまなの、ほんとなんなの??

 

 これはいくつか考察があり、オレが納得したのは「自分の意見を持つ伊良子にまだ心残りがあり、伊良子の首を切れと命令されてやる源之助の姿を己の憎む傀儡のソレと見て、そんな男と添い遂げることに絶望した」みたいな奴だ。

 いや、まぁ作中でこの子は徹頭徹尾「親や上役の命令で何でもやる傀儡は嫌いだし、そいつとの間にできた子供は水蛭子である」と断じてるからね。嫌いなんだろうね。

 

 だけどさぁ。仕方なくない??

 命令された男が、喜んでクソみたいな命令をやってると思うの?

 逆らえない事実に心の奥底で悲鳴を上げながら、それでもお家と忠義のために心を殺して頑張ってる、ということに考えが至らないんだよ、この子。

 

 現代基準で言えば、「毒親の言いなりで搾取子になってるようなマザコンファザコン男」は唾棄すべき情けない奴とみてもいいと思う。

 毒親の言うことより好きな女を守らんかい!! となる。

 

 でもここは江戸である。封建社会真っ只中である。

 将軍がやれ! と言ったことをやらないとお家断絶も普通にある世の中である。

 家父長がやれ! と言ったことを無視すると過激な折檻当たり前の世界である。

 

 オレの肌感だけど、この時代基準で言えば「毒親とクソ上司の言いなりにならないとぶち殺されるクソ社会をサバイブする男」になるんだ。

 嫌な命令でも聞かないと一族郎党、お家が潰される。

 嫌なことでもやらないと、家族が死ぬ。

 

 なのにこの女、「上司の言いなりにならない伊良子かっこいい!」を終盤まで拗らせてるのだ。

 

 さらに、伊良子清玄は女たらしの浮気野郎だ。

 自分と婚約しながら父親の妾といい仲になり、自分を裏切った糞野郎だ。

 そいつが父親の手によってボコボコにされて眼を潰されたなら、「祝言の約束をした男が浮気をするようなクソだったが、ちゃんと父親がケジメを付けて自分の名誉を守ってくれた」と喜んでもいいと思うんだ。この時代基準ならね?

 なのになんで精神を病んで他の虎子のみんなが死んだことに喜ぶのさ??

 なんでそんな浮気野郎に惚れたままで、源之助を裏切るように自刃したのか??

 

 結論。

 この女は、そんな男の気持ちがわからん我が儘女なのだ。

 しかも他の人たちを知らず知らずのうちに不幸に巻き込み、破滅させる残念女。

 それが、オレが三重に抱く印象の理由だ。

 

 だからこそ、オレはこの女に近づきたくない。

 縁を結びたくない。

 できれば嫌われたい。

 

 嫌われたいのだが、源之助アニキはこの美少女に惚れてしまう。

 慕ってしまうんだ。

 全ての悲劇は、朴訥で誠実だけど言葉が少なすぎる源之助アニキと、そんな源之助アニキを理解せず時代錯誤な悲劇のヒロインを気取った残念女三重殿の相性が、これでもかと悪かったからだと思う。

 オレとしてはこのクソ女に嫌われてもいいのだが、オレが嫌われた影響で源之助アニキまで嫌われたら困る。

 いや嫌われて縁が薄くなればいいかもだけど、それだと源之助アニキの気持ちが報われねぇ……。

 なので、オレはこの嫌悪感を完全に心の中に隠して接することにした。

 

「ごめんよ、大丈夫? どっか怪我した?」

「っえ? あ、はい」

 

 オレの背格好を見て、口調を確認して、三重はすっげー驚いてる。

 あ、オレの立場からしたらタメ口利くのはマズいか。

 

「いやー、親父に引き取られてきたんだけどさ、この屋敷広いじゃん? アニキと一緒に連れられてきたんだけど、はぐれちゃってさ。どこに行けばいいかわかる?」

「父親と、兄と? 失礼ですが、あなたは?」

「オレは藤木裕次郎。藤木源之助の弟だ」

 

 爽やかに挨拶をかましておく。心の中では逃げてぇ~この女から逃げてぇ~と思い続けてるのだけど、ここで逃げてしまってはアニキの身が心配だ。

 なので、まぁ、やりたくないけど好感度を稼いでおく。

 

「え、その、どこの藤木様、で?」

「栗本村に逼塞を命じられた藤木だ。間抜けなことをしたバカな家の養子に入って、ここに連れてこられた。元は農民の四男だぞ」

 

 途端に三重の顔に、不愉快な雰囲気が浮かんだ。

 たかだか村に逼塞を命じられた没落武家の、養子に入った農民四男なんて、こんな口調で話しかけようものなら無礼以外の何者でもないしな。

 んなもん、オレが知ったことじゃないけど。

 

「そうですか。なら、父上の弟子に?」

「嫌だけど虎子になれって言うから虎子になるらしいな。嫌だって言ったのに」

 

 これに驚いた顔をしたのは、三重だった。

 

「嫌だと、言ったのですか? 父上に?」

「言ったよ。あまつさえ息子になれとまで言ってきたから殴り合いの喧嘩だ。危うく殺されるかと思ったぞ」

「父上と喧嘩を!? 言い返して、殴り合いの!?」

 

 おや、三重が驚いてるな。驚きっぱなしだな。

 そも仕方ない、あんなとんでもジジイを相手にするなら、命がいくつあっても足りないだろうしな。

 作中でも三重は父親に対して嫌悪感はあったし、柵の擬人化みたいな扱いをしてたし。

 それでも伊良子に討たれた父親を前に祝言の服を着て見送ったり……いや、あれは皮肉のつもりかもな。

 

「そうだな。めちゃくちゃ言うじゃん、虎眼のジジィって」

「っじ」

「初対面のときなんて斬りかかってきたんだぜ? 間一髪避けたけどさ、手首が素っ首叩っ切られるかと思ったわ」

「さ、避けたのですか!?」

「紙一重でな」

 

 ふ、と自慢するように言ってやった。三重の眼は輝いている。

 虎眼のジジィは滅茶苦茶なクソジジィだ。クソ親父だ。人間性は終わってるの一言に尽きる。

 

 だが、剣の腕は本物だ。

 

 とんでもなく精妙且つ神妙なる指捌きと長年の経験、鍛錬の成果により開眼した奥義流れ星。

 実際に抜刀から納刀までの一連の剣捌きを見たからわかる。あれは尋常な剣士じゃない、強すぎる。

 伊良子が勝てたのは虎眼が老いたこと、精神の均衡が魔人に寄りすぎたこと、無明逆流れが流れ星特攻だった。この三つの虎眼メタを張ったことによる、薄氷の勝利だ。

 

 仇討ちで源之助に勝てたのは別の理由だが、それはまたいつか話そう。

 

 とにかくとして、虎眼がとんでもない剣士なのは間違いない。

 

「その縁でここに連れられて来たのよ。ほんと、迷惑」

「あ、あの……」

「なに?」

 

 三重はどことなく期待した顔で、オレに聞いてきた。

 

「それを、父上に言ったのですか……?」

「言ったよ。それでも来いって言われて来た。のこのこ来たオレもバカだが……そんな奴を親父と呼ぶことにしたのも、間抜けな話だな」

 

 ほんと、間抜けな話だよ。中途半端に情を見せるから、面倒なことになる。

 反省しないとな……と思っていると、後ろからドタドタと廊下を歩く音が。

 

「三重様、こちらにいらっしゃいましたか」

 

 振り返れば、そこにいたのは中間の……誰だ、この爺さん??

 ちょっと待て……この相貌は見たことあるな……。

 

「茂助」

「旦那様がお待ちしております……そちらの童は?」

「オレ? オレは藤木裕次郎。虎眼の親父に連れられてここに来たもんだ」

 

 茂助はギョッとした顔をしてオレを見た。

 あ、やべ、親父呼びはヤバかったか。

 

「……まさか、旦那様の言う裕次郎か?」

「そうだよ」

「……ふん、その生意気な口は閉ざせ。こっちに来い、旦那様の命で身なりを整える」

「わかった」

 

 オレは三重の方を向いて、

 

「そういやあんたの名前を聞いてなかったな。親父の娘さんだろ、名前はなんだ?」

 

 一応知ってはいるのだけど、聞いておかないとあとがおかしいことになるからな。

 三重は驚いた顔をしてたが、笑顔を浮かべて言った。

 

「三重と言います」

「そか、じゃあ三重ちゃんだな。また後で話そうぜ、親父にボコボコに殴られて、殴り返して、言い合いになって喧嘩した、くらいしか話せないけど」

「いえ、十分です」

 

 三重は笑みを浮かべたまま言った。

 

「その話を聞いてみたいです」

「つまらない話だと思うけど……わかった、またあとでなー」

 

 プラプラと手を振って、茂助の後を追って行く。

 

 振り返ったときの三重の顔が、これ以上無く楽しそうだったけど、なんだったんだろうな、あれ。




間違えて直投稿してしまいました。
まあいいや。明日、また更新します。
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