シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第四景 涎小豆・その三 異聞譚

「おお、これは裕次郎どの」

「なんでお前がオレの部屋にいるんだよ!!」

 

 内心では恐怖しているものの、伊良子はできるだけ冷静を装っていた。

 だが裕次郎は激昂したままだ。しかも座敷牢を己の部屋と呼称し、平気な顔で檻を潜って中に入ってくるではないか。

 伊良子は閉じ込められた檻の中に、(ぬえ)が入り込んできた幻視を見た。

 

「え、ここは座敷牢とは違うのでござるか……??」

 

 一応ここで会話を続けねばおかしなことになる。伊良子は問うてみた。

 

「オレは虎眼流でバカをしすぎて座敷牢にぶち込まれることが多かったから、必然と座敷牢がオレの部屋になっちまったんだよ! 昔はちゃんとした部屋だったけどな!!」

 

 えぇ……と伊良子は裕次郎に対する評価を下げた。

 座敷牢にいつもいるからここが自分の部屋と(のたま)うなどと……こいつ何者だ。

 あれだけの強さと、周りに慕われる人徳があるのに、どうして道場では門弟の末席に名を置くことになっているのか……。

 

「おらどいたどいた。仕事があるんだからよ」

 

 伊良子をしっしと追い払い、裕次郎は机に向かって座る。手ぬぐいを頭に巻いて、胴着姿から着流しに着替えた。

 

 その下の肌を見て、伊良子は固まる。

 傷一つ無い、綺麗な肌であった。

 

 が、浮き出る筋と血管は、常人のそれよりも遙かに堅く、強固かつ強靱に見える。

 よくよく見れば、ないのは傷だけの話であり、剣を握る手の皮の厚さ、部位鍛錬による肘の異様なつくり、足の裏など明らかに常人のそれよりも皮を破っては治すを繰り返した跡がある。

 傷がない、というだけの話であり、剣の(ひじり)に至らんと日々鍛錬を行う剣士の体であるのは、間違いなかった。

 

「し、仕事でござるか? 普段の稽古は……」

「あ? んなもん出るときゃ出るよ。仕事や遊びに忙しいからな」

 

 仕事と遊びに忙しい。

 伊良子には理解できぬ言葉であった。

 (さむらい)とはお家を大事にし、上からの命令には絶対服従をお勤めとするはずだ。

 なのにお勤めと遊びが忙しい、というよりも遊びまで同列に加えているのは伊良子にとって聞いたことのない言葉である。

 

「仕事や遊びに忙しい、とはなんでござろうか?」

「言ったまんまだろ。やりたい仕事をやってるけど期日が間近だから忙しい、忙しい合間に友達と町で遊び歩く時間を捻出しても友達の用事や都合があるから合わせるのに忙しい。

 そんなもんだろ?」

 

 そんなもんだろと言われても……と伊良子は困惑するばかりだ。

 伊良子が何かを聞こうとする前に、裕次郎は机に向かって作業を始めてしまった。どうやら紙に絵を描いているようだった。

 絵師の仕事であろうか、と横から覗き見ると、これまた驚いた。

 

 なんと、描かれているのが先ほど拾った紙、というか市中で出回っている草双紙の登場人物ではないか。

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