シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第六景 鎌鼬・その二 異聞譚

 闇夜の山中にて、四人の剣士が立ち向かう。

 背中合わせの形で刀を上段に構えるは、舟木流免許皆伝の数馬と兵馬の双子。

 二人の正面に立つのは頭巾で顔を隠した凶漢二人。

 

 凶漢……その下の正体は、虎眼流師範代の藤木源之助。

 同じく虎眼流の手練れであり天稟を持つ伊良子清玄。

 

 伊良子は正面に立つ数馬を前に、刀を構えるものの、踏み込めずにいた。

 

(己の方が速い。己の方が……)

 

 伊良子の脳裏に浮かぶは、踏み込んだ自身の刺突が数馬の喉を貫く姿。

 しかし、同時に伊良子自身も数馬の唐竹割りにて頭を……どころか、背中まで断ち割られていた。

 速さでは確かに伊良子の方が勝っている。その柔軟且つ俊敏な動きを支える脚による踏み込みならば可能である。

 だが、数馬はそんなに甘くはない。殺されようとも殺しにくる。そして、それは必ず為される。

 

(相討ちでは困るのだ)

 

 伊良子にとって、この死合いはあくまでも三重の婿選びのための足掛かりでしかない。勝って当然、生きて帰って当然のものでなくてはならない。

 例え討てたとしても、殺されたり身体に後遺症など残ってしまっては話にもならない。

 

(相討ちでは……)

 

 伊良子の頭巾の下は、冷や汗が滲んでいた。

 どう攻め込めば勝てるのか、想像だにできないからだ。

 

 なにせ、振り上げた刀を勢いよく下ろすだけの双子の剣法だが、その間合いに入ることは死を意味にするのだから。

 

 それはもう一人の凶漢である源之助も同様だ。伊良子のような野心にて立ち会っているわけではないが、相討ちでは意味がない。

 師、岩本虎眼が首を取ってこいと言うのなら、生きて帰って首を持ち帰らねばならぬ。

 それがお家のため、当主の命令を遂行するということだ。

 

「早よ来い、日が昇ろうぞ」

 

 数馬が伊良子に言葉を投げかける。もちろんだが、伊良子は答えない。

 

「臆したか、かまいたち」

 

 兵馬もまた源之助に言うのだが、こちらも応えない。

 

「いや」

 

 ふ、と数馬が笑った。

 

「虎眼流」

 

 兵馬の言葉に、伊良子と源之助の背中に緊張が走る。自分の正体が悟られていたとは。

 こうなってしまっては必ず殺さねばならぬ。生きて帰られ藩庁に訴えでもされれば岩本家にどんなお咎めがあるかわからぬからだ。

 闇夜に乗じて他流派の剣士を襲撃するなど、天下太平の世で許されるはずがない。

 

 覚悟を決めた。

 源之助は構えを解き、頭巾をずらして口元を露わにする。呼吸が楽になった。

 

「掛川の藤木か?」

 

 兵馬が話し掛ける。

 おや? と源之助は表情を変えぬまま不思議に思った。

 どこか数馬と兵馬の警戒が緩んだからだ。敵を前にして、何故気を緩めた?

 理由はわからぬが、源之助のやることは変わらない。

 源之助はおもむろに、右手の刀を担いだ。

 

「藤木よ。(ふみ)のことは知ってるか?」

 

 さらに兵馬は質問をする。だが、源之助は答えなかった。

 

 源之助は刀を担いだまま思案する。

 こいつは何を言ってる?

 文とはなんのことだ。もしかして、自身と伊良子には知らされていない何かがあるのか?

 虎眼先生は何も言わなかったし、兄弟子牛股も何も言わなかった。

 あるいは、何も知らぬままでも目的を果たせるかを試しておられるのだろうか?

 

 念のために、源之助は首を横に振った。

 

 兵馬は源之助の行動を見て、確信する。

 どうやら源之助は親父殿が裕次郎に秘する形で出した文のことを知らぬらしい。

 というより、弟である裕次郎が世話になっている舟木流の剣士に兄の源之助が襲撃を掛けるなど、さすがに重大な行き違いがあったとしか思えない。

 我らが末妹の婿となる男の兄が、何故このような凶行に及んだのか。

 わからぬではあるが、殺しにくるのならば仕方ない。返り討ちにしてくれる。

 

 二人の間で戦闘のための大義名分が定まる。瞬間、両者間の殺気が捻れ狂うように交わった。

 

 そして、兵馬は父一伝斎の言葉を思い浮かべる。

 ――虎眼流が太刀を担いだら用心せい。

 

 前までの自分ならば、間合いの遠さからこう考えるだろう。

 

 何ができるというのだ、その間合いから。遠い! 遠すぎる、と。

 

 そして、殺されていたに違いない。

 忠告を無駄にして。

 今は違う。

 

 ――太刀を担いだとしても、あれには左右の選択肢があるんだ。とはいえあくまでも奇襲戦法、タネが割れれば大したことはねぇよ。オレのように工夫をしてるなら、ともかくな。

 

 義弟の言葉を思い浮かべる。

 ああ、そうである。知られていてなお、義弟のあれはやっかいだった。知っていても、知られていることを前提に二重三重の罠を張り巡らしてくる。故に、義弟のあれは奇襲戦法としても真っ当な剣術としても完成されていた。

 だから、と。数馬は確信する。

 裕次郎のあれに慣れていた自分ならば、反応は可能だと。

 

 源之助の腕が動く。

 兵馬は刹那の中に見た。

 

 源之助の右手の内にて、鍔元の縁から柄尻の頭まで横滑りをしており。

 切っ先が予想以上に伸びるのを。

 

(! 裕次郎のそれより間合いの伸びに冴えがある!)

 

 ヒュン――

 

 ――ガィイイン!!!

 

「!?」

 

 咄嗟に兵馬は源之助の刀を撃ち落とした。

 勢いよく下ろした刀が、自身の額を切り裂かんとする斬撃をたたき落とす形になる。

 

 当然の話だが、横滑りをする柄を握る右手では、撃ち落としに際して握力が足りるわけがない。

 刀を取り落とし、すぐに斬り殺される。

 それが普通だ。

 

 だが源之助の刀は撃ち落とされず、源之助の右手にあるままだ。一度地面を跳ねる形となり刃毀れが生じたものの、源之助の右手から離れていなかった。

 すぐに踏み込んで次の技を繰り出そうとした数馬だったが、寸前で止まる。

 

 源之助の目が死んでいなかった。

 

 源之助は寸前で見切ったのだ。

 ――自身の流れに反応される。

 精妙なる握力の調節が出来なければあらぬ方向へ飛んでいくだろう刀を完璧に操る虎眼流源之助にとって、流れを撃ち落とそうとする数馬の動きに反応して、流れの最中であった右手の握力をすぐに強めることなど簡単である。

 

 それに気づいたが故に、兵馬は攻めを躊躇したのだ。

 この男は、裕次郎と同じだ。工夫する側の人間である。

 

 兄、兵馬が攻め込まれたとき、弟、数馬も反応する。

 伊良子は源之助の攻めに同調するように踏み込んだのだ。一瞬で間合いを詰め、跳躍。

 大柄な数馬の頭上を取る形で、伊良子の刀が数馬に襲いかかる。

 

 ――上にいる相手って厄介なんだよな。攻めにくいし守りにくい。

 ただ、下にいる奴が何もできないわけじゃない。

 

 数馬は見上げる形となった伊良子の刀に対して、すぐに反応する。

 すでに間合いは近すぎる。刀を振るっていては間に合わないし十分な威力は出せない。

 だから、裕次郎がかつて数馬との稽古でやった技を使う。

 

 ぬ、と。伊良子の服を数馬の左手が掴んだ。

 

「っ!」

 

 伊良子の刀は躱されてしまい、空を切る形になる。

 さらに、数馬の左腕が隆起した。

 

「ぬん!!!」

 

 左腕の力の入り具合を見て、何をされるか悟った伊良子。刀が折れぬように気を付け、すぐに受け身が取れるように身構える。

 

 ずどん、と。伊良子が地面に叩きつけられた。

 地面に激突する瞬間、伊良子は受け身を取りつつ数馬から遠ざかるように転がる。

 伊良子がいた位置に数馬の突き下ろしが刺さった。あのままだったら殺されていただろう。

 

 伊良子は九死に一生を得た状態で、立ち上がりつつ思考を巡らす。

 

 早さで勝っていると思っていた。

 事実、勝ってはいた。不意も突いた。

 だが、早さだけで勝てる相手ではない。

 

 伊良子の背筋に、冷たい汗が流れた。

 

「ふん、その程度か」

「虎眼流、破れたり」

 

 兵馬数馬が二人に宣言する。

 源之助は再び刀を担ぎ、伊良子は立ち上がり構える。

 予想以上に強い。どうすれば勝てるのか。

 

 そのとき、藪から誰かが現れた。

 四人の視線がそちらへ向く。そこには狐の面を被り、着物の上だけを着たふんどし一丁の謎の男が立っていた。

 右手には太刀が、左手には小太刀が握られていた。

 

 四人が呆けた顔をする中で、狐面の男が左右を見た。

 

「おぬし、何物ぞ?」

 

 伊良子が問いかけるが、狐面の男は無視した。

 そして、言葉を発した。

 

「かまいたちと名乗ったならば、こちらも名乗ろう」

 

 狐面の男は源之助に向かって歩き出した。

 

「我、武士に非ず。中山峠の妖狐なり。山を荒らすかまいたちめ、我の縄張りを荒らすとは身の程知らず、しばいてくれる」

「? 何をしてる、裕次郎」

「オレは狐なの!!!! 今は狐なの!!!!!! もうちょっと芝居に付き合えよアニキ!!!」

 

 唐突に怒声を上げて狐面を地面に叩きつけたその下の顔は、源之助の弟である裕次郎であった。

 怒っている裕次郎に、源之助は戸惑いながらも言った。

 

「あ、ああ。だが、妖狐を名乗るとしても、なんだ、そのような風体は、その、兄として心配になるぞ」

「二人が襲撃を掛けるのが見えたから着替えも中途半端で飛び出してきたからこうなんだよ!!! そこを指摘するな!!! ええい、この妖狐、伊良子清玄を成敗してくれる!!!」

「何故己!?」

 

 裕次郎が伊良子に襲いかからんとしたとき、何故か闇夜の山中にどから、どから、と馬の蹄が激しく鳴る音が響いた。

 今度はなんだ、と音がした方を見ると、なんとそこには馬に乗った鎧姿の大男が、両手に巨大な木剣を携えて突っ込んで来るではないか。

 全身甲冑姿の騎馬兵が、裕次郎の姿を確認すると咆吼を上げた。

 

「裕次郎はどこだああああああぁぁぁぁあああ!!! そこにおったかあああああああ!!!!! 覚悟せぇぇぇぇぇええええええ!!!!!」

「う、うわあああ!!?? 牛のおっさん!!!???」

 

 源之助、兵馬、数馬の横を馬にて通り過ぎた鎧姿の牛股は、そのまま両手の巨大木剣ことかじきを裕次郎の横っ腹に叩き込んだ。

 

 それはそれは見事な放物線を描き、裕次郎は苦悶の表情で空を飛び、遠い藪の中に落ちるのだった。 




疲れてて書けなかったのです。申し訳ない。
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