シグルってたまるか   作:風袮悠介

22 / 110
第三景 一虎双竜・その三 異聞譚

(消えた)

 

 源之助の顔に、緊張が奔る。

 

(彼奴の笑み)

 

 裕次郎による木剣破壊、その後の攻めにより、武器を失い負傷した伊良子を見て、源之助は身を固くする。

 己が敵わなかった相手を前に、裕次郎は堂々と立ち会い、それどころか本当に伊達にするべく容赦なく打ち据えている。

 打ち据える、というよりも、削ぐ、と言った方が正しいやもしれぬが。

 

 裕次郎は木剣を逆手に持つと、ズンズンと伊良子に向けて歩み寄る。

 

「一つ言っておくが」

 

 裕次郎の顔から笑みが消え失せ、伊良子を見下すようにした。

 

「道場は芝居をするところじゃねぇ。仮にここで平伏して弟子入りしたいとか抜かしても、抵抗なしと見なして首を砕いて殺す。できればやりたくねぇけどな。……抵抗してくれねぇと、こっちが悪者になるんだよ、降参の意を示し無抵抗になった相手を追撃したら、な」

 

 伊良子の頬がひくついた。

 

「立て。立って戦え。そして、その顔を伊達にして帰るかここで死ぬか選べ」

 

 伊良子の前に立ち、裕次郎は宣告する。

 

「どっちだ?」

 

 道場内を静寂が包む。

 裕次郎は何も言わない。伊良子の次の言葉を待つのみだ。

 源之助は不思議に思った。普段の裕次郎はここまでしない。いくら己が負けたからといって、ここまでは――。

 

 対して牛股の顔は、笑みを浮かべたままだ。

 今まで自由勝手にやってきた裕次郎が、真面目に相手を伊達にすべく試合をしている。

 今のところは胴と額の擦過傷。少し跡が残るかもしれぬが、伊達というには浅い。

 別に裕次郎が手加減してるわけではない、伊良子の運が良かったからだ。

 運が悪ければ、もう伊達にされてるだろう。

 あの……あの裕次郎がようやっと虎眼流として恥じぬ姿を見せている、と思うと感動するほどである。

 

 門弟たちは恐怖しながら試合の行く末を見ている。

 裕次郎が強いのは知ってる。未だこの道場に明確な敗北をしたことがない。

 あっという間に傷が塞がり、打ち据えても何をしても平気な顔をしているが故、負けることがない。

 だが、その試合内容は常に綺麗な剣筋と指導に終始しており、ここまで徹底的に相手を破壊するような剣ではなかった。

 伊達にすることを決めた裕次郎は、ここまで強いのかと。

 これではまるで木剣に殺意を込めてるような……。

 

 それに対して伊良子の対応は――。

 

「いえ、これは芝居ではござらぬ」

 

 なんと、涙を流して感動しているではないか。

 伊良子はそのまま腰に指していた小太刀と、裕次郎によって折られた木剣を床に置き、そのまま頭を下げた。

 

「ようやくまことの剣と、(たっと)ぶべき武士にめぐり合い申した。

 その太刀筋、その在り方、まこと眩しく。

 無頼の月日、今は悔ゆるのみ」

 

 涙を流したまま、伊良子は続けた。

 

今日(こんにち)ただいまこの瞬間より、師弟の礼と、裕次郎殿を兄弟子とする礼を取らせて頂きたく……」

 

 沈黙が下りる。

 牛股は難しい顔をしたまま黙り込む。門弟たちも何も言わなかった。

 

 だが、他の全員が伊良子の行動を見守る中で、ただ一人、源之助は見た。

 

「そうか」

 

 般若の如く、怒り狂った裕次郎の顔を。

 

「よくわかり申した、伊良子殿」

「おお、それで――」

 

 顔を上げた伊良子が見たのは、憤怒の表情でまさに逆手で木剣を振ろうとする裕次郎の姿だった。

 

「なら、死にやがれ」

 

 ぶん!!! と振るわれた裕次郎の木剣を、慌てて伊良子は避けた。

 鼻先を掠めて、いや、鼻骨をばっくりと横一文字に割られ、血が溢れ出す。さらに続けての手の内で木剣を回転させ、順手に握った木剣の一太刀が伊良子の脳天を狙う。

 これも伊良子はみっともない形で避けたものの、耳が半分ほど割られてしまった。夥しい量の血が、鼻と耳から流れていた。

 

「道場は芝居する所じゃねえって言っただろうがクソ野郎が!!! 舐めやがって、ぶっ殺す!!! 念仏を唱えやがれ!!! ただし戒名も遺言も残させねぇぞ!!!」

 

 伊良子は見た。

 裕次郎の頭に角が生え、顔が真っ赤になり、まさに鬼と化した姿を。

 

 一瞬で元の裕次郎の姿に戻ったものの、伊良子は恐怖のあまりに逃げ出した。

 

 怖い、なんだあれは、妖怪の類いじゃないか!!

 伊良子は恐慌状態のまま逃走を開始した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。