シグルってたまるか   作:風袮悠介

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30話・結局、あの事件ってなんだったんだろう?

 運ばれてきた酒と肴で軽く乾杯して、オレとアニキは他愛ない話をしていた。

 稽古のこと、町歩きのこと、三重様のこと、虎眼の親父のことと……。

 

「結局、水練の犯人がわかんねぇんだよなぁ……」

「裕次郎。己は無事だった。それで良い」

「ダメだろそれだと。アニキを危険な身に合わそうとしてた奴を、そのまま野放しはやべーだろ」

 

 次第に話は水練の時の話に移っていった。

 アニキの南蛮胴の緒が硬く結ばれてた奴ね。実際に解こうとしても硬くて大変だった。

 オレとアニキは酒をきゅっと呑んで話す。

 

「やべー……? ……こちらに殺意を向けてくるならば」

「同門同士で殺し合える?」

「必要とあれば」

 

 だよねー。原作でも興津と戦ったもんねー。

 

「ともかくさぁ……犯人の目星だけでもつけとこーぜ。危ない奴って事前にわかってりゃ、対策も立てやすいだろ?」

「ふむ……一理ある」

「だがなー……正直、オレは検討もつかねー」

 

 源之助アニキはとっくりの酒を盃に注ぎ、再び呑む。

 

 実際、シグルイファンの間でも、あれは結構な謎だった。結局犯人はわからずじまいだったしな。

 

 源之助アニキが緒を解けず溺れかけたあの事件。ヘタすればアニキは死んでいた。

 犯人捜しが行われることなく、そのまま連載終了完結まで謎のままだ。

 ヒントにあるのは二つ。

 まず一つは容疑者として絞られるのは四人。

 牛股、伊良子、丸子、九朗右衛門だ。

 水練に参加していて、オレと源之助アニキを除いたらこの四人しかしない。

 普通なら伊良子の兄者が犯人で、助けたのも自作自演と片付けるのが簡単だ。

 

 で、二つ目のヒントは漫画原作の描写だ。

 

 曰く、『鬼の如き指の力で締め付けられていた』らしい。

 

 この時点で正直、犯人は丸子だとオレは思ってるのだが……丸子には源之助アニキを害しそうとする動機がない。

 というか、漫画原作を読んだときも丸子が源之助アニキに対して悪感情を抱いていた描写そのものがないどころか絡みすら見たことがない。

 あるいは虎子の間、漫画に描いてない部分、行間とやらに何かあるのかとも思ったが。

 けど、特になさそうってのがな……。

 

 そこでオレは考えた。実は犯人っていないんじゃねーの? って。

 

 この時代の緒、南蛮胴を結わえる紐ってのは、大概が麻とかなんかだ。化学繊維じゃない。

 麻紐には特徴があって、水に濡れると膨らむんだよな。

 乾くと縮むのよ。

 なので麻紐を濡らしてから縛り、乾かすと余計に結びが硬くなるのよね。

 

 だから緒を縛る前に海水とかで濡れてたのにそのまま結び、沖に出るときに乾いちまって硬くなり、海に飛び込んでから解こうとしても硬いままの状態だったから慌てちまった、みたいな。

 

 そういう化学が原因ですよ、てのも考えたんだがちと無理がある気がする。

 

「師範が言っていただろう。我らは虎子、同胞だ」

「……ま、そういうことにしとくか」

 

 源之助アニキが静かに酒を呑むのを見て、オレも考えるのを止めた。そもそも今日は誕生祝い、暗い話は止めておこうってな。

 それに、漫画だと源之助アニキは同門であろうとも興津に手を掛けた。

 やるときゃやる人だ、アニキは。

 それを思い出してナーバスになるのも、ちと後ろ向きすぎるかなとも。

 

「ん?」

 

 ふと店の扉が開いた。アニキからしたら背中側になり、相手の顔が見えない。

 だが、オレは入ってきた客を見た瞬間にちと顔を隠してしまった。

 

 入ってきたのが、牛のおっさんと伊良子の兄者だったからだ。

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