シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第六景 鎌鼬・その五 異聞譚・・・・・・安寧、終幕

「ふむ、そういうことか」

 

 鳥居の下で五人の男が輪を囲み、話合いをしていた。闇夜もすっかり深くなった時刻、周りはもはや暗闇に近い。しかし、常在戦陣を心掛けし五名が暗闇に目が慣れぬはずがなく、相手の姿をはっきりと捉えている。

 舟木兵馬数馬の双子、藤木源之助、伊良子清玄、牛股権左衛門の五名は、互いの事情を明かしていた。無論、隠し事などいくらでもあるが。

 

 それでも、だいたいの状況は掴めていた。

 

「つまり、この半年ほど……裕次郎は舟木流に入門し、兜投げの秘伝はおろか、それを超えた鎧断ちなる秘奥を編み出しており、裕次郎とそちらの子女、千加殿には明かさぬよう密かに文を送り、婚姻の事実を作ろうとしていた、と」

 

 牛股はかじきで地面をがしがしと突きながら、苛立ちを発散させていた。そうしないと荒ぶるであろう己を想像するのは容易いからだ。

 無論、五人の真ん中では気絶した裕次郎が倒れており、かじきの餌食になっている。時節「うげっ」と悲鳴を上げているので、死んではいない。

 

「その通りだ虎眼流」

「裕次郎はもはや舟木流にとって欠かせぬ男。千加にとっても良い相手だ。どうであろうか藤木、己の弟をこちらに寄越して祝言を挙げさせるというのは」

「……」

 

 かちゃり、と源之助が鯉口を切っていた。普段は見せぬ苛立ちの表情を浮かべている。

 このままでは本気で斬りかかる、と判断した牛股は源之助に向けて首を横に振った。

 

「止めよ藤木。……そもそも先生からは裕次郎を連れて帰るように言われておる。こんな祝言、先生は認めぬ」

「それでは、我らへの、その、あのことは……」

 

 伊良子がおずおずと牛股に訪ねると、これまた首を横に振った。

 

「帳消しぞ。先生がそう判断された。裕次郎が見つかった以上、やる意味などない、とな」

「い、意味が、ない?? それは、どういう」

「そのままの意味ぞ」

 

 牛股が明言したことに、伊良子は衝撃を受けた顔を浮かべる。

 岩本家を継ぐものを決めるはずの戦いが、裕次郎が見つかったというだけで辞めさせられる。

 この双子を仕遂げた方を跡目にするはずではないのか。

 なぜこんなにも簡単に――。

 

 ここで伊良子の脳髄に雷が奔る。

 我らは所詮、裕次郎の補欠なのだ。

 この男がいる限り、岩本家に取り入る余地などない、と。

 だが、どこかで納得した己がいることに、伊良子は驚いていた。

 

 裕次郎は強く。

 優しく。

 聡明であり。

 どこか破天荒でありながらも。

 親しみを抱き。

 結果を出し続けている。

 

 その事実を改めて突きつけられたことで、伊良子の身体にどこか冷たいものが生まれるようだった。

 のし上がるための道の先に、とんでもない化生の類いが存在しているのだから、たまったものではない。

 こんな化生を超えねば、岩本家三百石を手に入れられないのだから。

 

 源之助もまた、気づいていた。

 こんなものは裕次郎がいないからこそ行われたことであり、裕次郎がいたらあっけなく取りやめられる程度のことなのだと。

 さすがは我が弟である。

 だが、いい加減良い年なのだから落ち着きを得て貰わねば困る。

 このままでは嫁御が来ぬのではないのか? と心配になるのだ。

 落ち着いて話をせねばならぬな、と源之助は一人だけで納得してしまっていた。

 

「そういうことだ。裕次郎は連れて帰る。いい加減、この男は虎眼先生の元で落ち着いてもらわねば困るのでな」

「そうはいかぬ」

「我らの妹の婿ぞ。共に陰間茶屋に行く仲であるぞ。連れて行かれては困る」

「貴様ら、裕次郎になんて遊びを教えている!!!」

「どうどう……はぁ……」

 

 双子の言葉に激昂して殴りかかろうとした源之助を、そっと羽交い締めにして落ち着かせる程度の優しさが、伊良子でさえもあった。

 牛股は大きく溜め息を吐き、もう一度かじきで仰向けに倒れて気絶する裕次郎の腹を突いた。「ぐぇ」とカエルが潰れたような悲鳴を上げるが、牛股はもう気にしない

 

「……だとしても、一度連れて帰って先生の元に連れていかねばならぬ。先生がお決めになることだ。お決めになっても裕次郎は無視するし、やりたくなければやらないと駄々を捏ねて逃げるのだが」

「話し合いの意味がないぞ」

「一応やらねばならぬのだ……本当に……なんでこう……はぁ……ともかく、裕次郎は我らの元に、一度連れて帰る。これは変わらぬ。それとも」

 

 牛股ははっきりと、破顔して歯を見せるほどの笑みを浮かべた。

 両頬裂かれたことによる異形の笑みが、双子へと向けられる。

 

「ここで続きを?」

 

 裕次郎に固執すれば、確実に牛股は戦いを始める。

 そうなれば三対二、しかも一人は鎧全てを身に付けてここにいる。人数としても装備の質としても、兵馬数馬の方が遙かに不利であることは間違いないのだ。

 というかなんで鎧姿なんだ。

 

「仕方あるまい。千加と親父殿には、己たちから話しておこう」

「裕次郎に伝えておいてくれ。また来ると良い、歓迎するとな」

 

 そういって、兵馬数馬は去って行った。

 残された三人もとい、気絶した裕次郎を含めた四人は、ようやく帰路に着くのであった。




次回からシグルイ、始まるよー(無慈悲)
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