オレは激怒した。
かの邪知暴虐、下半身ユルユル天才美形剣士を誅戮せねばならぬと。
とうとう来たXデー。伊良子清玄が道場に来る日。と言っても、正確な日時がわからないから、この時期になったら警戒して、今か今かと備えていた。
連載していた呪術〇戦はとっくに終わり、一度はドラゴン〇ールの設定を日本全国にある龍玉と呼ばれる願いを叶える球を巡る大冒険バトルものにした草双紙を連載し、これが終わったあとは〇NE PIECEみたいな豊臣秀吉が朝鮮戦争に出兵させたときに日本海域のどこかに隠したすっげぇ宝を探す海賊ものを連載して金を稼いでいた。
〆切を気にしながら稽古もし、虎眼の親父にしごかれ、牛のおっさんには怒られ、源之助アニキと夜中に稽古し、暇になったら三重ちゃんを連れて源之助アニキと三人で町に出かける。
そんな日々を過ごしていた。
しかし、銭湯に酒を持ち込んでへべれけになり、一緒にいたおっさんたちと遊んでて、賭けに負けて罰ゲームとして七丁念仏を溶かして銭にしようとしたところを虎眼の親父にバレてボコボコにされ、ふて寝して寝坊しちまった日に伊良子が来るとはな!!
くそ、運命とは残酷だぜ……遅刻しちまった。
まぁ、なにはともあれ伊良子との一戦。
やってみてわかった。
こいつ、この時点で強くねー?
手加減とは言え、オレの攻撃を捌き、余裕の笑みが消えない。
仕方が無いので親父との稽古で編み出した武器破壊技、赤樫の木剣を壊さぬように敵の攻撃を受け止め、すがさず武器へ追撃する
原作ブレイカーを防ぐ不思議な力でも働いてるのか? とも思ったがそうでもない。
素の力で、こいつは生き残ってる。
この時点でこれだけ強いとは……と驚いたが、オレが追い詰めたら、よりにもよって原作漫画でやった芝居をやりやがった。
やったら殺すと言ってるのに、だ。
しかもほんと、迫真の演技だわ。しかも台詞も増えてた。
舐めやがって、とオレは怒髪天を突いたってわけ。
オレが襲いかかったところ、伊良子はダッシュで逃げ出した。
しかし、その先には門弟たちが立ち塞がって逃げ道を塞いでいる。うんうん、源之助アニキが根回ししてくれたおかげだ!
「て、てめぇら!」
お、生「てめえら」だ! 感動だな、名シーンをこの目で見れるとは。
「逃げてんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ戻ってこい!!」
オレが後ろから追いかける中、伊良子は瞬時に自身の刀を見つける。
取り戻そうとしたところ、源之助アニキが刀の前に立ち、刀を手にする。
伊良子の顔が怒ってる~。
「どけ! 己の刀だ!」
「他流試合は稽古磨きのための試み。命のやりとりではござらぬ」
「うるせぇ! お前の弟、己を殺そうとしてるだろ!!」
「……」
あ、源之助アニキが苦い顔した。
「ぴんぽ~ん!! 今から殺しま~す!!」
「き……!!」
伊良子を間合いに修め、オレは袈裟切りに木剣を振るう。今度は両手で、しっかりとだ。
原作ではここで牛のおっさんの攻撃に対して垂直に飛んで、縁に捕まって逃げるからな!!
逃がさねぇぞクソ野郎!!!
「ひ……!」
間合いに入った瞬間、オレは斬ったと思った。
だが、なんと伊良子は背後の戸に飛び、そのまま三角飛びで跳躍。道場の縁に捕まって逃げ切った。
すげぇ、生で見るとこんななのか!!
くそ、しかし原作の流れを守る不思議パワーでもあるのか、と思ったがやっぱり違う! こいつ、とんでもねぇ才能と身体能力があるんだ! 直で戦ってわかった!
逃げの一手に徹されると、こいつを仕留めるのは困難を極める!!
実際、原作での流れから垂直ジャンプだと思って攻撃したのに、すぐに反応して三角跳びで避ける神技っぷり!
だが逃がさん、ここでお前を殺す!!
「彼奴め天稟がありおる」
「否、彼奴はすくたれ者にござる」
横では暢気にアニキと牛のおっさんが、伊良子を見上げて言ってる。
オレはアニキに向かって叫んだ。
「アニキ! 伊良子の刀をこっちにくれ!」
「っ」
アニキはすぐに伊良子の刀を掴み、こっちに投げてきた。
それを受け取り、床に向かって投げる。一瞬だけ垂直に立った。
オレはその刀の鍔に足を掛け、一気に跳躍。壁をさらに蹴り、三角跳びの要領で道場の天井、縁まで到達し、その上に立つ!
これは転生する前に読んだ忍者漫画で、忍者は壁に日本刀を立てかけて、その鍔を足場にして塀を乗り越えるという話を見たことがあるからだ。真似してみた。
一発で成功して安心したわ、ホント!
「おおっ!」
オレの跳躍を見て、門弟のみんなが声を上げた。
下では源之助アニキがオレを見て呆然としている。
だが、今はそれを気にしてる場合じゃない。目の前には、縁にへばりつくようにして体を震わせてる伊良子がいた。
「っひぃ」
「逃げやがってよぉ……ちゃんと伊達にしてやるからよぉ!!! 大人しくしてろぉ!!」
縁の上でオレは伊良子に向かって跳躍する。木剣を振りかぶり、伊良子に向けて振るった。
伊良子は咄嗟に縁から手を離し――やっぱりな、そうすると思った!
オレは伊良子と一緒に落ちるように追いかける。伊良子の顔が恐怖で歪んだ。
「覚悟しやがれ、逃げ場はねぇぞ!!」
床に向かって落ちながら、伊良子へ攻撃。今度こそ、伊良子の肩口をオレの木剣が捉えた!
木剣から伝わる、肩の肉を割く感触、でも足場がないから力が入らん!
ぞり、と。
服を切り裂き肩の肉を削いだ。
「ひぎぃ!」
二人して道場の床に激突。伊良子はあの一瞬で受け身を取ったらしく、震えながらも立ち上がって逃げようとする。
オレはというと、着地で受け身を取り損ねて肩から落ち、そのまま転がる。
「いってぇ……!」
思わず呻いちまった。
肩が、鎖骨が、肋骨が。確かに折れた感触がある。首の骨も損傷してるだろうな、体中に痣が出来るほどだ。内臓にも重度の損傷があるな、これ。
動けない、あと数秒で動ける、体の再生は始まってる。あと数秒で全快で動いて、伊良子を殺す!!
「待ちやが――」
「そこまでにしろ!」
立ち上がって追撃しようとしたところ、後ろから源之助アニキが羽交い締めにして止めてきた。
伊良子はというと、牛のおっさんと門弟に囲まれて捕まえられてるところだった。
暴れて降り解こうとするが、源之助アニキの制圧の仕方が上手くて振りほどけない!
「離してくれアニキ、まだ伊達にできてねぇ!」
「伊達を通り越してる! 落ち着け」
アニキの声に、オレの頭が冷える。
「落ち着け、裕次郎。己は敗れたが、お前のおかげで大丈夫だ。だから、落ち着け」
……ん? アニキは何を言ってる?
オレはただ伊良子を殺そうとして……は、そうか!!
アニキはオレが、伊良子への仕返しを倍返しの形にして殺そうとしてるって思ってるんだ!
いや、その流れで不自然なく殺そうとしたんだが……というかいつの間にか、そっちが本命になってたか。
「ふぅ~……すまん、アニキ。落ち着いた」
アニキはオレの体から力が抜けたのを確認すると、羽交い締めを止めてくれた。
しかし困った。ここで伊良子を殺すつもりだったが、殺せなかったか……。
くそ、プランAは失敗だ……ここからは、プランBに移行するしかない。
すなわち、伊良子を真人間にするだけだ。
面倒くせぇ……ここで殺せれば、話が早かったのだけどな……。
牛のおっさんたちに連れて行かれる伊良子の背中を見ながら、オレは内心で頭を抱える羽目になった。
オレはその場で立ち尽くすしかできなかった。