ずっと目を逸らして生きてきたのかもしれないな、とオレは後悔した。
この世界はシグルイのような世界だ、あちこちで封建社会の無惨さをこれでもかと見せつけられる。
上役に逆らえない、死ねと言われれば死ななければいけない、上が黒と言えば白も黒となる。
だから、少しでもマシな結末を願って頑張ってきた。
トゥルーエンドは無理でもノーマルエンドだけでも、と。
でも全部無駄だった。
源之助は三重を押さえ付け、牛股は無表情でそれを眺め、あろうことか伊良子は原作よりも酷く三重の股ぐらに身体を入れようとする。
そして父親であるはずの虎眼はそれを眺めて何とも思わない。
三重は泣いて泣いて悲しむ。
……三重ちゃんの涙を見て、ようやく気づいた。
これはこれで現実なんだ。
現実の一つなんだ。
漫画原作の世界だろうがシグルイのような世界だろうが、人はそこで生きてるんだ。
生きてる人で、自分と関わりがある女の子が、理不尽な力で尊厳を汚される。
ふざけるな。
ふざけるなよ。
ふざけてんじゃねぇよ!!
オレは覚悟が足りなかった。
今までの行動の全てが無意味であったことを突きつけられ、オレは自分の覚悟のなさと甘さを思い知る。
そうだ。この悲劇のような世界でマシな未来を求めるなら、そもそも根本的な原因を取り除くべきだった。
すなわち。
「親父ぃ」
オレは右手をゴキゴキと鳴らしながら、道場の壁に掛けられていた木剣を手に取る。
いつも使う赤樫の木剣ではなく、いつも虎子たちが使う木剣。
赤樫のものより硬く、重く、凶器としての性能が高いもの。
かた、と音を立てて壁から手に取って木剣は、オレの手によく馴染んだ。
「虎眼流はオレが継ぐ」
高弟の虎子たちも、門下生たちも、そして胡乱な目をしていたはずの虎眼すらも目を見張った。
どうやら曖昧な状態から抜けたらしい。オレをジッと睨んでいる。
「だが岩本家虎眼流の跡目にゃならねぇ。本家虎眼流の技と看板は全部オレがもらう。そんで、お前らに言ってやる」
ブン、と木剣を振る。赤樫よりも重いが太刀よりも軽い。大丈夫だ、触れる。やれる。
殺れる。
「お前らのような玉無しどもは破門だ。野垂れ死ね」
ブワ、と門下生たちから殺気が溢れた。本気のものだ、オレを殺そうとしているのがありありとわかる。牛のおっさんすらも。
だが、顔は笑ってた。
ああそうだな、獰猛な獣は、虎は、攻撃性を笑顔で表現する。
それぞれが木剣を手に取った。牛のおっさんはかじきを手にしている。
ふと伊良子の兄者の方を見ると、未だに砕かれた鼻を押さえてオレを見ていた。源之助アニキの方は気絶してるけど呻いてた。そろそろ目を覚ましそうだ、さすがは虎の中の虎。
「玉無しども、来い。オレが虎眼流を潰す」
親父を見た。
笑ってた。
あの時のような、満足そうな笑みだ。
その笑みを浮かべる顔に、木剣を叩き込んで砕いて殺してやる。
「行くぞ」
ふらり、とオレは一歩前に出た。右手に持った木剣を、だらりと脱力したまま構えず、殺気を振りまいて進んだ。
「やああああああ!!!」
右から男が一人襲いかかってくる。
ちらりと見て、オレは男の木剣を受け止める。オレを抑え込もうと押してくる。
が、オレは片手一本で受け止めたまま、一歩も動かず体幹も揺らがなかった。
「な、」
「もうちっと稽古を積んでから来い」
ぐぐ、と男に迫る。
「源之助アニキの稽古は見てただろう」
オレがやったのは、アニキの鍔迫りだ。それを木剣を受け止めた瞬間、両足の指でしっかりと床を喰いしばるようにして掴み、体幹が崩れないようにする。オレの足下から、ぎゅぎゅぎゅぎゅ、と異音が鳴り続ける。
余りに強く道場の床を足の指で掴むものだから、床が異音をたてて軋んでいた。
そのまま鍔迫りにて男の体幹を崩して首筋に木剣を当て、そのまま押し倒す。
アニキは押しつけて気絶寸前まで追い込んだがオレは違う。
そのまま首に押しつけつつ、位置を調整して、
「ふん!!!!!」
と、一瞬だけ力を込めて押しつぶす。首筋のとある脈は、うまく絞めると一瞬で相手を落とすことができる。
普通は三角締めとかで行う絞め技は、オレは片手持ちの木剣で行った。
男は「かひゅ」と声を漏らして気絶した。
まずは一人。ふらりと立ち上がって、次を見る。
ああ、そうだ。ここで言うべきだったんだな、あのセリフ。
「次は誰ぞ? ……とはいえ、一人ずつにござるか?」
少し書き溜めができたので、放流します。
夕方6時57分にもう一話更新します。