「さみぃなぁ……」
オレは掛川宿の肴町に、源之助アニキと来ていた。今回三重様はお留守番だぜ。
あの水練からかなり月日が経った頃、もう季節は秋を過ぎようとしていた。そろそろ冬が近い。空からはチラチラと雪が降っていた。
ふぅ、とオレが息を吐くと白い息が出た。かなり寒いな。
「アニキ、この先に行きたいとこがあってさ。もう少しだ」
源之助アニキは静かに頷くだけだった。返事がねぇ。
ま、アニキはこんなもんだ。寡黙寡黙。
道場の稽古が終わって、アニキを誘ってここに来たのには理由がある。
まぁ、稽古の息抜きってのも一つの理由なんだがな。
「裕次郎」
「何さ」
後ろでアニキが話し掛けてきた。
「己を誘った理由はなんだ」
ふむ、とオレは呟くと、振り返らずに言った。
「誘った理由ってのは、飯を食いに行こうぜ、アニキ。美味いもんをさ」
「……何故、今?」
「なんで? ……そりゃ、俺たちが虎眼先生に拾われた日だからよ。新しい誕生祝いってな」
あの頃も、これくらいの季節だったからな。肌寒かった気がする。今日だったっけ、とかもう記憶が朧気になりそうだったけど、それでも、オレたちにとっては特別な日だ。
今日まで忙しいとかやる暇がなかったとかいろいろとあったけど、まぁ、やってもいいかなって。
「裕次郎」
「なに?」
「誕生祝いとはなんだ?」
へぁ!? 嘘だろ、と思って振り返ったが、アニキは本気でわからなそうだった。
「いや、誕生日ってあるじゃん?」
「……己が生まれた日か?」
「そうそう。でも虎眼の親父に拾われたってことで生まれ変わったからさ、その祝いを」
「生まれた日の祝いはするのか?」
源之助アニキの疑問に、オレはようやく気づいた。
そうだ、江戸時代とかって、確か正月で歳を取るって感じの数え歳なんだ!
誕生日って概念がねぇ!
オレは急に気恥ずかしくなったが、もうここまで来たらやりきるしかねぇ!
「いいんだよ! 生まれた日に祝っても、生まれ変わった日に祝ってもさ!!」
「それと虎眼先生が己たちを拾ってくれた日は過ぎているぞ」
「え!? そうだったっけ!?」
「あぁ」
「えっと、まぁその、あれだ! 忘れたから、やっとこうってこと! 農民から士になるって生まれ変わるのとおんなじだし、虎眼の親父に出会えたのも嬉しいことだしさ!」
「それは嬉しいことなのか」
「嬉しくないのか!?」
「嬉しいが、祝うことなのか」
かー! 源之助アニキは無表情で言うから、ようやく思い出した!
アニキは結構人の心がわからんところがある! だいぶ情緒が良くなってる節があるが、ところどころでこういうところが出てくる!
だから涼之介くんが死んだとき、なんでアニキが戦った後の姿を見て泣いていたんだと疑問に思ってたんだよなぁ!!!!! お前に憧れた感動だろうが!
ふーっと息を吐いて落ちつき、オレは兄貴に説明した。なんか疲れてる。
「アニキ。嬉しいことは祝うことなんだ」
「そうか」
「祝言だって、婚儀の儀式的側面も強いけどさ、これから結ばれる男女の未来が、明るく善いものになるだろう、二人は嬉しそうだ、ということでやるんだよ。祝言って、祝いって文字があるだろ? 祝いってことは、幸せでめでたいことなんだ。やって良いんだ」
「祝言はお家を守るために行われるものだろう」
ダメだこりゃ。
「そうなんだけどさ。もうちょっと、こう、なんというか。嬉しいことはめでたいことなんだって言うのを学んだ方がいいぜ」
「なるほどな」
「アニキだって、水練の時にオレが兄上と呼んだら嬉しかったって聞いたぞ。その日を覚えておいて、なんかその日だけでも美味いもんでも食いたいと思わないか?」
「思う」
「そういうこと」
「なるほど」
なるほど……? なるほどなのか……? わかったのか……? ヤケクソの説明だったがわかったのか本当に!?
「あー……まぁいいや。お、ここだここだ。行こうぜ」
オレは店を見つけて、アニキと一緒に店内に入る。いつの間にか店の近くに居たらしい。
「いらっしゃ……おぉ、裕次郎さんじゃないか」
「店主、いつもの酒と肴をよろしくな」
「はいよ」
店主はにこやかに言うと、厨房に引っ込んだ。
アニキと一緒に適当に席に座り、上着を脱ぐ。店内は意外と、暖かいし。
「裕次郎」
「何さ」
「嬉しいことを祝うのは、良いことなのだな」
「そうだよ。覚えておこうぜ、オレとアニキが、虎眼の親父に拾われた日をよ。オレだって、こんなだけど恩は感じてるんだ。一応」
「拾われた日は過ぎていると言ったが」
「いいんだよそこはもう!!!!!」
源之助アニキの考え方は硬いんだからよぉ!!!