さっそく悪童藤木源之介を成敗すべく、俺は村を歩いて回った。
あちこち歩いて、悪童藤木源之介がどこにいるか聞き回った。
どこにもいなかった。
ちくしょう! と俺は家に戻って怒りのスクワットをしていた。
「クソが……どうして今日に限ってどこにもいねぇんだよあのクソガキ!!」
「裕次郎! 遊んでないで仕事をしな!」
「うるせぇババァ! 俺は害獣退治に忙しいんだ!」
「バカなことを言ってないで洗濯してきな!」
ババァが家から飛び出してきて、俺に洗濯物を押しつけてきた。籠一杯のくっせぇ衣類だ。
文句を言う前にババァが家に戻ろうとしたので、俺は突っ返そうと声を荒げた。
「待てよお袋、俺は本当に忙しいんだ。急いでやらないといけないことが」
「全く、この子は……! 何をやらないといけないのか知らないけど、洗濯をしてからにおし。あと、終わったらさっさと帰ってきな。……知ってるだろ? 近所の息子の与一が、お侍さまの息子に石を落とされてんだ。危なくなる前に帰ること、いいね?」
……? それって。
「お袋。与一が石を落とされたって」
「……あの藤木さまの息子だよ。前にはたえちゃんが尻に小枝を刺されて大怪我をしたじゃない。昨日は与一が頭上から漬物石くらいの大きさの石を落とされたんだ。運良く生き残ったけど、次はどうなるか」
「なあ、源之助のアニキは今どこに? 姿が見えないけど」
心臓が大きく鳴る。これは不安と恐怖だ。
まさか、違うだろ、今はまだその時期じゃないはずだ、と自分に言い聞かせる。
だが、ポカンとしたお袋が言ったことは、
「山菜を取りに行ってるよ。ついさっきだ。そろそろ帰り道に」
「すまんお袋! 行ってくる!」
「あ、こら! 裕次郎!」
俺は洗濯籠を投げ、走り出した。
シグルイでは悪童藤木源之介のエピソードにおいて、たえちゃんと与一の話があった。
その後に、幼少期の源之助のエピソードが入り、悪童藤木源之介に滅茶苦茶にされている描写がある。
これは時系列に沿っている描写ではないかもしれないし、ただのダイジェストであって深い意味はないかもだ。
だが、実際に順番としてたえちゃん、与一、源之助となっている。
まさか順番通りで、こんな短期間で起こるとは思ってなかった!
しかも源之助が馬のうんこを口に詰められて柔で落とされるエピソードは、そこで描かれてる。これで源之助は暴走して、大変なことになったんだよ。
さらに、源之助はこのエピソードの中で、山菜籠を背負っていた。
しかも夜に目が醒めて、山菜籠に山菜を戻すという明確なナレーション付き。
となると、ここで源之助のアニキが悪童藤木源之介に襲われてる確率が非常に高い!
俺は鍛えた体を懸命に動かし、前に行かされた山菜採りの道を走った。
必死に走った道の途上で、道から外れた河原で何かが動いていた。
俺はそれに目を凝らすと、二人の男児がもみ合って喧嘩している。
すぐにわかった。
襲われてるのは源之助のアニキ。
アニキを襲って馬乗りになり、口に何かを詰めて殴ろうとしている、上等な着物を着て髷を結ったクソガキこと悪童藤木源之介。
頭に血が上る。体中の熱が迸るような感覚。
俺は走ったまま河原に下り、勢いのまま突っ込んだ。
「アニキに何してんだクソガキ!!」
悪童藤木源之介はこちらを驚いた顔で見てきたが、俺はその顔に右のミドルキックを叩き込んだ。足の甲に、悪童藤木源之介の鼻の骨を折った感触が伝わる。きもちわりぃ!
悪童藤木源之介はアニキの上から転げ落ちて吹っ飛び、少し離れたところで呻いていた。
それを無視して、俺はアニキに駆け寄る。
「アニキ! アニキ、大丈夫かアニキ!」
口の周りについた馬糞を取り除き、アニキの頬を何度か軽く叩いて呼びかけた俺だったが、アニキが目を覚まさないところを見て、ブチ切れた。
「ひゃ、百姓めらが! 何をする! 俺を誰だと」
「知るかクソガキ、死んで詫びろ!」
俺は立ち上がった悪童藤木源之介に再び突っ込む。
再び悪童藤木源之介の顔が驚愕に染まった。油断だらけだぜ、クソガキが!!
俺は悪童藤木源之介の顎に爪先蹴りを放つ。
歯が何本が飛び、顎から出血した。さすがに顎は砕けなかったか。
「なにがこの百姓めらだ! お前の親父なんぞ、村人からの年貢を不正にちょろまかしてここに飛ばされた、恥だらけの家老で士失格のジジィじゃねぇか!」
さらに懐に入り、鳩尾に肘打ちを沈ませる。
「たかが五十石の捨て扶持でこの村に押し込められた無能の士が、偉そうな口を聞くんじゃねぇよ!」
下がって怯んだ悪童藤木源之介の顔面に右ストレート。あいにく顔が逸れたせいで左頬に着弾したが、確かなダメージは与えた。
そこでクソガキが腰の得物、脇差しを抜こうとしたのが見えた。
一気に踏み込みつつ、脇差しの柄尻を左前蹴りで無理矢理押し込む。抜こうとするなら抜けなくしてしまえばいい!
「なっ!」
「素手での喧嘩がこえぇか?! すぐに刃物を出そうとしやがって、この腰抜けが!」
左足を柄尻から離して踏み込み、右拳を腰だめにして捻った。
「死んで詫びろ!」
思いっきり腰を捻り、悪童藤木源之介の顔面目掛けて右ストレートを放った。
これで鼻っ面を潰して、二度とこんなことができないようにしてやる!
だが、俺は忘れていた。
悪童藤木源之介は、“柔”が使えるんだということに。
多分、たまたまだったんだと思う。
俺の右ストレートを躱した悪童藤木源之介は、ビビって腰がひけたまま俺の右腕を両手で掴んで脇に抱えた。これ以上殴られたくなかったからだろう。
ただ、俺の右ストレートの勢いが強すぎて体勢を崩し、二人して倒れた。
俺が下、悪童藤木源之介が上。
奇しくも、脇固めの体勢だった。しかも浅いために肩を極めるのではなく、肘を極める形に。
倒れた瞬間、極められた俺の右腕は限界以上に曲げられてしまった。
ボキッ。
俺の右肘から、骨が折れる音が響いた。
「っ、ぐあああああ!!」
俺の悲鳴と、おそらくは初めて骨を折ったことにビビった悪童藤木源之介が腕を離した。
いてぇ! マジでいてぇ! 肘が燃えるように熱いし動かせない!
靱帯が切れる音はなかったと思うけど、骨は確実にイかれた!
ちくしょう、油断した! こいつは柔を使うんだ! まさかここで技を使うとは思わなかった!
「は、は! この、この百姓めらが! なんと言った! 父上のことをなんと言った!!」
悪童藤木源之介は倒れてのたうち回る俺の腹を思いっきり蹴ってきた。
吐瀉物を撒き散らしながら、俺は吹っ飛ぶ。
最悪なことに、逆転されてしまった。