シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第六景 鎌鼬・その三 異聞譚

 中山峠を抜け、四人の男が歩く。

 昨夜の死合いを超え、日が昇る頃合いであった。すすきのの野を進むと、遠くの山野には鳥が羽ばたく姿がある。

 

 師より賜りし試練を……越えた、と考えておき、帰郷の道へ進む。四人の男だが、その顔は優れぬものだった。

 そのうち、一人の男が吐き気を催し、その場にて嘔吐する。

 男の名は、伊良子清玄。

 それを見て心配するは、共に死合いを生き延びた男、藤木源之助である。

 

「伊良子」

 

 その場に膝を突き嘔吐を繰り返す伊良子に、源之助は話し掛けた。

 口元に残る胃酸を、手の甲で無理矢理拭う伊良子に対して、源之助は竹で作られた水筒を渡す。

 

「ゆすげ」

 

 普段は言葉少なげな男が、あの道場破りの日より互いに意識し合っていたものなのに、相手をいつもの無表情で心配している。

 伊良子はそれを、どうしたものかと考える。だが、ありがたく使わせて貰うことにした。

 少量を口に含み、ゆすいでから吐き出す。先ほどよりも遙かに楽になった。

 

「すまぬ」

「よい」

 

 伊良子から水筒を返してもらった源之助はそれを懐にしまうと、遠い目をして呟く。

 

「そも……全ての原因は我が不肖の弟にあるから……」

「それはそう」

 

 源之助の懺悔を、容赦なく肯定する伊良子。そもそも伊良子が吐きそうになっていたのは、他者の命令で無理矢理他人の命を奪おうとすることへの嫌悪に加えてもう一つ。

 源之助の視線の先にあるんのは馬に乗った鎧姿の牛股と、牛股が担ぐかじきの先に結びつけられた縄にて縛られ引きずられている裕次郎だ。彼は、服を着ることを許されず、襦袢にふんどし一丁のままである。

 すでに傷は癒えているのだが、実はここに来る前に散々牛股から説教と折檻と体罰を受け、それはそれは見るも無惨な姿になっていたのだ。

 

 その姿が、その、可哀想というか、無惨すぎて気を悪くした、というものだ。

 

 ちなみに裕次郎は気絶したままである。さすがに牛股の折檻を受けすぎて、意識が飛んだのだ。

 

「お前の弟はなんなんだ。なんでああなんだ」

「良き弟であろう。自慢の弟だ」

「会話をしろ」

 

 伊良子はげんなりとしたまま、裕次郎を見る。なんとも情けない姿だ……こんな情けない姿を市中のものに見られようものなら、その場で切腹するほどの恥であろう。

 

「伊良子」

「なんでしょうか、牛股師範」

「裕次郎がなんだ、と聞かれれば、稀にみる大馬鹿者である。それだけで良い」

 

 ああそうですか、と返すことすらできず、頷くしかない。

 牛股の顔は未だに憤怒に染まり、獣かそれ以下か、鬼かそれ以上かとも言わんばかりの殺気を放っている。無論、その矛先は裕次郎である。

 裕次郎であるのだが、ちょっとでも怒りの先が自分に向けられてはたまったものではない、と伊良子はそっぽを向くことにした。

 伊良子にも、それだけの思慮はあるのだ。

 

「して、牛股師範」

 

 ちょっと待てお前!!!! と言いたくなる衝動を抑え、伊良子は源之助を見た。源之助はいつも通りの表情で牛股に問うていた。

 あの殺気を放つ牛鬼、ではなく牛股を相手に、なんでそんなに冷静なんだと喚きたくもなろう。

 

「裕次郎が舟木に婿入りする話は」

「断じてありえん」

 

 地獄の底から響くような返答だった。

 すぐに冷静になったらしく、牛股はふぅとひと息吐いてからさらに続けた。

 

「……一応、一応裕次郎は虎眼流の門弟だ。それを勝手に他流へ行くのを許した上、そこの娘と縁組みなんぞ……虎眼先生が許すはずがなかろうが」

 

 牛股は言いながらさらに怒りが増してきたらしく、段々と語気が荒くなっていく。

 それを聞いて源之助はほっと安心したらしいが、伊良子としては複雑だ。

 

 伊良子にとって裕次郎は目の上のたんこぶであると同時に憧れの存在でもある。

 自身が愛好している本の作者、卍手裏剣でありつつ、剣士としての技量も認めていた。

 

 なんせ、どのように挑んでも勝てる想像が湧かないからだ。

 最初の試合もそうだが、その後の稽古を見ても冴え渡る業前を見せている。

 伊良子は何度もその技を盗んできたが、底が見えない。

 

 そして、ここに帰ってくるまでの舟木一門……数馬兵馬との会話も関係している。




ただいまっ!
これからまた、毎日更新できるように頑張りまっせ。

あと、感想返しできずすみません。
遡って返すのは難しいので、これから改めて開始します。
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