まあいいや。お楽しみに。
刀をなんとか引き抜いて、オレは一伝斎の爺さんの案内で道場へと向かう。
オレたち四人だけで誰もいない、これから夜の帳が降りるころだ。一伝斎の爺さんは小間使いに命じて蝋燭を持ってこさせた。
あと、たくさんの酒も。
なんか知らんが、酒盛りを始めました。
「はーははははは!!!」
「いやぁ、若いもんだがやるのぉ!!」
「まーねぇーあははははははは!!!」
グビグビと四人で酒を浴びるように呑み、一気に酔っちゃった。
なんかわかんないけど、一伝斎の爺さんが涙を流しながら笑ってるし、兵馬と数馬はふんどし一丁で裸踊りまでやってる。なんで??
「まさか儂の兜投げが、ああも見事に鎧までも断ち切るとは喃! それを為したのが虎眼流の小僧とは……悔しいわい!」
「親父殿!」
「親父殿!」
「なーに言ってんのさ! 舟木流という土台に虎眼流を乗っけただけだよ!! 舟木流がなかったら鎧断ちは成功してないさ!!」
あっはっは、と一伝斎の爺さんの背中を軽く叩いて慰めた。
あ、これはあれだ。悔しさで笑って泣くしかなくなってる奴だ。
よく見たら双子も似た感じで泣いてた。悔しすぎて裸踊りしてるの? よくわかんねぇよ。
「泣けることを言うのぉ……舟木流だけで鎧を断ち切りたかった! いずれは兜も鎧も、具足まるごと叩き割りたかった喃」
「そらぁ理想論だ。いつかは外の技術だっているさ」
オレはしんみりとして答える。
「一つの流派の中で技を磨けば特異性は生まれるけど多様性、対応能力が失われっちまうからよ……伝統は守らにゃならんが、かといって頑固に閉じこもってちゃ、先がねぇよ。虎眼流みたいにな」
オレの言葉に一伝斎の爺さんがギョッとした顔を浮かべた。
「お主、虎眼の義理息子であろう。自分の流派をそのような」
「事実だ。オレはオレなりに汎用性、つまりは虎眼流が門弟や高弟に習得“しやすい”形にしようと頑張ったが、やっぱ難しい。あれは、虎眼の親父専用の流派だよ」
「何故そのような」
「簡単だろ」
ぐびり、と盃の酒を呷ってふぅと息を吐く。
「ありゃもともと、虎眼の親父の右手が“六本指”だから成り立ってる流派だ。仮にオレや源之助アニキ、牛のおっさんが鍛え極めていこうが、その六本指を得られない以上は極められんだろ」
悲しい話だが、もともと虎眼流は他人には教えられない専用流派なんだよ。
虎眼の親父の右手は多指症、普通の人より指が一本多く、しかも常人以上に全ての指が神妙かつ精妙で精密、器用に動かせる。
この特異性、独自性こそが虎眼の親父の強さの源泉であり、虎眼流の根底にあるものだ。
だが、あれは虎眼の親父と同じ六本指じゃねぇ普通の人にゃ、扱うのは困難とも証明している。
実際に虎の握りをしてみると、小指側にもう一本指があれば安定して握れるなぁ、とは何度も思った。
流れ星を会得したときも指がもう一本ないと振り抜くときの力の込めがそもそも足りない。
そして、流れ星最中の柄滑りでさえも速度が安定しない。正確に言うと流れはできるが流れの最中の握りの感覚があやふやになっちまう。
これを経験と勘、鍛錬を経て身に付けるんだろうが、だからといって五本指で虎眼の親父のように強くなれるか? と聞かれりゃ微妙だ。
「……だからな、一伝斎の爺さん。オレはここに来たのよ。舟木に伝わる兜投げの術理を学び、最終的に舟木一族“以外”の人間もできるようになるその秘伝の“継承の術理”を学びてぇんだ。
オレだけができても仕方がねぇ。手の中豆だらけ血だらけ、身体をいじめ抜いた才ある門弟が、いつか開祖の術理全てを会得し、独自の術理を加えて進化できる土台を作らなきゃいけねぇと思わねぇか?」
オレの問いかけに、一伝斎の爺さんは手酌で盃に酒を汲み、一気に飲み干した。
「思わぬ」
そして、歴戦の剣士、かつて戦を生き残った名人の鋭い瞳が、オレの目を貫くように睨む。
「……秘伝はみだりに外部に持ち出すべきものではない。秘伝は秘するが故に秘伝であり必殺となりうるのじゃ」
「だが兜割は門弟のものだって会得できる! 一伝斎の爺さん、あんたたち一族の怪力の特性を持たぬ門弟も、あんたたちの背中と剣を見て、いつかできると信じて剣を振って身体を鍛えぬいてるだろう! そして、それを為したものがいるんだろう!」
思わず興奮して叫んだ。一伝斎の爺さんは怯むことなく、オレの目を睨み返していた。
オレもその目を正面から睨み、口を荒げてしまった。
「あんたたちのような怪力を持たない奴でも兜割ができる! そこにはきっと、一伝斎の爺さんよ。あんたが気づかない、何か素晴らしい継承の術理が、鍛錬の知恵が! 舟木流にあるはずなんだ!
舟木流はすげぇよ! 虎眼流だって強さじゃ負けねぇよ? だが、これが十年後、二十年後、三十年後になったらどうなる!?
兜割はいつか遙かの未来で、もしかしたらオレの鎧断ちを越えて具足砕きって名前であらゆる防御、あらゆる防具をも無意味にする、真の一撃必殺になってるかもしれねぇんだ!
虎眼流はどうだ!? あまりにも個人の才覚にその習得難易度を依存しすぎてる! オレや源之助アニキ、牛のおっさん、気に入らねぇが伊良子の兄者のような本当の意味での天才にしか習得できない! そんな流派に未来があるか!?
どんな時代にも天才はいるだろうよ、だが、その天才が自分とこの流派に都合良く現れ続けると思うか!? あるわけがない、あるときは舟木流に、あるときは虎眼流に、あるときはタイ捨流、あるときは柳生新陰流、あるときはどこかの剣術道場に現れるんだ!
何時の時代も! 技術の継承に骨を折って本当に苦労してきたのは天才じゃない! 千加目当てで来てるあの門弟達のような凡人だ! オレのような変人だ! あるいは高弟たちのような苦労人たちだろう!
天才頼みの流派なんぞ、いつか消えるんだ! オレは虎眼流を消したくない、舟木流のように鍛錬の果てに秘伝に辿り着けるような、素晴らしい継承の仕組みを持った流派にしたい!
秘伝は秘するが故に秘伝足りうる、それは必殺となるだったな!? 秘伝なんぞ、個人の技量や特性によって、個々人によって形は変わるんだ! 秘伝の根っこは一伝斎の爺さん、アンタの兜割だ! アンタの兜割が舟木流の時代の始まりなんだ! それを秘密にしちまったら、舟木流だっていつか消えるぞ!
胸は張って堂々と儂の兜割を越えていけと! 堂々と言い放っちまえ! 未来の門弟たち、その子々孫々に至るまで! 舟木流の兜割の根底にはあんたがいるんだ!
百年後二百年後……秀才たちが繋いだ流派の命脈はきっと、この地に根付く。舟木流にはその可能性があるんだよ……。
そのあんたがみみっちいことを言うもんじゃねぇよ……」
ちょっと熱くなっちゃった。
なんかいろんなことを語った気がするが、なんか酔っ払ってきて覚えてないや。酒を手酌で盃に注ぎ、ちびちびと飲む。
眠たくなってきちゃったな。
「お主は」
一伝斎の爺さんの声が、眠りかけのオレに耳に届いた。
「儂の兜割が、舟木流が、百年後の未来にもあると思うておるのか?」
「思うじゃねぇよ、確実にあるだろうさ。時代に合わせて流派の形を変え、在り方を変え、だが伝統は守っていきゃあ、きっと。一族が慢心せずに頑張りゃ、百年後なんて小さなことは言わずに四百年後の遙か未来にすらあるだろうよ」
ダメだ、なんか叫んで酒を呑んじゃったから、頭がふらふらしてきた。
一伝斎の爺さんの声が震えて聞こえる。こりゃ、相当末期だわ。
「あー、悪い。酔っ払ったから寝るわ……座敷牢借りるぞ、あそこは寝床にゃちょうどいい」
盃を道場の床に置き、オレはさっさと立ち上がって道場を出ようとした。
ふと後ろを見ると、肩を震わせて泣く一伝斎の爺さんと、同じく泣きながら爺さんの背中と肩をさする双子の姿が。
酔っ払ってるってことにして、さっさと寝るかぁ。