「というわけで、オレと源之助アニキは貧農の三男でさぁ。ほんっとあの頃は大変だったぜ!」
「え、ああ、うん」
「アニキはあの頃は多くは語らぬって感じの人でさ! 察するの大変だったぜー、ほんと。な! 源之助アニキ! オレたち運良く虎眼の親父に拾われたからよ、その大恩に報いないといけないんだよな! ちいせぇ頃から世話になって育ててもらった恩があるからよ……な! アニキ!」
「そ、そうだな」
「アニキ! 南蛮胴の調子はどうだ!? ちょっと見せてくれよ……なんだこれ、滅茶苦茶硬く結ばれてるじゃねーか! 誰だこんなことをしたのはよぉ! アニキ、手伝うから結び直そうぜ!」
「か、かたじけない」
「あ、別にこの話は嫌みとかそんなんじゃねぇんだ! だから伊良子の兄者、気を悪くしないでくれよ! 拾われる前なんてオレたち、士分の息子を殴り殺しちゃったりしてるとんでもねぇお尋ね者だからよ!」
「え」
というわけで、袋井宿の遠州灘で水練を行う日が来ました。
結局良い案が浮かばなかったので、初手必殺で全てを解決することにしました。
オレたちの出自を語り、アニキのコミュ障を話し、南蛮胴の不調を確認して、あと伊良子の兄者がいらぬ嫉妬を浮かばせぬように配慮しておく。
完璧だ……完璧な作戦だよ!
こんなことを昼日中、沖合に向かう小舟の上で暢気に話していた。
もう直前で何もかも阻止するというパワープレイこそが、全ての正義だなと思ったので。
小舟にはオレと伊良子の兄者、源之助アニキ、牛のおっさんに丸子兄弟子、あと側で九朗右衛門兄弟子が泳いでいる。
ほんと、なんでこの人泳いでんだろうな? 一緒に乗ろうって言ったのに「こっちの方が鍛錬になる」とか言って乗らねぇの。
面倒くせぇ。
オレがアニキの南蛮胴のあちこちの不調を確認し、不自然に固く結ばれてる緒を全て解いて直す。
いや、ほんとこれをやった奴誰よ? 解くの滅茶苦茶大変だ。海上の落ち着いた状態で原因を知ってたから解けるけど、これを知らない状態で海中に沈んでる最中に気づいたら驚くし、そのまま溺れるのも当然だわ。
その場面を見ようと警戒してたけど、結局気づいたらアニキが南蛮胴着込んでんだもん。慌てたわ。
「その、裕次郎。士分の息子を殴り殺した、というのは……」
「ああ、オレとアニキの藤木性はな、もともと源之助アニキと同じ名前の奴がいて、そいつが近所の知り合いに滅茶苦茶なことをするから、殴り倒して殺しちゃった」
「あ、え、その、罰、とかは」
「さぁ? 虎眼の親父が金で黙らせたからな。村は平和になったしオレとアニキは士分に取り立ててもらったし。ほんと、世話になりっぱなしだぜ。だからそんな人の家族とか女性関係とかは失礼は働けないじゃんね! なぁ! 伊良子の兄者!!」
「やかましい」
ごつん、とオレの頭に牛のおっさんのゲンコツが落ちた。目の前がチカチカと火花が散ってる感じが凄い。痛みで呻いてしまう。
「何をするんだよ牛のおっさん。痛いじゃないか」
「これから水練が始まるのに、無駄に騒ぐからだ。集中しろ、次はお主だぞ」
「え」
え、え!? 次がオレなの!?
「ちょっと待って、いきなりオレなの?? まだ初心者だし、経験者のあれこれを見てからやりたい」
「やかましいっ。お手本な藤木のものをよく見ておけ!」
しゅん、と落ち込んだ。
くそ、もう少しお手本を見てさ、こう効率の良い方法みたいなもんを見てからやりたかったんだけどな。
とと、これこそがこの訓練の目的なんだよ。
いきなりわからない状況にぶち込まれても冷静に生き残るための手段に思案し、実戦し成功させる。その冷静な判断力と行動力を培うためのものだからな。
まるで軍人の訓練だよ。
いや武士の鍛錬とか剣術の稽古とか軍人の稽古そのものだわ。
下手したらレンジャー部隊よりもキツいよ。
いやレンジャー部隊の訓練を詳しく知らないけどさ。
それはそれとして、あっさりと源之助アニキは海に飛び込み……あっさりと成功させて戻ってきた。
ちょ、落ちつく暇くらいくれよっ!
文句を言う暇もなく、オレの番になるのだった。