シグルってたまるか   作:風袮悠介

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33話・疲れちまった悲しみに、一杯の酒を送ろう。

 伊良子の兄者が店を後にする。なんだかんだ言ったって、きっといくのところへ向かうのだろう。

 あれだけ止めたのになぁ……と悲しみに明け暮れていた。

 落ちて砕けたとっくりと盃をまとめると、店員さんに差し出した。

 

「すまねぇ……割った奴は弁償するから」

「いえいえ! 裕次郎さんから受け取るわけには」

「いや、ダメだ」

 

 オレは店員さんに向けて、頭を下げた。

 

「やっちまったことは、ちゃんと筋を通さねぇと。弁償するから、払わせてくれ。オレの申し訳なさが解消できねぇからさ」

「……わかりましたよ、裕次郎さん。あなたもなかなか頑固なお人だ」

 

 クスリと笑った店員さんは砕けたとっくりと盃を受け取ると、そのまま奥に引っ込んでいった。

 はぁ、と再び溜め息が出る。

 

「裕次郎」

「なんだい牛のおっさん」

「おぬしは伊良子がいく様のところへ通うのを知っておったのか?」

 

 ちらりと牛のおっさんの顔を見たが、怒ってるのか迷ってるのかわからねぇって顔だ。

 オレはもう一度溜め息を吐いてから答えた。

 

「いんや、知らんかった。だけど予感はしてた。あいつ、結構な女食いでしょ? オレの知り合いにも引っかからないように忠告してたんだよ……そしたら誘われることがあったって言ってたし、オレの知らないところでは被害が出てた」

「それはある程度存じておるが……」

「あいつ、しかも武士の妹や姉にも手を出してんだ。純潔散らされて怒り狂ってる奴がいるの、知ってた?」

「それは……」

 

 牛のおっさんは声を引きつらせていた。おや、この時点では知らなかったらしい。

 もしかしたらもう少し後で知ることになってたのかもしれない。

 

「もうな……ここらで止めさせないとダメだと思ってた。というか最初から詰むのがわかってたんだ。女遊びはほどほどにすれば火遊びで終わるが、伊良子の兄者のやり方は大火事になる。あっちこっちで大変なことになり始めてる。もう、詰んでる」

 

 オレの言葉に牛のおっさんと源之助アニキの顔が引きつった。

 そうだろうなー。オレも原作漫画を読んでた頃から「こんなことやってりゃ大変なことになるだろ」からの「大変なことになったわ!」だからな。

 虎眼の親父からの仕置き追放、その後のいくの暴行と伊良子の兄者は拘束されてからの過激な私刑。

 それを少しでもなんとかできればと思ってた。

 なんとかできれば、将来的に伊良子の兄者が虎眼流と敵対する未来は避けられただろうし。

 

 でも、ダメかも。

 

 オレはもう一度溜め息を吐いてから、牛のおっさんが座っていた席に移った。

 

「オレが跡目になるかどうかなんてどうでもいい。できればアニキが跡目になれば嬉しい。伊良子の兄者にはそこにいて師範として一緒にいればいいと思ってた。

 そんで、三重ちゃんとまた遊びに出て、稼いだ金でオレも将来虎眼流道場を出て家庭を持つか旅に出るか……もう無理かもな」

「裕次郎」

「アニキ、すまねぇ。今日はもう」

 

 弱音を吐くオレの前に座った源之助アニキは、オレの前に酒の入った盃を出してくれた。

 顔を上げると、アニキも盃を持っていた。

 

「酒を呑め」

「アニキ?」

「……たまには酔って、誤魔化して寝ろ」

 

 アニキはジッとオレを見て、盃を持ったまま待ってくれてる。

 牛のおっさんも源之助アニキの隣に座ると、酒を注いで盃を持った。

 

「お主はよくやった。これで伊良子が変わらぬでもお主の責はない。十分に機会はくれてやったのだから」

 

 二人してオレの顔を見て、優しい顔をしていた。

 それを見て涙が出そうになったが、オレは必死に堪えて盃を持つ。

 

「ああ、そうだな。そう思うことにするよ」

 

 オレはその酒を呑んで、あとは二人に愚痴をこぼして、今日の飲みは終わった。

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