岩本家、座敷牢にて伊良子清玄が横たわっていた。
牛股権左衛門との試合に割り込みし藤木裕次郎に敗れ、座敷牢に放り込まれた伊良子清玄であるが、ここへ連行される際に目撃した屋敷の広さ、小間物の数などを思い返すと、ほくそ笑まずにはいられない。
(さすがは
さらに裕次郎との試合の最中に聞こえてた女人の声と、その顔を思い出した。
(遠巻きに己を見ていたあの娘……あれが虎眼の一人娘か……)
伊良子の顔に、深い笑みが浮かぶ。
その黒き眼にて、美貌にて、指にて落としてきた女たちと、今までと同じであると伊良子は笑わずにはいられぬのだ。
武士の役職は
三重の婿となれば虎眼の跡目となり、三百石の
己の野心を満たし、高みに登る手段として、伊良子は眠りながら思う。
婿入りも悪くない……と。
本来はそうであったのだが、伊良子は改めて考える。
そうするには、あまりにも藤木裕次郎という男の壁が厚く高い。
途中まで手加減されていながらも剣速は並々ならず、さらに肩慣らしが済んだとばかりの技はあまりにも人間離れしていた。
こちらを殺す気で使われる技はどれも、まともに受ければ死するのみ。
生き残れたのが奇跡に近い。
あの男をどうにかせねば、跡目として婿入りするのは難しい
そして、体を起こし座敷牢を見回して顔をしかめる。
座敷牢、に放り込まれたはずであるが、ここには何故か布団と机、筆に紙、塗料に顔料、草双紙が山ほどある。草双紙を置くためだけの棚すらある。
まるで誰かの部屋であるのだが……座敷牢とは本来、己のような不埒者を放り込むための部屋だ。
そんなことがあるわけなし。
だが、明らかに生活の跡があるのだ。それもすぐ最近まで。
気になった伊良子は、散らばった紙の一枚を手に取った。すぐに顔を輝かせた。
「おお、これは……己が読んでいるものではないか」
これは最近、市中にて大層人気のある草双紙、『ひと繋ぎ豊臣海賊記』と呼ばれる長編草双紙だ。
かの関白豊臣秀吉が朝鮮出兵を行った際、その先にあったとてつもない宝を手にしたとかで、死に際に「儂の宝か? 欲しけりゃくれてやろう。探せ! この世の天下を全てそこに置いてきた」という始まりだ。この一言から多くの大名から村の漁師まで宝探しのために海賊船を率いて旅をするという、なんともとんちきな話なのだ。
しかし引き込まれる話で、伊良子もこの本が好きであった。
なんせ平凡な村の漁師が己の経験と仲間との協力で大名の士たちを蹴散らして進むのだから痛快至極。とうの大名たちからは嫌われてはいるが、その妻や子からは好かれている。
伊良子も貸本にて何度か手にしたことがあり、この作者、『
すでに連載分だけでも10冊を超えており、偽物まで出回っている。が、贋作はすぐに判別が付く。
なにせこの作者の画風、今の絵とはあまりにもかけ離れておるからだ。
卍手裏剣の草双紙は基本、文字よりも絵の方が多い。
そのおかげで多少文字が読めずとも、なんとなくだが作中にて何が起こっているのか、どういう物語なのか察しやすいのだ
またただの絵なのに動きがあるというか、次の流れが頭に浮かぶというか、なんとも不思議な一冊で、真似しようにも下手なものしかできない。
絵柄自体も珍妙なもので瞳が大きく、実際の人体とはかけ離れた造形をしており、世の絵師からは現実的ではないと罵倒されているし事実なのだが、見ていて愛らしく格好良いと思えてしまう、不思議な絵柄なのだ。
さらに、卍手裏剣の草双紙はどれも入手困難な逸品であるのは前述の通りで、貸本屋が一冊持っているだけでもとんでもない銭になる。
誰かに貸すとしても人気がありすぎて返すことを拒むものが現れてしまうのだ。
なので貸本屋がこれを扱う際、返してもらえるようにあらゆる手を使うというのはもっぱらの噂だ。
伊良子は幼い頃、自身が夜鷹の子として極貧生活を送っていた頃。
そして、師である伊良子清玄のところで修行していた頃。
伊良子はこの作者の草双紙で好きだったものがある。
『進撃する巨漢』というものだ。
織田信長の手によって国に大きな堀と壁が作られたのだが、この堀と壁、支配と従属を破壊して自由を手に入れる話というものだ。
かの第六天魔王によって人々に呪い、突如として理性を無くした巨漢となり人を襲うのだが、この巨漢と戦い、壁の向こうの別の国を知り、最後は自分を犠牲にして第六天魔王織田信長を打ち倒し、日本に自由と解放をもたらすというものだ。
さすがに内容が内容なだけに発禁となった藩が多く、続編がなかなか見付からずに苦労したが、最後まで読めたときの感動は大きい。
伊良子自身、己の身分などに苦しみ、高みを目指すという目的がある中で、そもそも身分社会を破壊して自由を手に入れるというの話は胸躍るものだった。
そして卍手裏剣の草双紙は、たいがいこうした身分社会との対立、決別、破壊、解放、自由、友情、努力、勝利というものが描かれることが多い。
なので市中でやたらと人気があるのだ。藩庁からは嫌われているが。
ちなみにこの卍手裏剣、ときどき官能系の作品も描いており、こちらはさらに入手困難で、春画一枚だけでも闇では大変な値で取引されているのだとか。
伊良子自身は見たことないし卍手裏剣の草双紙がというか卍手裏剣が好きなので、そういう噂だけでも業腹者である。
そのようなものを描くわけなし、と。
が、ここではたと我に返る。
どうしてここに卍手裏剣の草双紙が? と。
しかも、どれも書いたばかりで墨や顔料が乾ききっていないものもあるではないが。
ここで贋作を描いておるのか、と思ったがそうでもない。多数の卍手裏剣の草双紙を見た伊良子の目は誤魔化せぬ。
これは、本物である、と。
しきりに首を傾げていると、背後より気配が。
振り向いて、内心で悲鳴を上げた。
藤木裕次郎が、憤怒の表情でそこに立っていたからだ。
貸本屋がいつから存在してるのか分かんなかったので、この頃には存在してると思ってやってください。
そして、この作品に出てくる裕次郎の草双紙のパロ元を侮辱する意図はなく、作者なりに好きでリスペクトしているものと思っていただければ幸いです。