「二番! 裕次郎! 行きまーす!」
源之助アニキが浮上してから、オレは自分で南蛮胴を身に付けて船の上に立った。他のみんなはオレを冷めた目で見てる。
いや辞めてくれよ。怖いからこんな態度をするしかないんだよ。仕方ないだろ、自分から溺れに行くのは誰だって怖いだろ!
はぁ、と大きく溜め息を吐いてから、オレもアニキと同様に海に飛び込んだ。
もちろん、頭からな。
一気に沈んでいく身体。
矛盾するような言い方だけど、落下する水圧みたいな不思議な感触に感動を覚える。
と、感動するのはここまでということで、鎧を脱ぐために行動を開始する。
今回の緒は自分で結んでるし確認もしてるぞ。
兜、胴、手甲、足甲と外していく。
無論、戦場で使えるほどの強さで結ばれてないと話にならないので、ここら辺でズルはできない。牛のおっさんに締め具合を確認されてから、オレは飛び込んだ。
しかし、正直に言いたい。
慌てるわこれ!!
苦しいし、周りはどんどん日光が遮られていくし、海面との距離が開いていく。
急いで解かないと海面に届く前に溺れるし、かといって解くのに全力を注ぐと海面に向けて泳ぐ体力がなくなる。
体力配分と海面までの距離、残り防具の結ばれ具合を計算しながらやらんと死ぬわ。
なにが虎眼流の中で安全な部類に入る訓練だ、十分に死人が出るだろこれ!!
ガボッと、オレの口から空気が漏れる。いかん、ちょっと興奮しすぎた。
残りの足甲も外せたので、海面に向けて泳ぐ。まだ間に合うな。
というかオレの身体だと、多分溺れて死ぬってことはないと思うけど。試す気にならんが。
ふと横を見る。幻想的な海中の風景が広がっていた。
青と緑が混ざった、日光が差す海中生物たちの楽園。
それが海というものだ。あらゆる生命は海から言われたと語られてもおかしくない、と思うくらいに綺麗だった。
真反対を向く。
そこに、誰かがいた。
(……誰だ)
オレと同じ深度に漂う人……男は、オレの方をじっと見ている。
思わずオレも泳ぎを止めてそっちを見た。
眉をしかめて身構える。
男は、まるで妖怪のような奴だった。
口から泡が一つも出ない、中年の男性。真っ裸で身に付けるものは何もない。
ただ、こっちをじっと見ている。
妖怪、いや、幽霊か。
(誰だお前は?)
心の中で男に問いかけるが、こっちをじっと睨むばかり。答える様子はない。
まさかこんな海中でオカルトに遭遇するとは思わなかった。霊感のないオレが、なんで幽霊と遭遇するのか。
男はオレを指さして、ニヤリと笑った。
(転生して楽しくやってるか、来世のオレ?)
男の声が頭に響いた。
そして気づく。
男の姿は、焼け死んだ前世のオレの姿だと。
(転生先で楽しく、バッドエンドを回避しようとしてるってことか)
(……)
ニヤニヤと笑う前世のオレが、今のオレへ言った。
(そのチート、もうちょっと慎重に使うことだな)
(というと?)
(奇跡には相応の代償がいるってことだ)
ぎくり、とオレは身を固めた。
(本当は気づいてるんだろ? そのチート、何を代償にしてるかくらい)
(……まぁな)
(その代償を支払うほど、この時代の人間に価値があるのか?)
途端に前世のオレの顔が怒りに染まった。
(お前だってわかってるはずだ。源之助も、三重も、虎眼も、舟木の連中も助ける価値はない。とっとと逃げるべきだ、この世界はそれだけ悪辣なんだと)
(漫画を読んでたから知ってる。だからやれることをやってる)
(は、やれることをやってる!? なら、なんで伊良子を殺してないんだよ?)
オレは黙って前世のオレを見ていた。
(伊良子を殺せば全ては片付く。全ての元凶はあいつだろ、さっさと殺せば済む)
(それはわかってる。だが、道場破りの時に殺せなかった。漫画の強制力のようなものはないのはわかってる、伊良子の顔に傷を付けれたし。だが、あいつは結構実力がある。今の状況でも無理に殺せばアニキに迷惑がかかる)
(まだわかってないようだな)
前世のオレが、オレの目の前に来て喉を掴んで来る。
(もう一度聞くが、この世界の人間を助ける価値はない。さっさとやることをやって逃げることだ。今の実力ならそこらへの仕官も可能だ。平穏無事に過ごすならそれが一番だぞ)
オレは黙って前世のオレを見る。必死だ。こいつも。
来世とはいえ、自分自身が酷い目に遭うのを見過ごせないのだろうか。
(さっさと伊良子を殺せ。そして、逃げろ)
(できない)
(何故だ!)
(源之助アニキも伊良子の兄者も、三重ちゃんも誰も彼もが救われない)
オレはハッキリと言った。
(せめてマシな結末にする。それが今世でのオレの目標だ。だから、見守っててくれ)
オレと前世のオレの視線が交錯する。
黙って互いの目を睨み合った。
次第に意識が遠くなるのを感じた。しまった、幻覚に付き合って肺の空気の残量を忘れてた!
途端に視界がブラックアウトしていき、さらに前世のオレが掴む手が強くなる。息苦しさが増していった。
(ならここで死んどけ。それがせめてのマシな――)
唐突に、前世のオレの頭部が小刀で切り裂かれた。
何事かと上を見ると、なんと伊良子の兄者の姿が。伊良子の兄者は顔を真っ青にして、オレと前世のオレを見比べている。
こいつ、見えてる?
前世のオレの姿が?
頭部を切り裂かれた前世のオレは痛がることもなくニッコリと笑って。
(まぁ、いつか殺さなかったことを後悔してろ)
と言って、波に漂うようにしてゆらゆらと薄くなっていき、消えた。
同じ頃にオレの意識も遠くなり、海底に沈んでいく感覚が。
そのオレの腕を掴み抱え、海面に向けて泳いでくれる奴がいた。
伊良子の兄者だ。
助かる感覚と一緒に、オレは意識を消失させた。