舟木一伝斎の爺さんの屋敷の庭にて、オレと舟木兵馬数馬、舟木一伝斎の爺さんの四人が集う。
もう夕方だよ。空は夕焼け色だよ。
「明日にしない?」
「ふざけるでない。舟木の兜投げに飽き足らず、さらには鎧断ちなる秘奥を見せるだと?」
一伝斎の爺さんは苛立ちを隠そうともせずに言い放った。
「虎眼のクソガキめ……随分と大きなことを言いおる」
「できるっちゃできるしさ。それに、兜割が舟木流の強みでもあり、舟木流の弱みでもあるしな」
途端に舟木一門の三人から殺気が湧き上がる。おーおー、舟木流は荒っぽいこと。
だけど、それを認めないことには舟木流にも虎眼流にも先はないんだよ。
オレは返して貰った腰の刀を抜き、肩を回した。
「さて、さっさと兜投げをしてくれ。いつでもいいぞ」
「そうか」
兵馬の方かな? が用意してあった兜と鎧のうち、兜の方を手に取った。漫画で見たような兜だな。立派な奴だ。
「ではいく――」
ぞ、の言葉が放たれる前に、兵馬がオレの顔面に向けて兜を投げつけた。全力の一投だ。
そのまま喰らえば、顔面が潰れていたことだろう。
だが、予想はしてた。
一伝斎の爺さんは、屈木頑之助に対してやってたからな。
息子がやらない、なんてないだろう、と。
オレは瞬時に刀を両手で握り、身体を捻り回転させ、全身の力を一旦肩甲骨辺りに溜め、勢いを止める。
回転の最中に兜がちょうど良い位置に来たのを確認し、一気に解放。
身体の回転と流れ星の術理によって解放された斬撃が、
跳ね上がる白刃が、兜を一刀両断せしめた。
ぎぃん、という異音を鳴らして真っ二つになった兜はあらぬ方向へと飛び、オレから離れた地面に落ちて金属音を鳴らす。
「ふぅ」
額に流れた汗を拭い、オレは一息を吐く。
あっぶね、咄嗟にできて良かった。伊良子の兄者の無明逆流れを真似したものだ。
あれはとんでもない
特に逆風で、唐竹や横薙ぎよりも強く速い斬撃を放つその異色の技は魅力的だ。
唐竹よりも強い逆風の技ってのは、それだけ通常の剣士にとっては驚異だし。
「それで? 兜投げは為したぞ?」
へへ、と笑って一伝斎の爺さんを見るとあんぐりと口を開けていた。
兵馬数馬兄弟もしかり、だ。
そらま、彼らの常識では「兜投げは体重を乗せ、兜の位置と斬撃のタイミングを合わせて切りつける」技だからな。上から下、重力を利用しないとできない、という常識に染まっちまってる。他にも術理はあるが。
そこに止まっちまってるから、舟木流は先に進めねぇんだよな。
「次は鎧断ちを見せてやる。ほら、その鎧を投げろ」
オレは兵馬の近くに置かれている鎧を指さして言った。
兵馬はおずおずと鎧を拾おうとしたところ、代わりに一伝斎の爺さんが拾う。
「お、爺さんが投げるのか? 大丈夫――」
か。と聞く前に気づいた。一伝斎の爺さんの全身に力が漲っている。舟木の怪力の特性、その初代の肉体が明確に盛り上がっていく。
いかん、先に投げられる。
鎧、というのは南蛮胴のことだ。虎眼流の水練に用いる、胴体の部分だけだが。
とは言えども兜以上に鉄の塊って物体だ。
兜よりも大きく、継ぎ目はない。
オレは刀を大上段に構える。いや、大上段よりも高く、高く、空に浮かぶ星々すらも
さらに、両手を柄尻近くで握り、できるだけ刀を長く保つ。
両足を肩幅よりも大きく広げ、大きく息を吸った。
肩、肘を限界まで緩めるようにして大きく大きく高く構える。
一伝斎の爺さんの目が狂奔に染まり、オレに向けて兜よりも大きな鉄の塊、鎧を投げつけてくる。速い、マジで速い。これで兜だったなら、そら油断してた屈木だと避けられんねぇ。
ふぅー、と息を吐きながら、大上段に構えた刀を、重力に従うように肩の力を抜いて振り下ろす。刀の加速が十分に乗った数瞬後に、今度は肘の力を抜く。
同時に左手の位置はそのまま柄尻に、右手は流れの握りの如く鍔元まで滑る。
重力、握り位置の変化、膝抜きによる全身落下、息を吐くことによる体軸の調整。
そして、鎧に刃が命中した瞬間。
「ふん!!!!」
一気に全身の力を溜めていた肩甲骨の辺りの止めを解放! 一気に全身の関節を固定、手首を締め、握りを固め、刃の威力と速度を極限まで上げる!
あとは、イメージ。
星を
ヂュゥゥイイイインン!!!!!
強烈なまでの異音と共に、南蛮胴の一番硬い正面と、命を守る背面をもろとも左右真っ二つに両断せしめて地面にたたき落とす。
刀の勢いは止まらない、止めるつもりはない。
もとよりこの刃、
地ごと叩き割るつもりよな!!
ずどんっ。
オレの刀が、地面を大きく切り込む形でめり込んだ。
刀身の八割が、地面に食い込む。
「――ふぅ……っ!」
地面に落ちるは真っ二つにされた兜と鎧。地面に突き刺さった刀が一本。
夕焼けをバックに、オレはもう一度舟木の一派を睨んだ。
「これが、威力と速度を増した
兜どころか鎧すら両断できる一撃必殺。
鎧断ち……いかがかな?」
オレは額から止めどなく流れる汗を拭うことなく、ニヤリと笑った。
呆然として動かない舟木の三人の後ろ、屋敷の影にちらりと、千加の姿を見た。