シグルってたまるか   作:風袮悠介

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私「毎日更新、ちょっと休んでいいっスか?」

私「ダメだ、やれ」

私「はい……」


第四景 涎小豆・その一 異聞譚

 虎眼流に“流れ星”なる秘剣あり。

 

 掛川城主(かけがわじょうしゅ)松平(まつだいら)隠岐守(おきのかみ)定勝(さだかつ)をして、「神妙(しんみょう)古今(ここん)比類(ひるい)なし」と言わしめたり。

 虎眼の右手は、常よりも一指多く、その時、虎眼が(ため)した科人(とがびと)六名の首は、切断された後もなお胴の上に乗ったままであったという。

 

 後に、虎眼と共に出仕した男。藤木裕次郎と名乗り、虎眼流の秘剣、さらなる深奥を知らしめたり。

 “流れ星”を知るものに不幸をもたらす“(まが)つ星”と、“流れ星”とは骨子は同じにして別の術理を持つ“綺羅(きら)星”なる秘奥である。

 裕次郎の言動、これ(さむらい)に相応しきものにあらず、しかしてその剣は虎眼にして岩本家虎眼流の跡目ならずとも我が虎眼流の剣の後継者であると言わしめたり。

 二つの星を見た松平(まつだいら)隠岐守(おきのかみ)定勝(さだかつ)をして、「神妙(しんみょう)古今(ここん)比類(ひるい)なし」と、再び言わしめたり。

 

 遠江国(とおとみのくに)掛川(かけがわ)

 道場の稽古は終わり、山林の向こうには夕焼けが顔を覗かせる。

 門弟たちが道場の門を潜り、今日(こんにち)の稽古終わりを迎えていた。

 

 藤木源之助は裏の井戸にて、己の胴着を洗濯していた。

 折れた指を使わず、片手を使って井戸から水を汲み、桶に浸した胴着を揉み洗う。

 普段は両手で行うはずのその作業を片手で行う、重労働であるが、源之助の額に汗は浮かぶものの表情に変化はない。いや、僅かに眉に力が入っている。

 

「代わりましょうか」

 

 源之助の背後より、女人の声。源之助が振り向けば、そこには岩本家の一人娘である三重が立っていた。

 立ったまま、源之助を見下ろすような形となる。

 

「おかまいなく」

 

 源之助は振り向き三重の姿を確かとすると、目線を下方へ伏せた。

 

「指の鍛錬になりまするゆえ」

 

 三重はジッと源之助を見下ろす。

 源之助は何も言わぬまま不動であった。

 

「裕次郎様なら、素直に頼れと申すのでは?」

「それならばむしろ、兄として頼れる背中を見せねばなりませぬ」

 

 一言の会話。三重と源之助は少しの間、互いに何も言わずにいた。

 少しすると三重は(きびす)を返し、立ち去る。

 

「また裕次郎様に怒られますよ」

 

 またも一言だけだった。

 

 その後ろ姿を見送り、再び源之助は洗濯を再開した。

 

 三重は掛川藩(かけがわはん)武芸師範(ぶげいしはん)岩本(いわもと)虎眼(こがん)の一人娘。

 三百(こく)(さむらい)の子女。

 虎眼流の内弟子(うちでし)となる前の藤木源之助の身分は、百姓の三男である。

 

 じゃぶじゃぶと胴着を洗う桶の水面に、血が一滴垂れて、紅い波紋を生む。

 それは源之助の口元、噛みしめた唇から垂れたものだった。

 

 自身と同じく、虎眼流の内弟子(うちでし)となる前の身分が百姓の四男だったもの。

 源之助の弟、藤木裕次郎。

 己を兄と呼んで慕い、敬愛してくれる弟であり、己の足りぬものを補い、己の足りぬものを持った、己の半身。

 

 悔しかった。

 

 兄である自分が、兄と慕われる自分が、道場破りを前に敗れたところを弟に見られたことが。

 百姓の三男であった頃、家族は源之助を愚鈍と評し、まともに名すら呼ばれず食事も与えられることがなかった。

 家族に冷遇された自身を家族として、兄と呼び懐き、ともに切磋琢磨してきた弟であるが故に、兄として負ける姿は見せられぬ、と思っていた。

 

 そして弟は強い。自慢できるほど強い。

 

 今日(こんにち)至るまで裕次郎は門弟の末席に名を置いている。

 比べて源之助は高弟として、師範代となった。

 裕次郎はそれを「すっげー! アニキはやっぱかっこいいぜ!」と素直に尊敬してくれる。

 しかして源之助は知っている。本来は裕次郎の方が強い。

 道場破りを前に、あれだけの大立ち回りを見せたことで強さを疑うものはいないだろう。

 高弟になれぬのはただ、虎眼流の名を汚しているからだ。

 

 さらに、弟は多くの技能を持っている。

 

 弟は草双紙を書き、それにて莫大な銭を稼いでいる。道場に来ることがまばらであるのは、ただその仕事が忙しいか遊んでいるかだ。

 今日とて、本来は朝から来るはずが師範である虎眼から強烈な折檻を受けて、ふて寝していたというのだから。

 あの宝剣を銭にしようなどと、あまりにもふざけている。信頼する兄弟子、牛股からも毎日説教を喰らっている。

 だが、弟はひたすら銭稼ぎを止めぬし、溜め込んだ銭は相当なものになっている。

 時折その銭を使って、己と三重を連れて町に出るので、裕次郎はかなりの太っ腹だ。

 

 これだけ粗忽(そこつ)婆娑羅(ばさら)な在り方であれども、毎夜虎眼に率いられ離れの道場にて稽古をつけられている。それはかつて、尾州(びしゅう)加賀野(かがの)に虎眼流道場が会った頃、今の師範たちが師とともに夜に山中の稽古に出かけたものと同じである。

 

 この稽古の同行に、源之助はおろか牛股ですら許されなかった。

 

 二人で行われる稽古は完全に秘され、裕次郎の口からすら「アレは……まぁ参考にならないからさ……」と濁される。

 高弟であり、師範代である己が見送るしかない稽古を、裕次郎のみが許される。

 

 悔しかった。

 

 強く、賢く、師に認められた弟に、兄として負ける姿を見られたことが。

 

 自慢できる弟であり、唯一の家族であり、己の半身である弟に追いつき、堂々と隣に立つにはどうすればよいか。

 三重に認められるにはどうすればよいか。

 

 源之助の唇から血が垂れる。




ストック分を間違えて投稿しちゃった……。

まぁいいです。明日の分、書きます。
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