シグルってたまるか   作:風袮悠介

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19話・目覚めたら知ってる天井でした。他人の家だけど。

「ふわぁ……」

 

 疲れからそのまま寝ちまったオレだったが、目を覚ました。

 天井が視界いっぱいに広がる。

 

「……知ってる天井だ。牢座敷のそれ……他人の家だけど……」

 

 ぼんやりとしながら身体を起こし、筋を伸ばしていく。布団も何もない状態で寝たので、身体中が固まってしまってるわ。

 ゴキゴキと身体の各所の関節を鳴らし、筋の状態を整えた。

 

 立ち上がってストレッチを行い、さらに身体がすぐに動ける状態にしておく。

 最後にもう一度身体を伸ばして、改めて周囲を観察する。

 

 牢座敷だけあって何もない。畳の部屋に太い格子状の木材で作られた牢屋って感じ。天井も壁も白い漆喰で塗られていて、窓がなかった。

 虎眼流の牢座敷はもうちょっといろんなものがあったのに……と寂しく思う。

 

 いや違うわ。

 あれはオレが持ち込んだもので、普通の牢座敷はこんな感じなんだわ。

 感覚が狂っちまってたわ。

 危ねぇ危ねぇ、もう少しで酷い勘違いをするところだったわ。

 

 さて、話を戻そう。オレの目的を果たさないといけない。

 

「おーい! 誰かいないのー!?」

 

 叫んでみたけど返事がない。廊下の向こう、曲がり角の先から人の気配はするんだけど、こっちを気に掛ける様子がない。

 ていうか時間がわからん。窓がないから外の光が入ってこないし、奥まった場所にあるから日の光があんまりとどかない。基本、薄暗いところにあるのだ。ここは。

 

 いや、牢座敷は普通こうだわ。オレが魔改造した虎眼屋敷の牢座敷とは違うんだ。

 

「おーい! おーい!! おーーい! おーーい!! 誰かいないのー!!! お腹減ったんだけどー!!! 朝ご飯だかなんだかわかんないけど飯をくれー!!!」

 

 ……しーん。

 何も返事がない。人の気配があるのに反応してくれる気配がない。

 格子に手を掛けて廊下の向こうがどうなってるか覗こうとしてしたけど、見えないや。

 

「はぁ……」

 

 どうしよ、と思いながら部屋の真ん中に戻る。

 なーんか無視されてるなぁ、ダメだわ。

 

 仕方ないわ。誰か戻ってくるまで稽古をしよう。

 

 来ていた服を袴を残して全部脱ぎ捨て、白漆喰の壁に向かう。

 膝を曲げ背筋を伸ばし、左手を腰に右手を平拳の形にして壁に当てる。

 

 呼吸を整え、足から膝、股関節、腰、丹田と力を漲らせる。

 ここで力を限界まで溜めるイメージを行うんだ。

 

「ふぅー……すぅー……はぁー……っ」

 

 呼吸を整えて、深く、大きく肺を膨らませて肋骨が十分に開いていく。

 気が整った瞬間。

 

「ふん」

 

 丹田に溜めて止めていた力を解放、平拳をにぎり込み、壁へと打撃。

 所謂寸剄を壁に叩き込む。

 

 っゴ。

 

 壁から短く、だが響く打撃音がなった。威力は十分。

 呼吸を整えて姿勢を正し、左手でも同じ挙動を行う。

 一発目の時点で壁には何の破壊跡もなかった。よし、成功。

 

 (とお)し、発剄といろいろと名付けられる技法がある。

 漫画とかであるとんでも武術の一種だが、実は現実にも似たような技術技法というものがあるんだ。 

 とはいえど、本当に衝撃を貫通させるとかそんなもんじゃない。

 どっちかというと「押す」という感じかなぁ?

 よくわからんが、この動作を繰り返してる。溜め、止め、解放。なんとなくだが、これを養うのにちょうどいいかなと思って。

 

 なんせここはシグルイワールド。とんちきな物理現象すら実現してしまう謎世界。

 

「雑念雑念……今は、集中。鍛錬を繰り返せ……」

 

 溜め、止め、解放。 溜め、止め、解放。 溜め、止め、解放。 溜め、止め、解放……。

 

 誰も気づかない座敷牢の奥で、黙々と体内の力の扱いを極めていく。

 次第に思考がクリアになり、鍛錬による身体の痛みすらどこか遠くへ消えていった。

 身体の中の力に矢印のイメージが加わり、より一層力を扱う感覚が磨かれ没入していく。

 

「いい加減しろ!!!」

 

 何発繰り返したか。いつの間にか座敷牢の格子の向こうに、一伝斎の爺さんが立っていた。両脇には兵馬数馬兄弟が立っていた。顎には湿布のようなものがはりつけられている。

 

「お、やっと来た? とと、これじゃまずい」

 

 オレは急いで脱ぎ散らしかしていた服を身につけて、一伝斎の爺さんと格子越しに対面した。

 

「失礼した。いやぁ、だーれも気づかないので暇でな。鍛錬を」

「その音がうるさいというのだ! なんださっきから壁を殴りおって!」

「だって、誰も来ないし……」

 

 ふと壁を見れば、少しだけ打撃痕が残っていた。ちぇ、完璧にできたと思ってたけどまだまだだな。

 

「それで? オレの兜投げの参加は認められるのか?」

「うむ……」

 

 一伝斎の爺さんは苦々しい顔を浮かべていた。お、これはあれか? 屈木頑之助に向けて兜を投げたみたいな、そんなこと考えてる? もしくはそもそも参加させないとかそういう感じ?

 一伝斎の爺さんの悩みに対し、なんと兵馬数馬が口を開いた。

 

「親父殿、やらせてみてはいかがかな」

「この者が己たち二人を相手にしてまで得ようとしたのです。どのような魂胆があれ、為した以上は参加する資格ありかと」

 

 おかしい、この二人がこんなに優しいか? なんでいきなりオレのフォローをしやがる?

 まさか、と思って二人の顔を見た。

 

 どこか目つきが熱を帯びている気がする。

 

 しゅん、と下腹部に寒気が奔り、思わず尻を固く閉じてしまった。

 気のせいだと思いたい。

 何より、この二人にこれ以上の話をさせるのは危険だと判断した。

 オレはその場で正座をし、一伝斎の爺さんに向けて平伏する。

 

「お願い致しまする、舟木一伝斎殿。某をどうか、兜投げに参加させていただきたい!」

「目的はなんじゃ?」

 

 平伏したまま、一伝斎の爺さんの問いに答えた。

 

「我が師にして義父、岩本虎眼が開眼せし虎眼流の奥義、流れ星。そのさらなる深奥たる凶つ星と綺羅星を完全なものとするため、舟木流の兜投げの極意が必要なのです。

 もし兜投げに参加させていただけるならば、舟木流兜割。某がさらなる深奥をお見せいたしましょう。虎眼流と舟木流の合わせ技、鎧断ちをご覧にいれます」

 

 格子の向こうより、息を呑む声が聞こえた。

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