シグルってたまるか   作:風袮悠介

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第七景 童唄・前日譚 異聞閑話

 これは裕次郎たちが水練に向かう前の前、舟木の双子へ襲撃を掛けた後の話……。

 

 その日、牛股は虎眼の前で平伏していた。

 口元に布を巻き、見苦しいままの傷口を隠している状態だ。

 

「藤木、伊良子。両名ともに仕遂げることはできませんでした」

 

 牛股が報告するものの、虎眼は曖昧な状態であった。

 口元から涎が垂れ、目元は胡乱のまま。牛股の話を聞いてるか聞いてないのかわからない。

 

 構わず牛股は話を続けた。

 

「その代わり、行方不明だった裕次郎を発見にしました。連れ戻りましてございます」

 

 ちらり、と牛股は虎眼を見た。

 しかし、裕次郎の名前を出しても曖昧なまま、

 

「い、いくぅ」

 

 と、いくを求めている状態だ。これが種を求める状態ならばまだ心の平衡を取り戻す可能性があるが、いくを求めている状態ではダメだ。

 牛股はすすす、と部屋を辞して、廊下を歩く。

 

「とりあえず裕次郎は連れ戻れたが……もう二度と斯様なことがなきよう、対策を取らねば……く、胃が痛い……」

 

 牛股は胃痛を堪えつつ、裕次郎対策を考える。

 唐突に行方不明になって、いきなり他流道場に入門し、当主の娘と仲良くなり、いつの間にか陰間茶屋に行くようになってしまった。

 

 こんなこと、どう虎眼に報告をすればいいのか。

 それ以前に三重に知られたらどうなるか。

 

 とにかくこんなことが二度と起こらぬように、裕次郎を叱らねばならぬのだが、あの男は反省したと見せかけてなんだかんだとやるのだからタチが悪い。

 

「くぅ……とりあえず裕次郎は反省のために座敷牢に……く、座敷牢はすでに裕次郎の私室となっておる、何の意味もなさぬとは……!」

「牛股」

 

 胃痛が限界を迎えつつある牛股の前に、三重が立っていた。

 不覚、まさか気づかぬとは! 牛股は自身の不備を恥じつつ、三重に向けて頭を下げた。

 

「これは三重様、どうなさいましたか?」

「裕次郎様が帰ってきたと聞きました」

 

 まさかここでこの話が出るとは……と牛股は背中にじわりと冷たい汗を流した。

 

「はい。連れ戻してきました」

「その、裕次郎様はどこにいらしたので?」

「それが……日坂まで行っていたようです。向こうで何をしていたのかは……」

 

 さすがに他流道場に入門してただの陰間茶屋に行ってただのなんて、三重に言えるわけもない。

 さてどうしたものか、と悩んでいると、三重は顔を紅くして視線を逸らした。

 

「に、日坂と言うと……前に裕次郎様が、その、男同士で楽しむ場所があると……そ、そこへ行ってたので……?」

 

 この瞬間、牛股は裕次郎の頭に三発は全力のゲンコツを落とすと決めた。

 

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