シグルってたまるか   作:風袮悠介

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2話・そうだ! 悪童藤木源之助をぶちのめせばいいんだ!

 シグルイ世界で生き残るには、まず即死イベントが発生する時期と場所から逃げることだ。

 

 たとえば、居酒屋から長屋に帰るまでの夜の道で、イケメンとすれ違ったら首ちょんぱされる。

 言わずもがな伊良子清玄による、猫ちゃん惨殺シーンである。

 

 あるいは掛川宿の食事処で竹光を咥えたさらし首の話をしたら、後ろから虎拳で首の骨を折られて死ぬ。

 もちろん、我らがちゅぱ右衛門こと虎眼流の高弟、山崎九郎右衛門による無礼打ちである。

 

 超無礼講の宴でどんちゃん騒ぎをしていたら、遺体が刀を持って襲いかかってきて死ぬ。

 有名な牛股権左衛門の筋肉が伊良子を恨んだが故の復讐劇だ。

 

 このようにシグルイには、時と場所が合致してしまうと、主要人物以外はことごとく死んでしまうイベントが目白押し。

 特に俺と関係あるのが源之助対伊良子による仇討ち戦。

 源之助が負けた後に助太刀した牛股によって、伊良子側の助太刀たちがことごとく殺され、助太刀たちが持っていた槍が野次馬していた町民に命中して死んでたりするんだ。

 そんな残酷無残を体現したシグルイ世界で生きる残るためには、最初に言ったとおり『即死イベント』が発生する『時期』と『場所』から逃げること。

 この場合だと仇討ち場には行かない。これで大丈夫。まさか槍が上空を飛んで京都にいるやつに当たるなんてあり得ないのだから。

 

 なので、俺がすることも至極簡単な話。

 『悪童藤木源之助から逃げる』。

 これに尽きることだ。あいつは前にも行ったとおり、下手したら銃殺しなきゃ駄目なほどの外道畜生だ。エンカウントすれば、頭に石をたたきつけられて殺される可能性がある。

 

 ちなみに懐柔策は不可能だ。

 

 助太刀に出た牛股を石田凡太郎というものが宥めようとしたら、ひえもんとりで殺されるし。

 源之助は裏切ったとはいえ字を教えてくれた兄弟子の興津三十郎を対しても躊躇なく「虎子の間……まこと広うなり申した」と斬り殺してる。

 いや、これは興津が裏切ってたからわからんでもないが。

 

 とにかく、長いものに巻かれるようとするのは無意味だ。

 そんな軟弱なことをした時点で士道不覚悟で即死、やってはいけない。

 岩本虎眼なんて自身に忠義を捧げ頑張っていた牛股の口に、気に入らない返答をしたからて刀をぶち込むような所行をやるようなクソジジィだぞ。愛人のいくに近づいた日にゃ嫉妬で殺される。

 

 とにかく、だ。

 シグルイ世界の即死イベントを避けて平穏無事に生きるには、まず悪童藤木源之助が源之助アニキに殺されるまで逃げ切ればいい。

 だが、俺の中でもう一つの解決策が閃く。

 

 悪童藤木源之助を逆にぶちのめす。

 あとは知らぬ振りすることだ。

 

 これをやると吊されから虎眼に連れ去られになるのでは? と思うが、この場合は士果たすではなくぶちのめす、すなわち俺たちに手を出されないようにするため、力の差を教えてやることだ。

 武士とか農民の権力の差とか知らねぇ、このままだと近所の可愛い女の子の尻に木の棒をぶっ刺されるかと思うと我慢できねぇ。

 しつけのなってねぇガキはゲンコツでしつけるに限るんだよぉ!

 

 しかし、奴は源之助アニキを柔で絞め落とすことができる業前持ちだ。油断はできねぇ。

 

 

 

 

「源之助のアニキ。俺と武道の稽古をしよう」

 

 ある日の畑仕事のあと、時間ができた時にアニキに提案してみた。

 他の二人のアニキは心も根性も農民だから、武士をぶちのめすなんてやらねぇだろう。

 だが源之助アニキなら?

 

「……」

 

 源之助アニキは頷いてくれた。やっぱりな。

 アニキは愚鈍だなんだと言われてるが、言われてることは理解してるし言われたことはちゃんとやる。ただ言葉にするのが苦手なだけだ。

 ちゃんとお願いすれば聞いてくれるし、ダメなことは首を振って否定する。黙ってるようで結構意思表示はしてるのだ。

 言わねぇから、察する難易度が高いが。

 

 アニキと家の裏で、軽く準備運動をしてから体を動かしてみる。

 

「アニキ、背負い投げって知ってるか?」

「……」

 

 源之助アニキは首を横に振る。小さく振るな、もっと大きく振ってくれ。無視されてるようで不安になる。

 

「じゃあ関節技は? 腕ひしぎ十字固めとか脇固めとか、アキレス腱固めとか」

「……」

 

 これもアニキは首を横に振る。

 あれ? この時代にも柔とかいうのがあるから、柔道技があると思ってたんだけど……。

 

「えーっと、鉤突きって知ってる? 直突きは?」

「……」

 

 もう一度アニキは首を横に振った。

 あれ? おかしい、もしかして俺は勘違いしてる? 空手とか柔道とかって有名じゃない?

 まさかこの時代にはないとか? てっきり結構昔からあると思ってた。

 

「回し蹴りは!? 前蹴りとか後ろ回し蹴りとか踵落とし!」

「……知らない」

 

 うぉ、アニキの声を初めて聞いた。驚いて固まっちゃった。

 知らない、知らないかぁ……これはあれか、農民だからか?

 ちょっと考えて、俺は思い出した。

 この時代に柔道はまだねぇんじゃね。嘉納治五郎、まだ生まれてないんじゃねぇか?

 空手とかたしか(てい)って名前じゃなかったっけ? こっちにまで広まってねぇとか?

 くそ、ちゃんと勉強しとけばよかった! ずっと未来の格闘技か、それか有名じゃなさすぎて知られてないって奴か!

 

「……アニキ。俺、喧嘩しなきゃいけないんだ」

「……?」

「あの藤木源之助をぶちのめしたい」

 

 ちょっとだけ源之助アニキの瞼が動いた。驚いたのか、これは?

 

「あいつ、俺たちが農民だからって無茶苦茶しやがる……だから襲いかかって決闘だ! とか言って、そのままあいつが農民に手を出さなくなるまで殴りてぇ」

「……」

「権力で潰しに掛かってくるかもだけど、権力使わないと勝てないという屈辱で藤木源之助をつぶしてぇんだ! 協力してくれ」

 

 頭を下げてお願いしてみたら、アニキはゆっくりと首を縦に振った。

 よし! アニキは最終的に悪童藤木源之助ををズタ袋みてぇに振り回す奴だ、この人を稽古相手として手伝ってくれれば、きっと勝てる!

 

 心のどこかでぜってぇ意味がない、と思ってるけど知らねぇ。

 あのクソガキ、ぶん殴ってやらないと気が済まねぇ!

 

「じゃあ俺が技を教えるからさ、型稽古からやろうぜ。ちょっとずつ覚えて、俺とマススパー……じゃねぇ、寸止め試合稽古できるまでやってさ……」

 

 このときから、俺と源之助アニキによる秘密の特訓が始まった。

 

 

 

 

 結論から言うと、源之助のアニキは凄かった。

 何が凄いって、俺が教えた技と型をひたすら繰り返すんだ。

 ひたすら。

 マジでずーっと繰り返し続ける。止めよう、と言うまで続ける。パンチも、キックも、投げも、関節技も、絞め技も、ずーっと型を続ける。

 俺がちょっと教えるだけ繰り返し続けるから、あっという間に技を身に付ける。

 適当な格闘技の技を教えただけで、それなりの武術の形になるの凄いと思う。

 たった一週間で寸止め稽古ができるくらいになってる。

 

 むしろ俺より強いわ、アニキ。

 

「うわっ! ……くそ、参りました……」

「……」

 

 油断したところで上段蹴りを寸止めで決められ、降参宣言。

 息を上げた状態でその場で尻餅を突き見上げた。

 アニキは息切れすらしてない。さっきまで結構激しく動いてたのに。

 

 この人、人間? 本当に?

 

「ふぅ……助かったぜアニキ。これで、戦う準備が整った」

「……」

 

 俺は立ち上がり、アニキに礼を言った。

 ここ数週間、稽古相手としてアニキは最高だった。

 一緒に頑張ってくれて、強くて、いくらでも付き合ってくれる。尊敬できるアニキだ。

 

「まぁ死んだら骨を拾ってくれ……さっそく行ってくる!」

「あ」

 

 アニキが俺を止めようとする前に、俺は村に向けて走り出した。

 まだ畑仕事が残ってる昼だけど知らねぇ、俺はあいつをぶちのめすためにいるんだ!

 

 

 

 

 なお、喧嘩で叩きのめしても権力が出てきたらどうしようもないってのはわかってるけどな!

 封建社会はクソだぜ!

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