シグルってたまるか   作:風袮悠介

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 一週間くらい毎日更新を心掛けてますが、慣れてきてコツを掴めばでなんとかなるもんですねぇ……。


第二景 他流試合心得・その二 異聞譚

 大騒ぎをする三人の男を前に、伊良子は呆然とした。

 先ほどまで殺伐としていた道場の空気はどこへやら? 裕次郎が来てからは、からりと心地よい風が吹くような空気が漂う。

 裕次郎の一挙手一投足が、道場内のものたちの心を捉えて放さぬのだ。

 

「裕次郎。何をした?」

「……ゴメン、アニキ。銭湯で酒を呑んでへべれけになってみんなと賭けをしたら負けちまって、罰として七丁念仏を溶かして銭にしようとしました」

「おぬし!!! あれは虎眼先生が主君、安藤直次様から賜わりし宝剣と知っての暴挙か!! 狼藉か!! 阿呆な理由でそんなことをするではない!!」

「で、でも! でも牛股師範、あれってただの妖刀じゃないですか!! 斬った奴が七丁も歩いてから死ぬとか……不吉でしょ!? 呪いでしょ!? とっとと溶かして銭にして、よそにばらまいた方がお家の為です!」

「裕次郎。呪いをばらまくのはダメだ」

「ゴメン、アニキ。もうしない」

「おぬしはなんで藤木の言うことなら素直に聞くのだ……っ!」

 

 剣客が、求道者が、門弟が、修行者が、剣の(ひじり)を目指して道を極める、その姿勢を持つものたちが集う場所。それが道場のはずだ。

 

 ――なのになんだ、この胸が弾むような心持ちは?

 

 伊良子自身の知らぬ感情に、理解が及ばなかった。

 

「それはそれとして」

 

 ふ、と道場の空気が変わる。さきほどまでのからりとした空気ではない。

 試合前の緊張感漂う、空気感だ。

 

「伊良子清玄殿、でよろしいかな」

「いかにも」

「では、私と一手、試合をしていただけますかな? 虎眼先生とは、そのあとに」

 

 どうやら、ここからが本気のようだ。

 

「承知致した」

 

 伊良子は開始位置に立ち、木剣構える。

 裕次郎もまた、開始位置に立った。

 

「裕次郎!」

「牛のおっさん」

 

 裕次郎は、持っていた木剣を抜く。

 

「大丈夫だ。ちゃんと伊達にする」

 

 これには牛股は驚いた。源之助も、門弟たちも同様だ。

 何かを言おうとした牛股であったが、伊達にすると言うのなら何も言えぬ。それどころか関心した。

 

「ようやっと虎眼先生の教えを守る気になったか」

 

 笑顔を浮かべ、再び上座に座る牛股。

 源之助はと言うと、裕次郎の姿を見て顔を引き締める。

 そして、隣に座る二人へ声を掛けた。

 

「山内、大坪。出口をふさげ」

 

 二人はぎょっとした顔を浮かべた。

 出口を塞ぐのはわかる。道場破りを逃がさぬ為だ。確実に伊達にする。

 

 しかし、それはもう少しあとだ。いきなり出口を塞いでしまっては、道場破りを警戒させてしまうし狂奔という無茶な行動に誘発させる恐れがある。逃げ道を予め作っておくのは、死兵を生まぬために大事なことだ。

 死を覚悟して、いや、死を受け入れて破れかぶれに暴れる者を抑えるのは大変なことである。

 

「裕次郎は、本気だ」

 

 その一言に、今度は門弟全てがぎょっとした。

 裕次郎は今まで伊達にすることを拒絶していた。伊達にしようとしたら止めようとしてきた。

 牛股であろうが源之助であろうが、伊達にするつもりならば問答無用で止める。

 それが門弟たちが尊敬する、虎眼であったとしても、だ。

 

 その裕次郎が。

 道場の中で一番優しく、穏やかであるはずの裕次郎が。

 本気で相手を伊達にする、と源之助が言うのだ。

 

「な、なぜ?」

「裕次郎が、己の弟だからだ」

 

 ふ、と源之助は笑った。滅多に見せぬ笑顔に、門弟は納得した。

 源之助は裕次郎を大切に思っている。ただ一人の弟にして、自身を兄として慕い尊敬する裕次郎が可愛くて仕方が無い。

 それは裕次郎も同様であり、ただ一人の兄にして敬愛する源之助を大切な家族だと認識し、大切に思っている。

 

 その裕次郎が、源之助が傷つき倒れる姿を見てどう思ったか?

 

 ――堪忍袋の緒が、切れている。

 

 伊良子は伊良子で、裕次郎が持つ木剣を見て言った。

 

「赤樫の木剣……しかも古いもの。試合どころか稽古にすら似つかわしくない品とお見受けいたすが」

 

 赤樫とは、木剣で多く使われる白樫……重くささくれやすいが丈夫な素材と、本赤樫……丈夫で高価な素材とは違い、軽く振りやすいが柔らかくて脆いという特徴がある。

 激しく木剣で打ち据え合う虎眼流の稽古において、熟練の門弟であるなら折り砕くなど容易な、振るうにしては頼りなき木剣だ。鈍らで錆びた真剣となんら変わらぬ扱い。

 

 なのに、裕次郎が正眼で構える木剣は、その赤樫の木剣である。

 伊良子が声を掛けるのも無理はない、伊良子の技量と現在持っている木剣であれば、折り砕くなど簡単だ。

 

 裕次郎は、ふっと笑った。

 

「課題でな。この木剣で、他の木剣を折り砕けるようになれ、と。あとぶつけ合うな、とも言われてるんだ」

「……課題としておかしいとは思わぬので?」

「そうだな。他の木剣を折って砕け、しかしぶつけ合うな。正反対の言葉だ。でもな」

 

 ぐぐぐ、と裕次郎の左足に力が籠もる。

 

「どっちもできるんだな、これが」

 

 伊良子は油断なく構える。裕次郎の姿は、一挙手一投足見逃さぬ。

 

 動いた。

 

 裕次郎が、動いた。

 

 ふ、と伊良子に向かって飛び込んだ。

 意外である、てっきり打ち込んでくるかと思った伊良子であったが、微笑みながら受けて立つ。

 

 か。

 

 木剣が打ち合わされる。鍔迫り合いの形になりながら、ぶつけ合わないという言葉はどこにいった? と伊良子は思うものの、ここから先など知れている。

 伊良子は先ほどよりも素早く手を動かし、裕次郎の右手二ヶ所を押さえる。

 

 裕次郎の顔に、苦痛の表情が浮かぶ。骨子術による拘束は成功した。

 そのまま右手人差し指と中指を掴み、足を払って指搦みにて投げた。

 

 ボキリ、と確かに折った指の感触。

 ばうっ、と地面に投げて叩きつけた。

 

 ――こんなものか。

 

 伊良子は背を向けて開始の位置に戻ろうとした。大したことはない、源之助よりも弱いではないか。

 とにかく、これで二人の門弟と戦い勝利した。あとは虎眼に会って――。

 

 が、ここで伊良子は違和感に気づき、その正体を悟る。

 

 止めの合図がない。

 

 おかしい、明らかに勝負有りだ。門弟たちを見ても、誰も裕次郎が敗れたという顔をしていない。

 源之助ですら、不安な表情を浮かべておらぬ。

 牛股の顔を見れば――呆れたように溜め息を吐いた。

 

「裕次郎。遊ぶのは止めよ」

「はーい」

 

 牛股の呼びかけに応じて、裕次郎が立ち上がる。

 やせ我慢か、流派としての意地か……と伊良子は思ったが、瞬時にその顔から笑みが消え、恐怖に歪む。

 

 裕次郎の指が、折れていない。

 

 折った感触があり、指には血が付着している。折ったはずだ、源之助と同様の形で。

 確かに折ったし、折れた指も見た。

 なのに血で濡れているだけで、今は負傷などどこにもないのだ。

 

 それどころか余裕の表情で指を動かしていた。折れたはずの指で、まるで折れてないかのように。

 

「これが指搦みか……本気の奴は受けたことがないからな。一度受けてみたかったんだ。次からは、オレも指搦みが使えそうだな」

「な、何故??」

「あ? その説明を聞いてる場合か?」

 

 裕次郎は木剣を構える。今度は、下段だ。

 伊良子の膝へ鋒を向けて、ニヤリと笑う。

 

「お前、死んだぞ?」

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